2-1-6 作戦会議
「さァ……」
その言葉を発した瞬間、周りの空気が変わった。
彼の殺気に飲み込まれ、熱く沸騰するような感覚。
そして、ディアスが猪のような体制を取った。
体格的には熊に近いのかも知れない。
彼の背後から煙のような蒸気が出ているような錯覚も見える。
巨体によってできた影の中から、睨みを効かせるような眼光が飛んでくる。
あれは、捕食者の目だ。
直感でそう感じた。
体が思うように動かない。
手足が緊張で硬直し、麻痺しているように感じる。
これが恐怖なのか、さっきの衝撃での反動なのかはわからない。
それでも、体の反応は正直で冷や汗が体から吹き出る。
ドン。
地面から激しい地鳴りのような音が鳴り響いた。
それと同時に、体が風に靡いた。
咄嗟に目を閉じた。
だが、彼の攻撃による衝撃は感じなかった。
多少の衝撃波による風は感じたが、それよりも自然な風に靡いている感覚だった。
目を開けると、ラヴェンツァが片手を引いて森の中を全力疾走している。
足が地面と擦れ合いながらも、さっきいた遺跡群から物凄い速度で離れている。
彼女に手を引かれながら、自然と体が動くようになった。
引っ張られながらも、足で地面を蹴り始めた。
周りの木々が移動の邪魔をし、嫌に絡みついてくる。
「あんな大事な場面で固まってる場合じゃないわよ、まったく……」
彼女は走りながらも小言が漏れる。
「ごめん……」
また咄嗟に謝ってしまった。
なんだか謝罪が板についてきてる気がする。
それを見たらラヴェンツァから苦笑が出た。
「まぁ無理もないわよ、あれだけの力を持っているとなると尚更ね」
ある程度走り、遺跡群からはかなりの距離を取った。
近くにある草むらに身を隠し、呼吸を整えた。
周りを見渡しながら、終われてないことを確認する。
ふと肩の力が抜け、木に寄りかかった。
同時に二刀の顕現も解除した。
「さて、どうするべきかしら……」
彼女は考え込むように顎に手を置いた。
少なくとも、正面からディアスとやり合うのは得策ではない。
あそこまでの巨体かつ怪力な上に、速さも標準以上と来た。
まともにやり合って勝てる相手ではないのだろう。
「ノッチが見えない以上、別れて行動するのは愚策よね……」
まるで独り言のように彼女が言葉を発した。
彼女は眉間にシワを寄せながら、地面を一点に見つめている。
「あの巨体だし開けた場所より、こんな感じの森の方が良いんじゃないのか?」
「あそこまでの怪力だと小細工は通用しなさそうにも思えるのよね……」
「ただ、空気が一変するほど魂を使っているとなると、どこかで絶対ガス欠を起こすはずだわ」
「でも、ガス欠を起こすまで戦闘を継続させるのは不可能に近いんじゃないか?」
「それもそうよね……」
彼女がまた考え込んだ。
色々な案が脳内を巡るが、どれも現実味を帯びるとは到底思えない。
二人同時に攻める。
隙を見つけて急所に。
体力切れを狙う。
案が思いつけば思いつくほど、だんだんと不可能に思えてくる。
「なら、一人を囮にして……」
思いついた一個の案が、咄嗟に口から出た。
ハッとしたが、それを聞いた彼女は深く考えているように見える。
数秒の静寂の後に、彼女が顔を上げた。
「……まぁ、実質的にそれしか攻略法がなさそうよね」
だが、咄嗟に自分が出した案にも疑問が浮かんでくる。
この大会はコンビ戦形式な以上、片割れを放置するにも行かない。
「でも、ノッチはどうする?まだ手の内すらわからないよ?」
その問いに、彼女がまた考えにふけるように視線を落とした。
また静寂が訪れた。
聞こえるのは、風と地面が軋む音だけ。
一分ほど経った。
彼女が問いかけるように声を出した。
「……キース」
「ん?」
唐突に呼ばれ、喉からうなりのような声が出る。
彼女が耳打ちをしてきた。
「あなたの暴走を、意図的に引き起こせないかしら」
彼女から出たその言葉に、思考が止まった。
予想外の案に戸惑いが隠せない。
そもそも、彼女からそんな案が出るなんて思ってもいなかった。
「そんなのやったことないし、あまりにも危険すぎると思うのだけど……」
そのままの意見を返した。
「確かに、ごもっともではあるわ」
「でも——」
彼女の声色が変わった。
目が鋭くなり、その真っ直ぐな視線が向けられる。
「もし『あの力』を自分で制御できるとしたら?」
彼女から悪意や使役のような悪どい感情は伝わってこない。
おそらく、本心で言っていることなのだろう。
ただ、それが素面で言っているとも思えなかった。
どこか狂気を孕み、勝利への執着を抱えているように見える。
「そりゃあ戦略の幅も広がるから嬉しいけど、そもそもどんな力なのかを分かってないし……」
彼女はこちらの言葉を切るように、肩を強く掴んできた。
「とにかく!!!」
「私はこの大会に何がなんでも勝ちたいの……!」
その声には、彼女の悲痛でありながらも、希望がどこかある声色をしていた。
サッサッ。
その瞬間、森の奥の方から草を切る音が聞こえた。
次第にその音は足音に変わった。
トン、トン、と確実にこちらに近づいてきている。
咄嗟に二刀を顕現させた。
「随分と長い作戦会議だな、お二人さん」
ディアスの声が森の中に響いた。
草むらからは視認できないが、かなり近い距離にいることはわかる。
「今は大会中、ですよ」
「戦わないなんて、観客に不義理じゃないですか」
ノッチの声も、かなり近くから聞こえた。
「話し合ってる場合じゃなさそうね……」
ラヴェンツァもメイスを顕現させ、その場から立ち上がった。
「行くわよ」
彼女が草むらから出ると同時に出た。




