1-5-3 押しかけ
フェスティバルまで、残り五日を切った。
学校内はフェスティバル前の独特な空気感に包まれており、どこか緊張する。
フェイとハンクとの自主練も継続しているが、目に見えての変化は特にない。
だが、成長している感覚は確かにある。
その日の夜、体を休めている時だった。
ドンドン。
部屋の扉が突然ノックされる。
「誰だろ……?」
独り言を漏らす。
デイジーはその音に見向きもせず、静かに本を読んでいる。
「出なくていいの?」
「キース宛だと思うぞ、多分」
「なんでわかるの……?」
「……俺に用がある人間は、そんな雑なノックはしない」
渋々立ち上がり、扉を開けた。
部屋の前に立っていたのはラヴェンツァだった。
夜だと言うのに部屋着ではなく、戦闘着を着ていた。
「付き合いなさい」
「え、今から???」
「どこか不満?」
「いや、別にないけど…」
後ろを振り返った。
デイジーが、本から目を離さずに言った。
「行ってこい」
「応援の一言くらいかけてくれてもいいんだけど」
「……頑張れ」
「ありがとう」
「着替えるからちょっと待ってて」
部屋に戻り、戦闘着に着替えた。
誰もいない廊下を二人で歩く。
夜光が廊下を照らし、足音だけが響く。
「てか、こんな時間にどうしたの?」
何気なく聞いたが、彼女は答えない。
二人の間に静寂が数秒流れた。
彼女の口が動いた。
「ずっと、聞きたいことがあったの」
「聞きたいこと?」
ラヴェンツァは答えなかった。
訓練場に着くまでの数分間、彼女は何かを考えているように見えた。
ガラガラ。
夜の訓練場は、静かだった。
昼間の喧騒が嘘のように、音がない。
普段は誰かしらがいる空間が静寂に包まれていることに、不思議と優越感のようなものを感じる。
「——さて」
「やるわよ」
彼女は目を瞑り、メイスを顕現させる。
魂の形が後ろから這い出ている。
「えぇ……」
分かっていたことではあるが、いざ自主練するとなると気が進まない。
肩をガクッと落とした。
「来た時点でわかっていたことでしょう?」
「なら、さっさと準備なさい」
仕方なく二刀を顕現させた。
赤く煌めく魂の形が背中から出ている感覚がある。
ラヴェンツァも、メイスを構えた。
彼女が一歩、二歩と下がっていった。
それを真似るように二歩下がった。
「話は戦いながら」
「行くわよ——」
その言葉と同時に、彼女が踏み込んでくる。
相変わらず速い。
ステップなどを絡めながらこちらへと向かってくる。
その間、わずか0.5秒ほど。
数メートルはあった距離が一気に縮まった。
ガンッ。
彼女の一撃を二刀を交差して受け止めた。
重い衝撃が両腕に伝わる。
だが、自主練の甲斐もあり、少しだけ楽にできる。
体制が安定したことにより、力にも余裕ができた。
腕の反動を生かし、彼女を押し返した。
ラヴェンツァが後方へと下がり、メイスを構え直した。
こちらを見る目が、わずかに細くなった。
「……キース」
「なに…?」
息を切らしながらも答えた。
「今の体制、変わったわね」
答えなかった。
答えなくても、彼女は気づいている。
「前は、踏み込む前に一瞬だけ溜めがあった」
「それが、なくなってるわね」
フェイとハンクに指摘されたことが、少しだけ形になってきているのかもしれない。
成果が出てきていることに嬉しさを覚える。
「……」
その嬉しさを噛み殺すように下を向いた。
「」
また踏み込んでくる。
今度は重心を前方に押し出して、スピードのみに注力しているようだ。
「それで——」
彼女の攻撃を防御しながらも続ける。
「聞きたいことって…?」
「決まってるでしょ」
間髪入れずに彼女が答える。
メイスが横からくる。
それを軽々と二刀で受け止めた。
「……あなたもわかっているでしょう」
「あの力のことよ」
言われなくてもわかっているつもりだった。
だが、いざ面と向かって言われると、どう回答すればいいかわからない。
あの日、自分の身に何があったのか————
————
怪我の治療に専念していた時。
デミラスが何度か視察に来ていた。
何回目の視察の時だったかはあまり覚えていない。
「君の力は特別だ」
「君には、その力を育てる義務があるのだよ」
学長からそう言われた。
「お言葉ですが……」
「前も話したと思うんですけど、あの時のことは覚えてなくて……」
「ああ——」
「もちろん、わかっているさ」
「君の意識がこうやって戻ってきていること自体、奇跡のようなものなのだよ」
「だから、今日はお願いをしに来たんだよ」
そこで一度、言葉が途切れた。
彼はこっちを見たまま、しばらく沈黙する。
そして、続けた。
その口元は、震えているように見えた。
「君に頼みたいことがある」
「正確には——君の“力”に、だ」
一瞬、思考が停滞した。
最初から、学長が何かを知っていることはわかっている。
今思えば、最初の推薦の時も『お願い』だったのかもしれない。
どちらにせよ、自分に潜む何かを知りたいのは事実だ。
学長のお願いを聞くことによって、それが何かを知ることができるかもしれない。
「わかりました——」
「聞かせてください」
「良い子だ」
「では——」
デミラスが何かを言おうとする。
だが、口が言うのを拒むように閉じた。
「いや」
小さく首を振る。
「今はまだ、その話はやめておこう」
ここまで気になる言い方をして言わない理由がわからなかった。
ただ、胸の奥に何かが引っかかった。
「だが、覚悟はしておいてほしい」
「君は、『希望』なのだからね」
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