↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
角の系譜  作者: ふりゅね
2/16

2 仮初めの孤児院


少年は、かつて孤児院と呼ばれていた檻の中にいた。



廊下の床は擦り切れた板張りで、歩くたびにところどころ軋む音を立てる。

壁にはかつてここにいた子供たちが背を比べた跡や、乱暴に引かれた定規の線が白く残っていた。


しかし、そのノスタルジーを塗りつぶすように、現在は無機質な鉄扉が等間隔に並び、通路を異様な雰囲気で支配している。


鉄格子のはまった窓から差し込む月明かりには、淡く埃が舞っていた。

夜風が格子を抜けて室内に滑り込み、机の上の紙の端をパタパタと揺らす。




日中、遠くからかすかに響く子供たちの声や、錆びついた遊具が軋む音。



それらはすべて、ここが一般的な孤児院だった頃の抜け殻だ。

今や他の子供たちはみな、少年と同じく「実験体」として番号で管理されていた。



ただ、責任者である父の息子という理由だけで、彼だけは特別な立場に置かれている。




能力者では無い少年の額には、まだ角は生えていなかった。


そのため、この施設の基準における「成功」か「失敗」かの判断は保留されている。


白衣を着た研究者たちは少年に干渉せず、ただいつ異能が発現するかを監視する「記録対象」として、冷淡な視線を向けるだけだった。




周囲の子供たちは、異物の存在として自然と少年から距離を置く。


同じ部屋にいても決して目を合わせず、言葉も交わさない。



少年もまた、それを気にする性質ではなかった。


少年はポケットの中で、亡き母の遺品である小さなペンダントを、ただじっと握りしめていた。



毎日繰り返される実験や、研究者たちの冷たい視線の中にいると、手のひらの中にある金属の冷たさだけが、妙に安心できる拠り所だった。

母の顔を思い出そうとしても、日を追うごとにその輪郭はどこかぼやけて、小さくなっていくような気がする。




少年はただ淡々と、床の冷たさ、椅子の木肌の固さ、自らの呼吸のリズム――世界の断片を一つずつ正確にカウントすることで、静かに時間をやり過ごしていた。


ただ一人、あの少女だけは違った。


彼女は、研究者たちがどれほど厳しい視線を注いでいようとお構いなしに、小さな手で少年の机に触れ、軽やかに声をかけてきた。


鈴を転がすような笑い声が、少年の世界の静寂をわずかに、だが確かに揺らす。



少年は無意識のうちに、ペンダントを握る手を少しだけ緩め、その姿を目線で追っていた。


少女の髪は、窓からの光を受けると柔らかく輪郭を溶かして揺れた。その瞳は世界を映して鮮やかに動く。


笑うと頬に小さなえくぼが浮かび、目尻が細く下がる。

表情の移り変わりは見ていて目まぐるしく、泣くように眉を寄せたかと思えば、次の瞬間には弾けたような明るい声をあげる。



少女だけは、少年を特別扱いしなかった。拒絶でも同情でもなく、ただそこにいる「人間」として。その無防備さが、少年には奇妙なほど眩しかった。計算でも損得でもない、その接し方の意味を、少年はうまく言語化できなかった。



拒絶もなければ、特別な反応もない。ただそこにいる一人の人間として、ごく自然に絡んでくる。



なんだ、コイツは。



疑問は一瞬で浮かび、一瞬で沈んだ。


だが、完全には消えなかった。


澱のように思考の底に留まり続ける何かが、少年には初めてだった。


感情ではない。


ノイズでもない。


それが何なのか、今の彼には言葉がなかった。


それだけのやり取りに、少年はほんの僅かな引っかかりを覚えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。