82.1942年の終焉――裏切りの足音と新たな防衛線
# 海洋帝国日本史 第八章:泥濘と狂乱の1942――崩れゆく世界と新たな火種
## 第十一話:1942年の終焉――裏切りの足音と新たな防衛線(1942年12月)
### 1.赤き津波とクリミアの陥落(1942年12月上旬)
1942年12月上旬。
ユーラシア大陸を分断する黒海の沿岸には、一切の慈悲を持たないシベリアの冬将軍と共に、絶望的な「赤い津波」が押し寄せていた。
「ウラー!! 資本主義の豚どもを黒海へ叩き落とせ!」
ソビエト連邦・赤軍の誇る数千両のT-34中戦車が、猛吹雪の平原を地鳴りを立てて疾走する。
彼らの標的となったトルコ共和国は、南のパレスチナでイタリア軍との泥沼の戦闘に主力を割かれており、この北からの電撃的な巨大侵攻に対して全く為す術を持たなかった。
「……閣下、クリミア半島が完全に陥落いたしました。セヴァストポリ要塞に、赤旗が掲げられました」
トルコの首都アンカラで、大統領は顔面を蒼白にして震え上がった。
黒海の絶対的な要衝であるクリミアを奪われたことで、ソビエトの強大な黒海艦隊が完全に自由を手に入れ、トルコ北岸の都市に無慈悲な艦砲射撃の雨を降らせ始めたのである。
さらに、東のカフカス山脈を越えてきた赤軍の山岳師団が、雪崩のようにトルコ東部へと殺到。
「……イスタンブールにも、東からも、敵が迫っている。我が国は、完全に終わったのか……!」
四面楚歌に陥ったトルコは、国家滅亡のカウントダウンを絶望の中で数えるしかなかった。
しかし。
このソビエトの過剰なまでの暴力と圧倒的な進軍速度は、トルコを絶望させただけでなく、地中海を挟んだ「ある独裁者」の心臓をも、恐怖で激しく鷲掴みにしたのである。
### 2.独裁者の変節――イタリアの恐怖と中東の再編(1942年12月中旬)
イタリア、ローマ。ヴェネツィア宮殿。
地中海を「我らが海」と豪語し、欲望のままにバルカン半島と中東に軍を進めていたベニート・ムッソリーニは、バルコニーから群衆に手を振るのをやめ、執務室でガタガタと震えていた。
「……ソビエトの赤軍が、もうセバストポリを制圧しただと!? このままトルコが食い破られれば、奴らの戦車部隊はボスポラス海峡を越えて、我が国の勢力圏であるバルカン半島に直接流れ込んでくるぞ!」
イタリア軍は、オーストリア・アルプスの雪山で中欧連合(独墺)に惨敗したトラウマを抱えていた。その彼らにとって、アルプスの防衛線を持たない東のバルカン半島から、無尽蔵のソビエト赤軍が押し寄せてくるという事態は、まさに「国家的な悪夢」であった。
「……ええい、トルコと砂漠で殺し合っている場合ではない! ヤンキーどもに連絡を取れ!」
1942年12月中旬。
ムッソリーニは、自らの領土的野心をかなぐり捨て、驚くべき「掌返し」を行った。
イタリア政府は、パレスチナで半年間も泥沼の殺し合いを続けていたトルコ政府に対し、突如として**『無条件での電撃講和(停戦)』**を申し入れたのである。
「赤軍の南下は、我々新ローマ帝国にとっても、そして中東の石油を握るアメリカにとっても致命的な脅威である! 直ちに殺し合いをやめ、防波堤を築かねばならない!」
この提案に、最も安堵したのは他でもないアメリカ合衆国であった。
ソコトラ島を制圧して中東の覇権を握ったアメリカ陸軍も、イランの背後に潜む大日本帝国の不気味な気配と、怒涛の勢いで南下してくるソビエトの影に、強い危機感を抱いていたからである。
「……イタリアの阿呆が、ようやく事の重大さに気づいたか」
アメリカ中東軍の司令官は、砂漠のテントで冷たく笑い、すぐさまイタリア・トルコの停戦を仲介した。
かくして、中東の熱砂の上で。
つい数日前まで互いの喉元を食い破り合っていたアメリカ、イタリア、トルコの三ヶ国は、共通の巨大な敵(ソビエトと日本)の脅威を前にして、極めて歪で脆い**『中東・バルカン対共産防衛線』**を大急ぎで構築し始めたのである。
同盟国の背後を突き、自国の利益だけを求めた結果、世界最悪のヒグマを呼び寄せてしまった枢軸陣営。彼らの「理念なき同盟」の醜悪さが、ここに極まった。
### 3.エメラルドの空の死闘――アイルランド航空戦(1942年12月下旬)
中東が恐怖による結託に揺れていた頃、西ヨーロッパの最果て、占領下のアイルランド上空では、大英帝国とアメリカ合衆国による、一歩も引かない「空の殺し合い」が連日繰り広げられていた。
「ロンドンを燃やしたフランスの次は、ヤンキーの爆撃機か! 大英帝国の空は絶対に渡さん!」
イギリス空軍(RAF)のスピットファイアと、日系メーカー(欧州三菱)の工場から生み出された木製でレーダーに映りにくい脅威の双発戦闘爆撃機『モスキート(あるいは極東からのライセンス機)』が、アイリッシュ海を越えて飛来するアメリカ軍のB-17重爆撃機を次々と迎撃していく。
ダダダダダッ!
アイルランドの緑豊かな大地の上空で、星条旗を描いたB-17が火を噴き、黒煙を引いて墜落していく。
アメリカ陸軍航空隊もP-38ライトニングなどで猛烈に護衛を行ったが、イギリス本土の強力なレーダー網と防空システムを突破することは至難の業であった。
「……くそっ、イギリスの戦闘機がどこからともなく湧いてくる! アイルランドの基地に、もっと航空機と弾薬の増援を送ってくれ!」
アイルランドを占領したアメリカ陸軍の司令官は、ワシントンの海軍省に向けて悲痛な要請を送り続けていた。
しかし、アメリカ大西洋艦隊の反応は、極めて冷淡であり、臆病であった。
「……増援の輸送船団を出すだと? 冗談ではない」
先の『アイルランド沖海戦』において、ドイツ海軍の戦艦『ビスマルク』や『ティルピッツ』の巨砲の前に、五隻の戦艦を喪失するというトラウマを植え付けられたアメリカ大西洋艦隊は、大西洋の東側に艦艇を派遣することを「極度に恐れ始めて」いた。(そおそも戦艦や空母がおらず、戦力保持を目的に重巡洋艦等の欧州への派遣にも怖気づいていた。)
「あの海域には、無制限潜水艦作戦のUボートだけでなく、ゲルマンの化け物戦艦どもがウヨウヨしているのだぞ! 護衛の戦艦を持たない我々に、輸送船団を守り切れるわけがない!」
アメリカ大西洋艦隊がアイルランドへの増援派遣を渋り始めたことで、アイルランドに駐留するアメリカ陸軍は、徐々に「補給の細る孤島」へと追い詰められ始めていた。
彼らはイギリスの背後を突くための不沈空母を手に入れたはずが、イギリス空軍の猛撃とドイツ海軍の恐怖によって、逆に自らが巨大な袋のネズミになりつつあったのである。
### 4.焦土の意地――フランス中部の新防衛線(1942年12月末)
そして、ヨーロッパ大陸の主戦場であるフランス。
首都パリを放棄し、北部の豊かな工業地帯や大西洋の港湾都市、さらに東部のランス、ナンシー、ストラスブールといった重要拠点をすべてドイツ軍に奪われたフランス国家主席ルクレール(新ナポレオン)。
誰もが、フランスの完全降伏は時間の問題だと思っていた。
しかし、この狂気に憑りつかれた男は、異常なまでの「粘り」を見せていたのである。
「……我々はまだ負けていない! 大フランスの魂は、決してゲルマンの豚どもに屈しはしない!」
臨時首都マルセイユのラジオ局から、ルクレールの血を吐くような演説がフランス全土に響き渡る。
彼は、国土の北半分を完全に喪失しながらも、残されたフランスの全兵力と、アメリカ陸軍の残存部隊をかき集め、フランス中部のロワール川流域からヴィシー周辺にかけて、強固な**『中部新防衛線』**を泥臭く構築していた。
「一歩でも南へ足を踏み入れるドイツ兵は、我々の死体を超えていけ!」
食糧も弾薬も尽きかけ、軍服はボロボロになりながらも、ルクレールの狂信的な愛国心に突き動かされたフランス軍の将兵たちは、降り積もる雪の中で塹壕を掘り、ドイツ軍の戦車部隊に対して決死の抵抗を続けていた。
ドイツ軍のマンシュタイン将軍も、この予想外の粘りに舌を巻いた。
「……狂人の執念というやつか。すでに国家としての継戦能力は失われているというのに、兵士たちの士気だけで前線を維持している。深追いは危険だ、春まで待とう」
かくして、1942年の冬。
フランスは国土を真っ二つに引き裂かれながらも、その中央部で凄惨な出血を伴いながら、奇跡的にドイツ軍の進撃を食い止めることに成功したのである。
### 5.裏切りの足音――東京への密使(1942年12月31日)
1942年の大晦日。
ヨーロッパ全土が雪と泥と血に覆われ、静かな夜を迎えようとしていたその頃。
戦火の燃え移っていないイベリア半島の中心、マドリードの総統府で、スペインの独裁者フランコ将軍は、暖炉の火を眺めながら極上の一杯を楽しんでいた。
「……愚か者どもめ」
フランコは、ヨーロッパの地図を見つめながら嘲笑した。
「ルクレールは狂気に呑まれ自国を焦土にし、ムッソリーニはソビエトの影に怯え、ルーズベルトは太平洋と大西洋の二正面作戦で国家の血管を破裂させかけている」
フランコは、開戦以来、ジブラルタルの強奪とポルトガルの併合という「最も美味しい果実」だけを掠め取り、自国の陸軍をフランスの救援やイギリス本土の泥沼に派遣することを徹底的に拒否してきた。
その結果、枢軸同盟の中で唯一、スペインだけが「無傷の軍事力と経済力」を完全に温存していたのである。
「沈みゆく泥舟(枢軸国)に、これ以上付き合う義理はない。我々スペインが戦後の世界で生き残るためには、今ここで、最も力を持つ『勝者』の側に寝返る必要がある」
彼が選んだ相手。
それは、ハワイでアメリカを圧倒し、広大な太平洋とアジアを支配し、パックス・ジャポニカという強靭な経済圏を率いる**大日本帝国**であった。
その日、大日本帝国の帝都・東京。
雪が舞い散る霞が関の帝国将軍府の奥深く、極秘の応接室に、スペイン政府から派遣された特使が、誰にも知られることなく足を踏み入れていた。
「……我がスペイン国総統、フランコ将軍からの親書でございます」
特使は、大日本帝国の首脳陣(あるいは情報局長官)に対し、恭しく書類を差し出した。
「我がスペインは、これより枢軸同盟(米仏伊)から実質的に離脱し、大日本帝国および大英帝国、ドイツとの『単独講和』を望みます。……条件は一つ。我々が確保したイベリア半島(ポルトガル領含む)とアフリカ北部の権益を、戦後も承認していただくこと。それさえ飲んでいただければ、我々は連合国に対し、一切の敵対行動を永久に停止いたします」
同盟国が血を流している最中に、自らの実利だけを確保して「美しい退場」を決め込もうとする、フランコ将軍の極めて老獪で冷酷なリアルポリティクス(現実政治)。
日本の首脳陣は、親書を読み、ゆっくりと、そして不気味に口角を上げた。
「……よかろう。ルクレールの背中を刺すというのなら、我々大日本帝国は、貴国の『賢明な判断』を大いに歓迎する」
### 6.エピローグ――1942年の終焉
1942年12月31日、深夜23時59分。
狂乱と泥濘の1942年が、終わろうとしている。
太平洋では、ハワイ・オアフ島の半分を占領した大日本帝国が、王女を擁立してアメリカの心臓を内側から抉り取ろうとしている。
ユーラシア大陸では、ソビエトという巨大な赤いヒグマが目覚め、中東の砂漠に恐怖の冷気を吹き込んでいる。
ヨーロッパでは、イギリスが空の防衛を死守し、ドイツがフランスを真っ二つに引き裂き、スペインが裏切りの刃を研いでいる。
かつてルクレールやルーズベルトが描いた「力による世界の一元支配」という傲慢な夢は、彼ら自身の欲望と疑心暗鬼によって完全に打ち砕かれた。
世界は今や、イデオロギーや正義ではなく、純粋な「生存競争」と「剥き出しのエゴ」だけが支配する、真の修羅場へと変貌を遂げていたのである。
時計の針が、1943年の午前零時を指し示した。
それは、一時的な膠着の終わりであり。
数千万の命が、国家の威信という名の巨大な歯車に完全にすり潰される、最も凄惨で血塗られた『総力戦の極致』への、絶望的な開幕の合図であった。
(第八章 第十一話 完)
(第八章 泥濘と狂乱の1942 完)
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