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81.オアフの泥沼と王女の帰還――太平洋の政治戦

# 海洋帝国日本史 第八章:泥濘と狂乱の1942――崩れゆく世界と新たな火種


## 第十話:オアフの泥沼と王女の帰還――太平洋の政治戦(1942年12月)


### 1.鉄の雨降る楽園――パールハーバーの膠着(1942年12月上旬)


1942年12月上旬。

帝国連合艦隊がアメリカ太平洋艦隊の全空母を海の底へと葬り去った「ハワイ沖海戦」から、およそ三ヶ月が経過していた。


かつてアメリカ太平洋艦隊の母港であり、難攻不落を誇ったオアフ島南岸の**『真珠湾パールハーバー』**。

その港湾施設と周辺のホノルル市街地には、今や大日本帝国の巨大な日章旗と旭日旗がはためき、無数の帝国陸軍・海兵隊の拠点がいそいそと構築されていた。


「……また撃ってきたぞ! 伏せろ!」

しかし、真珠湾を占領した帝国兵たちの頭上には、今日も絶え間なく「鉄の雨」が降り注いでいた。


ズドガァァァァン!!

港に停泊していた輸送船のすぐ脇に、山岳地帯から放たれたアメリカ軍の155ミリ榴弾が着弾し、巨大な水柱を上げる。


「被害報告! 第三物資集積所が炎上! 死傷者多数!」

「くそっ、山の上のヤンキーどもめ……! 穴倉に引きこもりやがって!」


帝国海兵隊は、甚大な犠牲を払ってオアフ島の「南半分」を制圧することに成功した。だが、アメリカ軍の主力は降伏することなく、島の中央を背骨のように貫く**『コオラウ山脈』**の険しいジャングルと洞窟陣地へと後退し、徹底的なゲリラ戦と砲撃戦に移行していたのである。


「……前進不可能です。山肌に張り巡らされたトーチカと地雷原により、我が軍の歩兵突撃は完全に釘付けにされています」

ホノルルの臨時司令部で、前線指揮官が血のにじむような報告を行った。


アメリカ兵たちを支えているのは、「ここを抜かれれば、次はカリフォルニアの家族がジャップの軍靴に踏みにじられる」という、本土防衛の最終防波堤としての絶対的な恐怖と狂気であった。

彼らは泥水と自らの排泄物にまみれた塹壕の中で、マラリアやデング熱に苦しみながらも、決して白旗を揚げようとはしなかった。


オアフ島は、ヨーロッパの仏独国境(アルザス地方)と全く同じ、一歩進むごとに数百の命がすり潰される「完全な泥沼の陣地戦」へと陥っていたのである。


### 2.血塗られた補給線――ハワイ・エクスプレス


帝国軍をさらに苛立たせていたのは、孤立無援のはずのアメリカ軍の「異常なまでの弾薬と物資の豊富さ」であった。


「……なぜだ。太平洋の制海権は我が帝国が握っているはず。なぜヤンキーどもは、あれほど無尽蔵に大砲を撃ちまくれるのだ!?」

司令官の怒号に対し、参謀が重苦しい口調で答えた。


「……オアフ島の北岸ノースショアです。暗夜に乗じて、アメリカ西海岸から決死の輸送船団が入り込んでいます」


アメリカ合衆国は、ハワイを見捨ててはいなかった。

彼らは、帝国海軍の潜水艦がうろつく太平洋の死の海域を、高速の駆逐艦や武装輸送船を用いて強行突破する**『ハワイ・エクスプレス』**と呼ばれる補給作戦を、毎夜のように狂気じみた執念で決行していたのである。


「ジャップの潜水艦に半分沈められようと構わん! ハワイの守備隊に、一発でも多くの弾薬と、一人でも多くの増援を送り届けるのだ!」

アメリカの無尽蔵の工業力が、西海岸の港から次々と弾薬と戦車を吐き出し、それが血塗られた航路を通ってオアフ島の北岸へと陸揚げされていた。


「北岸の補給港を艦砲射撃で潰せ!」

帝国海軍も戦艦や巡洋艦を出撃させたが、アメリカ陸軍はオアフ島北部の沿岸にも強固な要塞砲を構築しており、うかつに接近すれば戦艦の装甲すら撃ち抜かれる危険性があった。


力と力の真っ向勝負。

アメリカの工業力と、日本の軍事力が、この太平洋の極小の島の上で、果てしないシーソーゲームを繰り広げていた。

「……このまま力押しで山を登れば、我が海兵隊の血が完全に枯渇する。何か、根本的に戦局を引っくり返す『別の一手』が必要だ」

東京の帝国将軍府は、血みどろの戦況報告を前に、冷徹な計算を働かせていた。


軍事力でアメリカの狂気を折れないのなら。

彼らが「何のために戦っているのか」という大義名分そのものを、根底から粉砕してしまえばよい。


### 3.暗躍の王女――極東のインテリジェンス(1942年12月10日)


1942年12月10日。

厳重な護衛を伴った一隻の帝国海軍の巡洋艦が、砲煙くすぶるホノルル港に静かに入港した。


タラップが下ろされ、そこから降り立ったのは、将官でも、新たな増援の兵士たちでもなかった。

純白のドレスに身を包み、ハワイの伝統的な花の首飾り(レイ)を胸に提げた、気品あふれるうら若き女性であった。


彼女を取り囲むように、黒い背広を着た大日本帝国・秘密情報部(御庭番)の将校たちが鋭い視線を周囲に配っている。


「……よくぞご無事で帰還されました、殿下」

ホノルルを占領していた帝国陸海軍の最高司令官たちが、彼女の前に進み出て、深く、そして恭しく頭を下げた。


彼女の名は、**リリウオカラニ二世**(架空の王女)。

かつて、1893年にアメリカ人農園主たち(白人資本家)の武力クーデターによって強引に国を奪われ、滅亡させられた**『ハワイ王国(カメハメハ王朝およびカラカウア家)』**の正統なる血を受け継ぐ、最後の王女であった。


「……私の祖国、ハワイ。五十年ぶりに、ようやくこの土を踏むことができました」

王女は、砲弾でえぐられたホノルルの街並みと、遠くで響く大砲の音に悲しげに目を伏せながらも、毅然とした態度でホノルル総督府(かつてのイオラニ宮殿)へと足を踏み入れた。


実は、大日本帝国は長年にわたり、アメリカの魔の手から逃れてきたハワイ王家の末裔を、極秘裏に東京の貴族院や皇室の庇護下で「保護・教育」していたのである。

(※史実においても、カラカウア王が日本の皇室との政略結婚を申し出たという歴史的背景があり、この世界線ではそれが「血の保護」という形で結実していた。)


「アメリカは、この島を自分たちのもの(本土の盾)だと主張している。だが、彼らは武力で女王を幽閉し、不法に国を乗っ取った『強盗』に過ぎない」

情報部の将校が、冷酷な笑みを浮かべて作戦の全容を語る。

「……我々大日本帝国は、侵略者ではない。アメリカの圧政からハワイの民を救い出し、正当なる王政を復古させるための『解放軍』なのだ。……その強烈な事実を、ヤンキーの兵士たちと、現地のハワイ住民に叩きつける」


### 4.王国復興――ホノルル臨時政府の樹立(1942年12月15日)


1942年12月15日。

オアフ島全域、いや、アメリカ西海岸にまで届く強力な電波に乗せて、ホノルルの放送局から「歴史的な宣言」が全世界に向けて発信された。


『……ハワイの愛する民よ。私は帰ってきました。アメリカの不法な占拠と暴力によって奪われた我々の祖国を取り戻すため、大日本帝国の力強き盟友たちと共に』


ラジオから流れる、流暢な英語とハワイ語の入り交じった王女の肉声。

それは、山岳地帯の塹壕で泥にまみれていたアメリカ兵たちの耳にも、そしてホノルル市街で占領下の生活に怯えていた日系移民やハワイの先住民たちの耳にも、等しく届いた。


『私はここに、ハワイ王国の復興と、**「ホノルル臨時政府」**の樹立を宣言します。……山に籠もるアメリカの兵士たちに告ぐ。あなた方は、他国の領土を不法に占拠し、我々の祖国を戦火に巻き込んでいる侵略者です。直ちに武器を置き、我々の神聖なる島から立ち去りなさい』


この放送がもたらした心理的衝撃サイコロジカル・ショックは、戦艦の主砲数百発分を遥かに凌駕する絶大なものであった。


「……なんだと? 王女だと? ハワイ王国が復活した?」

アメリカ兵たちは、塹壕の中で顔を見合わせた。

彼らはこれまで「自分たちのアメリカの領土を守るための、正義の防衛戦」を戦っていると信じていた。

しかし、大日本帝国のインテリジェンスは、その大義名分を根底からひっくり返した。


「ヤンキーの諸君! 君たちは本土を守っているのではない! 他人の国を盗んだ泥棒の用心棒として、この泥沼で犬死にしようとしているのだ!」

最前線の帝国軍の陣地から、巨大なスピーカーで英語の宣伝放送プロパガンダが昼夜を問わず流される。


さらに、この「王政復古」の宣言は、オアフ島の現地のハワイ先住民たちに劇的な変化をもたらした。

「……我々の女王様が帰ってきた! 日本軍は、アメリカの白人たちを追い出してくれる解放者だ!」


アメリカ軍の基地で働かされていた現地の労働者たちが、次々とサボタージュ(怠業)やストライキを開始。山岳地帯に隠されたアメリカ軍の弾薬庫の場所や、ハワイ・エクスプレスの揚陸地点の情報が、ハワイ住民のレジスタンスを通じて、次々と帝国軍の司令部へと「密告」され始めたのである。


### 5.軋む星条旗――心理戦の猛威


「ジャップの卑劣なプロパガンダに騙されるな! 奴らは王女を傀儡にして、ハワイを自分たちの植民地にしようとしているだけだ!」

アメリカ軍の司令官は部下たちを怒鳴りつけたが、一度植え付けられた「疑心暗鬼」の毒は、泥沼の戦場において極めて強力に作用した。


「でも司令官……現地のハワイ人たちが、我々を見る目が完全に『憎悪』に変わっています。水に毒を入れられ、夜中に歩哨が首を掻き切られています。……ここはもう、我々アメリカ人のいるべき場所ではないのでは……?」


飢えと病、そして「自分たちは何のために戦っているのか」という大義の喪失。

アメリカ軍の士気は、12月を境に音を立てて崩れ始めた。

強固だったコオラウ山脈の防衛線から、夜陰に乗じて帝国軍の陣地へと投降(あるいは逃亡)するアメリカ兵の姿が、日を追うごとに増え始めていたのである。


「武力で制圧するのではない。彼らの心の中にある『星条旗』を、内側から引きずり降ろすのだ」

ホノルルの総督府で、日本の情報将校たちは、王女の傍らに立ちながら冷徹に戦果を確認していた。


大日本帝国の掲げる『八紘一宇』と『大東亜共栄圏』。

それは、アメリカの白人至上主義的な植民地支配に苦しむ有色人種たちにとって、少なくともこの時点においては、劇薬のような「希望の光」として機能していた。

帝国は、その理想を極限まで政治利用し、アメリカという巨大な国家の継戦意志を、心臓の奥深くから麻痺させようとしていたのである。


### 6.エピローグ――1942年の終焉へ向けて


1942年12月下旬。

ハワイ諸島・オアフ島は、いまだに島の北半分をアメリカ軍が死守し、「ハワイ・エクスプレス」の補給線も完全には絶たれてはいなかった。

しかし、ホノルル臨時政府(ハワイ王国の復活)という大日本帝国の強烈な政治的カードにより、戦局は徐々に、しかし決定的に「帝国の完全勝利」へと傾き始めていた。


アメリカ合衆国ルーズベルト大統領は、西海岸砲撃の恐怖に加え、ハワイが「政治的・思想的」にアメリカから離反していくという現実を前に、中間選挙での大敗北とポリオの悪化により、完全に政権運営の能力を失いかけていた。


そして、世界がハワイの泥沼と政治戦に目を奪われている間。

ヨーロッパ大陸と中東では、この「狂乱の1942年」を締めくくるにふさわしい、各国のエゴと裏切りが交錯する『最悪のフィナーレ』が、静かにその幕を開けようとしていたのである。


イタリアの変節。

ドイツのパリ進撃とフランスの防衛戦。

アイルランド上空での死闘。

そして、泥舟を見捨てて一人逃げ切ろうとする、スペインの独裁者の東京への密使。


世界を焼き尽くした一年が終わろうとしている。

絶望と謀略が渦巻く第八章、いよいよ次が最終話である。


(第八章 第十話 完)


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