62.落日の地中海とドーバーの空
# 海洋帝国日本史 第七章:Memorial Day――欧州大戦の勃発
## 第二話:落日の地中海とドーバーの空(1941年12月6日〜7日)
### 1.ヘラクレスの柱の崩壊――ジブラルタル急襲(12月6日)
1941年(昭和16年)12月6日。
極東において大日本帝国とアメリカ合衆国が修羅の海へと突入し、仏独国境で数百万の軍勢が激突したまさにその日。
「大英帝国の生命線」の西の入り口であり、地中海と大西洋を繋ぐ絶対的な要衝――**英領ジブラルタル要塞**は、突如として降り注いだ鋼鉄の雨によって、完全に目を覚まさせた。
「敵襲! スペイン方面からの砲撃です!」
岩山の内部に構築された英軍地下司令部に、悲鳴のような報告が響き渡る。
スペインの独裁者・フランシスコ・フランコ将軍は、フランスのルクレール(新ナポレオン)と結んだ密約に基づき、この「世界が燃え上がった日」を、三百年前にイギリスに奪われた領土を奪還するための千載一遇の好機(火事場泥棒)と定めていた。
ドゴォォォォォォン!!!
ジブラルタルと陸続きになっているスペイン側の国境線および、対岸のアルヘシラス湾に密かに集結していた数百門のスペイン軍重砲陣地が、一斉に火を噴いた。
「撃て! 我らが祖国の誇りを取り戻すのだ!」
巨岩に穿たれたイギリス軍の砲座が次々と直撃を受け、粉砕されていく。
砲撃の土煙に紛れ、スペイン陸軍の精鋭歩兵部隊と軽戦車群が、狭い砂州を越えてジブラルタルの市街地へと雪崩れ込んだ。
「防衛線を死守しろ! ここを抜かれれば地中海が封鎖されるぞ!」
イギリスの守備隊も、岩山の中腹から猛烈な機関銃の弾幕を張り、スペイン兵を次々と薙ぎ倒した。
しかし、スペイン軍の背後には、フランスから供与された最新鋭の爆撃機部隊が控えていた。
空からの無慈悲な絨毯爆撃が、ジブラルタル軍港に停泊していたイギリスの駆逐艦と輸送船を焼き払い、補給施設を完全に破壊する。逃げ場のない岩山に立て籠もる英軍守備隊は、外部からの援軍の望みが完全に絶たれた状態で、絶望的な市街戦と塹壕戦を強いられることになった。
「……弾薬が尽きかけています。総督、これ以上は……」
数日間の血みどろの激戦の末、孤立無援となったジブラルタル総督は、将兵の命を救うために白旗を揚げる決断を下した。
かくして、古代より「ヘラクレスの柱」と呼ばれた地中海の扉は、スペイン(蛮)の手に落ちた。
大英帝国は、地中海へのアクセスを大西洋側から完全に「遮断」されてしまったのである。
### 2.アレクサンドリアへの血路――地中海艦隊の悲劇(12月6日〜7日)
ジブラルタルが炎に包まれていた頃。
地中海の東側においても、イギリス海軍にとっての「悪夢」が現実のものとなっていた。
イタリア半島を支配する独裁者ベニート・ムッソリーニは、バルコニーから熱狂する群衆に向けて高らかに宣言していた。
「偉大なるローマの末裔たちよ! 今こそ、我らが海から、アングロサクソンの寄生虫どもを駆逐する時だ!」
エジプトの防衛と地中海の制海権を担う**イギリス地中海艦隊**。
戦艦『ウォースパイト』『ヴァリアント』を中心とするこの誇り高き艦隊は、イタリア海軍を牽制するため、アレクサンドリア港からマルタ島方面へと出撃していた。
しかし、彼らの頭上に、シチリア島から発進したイタリア空軍のサヴォイア・マルケッティSM.79雷撃機の大群が襲い掛かった。
「右舷より雷撃機接近! 撃ち落とせ!」
激しい対空砲火が打ち上げられるが、イタリア軍の雷撃機パイロットたちは、地中海の覇権を懸けて恐るべき技量と執念を見せた。
海面スレスレを超低空で突進してくる三発機の群れ。放たれた航空魚雷が、イギリス艦隊の陣形を次々と食い破っていく。
ドガァァァン!! ズゴォォォォン!!
「戦艦ウォースパイト、左舷に被雷! 浸水発生!」
「巡洋艦グロスター、轟沈!」
さらに、暗夜に乗じて接近してきたイタリア海軍の「人間魚雷」や特殊潜航艇部隊が、混乱するイギリス艦隊の懐に潜り込み、致命的な破壊工作を次々と成功させた。
「……駄目だ。制空権のない海で、これ以上の戦闘継続は全滅を意味する」
地中海艦隊司令長官カニンガム提督は、血を吐くような思いで撤退を決断した。
「全艦、エジプトのアレクサンドリア港へ後退せよ。マルタへの補給は……一時断念する」
傷ついた戦艦群が、黒煙を引きながら東へと逃げ去っていく。
それは、地中海の中央に浮かぶイギリスの不沈空母・**マルタ島**が、完全にイタリア軍の包囲網の中に取り残されたことを意味していた。
「……我々は見捨てられたのか」
マルタ島の守備隊員たちは、迫り来るイタリア海軍の巨大な艦影と、空を黒く染める爆撃機の群れを絶望的な目で見上げるしかなかった。
### 3.ドーバーの対峙――本国艦隊と新ナポレオン(12月7日)
「ジブラルタル陥落……! 地中海艦隊、敗退……! 首相、我が帝国は真っ二つに分断されました!」
ロンドンの地下司令部。
次々と舞い込む絶望的な報告に、閣僚たちは頭を抱え、パニックに陥っていた。
「静かにしろ!!」
ウィンストン・チャーチル首相の怒声が、司令部の空気を凍りつかせた。
チャーチルの目は血走り、その太い指にはめられた葉巻は噛みちぎられていたが、彼の中に「降伏」の二文字は存在しなかった。
「地中海が地獄の底に落ちようとも、本国(ブリテン島)が健在である限り、大英帝国は死なん」
チャーチルは、作戦地図の最も重要かつ危険な海域――イギリスとフランスを隔てる狭い水路、**ドーバー海峡(英仏海峡)**を強く指差した。
「ルクレールの真の狙いは、我々の首だ。フランス海軍の主力艦隊が、ブレスト軍港を出港し、海峡へ向かって北上中との報告が入っている。……本国艦隊の全力を挙げよ。何としても、海峡で奴らを食い止めるのだ!」
12月7日、午後。
冬のどんよりとした雲が低く垂れ込める英仏海峡。
荒波を蹴立てて進むのは、戦艦『キング・ジョージ5世』『プリンス・オブ・ウェールズ』を中核とするイギリス本国艦隊。彼らの使命はただ一つ、「フランス軍によるイギリス本土上陸」を海上において絶対阻止することであった。
そして、水平線の彼方から、そのイギリス艦隊の行く手を阻むように姿を現した巨大な鋼鉄の壁。
ルクレール国家主席の野望を体現する、新鋭戦艦『リシュリュー』『ジャン・バール』を中心とする、**フランス海軍主力艦隊**である。
「イギリスの時代は終わった! この海峡の底を、忌まわしきユニオンジャックで埋め尽くしてやれ!」
フランスの提督が号令を下す。
ズドゴォォォォォォォォォン!!!
両軍の戦艦群が、38センチ砲と35.6センチ砲の斉射を互いに放ち始めた。
海峡の狭い海域で、巨大な水柱が林立し、凄まじい砲撃音がイギリス南部の海岸まで響き渡る。
トラファルガー海戦以来となる、英仏の命運を懸けた巨大な艦隊決戦が、このドーバーの荒海で勃発したのである。
### 4.バトル・オブ・ブリテン――白い崖の上の死闘
しかし、真の死闘は海の上だけではなかった。
イギリス本国艦隊の頭上、そしてロンドンへと続くイギリス南部の空には、この世の終わりを告げるような「巨大な羽音」が響き渡っていた。
「……敵機、来ます。レーダー(チェーン・ホーム)の反応、文字通り『無数』です!」
イギリス空軍(RAF)の地下防空指令室。
レーダー画面を埋め尽くす光点は、フランス空軍が全力を挙げて繰り出した、数千機にも及ぶ爆撃機と護衛戦闘機の大編隊であった。
彼らの目標は、イギリス海峡に展開する本国艦隊への空爆、そしてイギリス南部の航空基地群およびレーダー施設の完全破壊。すなわち、「イギリス本土の制空権の奪取」である。
「……全戦闘機操縦士に告ぐ。我が祖国の命運は、今、諸君の双肩に懸かっている。スクランブル(緊急発進)!」
キュルルルル……ボボボボボッ!
イギリス南部の飛行場から、ロールス・ロイス・マーリンエンジンの美しい咆哮と共に、イギリス空軍の誇る**スーパーマリン・スピットファイア**と**ホーカー・ハリケーン**が、次々と鈍色の空へ舞い上がった。
ドーバーの象徴である「白い崖」の上空高度7000メートルで、英仏の航空部隊が正面から激突した。
**「バトル・オブ・ブリテン(英仏航空戦)」**の開幕である。
「落とせ! この空を越えさせるな!」
「ナポレオンの亡霊どもを地獄へ送り返してやれ!」
スピットファイアのエレガントな楕円翼が空を切り裂き、フランス空軍の主力戦闘機『ドボワチンD.520』の編隊へと襲い掛かる。
ダダダダダッ! バババババッ!
空を埋め尽くすほどの曳光弾が交差し、被弾した機体が黒煙を引いてイギリス海峡の冷たい海へと墜落していく。
フランスのドボワチンD.520は、優秀な機体ではあったが、イギリスが国家の存亡を懸けて極限まで磨き上げたスピットファイアの旋回性能と、レーダー網を利用した効率的な迎撃システムの前に、多大な犠牲を強いられることになった。
「くそっ! イギリスの戦闘機がどこからともなく湧いてくるぞ!」
フランスの爆撃機編隊は、護衛戦闘機の壁を食い破ったハリケーンの8連装7.7ミリ機関銃の集中砲火を浴び、次々と火だるまになってロンドンの手前で叩き落とされていった。
「……一機でも多く落とせ! ロンドンの空は絶対に渡さん!」
イギリスの若きパイロットたちは、燃料と弾薬が尽きるまで戦い、基地に戻ってはすぐに補給を受けて再び空へ舞い戻るという、過酷極まる出撃を一日何十回と繰り返した。
彼らは血反吐を吐きながらも、フランス空軍のロンドン侵入を水際で食い止め(一部はロンドン空襲に成功していた。)、本土の制空権を死守するために文字通り「命の盾」となっていたのである。
### 5.エピローグ――血に染まる海峡と、見えない刃
12月8日、夕刻。
丸二日間に及ぶドーバー海峡での艦隊決戦と航空戦は、両軍に凄惨な被害をもたらしながら、依然として膠着状態にあった。
イギリス本国艦隊は、戦艦の装甲をボロボロにされ、数隻の駆逐艦を失いながらも、フランス海軍の海峡突破をほとんど許さなかった。
上空では、スピットファイアとハリケーンが、自らの数倍にも及ぶフランス空軍の波状攻撃を奇跡的な奮闘で跳ね返し続け、フランス側に甚大な航空機(爆撃機)の損耗を強いていた。
「……我々は持ち堪えている。フランス軍の目論見(海峡突破と制空権奪取)は、完全に失敗したのだ」
ロンドンの地下司令部で、チャーチルは血眼で戦況報告を読みながら、かすかな希望の光を見出そうとしていた。
「ルクレールの奴、海でも空でもイギリスの壁を越えられず、焦っているに違いない」
しかし。
チャーチルの、そして大英帝国軍首脳陣のこの「安堵」こそが、フランス(新ナポレオン)の仕掛けた最も恐ろしい罠であったことに、彼らはまだ気づいていなかった。
フランス・パリ。エリゼ宮。
ルクレール国家主席は、海軍と空軍から上がってくる「大損害」の報告書を前にしても、不敵な笑みを崩さなかった。
「……ご苦労だった、海軍と空軍の諸君。イギリスの『眼』と『主力』は、見事にドーバー海峡に釘付けにされた」
ルクレールは、手元のワイングラスを置き、地図の「ドーバー海峡」から、はるか南西――大西洋に面したイギリス南西部の軍港都市、**「プリマス」**へと、チェスの駒をゆっくりと進めた。
「イギリス本国艦隊はドーバーで血を流し、空軍もロンドン防衛に全力を注いでいる。……つまり、イギリスの『南西部の腹』は、今、完全にガラ空きだ」
ドーバー海峡での大規模な艦隊決戦と航空戦。
それは、イギリスの主力を引きつけるための、ルクレールの仕掛けた史上最大の**「囮(欺瞞作戦)」**であった。
「……全『仏西連合陸軍』の上陸部隊に命じる。夜陰に乗じて大西洋を渡り、プリマスへ強襲上陸を開始せよ。……大英帝国の心臓に、直接ナイフを突き立てるのだ」
1941年12月8日、深夜。
イギリスが「ドーバーを防衛し切った」と安堵の息を吐いたその真裏で。
イギリス南西部の暗黒の海を、数万のフランスおよびスペイン軍の精鋭部隊を乗せた無数の輸送船団が、音もなくプリマス海岸へと忍び寄っていた。
大英帝国崩壊への真のカウントダウンが、今、最悪の形で始まろうとしていたのである。
(第七章 第二話 完)
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