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63.海峡の死闘と、引き裂かれたブリテンの盾

# 海洋帝国日本史 第七章:Memorial Day――欧州大戦の勃発


## 第三話:海峡の死闘と、引き裂かれたブリテンの盾(1941年12月8日〜9日)


### 1.血塗られた海峡――『キング・ジョージ5世』の最期


1941年12月8日、午後。

冬の鉛色の雲が垂れ込める英仏海峡(ドーバー海峡)は、数千発の巨大な砲弾と、無数の航空機が乱れ飛ぶ「鋼鉄の修羅場」と化していた。


イギリス本国艦隊と、フランス海軍マリーヌ・ナショナル主力艦隊による、トラファルガー海戦以来となる直接対決。

波間には撃墜された航空機の残骸と、沈没した両軍の駆逐艦から流れ出した重油が真っ黒に漂い、燃え盛る炎が海峡を不気味に照らし出している。


「……フランスめ、一歩も引く気はないらしいな」

イギリス本国艦隊旗艦、戦艦**『キング・ジョージ5世(KGV)』**の艦橋。

砲煙で顔を黒く染めたイギリスの提督は、双眼鏡越しに、猛烈な砲火を浴びせかけてくるフランスの最新鋭戦艦**『リシュリュー』**と**『ジャン・バール』**の姿を睨みつけていた。


ルクレール(新ナポレオン)の命を受けたフランス海軍は、イギリス本土上陸の足がかりを掴むため、一切の出し惜しみをせず全戦力をこの海峡に叩きつけていた。

さらに、フランス艦隊の遥か後方には、空母**『ジョッフル』**を中心とするフランス海軍航空隊が陣取り、絶え間なく雷撃機と爆撃機の波状攻撃を送り込んできていたのである。


「敵雷撃機編隊、接近! 右舷より十数機!」

「対空戦闘! 我らが大英帝国の盾を、ナポレオンの亡霊どもに抜かせるな!」


KGVの5.25インチ両用砲と多数のポンポン砲(多連装対空機銃)が、空を真っ黒に染めるほどの猛烈な弾幕を張り巡らせる。

「国王陛下万歳(God Save the King)!」

イギリス水兵たちは、血反吐を吐きながら高角砲の弾を装填し続けた。


ダダダダダッ! ズガァァァン!

フランス空軍の雷撃機が、KGVの対空砲火に次々と捉えられ、海面へ激突して火柱を上げる。KGVの乗組員たちは、大英帝国の誇りを胸に文字通り狂気のような奮闘を見せ、フランス海軍航空隊に耐え難い「流血(甚大な機体損耗)」を強いていた。


しかし、空からの波状攻撃は、戦艦の装甲と水兵の体力を確実に削り取っていった。

「……右舷に魚雷接近! 回避間に合いません!」

ドガァァァン!! ドォォォン!!


空母『ジョッフル』から放たれた航空魚雷が、立て続けに三本、KGVの喫水線下を無慈悲に抉り取った。

巨大な水柱が上がり、世界で最も強固と言われたイギリス戦艦のバイタルパート(防郭)が悲鳴を上げて引き裂かれる。


「機関室浸水! 電源喪失! 艦が急速に左へ傾斜します!」

「……ここまでか」

KGVの艦長は、血まみれの羅針盤を撫でながら、静かに目を閉じた。

彼らはフランスの航空隊をボロボロに引き裂いたが、その代償として、自らの命を捧げることとなったのである。


「総員退艦! ……私は、この美しいフネと共に残る。大英帝国に永遠の栄光あれ!」

艦長と提督が最期の敬礼を交わす中、戦艦『キング・ジョージ5世』は、その巨大な艦首をゆっくりと海峡の冷たい水底へと沈めていった。


イギリス艦隊の象徴であった旗艦の喪失。

「KGVが沈んだぞ! 今だ、全艦突撃! イギリス艦隊をこの海峡で全滅させろ!」

フランス海軍の戦艦『リシュリュー』と『ジャン・バール』が、勝利を確信して前進速度を上げた。残されたイギリスの戦艦**『プリンス・オブ・ウェールズ(PoW)』**と巡洋戦艦**『フッド』**は、圧倒的な火力の前に防戦一方となり、イギリスの防衛線は今にも崩壊しようとしていた。


### 2.北海からの騎士――英独の奇跡の共闘


「……くそっ、大英海軍の誇りは、ここで潰えるというのか」

PoWの艦橋で、将兵たちが絶望に歯を食いしばったその時。


ドーバー海峡の北東、北海の方角から。

フランスの『リシュリュー』の周囲の海面に、突如として巨大な水柱が何本も立ち上がった。


ドゴォォォォォォォン!!!

それは、フランス艦隊の放つ38センチ砲でも、イギリス艦隊の14インチ砲でもない。

完全に戦場の外側から飛来した、信じられないほど巨大で正確な「未知の重砲」による斉射であった。


「な、なんだ!? どこから撃ってきた!」

フランスの提督がパニックに陥る中、分厚い冬の霧を切り裂いて、二隻の巨大な鋼鉄の城が、圧倒的な威圧感を放ちながら海峡へと姿を現した。


バルティック・カモフラージュ(白黒の迷彩塗装)を施された、巨大な直角の艦首。

ドイツ大洋艦隊クリグスマリーネの誇り、超弩級戦艦**『ビスマルク』**。

そして、その僚艦である巡洋戦艦**『グナイゼナウ』**である。


「……待たせたな、ジョンブル(イギリス人)ども」

ビスマルクの艦橋で、ギュンター・リュッチェンス提督が、不敵な笑みを浮かべていた。

「我が総統の命により、イギリス本国艦隊の助太刀に参った。……ナポレオンの田舎芝居は、ここで終幕だ」


史実では、大西洋で互いの血を流し合った不倶戴天の宿敵同士。

しかし、このパックス・ジャポニカの世界線において、「新枢軸(米仏伊西)」という共通の巨大な敵を前に、大英帝国と第三帝国ドイツは、最も劇的で熱い**「奇跡の共闘」**を果たしたのである。


「ドイツのビスマルクだと!? 馬鹿な、なぜここに!」

イギリスの『フッド』と『プリンス・オブ・ウェールズ』の乗組員たちは、信じられない光景に歓声を上げた。


「フッドからビスマルクへ発光信号!『貴艦の加勢に感謝する。我らと共に、フランスの増長を粉砕せよ』!」

ビスマルクの探照灯が、力強く瞬き返した。

かつて海を二分したアングロサクソンとゲルマンの最強の矛が、今、完全に一つの矢となってフランス艦隊に襲い掛かったのである。


### 3.巨獣たちの極限の殴り合い――フランスの意地


しかし、フランス海軍の誇る『リシュリュー』と『ジャン・バール』は、単なる的ではなかった。

彼らは、四連装主砲塔二基を「艦首に集中配置する」という特異な設計を持っていた。これにより、敵に対して艦首を向けたまま(被弾面積を最小限に抑えながら)、8門の38センチ砲すべてを前方に指向できるという、正面切っての殴り合いにおいては異常なまでのしぶとさを発揮するバケモノであった。


「ドイツ軍が何だ! 我らにはフランスの栄光がついている! 全砲門、前方の敵戦艦群へ向けろ!」


ズドゴォォォォォォォォン!!!


『ビスマルク』の38センチ連装砲、『プリンス・オブ・ウェールズ』の14インチ砲。

対する『リシュリュー』と『ジャン・バール』の38センチ四連装砲。

両陣営の巨砲が至近距離で火を噴き合い、海峡の海水が蒸発して巨大な白煙のドームを作り出した。


ガァァァン!!

ビスマルクの放った重量級の徹甲弾がリシュリューの艦首装甲に命中するが、極端な傾斜装甲スロープによって砲弾は甲高い音を立てて弾き飛ばされた。


「弾かれただと!? なんという強固な装甲だ!」

リュッチェンス提督が舌打ちをする。


逆に、リシュリューの放った38センチ砲弾が、ビスマルクの上部構造物を貫通し、火災を発生させる。

さらに、ジャン・バールの放った砲弾の破片が、イギリスの巡洋戦艦『フッド』の薄い甲板装甲をかすめた。

「……ヒヤリとしたぞ。まともに喰らえば、弾火薬庫が吹き飛ぶ」

フッドの艦長は冷や汗を拭い、操舵手に激しいジグザグ運動(回避行動)を命じた。


フランスの戦艦二隻は、文字通り「鬼神」のごとき粘りを見せた。

彼らは自らの艦体を盾にしながら、英独の巨大戦艦四隻を相手に一歩も引かず、ドーバー海峡の中央で互いの血を吐き出すような凄惨なインファイト(至近距離での砲撃戦)を展開したのである。


「プリンス・オブ・ウェールズ、主砲塔一基、故障により沈黙!」

PoWは、就役直後の初期不良により、戦闘中に主砲塔が旋回不能になるというトラブルに見舞われ、火力が半減してしまった。


「イギリス艦の火力が落ちたぞ! リシュリュー、ビスマルクへ集中砲火!」

フランス軍が勝機を見出し、突撃の速度を上げたその時。


「ゲルマンの盾を甘く見るなよ、フランス野郎!」

ドイツの巡洋戦艦『グナイゼナウ』が、被弾の危険を顧みずに猛然と加速し、フッドとPoWの前に飛び出して「盾」となった。

グナイゼナウの28センチ砲は、一発の破壊力こそ38センチ砲に劣るものの、その「異常なまでの連射速度」でジャン・バールの上部構造物を雨あられとメッタ打ちにした。


ドガガガガガッ!!

ジャン・バールの艦橋が火の海となり、測距儀が吹き飛ぶ。

「目(レーダーと光学照準)を潰したぞ! ビスマルク、PoW、トドメを刺せ!」


### 4.落日と轟沈――誇り高き艦たちの最期


英独の完璧な連携の前に、ついにフランスの戦艦に限界の時が訪れた。


午後4時。

『ビスマルク』の38センチ砲と、『プリンス・オブ・ウェールズ』の14インチ砲による、完璧な「十字砲火クロスファイア」。

その挟み撃ちの斉射が、『リシュリュー』の第二主砲塔の基部バーベットを、ついに真正面からぶち抜いた。


「装甲貫通! 弾薬庫に火が回ります!」

リシュリューの艦内で、絶望の悲鳴が上がる。


「……大フランス帝国の栄光は、決して沈まぬ」

リシュリューの艦長は、燃え盛る艦橋の中で、最後まで退艦を拒否した。

「残った第一主砲塔、撃ち方用意。……ビスマルクへ、我らの最後の意地を見せてやれ!」


ズドォォン!!

リシュリューの放った最後の砲弾がビスマルクの装甲に深い傷を刻み込んだ直後。

ドーバー海峡の空を焦がすような大爆発と共に、リシュリューの巨大な主砲塔が海中へと吹き飛び、艦体は真っ二つにへし折れて轟沈した。


「リシュリューが沈んだ……!」

残された『ジャン・バール』もまた、満身創痍であった。主砲塔はすべて破壊され、艦体は燃え盛り、もはや戦闘継続は不可能であった。

「……総員退艦。船を砂州へ乗り上げさせろ。沈むことだけは避けるのだ」

ジャン・バールの艦長は、乗組員を一人でも多く救うため、そして船体を「固定砲台」として最後までイギリス軍を睨みつけるため、燃え盛る巨体をフランス側の浅瀬へと座礁させた。


「……終わったか」

ビスマルクの艦橋で、リュッチェンス提督は、沈みゆくリシュリューの波紋と、座礁して黒煙を上げるジャン・バールの姿を見つめ、静かに軍帽を脱いだ。


第二次ドーバー海峡海戦。

イギリス本国艦隊は、旗艦KGVを失うという大きな犠牲を払いながらも、ドイツ海軍という頼もしい友軍の助太刀を得て、見事にフランス海軍を撃退し、「戦術的勝利」を収めたのである。


「やったぞ! イギリスは守られた!」

ロンドンの地下司令部で、報告を受けた閣僚たちが歓喜の涙を流し、抱き合った。チャーチルもまた、深く安堵の息を吐き出し、新しい葉巻に火をつけた。

「……よくやってくれた。KGVの犠牲は無駄ではなかった。これでルクレールのイギリス上陸の野望は完全に潰えた」


誰もが、そう信じて疑わなかった。

彼らが「守り切った」と思っていたこのドーバーでの壮絶な死闘が、フランスの仕掛けた恐るべき**『デコイ』**であったことに気づくまでは。


### 5.背後の暗闇――レーダー室の戦慄


12月9日、午前2時。

ドーバー海峡での勝利の余韻に浸るイギリス本土。しかし、ロンドンから遠く離れたイギリス南西部、コンウォール半島の沿岸監視レーダー基地では、オペレーターが血相を変えて受話器を握りしめていた。


「……繰り返す! 誤反応ではない! ドーバーではなく、南西の海域だ! 無数の船影が、プリマス軍港の沖合わずか数マイルにまで接近している!」


「なんだと!? プリマスだと!?」

報告を受けたロンドンの司令部は、一瞬にして凍りついた。

フランス海軍はドーバーで敗退したはずだ。ならば、今プリマスに接近している「無数の船」とは一体何なのか。


その答えは、彼らが最も恐れていた「最悪のシナリオ」であった。


フランス・パリ、エリゼ宮。

ルクレール国家主席は、ドーバーでの海軍の敗北と、リシュリュー沈没の報告書を、ゴミ箱に無造作に放り捨てた。

「リシュリューが沈んだか。……まあ良い。海軍の連中は、立派に『囮』としての役目を果たしてくれた。イギリス本国艦隊とドイツの戦艦は、今頃ドーバー海峡で勝利の美酒に酔っているだろう」


ルクレールの口角が、残忍に吊り上がった。

「イギリスの『眼』と『盾』は、完全にドーバーへ引きつけられた。……これで、大西洋側(西)の腹は完全にガラ空きだ」


ドーバー海戦の最中。

フランス軍は、同盟国であるスペイン(蛮)の陸軍と合同で編成した**『仏蛮連合陸軍・十五万』**を乗せた無数の輸送船団を、大西洋側から大きく迂回させ、イギリス本土の手薄な南西部へと密かに向かわせていたのである。


「……作戦オペレーションの第二段階を発動せよ。大英帝国の土を、我らの軍靴で踏み躙るのだ!」


### 6.エピローグ――奇襲のプリマス上陸


12月9日、午前4時。

イギリス南西部の最重要軍港都市、**プリマス**。


まだ深い闇に包まれた海岸線に、突如として無数の上陸用舟艇が波を蹴立てて殺到した。

「な、なんだ!? 敵襲だ! フランス軍が上陸してきたぞ!」

少数の沿岸警備隊がパニックに陥りながら機関銃を撃ち放つが、圧倒的な物量の前に瞬く間に沈黙させられる。


「進め! イギリスの本土に橋頭堡を築くのだ!」

フランスとスペインの精鋭歩兵部隊が、海岸線から雪崩を打ってプリマスの市街地へと突入した。

ドーバー海峡の防衛に主力を割いていたイギリス軍は、この南西部への奇襲上陸に完全な「不意打ち」を食らってしまったのである。


ズガァァン! ドォォォン!!

フランス軍のルノー軽戦車が上陸し、プリマス市街の石造りの建物を次々と砲撃で粉砕していく。逃げ惑う市民たち。泣き叫ぶ子供の声。


「プリマスが落ちました! 仏蛮連合軍、約十万が上陸! 現在も後続が続々と揚陸されています!」

ロンドンの地下司令部に届いたその一報は、ドーバーでの勝利の歓喜を、一瞬にして冷酷な絶望へと突き落とした。


「……図られた。ルクレールの真の狙いは、最初からプリマス(大西洋側)だったのだ……!」

チャーチルの手から、火のついた葉巻がポロリと床に落ちた。

大英帝国は、その数百年にも及ぶ歴史の中で、ついに「外敵による本土上陸」という、最大の屈辱と絶対的な死の危機を許してしまったのである。


「直ちに陸軍を南西部へ急行させろ! 水際で奴らを海へ押し返すんだ!」

チャーチルは怒号を飛ばしたが、参謀たちは青ざめた顔で首を振った。

「間に合いません! 我々の主力はロンドンとドーバー周辺に集中しています。プリマスへ向かうには時間がかかりすぎます!」


「ならば、誰が奴らの進撃を止めるというのだ! このままでは数日でロンドンが落ちるぞ!」


大英帝国、絶体絶命。

南は地中海が封鎖され、そして今、最も安全であるはずの「自らの庭」にすら、新ナポレオンの軍靴が重く響き渡っていた。


世界大戦の濁流は、大英帝国という巨大な防波堤を、今まさに内側から食い破ろうとしていたのである。


(第七章 第三話 完)


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