53.南洋の空爆とワシントンの狂喜
# 海洋帝国日本史 第六章:太平洋の業火と狂乱の連鎖
## 第三話:南洋の空爆とワシントンの狂喜(1941年12月6日)
### 1.超空の要塞、南へ――0400時・太平洋上空
帝都・東京と横須賀が北太平洋からの機動部隊による奇襲で炎に包まれていたのと、ほぼ同じ時刻。
中部太平洋に浮かぶアメリカ軍の最前線基地・ミッドウェー環礁の滑走路から、重低音の唸りを上げて次々と漆黒の夜空へ飛び立つ巨大な影があった。
アメリカ陸軍航空軍が誇る四発大型戦略爆撃機、**B-17「フライング・フォートレス(空飛ぶ要塞)」**の大編隊である。
「……信じられない作戦だ。爆弾を限界まで積み込み、護衛の戦闘機もなしで、ジャップの絶対防衛圏のど真ん中へ突っ込めというのだからな」
編隊長機の機長は、操縦桿を握りしめながら、眼下に広がる広大な太平洋の闇を見下ろした。
彼らに与えられた任務は、新オレンジ計画における「南洋陽動作戦」。
目標は、大日本帝国が広大な太平洋を支配するための「三つの巨大な心臓」であった。
一つ、南洋地域最大の海軍軍港にして鎮守府が置かれる**『虎玖基地』**。
二つ、サイパンに次ぐ規模を誇る南洋道第二の空軍拠点、蘇炉諸島最大の都市ラバウル近郊の**『ラバウル空軍基地』**。
そして三つ、帝国の南端、豪州と羊州への連絡を担う**『火地空軍基地』**である。
これら三つの拠点を同時に叩くことで、日本軍の南洋方面の指揮系統と航空戦力を麻痺させ、帝都への奇襲に対する「南からの増援」を完全に遮断する。さらに、間髪入れずに実行される「虎玖島への水陸両用上陸作戦」の布石とする。
それが、ルーズベルトの描いた乾坤一擲の巨大な絵図であった。
「全機、高度を上げろ。夜明けと共に、目標上空へ到達する!」
酸素マスク越しに響く無機質な声と共に、数十機のB-17編隊は三つの攻撃隊に分かれ、それぞれ死の爆弾を抱えて南洋の空を引き裂いていった。
### 2.鋼鉄の環礁――虎玖鎮守府、0700時
赤道直下、南洋道の絶対的な要衝・虎玖環礁。
直径数十キロにも及ぶ巨大なサンゴ礁に囲まれたこの天然の良港は、帝国海軍の「南洋の首都」であり、ここより南にはもう強大な軍事拠点を持たない、まさに豪州と羊州を守るための「最後の防波堤」であった。
抜けるような青空と、エメラルドグリーンの海。
しかし、その美しい景観とは裏腹に、港内には重巡洋艦、水雷戦隊の駆逐艦群、陸上には巨大なクレーンと燃料タンクが林立する「鋼鉄の要塞」となっていた。
午前7時7分。
「……ウゥゥゥゥゥゥン!!」
突然、虎玖基地の全島に、耳をつんざくような空襲警報のサイレンが鳴り響いた。
「敵機接近! 高度八千! 機影は……四発の大型機、多数!」
防空指揮所の見張り員が絶叫した。
横須賀とは違い、南洋の最前線である虎玖のレーダー網は、接近する巨大な金属の塊を的確に捉えていた。しかし、ミッドウェーから飛来する超長距離爆撃機の存在は、当時の常識を完全に超えていた。上にハワイ近海での演習中であり、海軍の方が先に動くと見られていたのだ。
「アメリカの爆撃機だと!? 馬鹿な、どこから飛んできた!」
基地司令官が双眼鏡を覗き込むと、眩しい南国の太陽を背にして、銀色に光るB-17の編隊が、悠然と高度八千メートルの成層圏スレスレを突き進んでくるのが見えた。
「撃て! 対空砲火、全門開け!」
虎玖の島々に配置された八九式十二糎高角砲が、一斉に火を噴いた。
ズドドドドン!!
空に無数の黒い煙(弾幕)の花が咲く。しかし、B-17の飛行高度は高く、高角砲の弾は機体のわずか下で虚しく炸裂するだけであった。
「目標、虎玖泊地および海軍施設。……投下(Bombs away)!」
ヒュルルルルルル……!!
数十機のB-17の腹から、数千発の高性能爆弾と焼夷弾が、雨のように降り注いだ。
「総員、退避ィィッ!」
ドガァァァァァァン!!!
虎玖の海と陸が、一瞬にして爆炎に包まれた。
停泊していた軽巡洋艦の甲板に500ポンド爆弾が直撃し、火柱を上げて沈没する。弾薬庫を直撃された駆逐艦が、誘爆を起こして真っ二つにへし折れた。
陸上では、造船ドックのクレーンが飴細工のようにひしゃげ、数百万トンの重油を蓄えた燃料タンク群が大爆発を起こした。
真っ黒なキノコ雲が南洋の青空を覆い尽くし、灼熱の熱波がヤシの木を燃やし尽くす。
「消火を急げ! 弾薬庫への延焼を防げ!」
血まみれになった水兵たちが、決死の消火活動に奔走する。しかし、成層圏からの絨毯爆撃は、虎玖の港湾機能に修復困難な大打撃を与えていた。南洋最大の軍港は、完全にパニックと炎の海に沈んだのである。
### 3.焦熱の滑走路――蘇炉諸島・ラバウル空軍基地、0720時
虎玖からさらに南東へ。蘇炉諸島最大の都市・ラバウルの近郊に位置する、巨大な空軍基地。
サイパンに次ぐ南洋道第二の航空拠点であるここにも、アメリカの冷酷な刃が襲い掛かっていた。
「敵機来襲! 敵機来襲!」
サイレンが鳴り響く中、ラバウル基地の滑走路では、整備兵たちが血相を変えて戦闘機のエンジンを回していた。虎玖攻撃と本土から聞こえてきた帝都空襲を聞き、臨戦態勢を整え始めた矢先であった。
「急げ! 一機でも多く空へ上げろ! 地上でスクラップにされるぞ!」
飛行隊長が怒号を飛ばす。
ラバウル基地には、帝国空軍の最新鋭局地戦闘機『雷電』と、海軍から移管された『零戦』の改良型が多数配備されていた。彼らは、アメリカの攻撃をいち早く察知し、迎撃のために次々と滑走路を蹴って空へ舞い上がろうとしていた。
しかし、B-17の編隊は、雲の切れ間からすでにその巨大な姿を現していた。
「滑走路を破壊しろ! ジャップの戦闘機を離陸させるな!」
ドォォォォン!! ガガガガガッ!
爆弾の雨が、一直線に伸びたラバウルの滑走路を次々とえぐり、巨大なすり鉢状のクレーターを穿っていく。
離陸滑走中だった零戦の目の前で爆弾が炸裂し、機体は風圧で木の葉のように吹き飛ばされ、炎の玉となってジャングルへ墜落した。
「くそぉぉっ! 飛べ、飛んでくれ!」
数機の『雷電』が、爆発の煙と破片を掻い潜りながら、奇跡的に離陸を果たす。
彼らは脚を引き込むのももどかしく、垂直に急上昇し、高度八千メートルに陣取るB-17の編隊へと猛然と襲い掛かった。
ダダダダダッ!
雷電の20ミリ機銃が火を噴き、B-17の巨大な主翼を切り裂く。
「エンジン出火! 落ちる、脱出する!」
黒煙を吹いて墜落していくB-17。しかし、空飛ぶ要塞の異名を持つB-17の防御力と、機体各所に配置されたハリネズミのような12.7ミリ機銃の弾幕は、日本の戦闘機にも多大な犠牲を強いた。
空では雷電とB-17の死闘が繰り広げられ、地上では駐機場に並べられた数十機の爆撃機や輸送機が、次々と火ダルマとなって燃え上がっていく。
ラバウルの空軍力は、離陸前の地上撃破によって全体の三割を失い、南洋の制空権に深刻な空白が生まれつつあった。
### 4.楽園の崩壊――火地空軍基地、0730時
そして、最も遠いターゲット。
帝国の絶対的な内地である豪州と羊州の防衛を担う、南太平洋の要石・火地。
数年前、細川護貞大佐と金髪碧眼の令嬢・麗子が、アラビアン・リゾートで甘いハネムーンを過ごしたこの地上の楽園にも、戦争の業火は容赦なく降り注いだ。
フィジー空軍基地は、虎玖やラバウルに比べて前線から遠く離れていたため、防空態勢の初動が最も遅れていた。
「ウゥゥゥゥン……!」
遅ればせながら鳴り響いたサイレンの音を掻き消すように、上空から猛烈な爆風が襲い掛かった。
ミッドウェーから限界ギリギリの航続距離で飛来した少数のB-17部隊は、精密爆撃ではなく、基地全体を焦土とする無差別な爆撃を行った。
ドガァァァァァァン!!
格納庫が吹き飛び、滑走路のコンクリートが粉々に砕け散る。
衝撃波は基地の敷地を越え、海岸沿いに立ち並ぶ華族御用達の高級リゾート地にも窓ガラスを粉砕する被害をもたらした。美しいシルクのテントが爆風で引き裂かれ、プライベートプールには爆撃機が落とした破片が降り注ぐ。
「……なんということだ」
フィジー基地の司令官は、燃え上がる滑走路と、黒煙に包まれた楽園の海を見つめ、愕然と膝をついた。
アメリカ軍の狙いは、物理的な破壊だけではない。
「絶対安全な内地」であると信じて疑わなかった帝国市民に対し、「アメリカの爆撃機は、いつでもお前たちの頭上に死を降らせることができる」という、究極の恐怖を植え付けることであった。
虎玖、ラバウル、フィジー。
大日本帝国が誇る南洋の三つの心臓は、たった数時間の爆撃によって深手を負い、大量の血(重油)を太平洋の青い海へと流し続けていた。
### 5.ワシントンの狂喜――勝利の美酒
「大統領! やりました! 我が軍の作戦は、完璧な成功を収めました!」
同じ頃。地球の反対側、アメリカ合衆国・ワシントンD.C.。
ホワイトハウスの大統領執務室は、かつてないほどの熱狂と歓喜の渦に包まれていた。
海軍作戦部長が、興奮で顔を紅潮させながら、次々と届く電報を読み上げた。
「ハルゼー提督の機動艦隊より入電。『トラ・トラ・トラ(我、奇襲ニ成功セリ)』に相当する暗号! 横須賀軍港のジャップの戦艦群は壊滅、空母赤城はドック内で炎上! さらに、帝都・東京の将軍府(江戸城)を爆撃し、霞が関の官庁街を焦土と化しました!」
「おおぉぉっ!!」
室内にいたハル国務長官、陸海軍の将官たちから、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「さらに、ミッドウェーから発進したB-17部隊からの報告です! 虎玖海軍基地、ラバウル、フィジーの空軍基地に対する爆撃も成功! ジャップの南洋方面の航空戦力は事実上麻痺しました!」
フランクリン・ルーズベルト大統領は、車椅子の上で深く背もたれに寄りかかり、満面の笑みを浮かべて葉巻に火をつけた。
大恐慌からの長引く不況、経済封鎖の失敗、そして屈辱的なまでの日本の「一人勝ち」。
そのすべてを覆し、長年胸に抱き続けた「黄禍論」と白人至上主義のプライドを、ついに暴力によって取り戻した瞬間であった。
「素晴らしい……。我々はついに、あの傲慢な極東の帝国に、絶対的な敗北というものを教えてやったのだ」
ルーズベルトは、グラスになみなみと注がれたバーボンを高く掲げた。
「ジャップの海軍は、その心臓を失った。横須賀の戦艦群が海の底に沈み、南洋の基地が燃えている今、奴らの『黄金の防波堤』は完全に崩壊したも同然だ」
「大統領、これでアメリカ国民は熱狂します。我々は、卑劣な日本帝国に正義の鉄槌を下した『英雄』となるのです」
側近の一人が、興奮気味に言った。
ルーズベルトは頷き、重々しく口を開いた。
「ただちに議会を招集しろ。私は全米の国民に向けて演説を行う。……昨日は『屈辱の日』ではない。我がアメリカ合衆国が、自由と正義のために、野蛮なる専制帝国を打ち倒す『勝利と栄光の幕開けの日』であると宣言するのだ!」
ワシントンは、完全に狂喜乱舞していた。
彼らの頭の中では、すでに日本帝国は白旗を揚げ、アメリカの巨大な経済力と軍事力の前にひれ伏している姿しか想像できていなかった。
ハワイの真珠湾から奇襲をかけるという史実の日本の成功体験を、逆の形で、しかも「帝都直接攻撃」というテロリズム的な手段で成し遂げた彼らの驕りは、頂点に達していたのである。
### 6.エピローグ――静かなる巨竜の怒り
アメリカ首脳部が勝利の美酒に酔いしれていた頃。
太平洋の反対側、炎と黒煙に包まれた帝都・東京の地下シェルターでは、全く質の異なる「沈黙」が支配していた。
皇居(江戸城)が焼け落ち、横須賀の海が重油で真っ黒に染まり、南洋の基地から悲痛な損害報告が次々と届く中。
**第18代将軍・徳川家晴**は、一切の感情を顔に出さず、ただ冷たい目で巨大な海図を見つめていた。
「……虎玖、ラバウル、フィジー。見事な急所への爆撃だ」
家晴は、扇子で海図の南洋地域をトントンと叩いた。
「しかし、ルーズベルトは致命的な計算違いをしている」
傍らに立つ**統合参謀本部の長官**が、低い声で応じた。
「彼らは、横須賀と南洋の基地を叩けば、我が海軍の主力(連合艦隊)が壊滅したと錯覚している。……だが、我が帝国の真の主力は、横須賀にも虎玖にもいない」
家晴の口元に、氷のように冷酷な笑みが浮かんだ。
「そうだ。アメリカの奇襲は『痛打』ではあったが、『致命傷』には程遠い。……呉のゲリラ作戦を未然に防ぎ、潜水艦を沈めたことで、瀬戸内海に温存されている我が国の新鋭艦隊は完全に無傷だ」
さらに、家晴の目は、硫黄島付近の海域を指した。
「横須賀にいたはずの最新鋭空母『瑞鶴』と、護衛の巡洋艦群。彼らは虎玖方面の警戒のために偶然にも出撃しており、奇襲の輪の外にいた。……そして何より、南洋の『南洋航空団』は、被害を受けたとはいえ、その底知れぬ航空戦力の七割を無傷で残している」
パックス・ジャポニカは、血を流した。
しかし、それは眠れる巨竜を、極限の「殺意」と共に目覚めさせたに過ぎなかった。
「ルーズベルトは、我が防波堤が崩れたと信じ、必ず次の一手を打ってくる。……南洋の要衝、虎玖島への『直接上陸作戦』だ」
家晴は、扇子を閉じ、決断を下した。
「迎え撃て。虎玖守備隊に、一歩も引かずに米海兵隊を血の海に沈めるよう命じよ。……そして、呉、南鷹、櫻港で待機する我が主力艦隊の出撃準備を急げ。アメリカの機動艦隊を、中央太平洋で完全に捕捉し、一隻残らず海の底へ沈めるのだ」
1941年12月X日。
アメリカの狂喜は、ほんの束の間の幻影に過ぎなかった。
太平洋の青い海は、これから始まる「人類史上最大規模の水陸両用戦と艦隊決戦」に向けて、不気味な静けさを取り戻そうとしていた。
アメリカ軍の第二陣――虎玖島上陸部隊を乗せた巨大な輸送船団が、死の海域へと足を踏み入れようとしていたのである。
(第六章 第三話 完)
---




