51.燃える帝都――オレンジ計画・特号
遂に第6章です!第二次世界大戦をお楽しみください!
海洋帝国日本史
第六章:太平洋の業火と狂乱の連鎖
## 第一話:燃える帝都――オレンジ計画・特号(1941年12月6日・土曜日)
### 1.北太平洋の亡霊――0600時
1941年(昭和16年)12月6日、土曜日。
北緯34度、東経143度。房総半島の南東約350キロの太平洋上。
冬の荒々しい波が渦巻く鉛色の海面に、突如として巨大な亡霊の群れが姿を現した。
無線封止を厳守し、濃霧に紛れて接近してきた**アメリカ海軍機動部隊**――空母『エンタープライズ』『ホーネット』をはじめとする正規空母6隻と、その護衛艦隊である。
「……ここが、帝国の喉元だ」
第16任務部隊司令官、ウィリアム・ハルゼー中将は、旗艦エンタープライズの艦橋で、凍りつくような強風に顔を晒しながら、西の空を睨みつけた。
彼らがこれから行うのは、軍事的な常識を完全に逸脱した狂気の作戦であった。本来は陸上基地から運用されるはずの双発大型爆撃機**B-25ミッチェル**を、空母の飛行甲板から無理やり発艦させ、帝国の心臓部へ大量の爆弾と焼夷弾を叩き込む。「新オレンジ計画・特号」。それは、追い詰められた鷲が放つ、捨て身のテロリズムであった。
「提督! 前方に未確認船舶! 小型漁船と思われます!」
見張り員の絶叫が響く。
霧の中から現れたのは、日本船籍の小さなカツオ漁船『第五戎丸』であった。彼らは偶然、この海域で操業していた民間船であり、帝国の正規の哨戒網の外側にいた。
「……撃て。無線を使わせるな」
ハルゼーは、顔色一つ変えずに命じた。
「しかし提督、あれは民間人です!」
「構わん。奴らが一言でも『敵艦隊発見』と打電すれば、我々数万の将兵は全員、日本の装甲空母の餌食になるのだ。……やれ!」
ズドォォン!!
駆逐艦の主砲が火を噴き、哀れな木造漁船は、何が起きたのか理解する間もなく、瞬時にして海の藻屑と消えた。無線機に手を伸ばしかけた船長の体は、爆風で四散した。
アメリカ海軍は、この瞬間、後戻りできない一線を越えた。彼らは自らの生存のために、なりふり構わぬ修羅と化したのである。
「全機、発艦!」
午前6時30分。ハルゼーの号令と共に、空母の甲板を滑走したB-25爆撃機と、護衛のF4Fワイルドキャット戦闘機、そして雷撃機TBFアベンジャーの大群が、轟音と共に次々と空へ舞い上がった。
その数、第一次攻撃隊だけで約200機。彼らは日本のレーダー網を掻い潜るため、波頭をかすめるような超低空飛行で、一直線に西――帝都・東京を目指した。
### 2.盲目の防空網――0650時
同時刻。帝都の防空を担う最前線、伊豆大島・帝国海軍沿岸監視所。
最新鋭の対空レーダーが設置されたこの重要施設は、不気味な沈黙に包まれていた。
前夜、闇に紛れて上陸したアメリカ海軍の特殊潜航艇クルー(コマンド部隊)が、通信線を切断し、発電施設に爆薬を仕掛けていたのである。
ドォォォン……。
鈍い爆発音と共に、レーダーのアンテナが停止した。帝国の防空網に、致命的な「穴」が開いた瞬間であった。
一方、房総半島の先端、館山海軍航空基地のレーダー室。
「……おい、なんだこの反応は?」
レーダー員が、ブラウン管に映る奇妙なノイズに首を傾げた。房総半島の東の海上を、信じられない速度で接近してくる多数の輝点。
「鳥の群れか? いや、速度が速すぎる。時速380キロ……まさか、敵機!?」
「馬鹿な! アメリカの機動部隊はハワイにいるはずだぞ! 誤反応だろう、機器の調子を見てみろ!」
帝国軍の慢心であった。彼らの意識は、アメリカの陽動作戦によって、遥か南の「虎玖諸島」や南洋道に向けられていた。まさか、北の荒海から、しかも真冬の土曜日の早朝に、本土への直接攻撃があるなどとは、誰の思考の隅にもなかったのである。
しかし、輝点は確実に、そして急速に大きくなっていった。
「……本物だ! 敵機多数! 浦賀水道へ侵入してきます! 距離45キロ!」
午前6時53分。館山基地から横須賀鎮守府、そして赤坂の統合参謀本部へ、戦慄の緊急電が発せられた。
『トトト(全軍突撃せよ)! 房総沖ニ敵大編隊発見! これより帝都へ侵入ス!』
### 3.鋼鉄の虐殺――横須賀軍港、0655時
「総員、対空戦闘用意! これは演習ではない!」
横須賀軍港に、けたたましい空襲警報のサイレンが鳴り響いたのは、敵機発見からわずか7分後。敵編隊が浦賀水道を突破した、まさにその瞬間であった。
遅すぎた。
あまりにも、遅すぎた。
この日、横須賀の港内は、世界最大の超弩級戦艦**『武蔵』**の就役を祝う式典の準備で、軍艦旗や幔幕で華やかに飾られていた。隣には歴戦の戦艦**『陸奥』**、**『山城』**が停泊し、その威容を誇っていた。
さらに、軍港の奥の巨大なドライドックには、第一航空艦隊の旗艦・空母**『赤城』**が、近代化改修のために満水のドック内で足場に囲まれていた。隣のドックでは、新鋭空母**『白鷺』**が建造の最終段階にあった。
「敵機、来ます! 猿島上空!」
午前7時02分。
山の稜線から、悪夢が飛び出してきた。
超低空で侵入してきたTBFアベンジャー雷撃機の編隊が、港内にひしめく巨大な戦艦群に向けて、一斉に航空魚雷を投下した。
ドォォォォォン!! ドガァァァァン!!
水柱が高く上がり、鋼鉄が引き裂かれる轟音が湾内に響き渡った。
回避行動を取る間もなかった戦艦『武蔵』の左舷に、立て続けに4本の魚雷が命中した。世界最強の装甲を誇る巨艦も、停泊中に喫水線下をこれほど集中攻撃されてはひとたまりもない。
「浸水止まりません! 左舷傾斜復旧困難!」
断末魔のサイレンが鳴り響く中、帝国海軍の誇りは、就役の式典を迎えることなく、ゆっくりと横須賀の港内で横転を始めた。
隣の戦艦『陸奥』では、さらに悲惨な事態が起きた。魚雷の衝撃が、弾薬庫(火薬庫)の誘爆を引き起こしたのである。
ズゴォォォォォォォン!!!
キノコ雲のような爆煙と共に、艦体が真っ二つに折れ、一瞬にして轟沈した。戦艦『山城』もまた、複数の魚雷を受けて大破着底した。
ドックの空母『赤城』は、逃げることすらできなかった。
上空から飛来したB-25爆撃機の編隊が、動けない獲物に向けて正確無比な爆撃を開始した。数百キロ爆弾が飛行甲板を突き破り、格納庫で炸裂する。足場が崩れ、ドック内は火の海と化した。『赤城』は、一度も海に出ることなく、炎の棺桶の中で息絶えようとしていた。
建造中の『白鷺』も、艦橋付近に直撃弾を受け、中破した。
さらに、B-25の別働隊は、港湾施設を徹底的に破壊した。
重油タンク群が次々と爆発炎上し、真っ黒な煙が空を覆い隠す。流れ出した大量の重油が海面を覆い、それに引火したことで、横須賀軍港は文字通り「炎の海」と化した。
「撃て! 撃ち落とせぇっ!」
遅まきながら反撃を開始した地上の対空砲火と、停泊中の艦艇からの機銃が空を焦がすが、奇襲の混乱と黒煙で照準が定まらない。
横須賀の空は、一方的な「鋼鉄の虐殺」の場と化していた。
### 4.帝都炎上――0709時、東京
横須賀が火の海に包まれていた頃、帝都・東京にも、内務省から緊急の空襲警報が発令された。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
不気味なサイレンの音が、土曜日の朝の穏やかな空気を切り裂いた。
銀座の大通り。週末のモーニングを楽しむ家族連れや着飾った男女が、突然の警報に足を止め、空を見上げた。
「空襲? まさか、演習だろう?」
「アメリカが来るわけないじゃないか」
しかし、その「まさか」が、南の空から黒い点となって現れた。
横須賀を蹂躙した米軍攻撃隊の主力は、そのまま北上し、東京湾岸の工場地帯を爆撃しながら、帝都の中心部へと侵入したのである。
午前7時09分。
江戸城の上空に、星のマークをつけたB-25爆撃機が現れた。
「目標、将軍府! 投下!」
ヒュルルルルルル……ドォォォォォン!!
焼夷弾と高性能爆弾の雨が、江戸城の天守閣と、その周囲の御殿群に降り注いだ。
数百年の歴史を誇る木造建築は、近代兵器の前にあまりにも無力だった。紅蓮の炎が瞬く間に燃え広がり、帝国の権威の象徴は、黒煙を上げて崩れ落ちていった。
「上様! お急ぎください!」
警報発令と同時に、近衛兵たちによって地下深くの耐震・防空シェルターへと避難させられていた**第18代将軍・徳川家晴**は、分厚いコンクリートの壁越しに響く地響きを聞きながら、屈辱に拳を震わせていた。
「おのれ、ルーズベルト……! 帝都の土を、土足で踏みにじったか!」
攻撃は江戸城内だけではなかった。
霞が関の官庁街、赤坂の国防総省、そして丸の内のビジネス街にも、無差別に爆弾が投下された。
外務省の赤レンガ庁舎が半壊し、国防総省のアンテナ塔がへし折れる。
そして、最も悲惨だったのは、銀座であった。
逃げ惑う市民でごった返す交差点に、B-25が搭載していたクラスター焼夷弾がばら撒かれた。
「きゃあぁぁぁっ!」
「熱い! 助けてくれ!」
着飾った女性の着物に火がつき、子供を抱えた母親が爆風で吹き飛ばされる。地下鉄の入口にはパニックになった群衆が殺到し、将棋倒しとなった。
平和を謳歌していた帝都の繁華街は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した。
### 5.帝国の意地――反撃の空
「好き勝手やらせるな! 一機たりとも生かして帰すな!」
帝都が炎に包まれる中、ようやく帝国の反撃が始まった。
東京の西、横田空軍基地と入間空軍基地、そして北の百里空軍基地から、緊急発進した帝国空軍の最新鋭局地戦闘機『雷電』と『紫電改』の大編隊が、最大出力で東京上空へ殺到した。
さらに、厚木海軍航空基地からは、母艦『赤城』がドック入りしていたために陸上にいた、歴戦の艦載機パイロットたちが零戦で舞い上がった。
「俺たちの赤城を……よくも!」
彼らの目は、復讐の怒りで血走っていた。
東京上空で、爆撃を終えて帰投しようとするB-25と護衛のF4Fに対し、帝国軍機が襲い掛かった。
ダダダダダッ! ドォォォン!
性能に勝る帝国の戦闘機が、鈍重なB-25を次々と捕捉し、機関砲でバラバラに粉砕していく。
「くそっ! ジャップの戦闘機が多すぎる!」
「護衛のワイルドキャットは何をしている! 助けてくれ!」
アメリカ軍のパイロットたちは、行きは奇襲の成功に酔いしれていたが、帰りは地獄を見ることになった。
怒り狂った帝国のパイロットたちは、弾薬が尽きれば体当たりも辞さないという気迫で追いすがった。
結果的に、攻撃に参加した米軍機の約半数――100機近くが、東京湾と太平洋の藻屑と消えることになった。
### 6.エピローグ――焦土からの誓い
午前10時。
空襲警報が解除され、静寂が戻った帝都・東京。
しかし、その空は、あちこちから上がる黒煙で薄暗く覆われていた。
地下シェルターから地上へ出た将軍・徳川家晴は、変わり果てた江戸城の姿に言葉を失った。
天守閣は焼け落ち、無残な骨組みを晒している。霞が関からは火災の煙が上がり、遠く銀座の方角からは、まだ救助を求める市民の悲鳴やサイレンの音が風に乗って聞こえてくる。
横須賀からの報告は、さらに絶望的だった。
『戦艦武蔵、陸奥、山城、轟沈。空母赤城、大破炎上中。軍港機能、壊滅的打撃を受く。死傷者、未だ算定できず』
パックス・ジャポニカの黄金時代は、たった数時間の暴力によって、完全に、そして永遠に破壊された。
家晴の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは悲しみの涙ではない。
五臓六腑を焼き尽くすような、激しい「憤怒」の涙であった。
「……聞け、統合参謀本部」
家晴の声は、地獄の底から響くような、低く、恐ろしいものであった。
側近の将軍たちが、震え上がって平伏する。
「ルーズベルトは、パンドラの箱を開けたのだ。……これより、我が帝国はアメリカ合衆国に対し、一切の慈悲を持たぬ『殲滅戦』を開始する」
家晴は、炎上する帝都を背に、太平洋の彼方を睨みつけた。
「呉、佐世保、そして南洋の全艦隊に打電せよ。『皇国の興廃、此の一戦に在り』と。……奴らの艦隊を、一隻残らず、太平洋の底へ叩き込め!」
1941年12月6日。
この日、世界は二度と戻れない「鉄と血の暴風圏(第二次世界大戦)」へと突入した。
そして、横須賀と東京が燃える同じ時刻。西の呉軍港でも、闇に紛れたもう一つの破壊工作が始まろうとしていた。
(第六章 第一話 完)
---




