50.狂奔のヨーロッパ――嵐の前の陣取り合戦
# 海洋帝国日本史 第五章:沈みゆく鷲と赤い星(1920〜1941)
## 第十五話:狂奔のヨーロッパ――嵐の前の陣取り合戦(1937〜1941)
### 1.総統の冷徹なる決断――独波同盟とハプスブルクの復活
1930年代後半。
太平洋でアメリカと日本が冷戦の火花を散らす中、ヨーロッパ大陸は、全く別の巨大な恐怖に飲み込まれようとしていた。
フランスに誕生した「新ナポレオン」ことルクレール将軍による、猛烈な軍拡と覇権主義である。
ドイツの首都ベルリン、総統官邸。
アドルフ・ヒトラーは、巨大なヨーロッパ地図を前に、深い思索に沈んでいた。
「ルクレールの狂気は本物だ。奴らは再び我がドイツを分割し、ライン川の西側をすべてフランス領に組み込もうとしている。……対仏戦争(復讐戦)は、絶対に避けられない」
史実のヒトラーは、東と西の両方に牙を剥き、二正面作戦という破滅の道を歩んだ。しかし、この『パックス・ジャポニカ』の世界線において、日本の莫大な借金肩代わりで息を吹き返し、極東の帝国インテリジェンスから強い影響を受けていた彼は、極めて冷徹で合理的な「優先順位」を導き出していた。
「我が第三帝国の真の敵は、今は東のソビエトではない。西にそびえる新ナポレオン(フランス)だ。……背後(東)の安全を完全に確保するため、歴史的な妥協を行う!」
1938年。ヒトラーは、世界を驚愕させる二つの巨大な外交的奇手を打った。
一つ目は、**「オーストリア王国の復活と軍事同盟」**である。
史実のような強引な併合ではなく、ヒトラーは旧ハプスブルク家の末裔を玉座に戻すことを裏で承認し、オーストリアを「独立した王国」として復活させた。そして、この兄弟国と対等な軍事同盟を結ぶことで、南に位置するイタリア(ムッソリーニ)や東欧に対する強力な「防波堤」を構築したのである。
二つ目は、さらに世界を震撼させた。**「ドイツ・ポーランド不可侵および軍事同盟」**の締結である。
「ダンツィヒ(ポーランド回廊)の領土問題は、当面の間、凍結する」
ヒトラーはポーランドの指導者たちを秘密会談に招き、こう持ちかけた。
「貴国が最も恐れているのは、東のスターリンだろう? 我々も同じだ。だが今、フランスの大陸軍が我々の背後を突こうとしている。我々ゲルマンとスラブが争えば、漁夫の利を得るのは赤軍(ソ連)とフランスだ。……共に手を結び、西の脅威を粉砕しようではないか」
ソビエトの圧迫に恐怖していたポーランドは、このヒトラーの「悪魔の提案」を呑んだ。
さらにドイツは、日本の了解の下でチェコスロバキアへ進駐し、強大な工業力を持つスコダ兵器廠を無傷で手中に収めた。
東側の憂いを完全に断ち切ったドイツ国防軍は、その巨大な軍事力のすべてを、西側の国境線(ジークフリート線)へと集中させ始めたのである。
### 2.大陸軍の復活――フランスの先制
ドイツの不気味な動きに対し、フランスのルクレール国家主席(新ナポレオン)は、決して手をこまねいてはいなかった。
パリ、シャンゼリゼ通り。
地響きを立てて行進する数千両の重戦車ルノーB1bisと、空を覆う最新鋭の戦闘機群。フランス国民は、熱狂的な歓声で自らの「大陸軍」を讃えていた。
「ドイツが東を固めたというのなら、我々は奴らが完全に戦備を整える前に、戦略的優位を確保する!」
1939年。ルクレールは、国際法を完全に無視する暴挙に出た。
**「ベルギー進駐」**である。
「ベルギーの中立は、もはやドイツの侵略から我が国を守る盾にはならない。フランスの防衛線は、我々自身の手でアントワープまで押し上げる!」
フランス軍の巨大な機械化部隊が、隣国ベルギーの国境を越え、国土の半分を電撃的に制圧・占領した。これは、ドイツの強力な工業地帯(ルール地方)の喉元に直接匕首を突きつける、極めて攻撃的な先制配置であった。
さらにルクレールは、背後の安全を確保するため、イベリア半島の独裁者フランコ将軍と**「仏西中立協力条約」**を締結。ピレネー山脈の国境を無力化し、フランス軍の全兵力をドイツ方面へ集中させることに成功した。
「陸だけではない。海においても、我々はかつての栄光を取り戻すのだ」
フランス海軍は、リシュリュー級戦艦をはじめとする巨大な新鋭艦を次々と就役させ、地中海と大西洋において、かつての同盟国であったイギリス海軍に公然と牙を剥き始めていた。
### 3.地中海の覇者と、火事場泥棒たち(イタリア・スペイン)
英仏の対立と、ドイツの台頭。
既存の国際秩序が完全に崩壊しつつあるこの「混沌」を、自らの領土拡大の絶好の好機(火事場泥棒)と捉え、狂奔する国々があった。
その筆頭が、ムッソリーニ率いる**イタリア王国**である。
「古代ローマの海を、我が手中に!」
ムッソリーニは、アメリカからの資金援助(新枢軸としての裏金)を背景に、アフリカ大陸の**エチオピア**を毒ガスと爆撃機で無慈悲に蹂躙・併合した。
さらに彼の野望は地中海の対岸、バルカン半島へと向かった。アドリア海を挟んだ対岸の**クロアチア**に軍を送り込んで併合し、ギリシャやアルバニアなど、バルカン半島の完全制覇に向けた軍事行動を露骨に開始したのである。
イタリアの暴走に呼応するように、イベリア半島でも野心の炎が燃え上がっていた。
スペインの独裁者、フランシスコ・フランコ将軍である。
「ヨーロッパが戦争に突入すれば、大英帝国は本国の防衛で手一杯になる。……今こそ、三百年前に奪われた我々の誇り、**『ジブラルタル要塞』**を奪還する時だ!」
フランコはフランスとの中立条約で背後を固めると、イギリスが支配するジブラルタル海峡への奇襲作戦を秘密裏に立案。さらに、混乱に乗じて隣国**ポルトガル**の併合(イベリア統一)と、北アフリカの**マラケシュ(モロッコ)**の完全支配を狙い、国境沿いに大軍を集結させていた。
ファシズムの熱病は、東欧や中東にも伝染した。
バルカン半島では、イタリアの拡張に対抗する形で、**ブルガリア**と**ルーマニア**が猛烈な軍拡を開始。彼らはドイツの支援を取り付けながら、「東欧の覇権」を巡って互いに銃口を向け合い始めた。
さらにボスポラス海峡の主、**トルコ共和国**もまた、不気味な軍隊の移動を開始していた。
「イギリスとフランスがヨーロッパで殺し合いを始めれば、中東の油田と植民地(シリア、イラク)は空き家同然となる。……かつてのオスマン帝国の領土を、火事場泥棒で取り戻すのだ」
トルコ軍は、中東のイギリス利権地帯に向けた侵攻準備を、着々と進めていた。
### 4.大英帝国の悪夢――「帝国の生命線」の危機
このヨーロッパ全土の狂奔を、ロンドンのダウニング街10番地(首相官邸)から絶望的な目で見つめている男たちがいた。
ウィンストン・チャーチル首相と、海軍本部の提督たちである。
「……最悪だ。世界中の悪党どもが、一斉に我が大英帝国の背中にナイフを突き立てようとしている」
チャーチルは、世界地図に立てられた無数の「敵の駒(赤いピン)」を見て、頭を抱えた。
大英帝国を大英帝国たらしめているのは、本国とインド、そして極東のアジア(同盟国日本)を結ぶ、海上の巨大な大動脈――**「帝国の生命線」**である。
しかし今、その生命線が、ズタズタに引き裂かれようとしていた。
「スペインがジブラルタルを狙い、イタリアの巨大な艦隊が地中海の中央を封鎖しようとしています。キプロスも、マルタ島も、完全に孤立状態です」
海軍第一卿が、血の気の引いた顔で報告する。
「さらに、ムッソリーニの軍団が北アフリカに集結し、我が国の生命線の心臓部である**『エジプト(スエズ運河)』**への侵攻準備を完了させています。もしスエズが落ちれば、大英帝国は真っ二つに分断されます!」
「地中海艦隊を増強しろ! なにがなんでもスエズとジブラルタルを死守するのだ!」
「不可能です、首相!」
提督が悲鳴のように叫んだ。
「本国の目の前(ドーバー海峡の向こう側)には、ルクレールの率いるフランス大陸軍と、新鋭戦艦群が口を開けて待っているのですよ! 本国艦隊の主力を地中海に回せば、ナポレオン戦争以来となる『フランス軍によるイギリス本土上陸』を許すことになります!」
イギリスは、史上かつてない完全な「四面楚歌」に陥っていた。
頼みの綱である同盟国・日本帝国は、地球の反対側でアメリカとの決戦準備に忙殺されており、ヨーロッパに巨大な艦隊を派遣する余裕などない。
近代以降、世界の海に君臨し続けてきた誇り高き大英帝国は、帝国崩壊の危機という、背筋の凍るような悪夢に苛まれていたのである。
### 5.沈黙の北欧と、赤き熊の涎
ヨーロッパが狂気に包まれる中。
その戦火の熱から少しだけ距離を置き、研ぎ澄まされた冷たい刃のように周囲を警戒している地域があった。
1940年に結成された、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドによる強固な軍事同盟、**「北欧連合」**である。
ストックホルムの地下要塞。
北欧連合の合同参謀本部に、日本帝国の**「将軍府秘密情報部」**から派遣された連絡将校が、極秘の報告書を持参していた。
「……ヨーロッパの国境線は、間もなくすべて炎に包まれます。フランスとドイツが衝突すれば、世界大戦への連鎖は止まらないでしょう」
日本の情報将校は、北欧の将軍たちに静かに告げた。
「我々北欧連合は、南の狂騒には一切関与しない。中立と絶対国防の姿勢を貫くのみだ」
スウェーデンの将軍が答えると、日本の将校は首を横に振った。
「南の狂騒は問題ではありません。警戒すべきは……**東の赤き熊(ソビエト連邦)**です」
情報将校は、巨大なユーラシア大陸の地図の、赤く塗りつぶされた広大な領域を指差した。
「スターリンは、ヨーロッパ全土が火の海になり、すべての国が疲弊しきるのを待っています。そして、ドイツやフランスの力が削がれた瞬間に、無傷の数百万の赤軍を雪崩れ込ませて、ヨーロッパ全土を共産主義の海に沈める『究極の火事場泥棒』を画策しているのです」
日本の将校の瞳が、鋭く光った。
「北欧連合の皆様。あなた方の背後には、我が帝国がついています。ヨーロッパがどれほど混乱しようとも、決して隙を見せてはならない。スターリンの野望を、この北の鋼鉄の壁で完全に塞ぎ止めるのです」
「冬の戦争」で血を流したフィンランドの将軍は、深く頷いた。
「わかっている。奴らが一歩でも国境を越えれば、この雪原を赤軍兵士の墓標で埋め尽くしてやる」
世界が欲望と恐怖で踊り狂う中、北の果ての絶対防波堤だけは、来るべき「赤き津波」に備え、冷徹にその銃剣を研ぎ澄まし続けていたのである。
### 6.エピローグ――着火を待つ巨大な火薬庫
1941年、晩秋。
ユーラシア大陸の西端は、文字通り「爆発の1秒前」という極限状態にあった。
ドイツとポーランドの連合軍は、ジークフリート線に数百万の兵力を集結させ、国境の向こう側のフランス大陸軍と、スコープ越しに互いの息遣いが聞こえるほどの距離で睨み合っている。
地中海では、イギリスの東洋艦隊とイタリアの戦艦群が、いつ砲撃戦が始まってもおかしくない距離で大砲の筒先を交差させていた。
スペインの国境には大軍がひしめき、中東ではトルコ軍が弾薬の配備を完了させている。
すべての国が、武器の安全装置を外し、引き金に指をかけていた。
しかし、誰も「最初の一発」を撃つことができずにいた。それは、一発の銃声が、全ヨーロッパを灰燼に帰す終わりのない破滅の連鎖(ドミノ倒し)を引き起こすことを、誰もが痛いほど理解していたからである。
「誰か……誰かが先に撃てば、すべてが始まるのだ」
張り詰めた沈黙。
その沈黙を破る「最初の一発」は、ヨーロッパの地から鳴り響くことはなかった。
それは、地球の反対側。
ルーズベルトの狂気によって立案された「一枚の紙切れ」に従い、北太平洋の濃霧の中から日本帝国の喉元(横須賀)へと殺到する、アメリカ海軍の艦載機の爆弾によってもたらされることになる。
太平洋で燃え上がった炎は、同盟の鎖を通じて一瞬にしてヨーロッパの巨大な火薬庫に引火し、人類の歴史上かつてない「真の世界大戦(World War)」の業火となって、地球全体を飲み込んでいくのである。
(第五章 第十五話 完)
これにて長く続いた第五章も終了。
世界は最終戦争に突入します。
すべての火薬庫に火薬が満載され、あとは「太平洋からの着火」を待つのみという、最高にヒリヒリする第5章のラストエピソードになりましたでしょうか?少しだけ、欧州情勢を描きたいと思い、AIに予定になかった15話を追加しました。史実よりもフランスの強さを強化し強さ調整を計っています。ナポレオンの再来VSヒトラーと徳川VSルーズベルトまもなく開始です。




