124.激動のブラウン管――帝国放送協会(NHK)臨時報道特別番組
# 海洋帝国日本史 第十三章:崩壊の足音と双頭の鷲の落日
## 閑話:激動のブラウン管――帝国放送協会(NHK)臨時報道特別番組(1991年3月)
### 1.【第一報】1991年3月21日 昼(帝国標準時)
春のうららかな陽気に包まれた、大日本帝国の昼下がり。
テレビでは、のどかなお昼の料理番組が放送されていた。主婦たちがメモを取りながら画面を眺め、平和な日常がいつものように流れていくはずだった。
しかし。
突如として画面が暗転し、不気味で甲高いチャイムの音が、日本列島中のリビングに鳴り響いた。
*ピロロロロン、ピロロロロン……!*
画面が切り替わり、報道フロアの緊迫した空気を背に、ネクタイを少し緩めたベテランアナウンサーが、かつてないほど強張った表情でカメラを見据えていた。
「――番組の途中ですが、臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます」
アナウンサーの声は、微かに震えていた。
「先ほど、帝国外務省および軍令部に入った第一報によりますと……現地時間の本日午前5時、我が時間帯の正午過ぎ。北欧連合に所属する**フィンランド軍の精鋭機甲部隊が、ソビエト連邦領・カレリア地方に向けて、突如として大規模な軍事侵攻を開始**した模様です」
ブラウン管の前の帝国民たちは、持っていた箸や湯呑みを落としそうになった。
「ソビエトに侵攻だと!? 第三次世界大戦が始まったのか!?」
「繰り返します。フィンランド軍がソビエト領へ侵攻を開始しました。……しかし、信じがたいことに、世界最大を誇るソビエト赤軍からの反撃は、現在に至るまで『一切確認されていない』とのことです。最前線のソビエト兵が、給与未払いに対する抗議として、武器を放棄するサボタージュ(ストライキ)を起こしているという未確認情報も入っております」
(※帝国秘密情報部の非公開資料によれば、この奇襲は、ソビエト軍の末期的な統制崩壊の事実を掴んだ**ドイツ第三帝国国防総省**から、北欧連合に対し『旧領を奪還するなら、今しかない』という極秘のインテリジェンスがもたらされた結果であった)
「国際社会は、この前代未聞の事態に大きな衝撃を受けています。帝国政府は現在、EATO(極東条約機構)全軍に特別警戒態勢を発令。霞が関の将軍府には、緊急の危機管理センターが設置されました――」
### 2.【第二報】同日 夜21時(帝国標準時)
昼の第一報から数時間後。世界は、さらに底なしの深淵へと転がり落ちていた。
通常の夜のニュース番組はすべて休止され、『ソビエト急変・特別報道番組』へと完全に切り替わっていた。
「……たった今、モスクワの特派員から、極めて重大な、そして悲劇的な凶報が飛び込んできました」
夜のメインキャスターが、沈痛な面持ちで原稿を読み上げる。
「ソビエト連邦の最高指導者、**ミハイル・ゴルバチョフ書記長が、本日午後、クレムリンの執務室において暗殺されました**。実行犯は、軍の腐敗と給与未払いに憤慨し、暴徒と化した青年将校のグループと見られています」
画面が切り替わり、将軍府の記者会見場に立つ、内閣官房長官(あるいは軍令部総長)の厳しい表情が映し出された。
『……帝国政府は、いかなる理由であれ暴力による指導者の暗殺を強く非難します。現在、モスクワは完全な無政府状態にあり、我々は最悪の事態(内戦および核の流出)を想定し、ただちに同盟各国と連携を取って行動を開始します』
「この事態を受け、国際連合はスイスのチューリヒにおいて、緊急の**国連安全保障理事会**を開催することを決定しました。常任理事国である大日本帝国、アメリカ合衆国、大英帝国、ドイツ第三帝国、スペインの五カ国(日米英独西)の首脳および特命全権大使が、現在チューリヒへと急行しています」
(※かつて常任理事国であったイタリアは、1977年の大崩壊により、すでにその座から格下げされている。また、当事国であるソビエト連邦の代表は、国内の混乱によりチューリヒの会議に参加すらできない状態であった)
「世界は今、冷戦開始以来、最大の危機に直面しています。帝国民の皆様は、政府からの今後の発表に冷静に従ってください――」
### 3.【第三報】翌日(3月22日)朝7時(帝国標準時)
翌朝。一睡もできずにテレビの前に釘付けになっていた帝国民の目に飛び込んできたのは、まるで映画のセットのような「革命の最前線」の生中継映像であった。
「――こちら、ウクライナの首都・キーウ(キエフ)の独立広場前です!」
ヘルメットを被った帝国放送の特派員が、興奮した声で叫んでいる。
背後では、重低音を響かせる巨大な戦車群が陣取っていたが、そこにはソビエトの赤い星ではなく、青と黄色のウクライナの旗が掲げられていた。
「信じられない光景が広がっています! ソビエト軍の精鋭部隊であったウクライナ人兵士たちが、モスクワへの反逆を宣言! 砲塔を北に向け、つい先ほど立ち上がったばかりの『ウクライナ臨時政府』の防衛部隊として、広場を制圧しました!」
スタジオに画面が戻る。キャスターの顔には、疲労と極度の緊張が滲んでいた。
「カレリア、ウクライナに続き、ベラルーシ、そしてバルト三国でも次々と独立政府が樹立されています。赤軍は完全に瓦解しました。……そして、この異常事態を受け、先ほどチューリヒの安保理から、歴史的な決議が発表されました」
画面の横に、『特例決議採択・国連軍出動へ』という巨大なテロップが出る。
「チューリヒにて開催された**『国際核拡散防止作戦会議(NPTU)』**において、決議が全会一致で採択されました。ソビエト国内に存在する数万発の核兵器の『行方不明』という人類滅亡の危機を未然に防ぐため。……国連軍として、我が大日本帝国が主導するEATO、およびヨーロッパのNATOの陸軍・空軍部隊を中心とする、**大規模な治安維持部隊のソビエト領内への緊急出動**が決定いたしました」
「帝国陸軍の空挺部隊は、すでに極東ロシア王国を経由し、シベリア方面の核ミサイルサイロ確保に向けて、輸送機への搭乗を開始した模様です――」
### 4.【第四報】翌々日(3月23日)夜22時(帝国標準時)
崩壊の始まりから三日目の夜。
アナウンサーの手元には、かつてない分量の「独立宣言国」のリストが握られていた。
「……昨日から今日にかけてのわずか数十時間の間に、世界地図の半分が塗り替わりました。モスクワ条約機構(MTO)および第四インターナショナルからの『脱退・独立』を表明した国家のリストをお伝えします」
アナウンサーは、息継ぎをしながら、延々と続く国家の名前を読み上げていく。
「ルーマニア、ブルガリア。バルカンで独自の野心を見せるトルコ。カフカス三国のジョージア、アルメニア、アゼルバイジャン。中央アジアの五カ国。モンゴル、ウイグル、チベット、そして地中海のキプロス……。さらに、地球の裏側の南米社会主義連合諸国も、モスクワとの完全な決別を宣言しました。……ここに、第四インターナショナルは事実上、地球上から完全に消滅いたしました」
ブラウン管の前の帝国民たちは、歴史の教科書が数ページにわたって一瞬で書き換えられる瞬間を、ただ呆然と見届けていた。
「最後に、帝国民の皆様が最も危惧されている『ソビエトの核兵器』についての最新情報です」
キャスターの表情が、三日間で初めて、ほんの少しだけ和らいだ。
「先ほど、残存しているソビエト国防総省の総司令部より、西側諸国に向けて公式な発表が行われました。『我が軍は機能不全に陥っているが、**核兵器の管理と発射コードのプロトコルだけは、戦略ロケット軍の残存部隊によって完全に掌握・維持されている。外部のテロリストへの流出は一切ない**』とのことです」
「帝国情報局およびCIAも、この発表が事実であることを独自の衛星通信傍受によって確認しました。最悪の核流出シナリオは、現在のところ回避されている模様です。現在展開中の国連軍(EATO・NATO)は、これらソビエト軍の残存部隊と慎重に連携を取り、核施設の警備を共同で行う方針に切り替わりました――」
「……三日間にわたってお伝えしてきた、ソビエト連邦の大崩壊。世界は今夜、数十年にわたる『冷戦』という重いコートを脱ぎ捨てました。しかし、明日からの世界が本当に平和になるのか、それはまだ誰にも分かりません。帝国放送協会は、引き続きこの歴史の転換点を、総力を挙げてお伝えしてまいります」
*ピロロロロン、ピロロロロン……*
深い夜の底に沈む大日本帝国のリビングで、再びあの重苦しいチャイムが鳴り響く。
ブラウン管の光に照らされた帝国民たちは、赤い巨象が息絶えた安堵感と、明日から始まる「誰も知らない新しい世界」への強烈な不安を胸に抱きながら、眠れない夜を過ごすのであった。
(閑話 完)
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