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118.星を継ぐ者たちの欧州大旅行(グランド・ツアー)

# 海洋帝国日本史 第十二章:黄金の狂騒と解き放たれる世界


## 閑話:星を継ぐ者たちの欧州大旅行グランド・ツアー――1978年、青の軌跡と薔薇の都


### 1.星の王子と、金髪の薔薇(1978年 冬)


1978年。

世界がEATO、NATO、MTOという巨大な軍事・経済ブロックに分断されながらも、西側諸国が未曾有の経済的繁栄と文化の爛熟を極めていたこの年。

大日本帝国の最高学府、東京帝国大学のキャンパスを、誰もが振り返るような一組の若きカップルが歩いていた。


**御子柴みこしば 龍星りゅうせい**、22歳。

かつて15歳で帝国理工院へ飛び級し、大空を穿つ槍(ICBM・飛鳥一型)の開発を牽引した天才エンジニア・御子柴龍一と、帝国外務省の辣腕外交官・西園寺小百合の間に生まれた、まさに「帝国の最高頭脳の結晶」である。

彼もまた両親の才能を色濃く受け継ぎ、小中高で計4年もの飛び級を果たし、わずか22歳にして東京帝国大学大学院・工学博士課程を修了しようとしていた。父の背中を追い、宇宙ロケットの推進工学を専攻する若きエリートである。


そして、彼に腕を絡ませ、楽しげに微笑んでいる長身の美女。

**エレオノーラ・フォン・ノイマン**、22歳。

彼女は、ロンドンに駐在するドイツ第三帝国の高級外交官を父に持つ、生粋のゲルマン貴族の血を引く令嬢であった。透き通るような白い肌、太陽の光を編み込んだような見事なブロンドの髪、そしてモデルのようにすらりとした長身。東京帝国大学の学部(国際法専攻)に留学していた彼女は、その圧倒的な美貌と知性で「帝大の薔薇」と呼ばれていたが、彼女のハートを射止めたのは、常に宇宙(空)を見上げている年下の天才、龍星であった。


「……リュウ。博士課程の修了、本当におめでとう」

「ありがとう、エレナ。君も、学部卒業おめでとう。……約束通り、卒業旅行に行こう。君の故郷であるヨーロッパへ」


大日本帝国という、世界で最も豊かで安全な「黄金の鳥籠」で愛を育んだ二人は、互いの卒業を祝し、1970年代の若きエリート階級の間で流行していた『欧州大旅行グランド・ツアー』へと旅立つことになったのである。


### 2.極北のオーロラ――北欧連合とストックホルムの冬


二人が最初の目的地に選んだのは、ヨーロッパの北の防波堤、**北欧連合**であった。

大戦後、単独国家での生き残りを諦め、複数首都制(ストックホルム、オスロ、コペンハーゲンなどに機能分散)を採用して強固なブロックを形成したこの地域は、高度な福祉と美しい自然が調和する独自の発展を遂げていた。


帝都・東京から直行便で降り立ったストックホルム。

「北欧のヴェネツィア」と称されるこの街は、凍てつくような澄んだ空気の中、中世の重厚なレンガ造りの街並みと、海面に反射する冬の太陽が、息を呑むような美しさを見せていた。

二人は毛皮のコートに身を包み、旧市街ガムラスタンの石畳を歩き、壮麗なストックホルム王宮を見学した。


「……美しい街だね。でも、僕が君に一番見せたかったのは、ここじゃないんだ」

龍星は、エレオノーラの手を引き、さらに北へと向かう寝台列車に乗り込んだ。


目指すは、北極圏に位置する鉱山都市・**キルナ**。

夜。見渡す限りの白銀の世界に囲まれた氷のホテルの外で、二人は寄り添いながら夜空を見上げていた。


「あっ……!」

エレオノーラが息を呑む。

漆黒のキャンバスに、突如として巨大な緑と紫の光のカーテンが現れ、音もなく揺らめき始めた。**オーロラ**である。


「……エレナ。僕の専門は宇宙工学だ。この美しい光も、太陽からのプラズマが地球の磁場とぶつかって起きる物理現象に過ぎない」

龍星は、彼女の冷えた手を両手で包み込みながら、熱を帯びた瞳で彼女を見つめた。

「……でも、君と一緒に見るこの光は、どんな数式よりも美しく、奇跡のように思える。……いつか必ず、僕が造ったロケットで、君をあの空のさらに向こう側(宇宙)へ連れて行くよ」


「リュウ……」

零下20度の極寒の中。二人は熱く、長い口づけを交わした。大自然の宇宙的スケールを前に、二人の愛はさらに深く、絶対的なものへと昇華していったのである。


### 3.帝国の心臓――ルールの熱気とケルンの大聖堂


極北のロマンチックな夜を過ごした後、二人は南下し、エレオノーラの母国である**ドイツ第三帝国**へと入った。


目的地は、ドイツ経済の巨大な心臓部である**ルール工業地帯**の近郊、**ケルン**。

1970年代後半のドイツ経済は、西アフリカの「ドイツ帝国同盟」から吸い上げる莫大な資源と、ゲルマン民族特有の勤勉さ、そして高度な工業技術が完全にリンクし、空前の好景気(実体経済の絶頂)に沸いていた。


車窓からは、24時間眠ることなく煙を吐き出し続ける巨大な製鉄所や、化学コンビナートの力強い姿が見える。

「……すごい活気だ。帝国の太平洋ベルト(京浜工業地帯)に勝るとも劣らない」

「ええ。今のドイツは、ヨーロッパ全土の経済をたった一国で牽引しているのよ」

エレオノーラは、母国の誇らしい姿に胸を張った。


彼らがケルンを訪れた最大の目的は、龍星の強い希望であった**『ドイツ航空宇宙センター(DLR)』**の視察である。

大日本帝国(JAXA)とドイツ(DLR)、そしてイギリスは、冷戦下において「三国宇宙協調」を結んでおり、龍星は父のコネクションと自身の卓越した論文の評価により、特別にVIP待遇で施設内を見学することができた。


「……素晴らしい。次世代型ロケットエンジンの燃焼室の冷却システム、ドイツの冶金技術はここまで進んでいるのか」

最先端のテクノロジーに目を輝かせ、ドイツの技術者たちと流暢な英語(時にはドイツ語)で専門的な議論を交わす龍星の姿を、エレオノーラは少し離れた場所から、うっとりとした眼差しで見つめていた。(私の愛する人は、なんて知的なの……)


視察の後、二人はケルンの街の中心に聳え立つ、漆黒の巨大なゴシック建築・**ケルン大聖堂**を訪れた。

天を突く二つの尖塔を見上げながら、龍星は言った。

「……人間が神に近づこうとして建てた石の塔(大聖堂)と、僕たちが宇宙を目指すために造る鉄のロケット。形は違えど、人間の情熱の根源は同じなのかもしれないね」

二人は大聖堂の荘厳なステンドグラスの下で、互いの将来を誓うように指を絡ませ合った。


### 4.封印された死の半島(イタリアへの道)


さて、ドイツでの有意義な時間を過ごした後、二人は本来の計画では、南下して**ローマ(イタリア)**へと向かう予定であった。

「真実の口」に手を入れ、トレビの泉でコインを投げ、地中海の太陽の下で愛を語り合う。それは、当時のヨーロッパ旅行における定番中の定番であった。


しかし。

彼らがケルンのホテルから、それぞれの両親に「明日からイタリアへ向かう」と国際電話で報告した直後。

ロンドンと東京から、文字通り**『怒髪天を衝くような怒声』**が飛んできたのである。


『……正気かリュウ!! 今すぐイタリア行きのチケットを破り捨てなさい!!』


東京の霞が関。帝国外務省の奥深くで電話の受話器を握りしめていたのは、龍星の母であり、いまや外務省の裏のトップ**『国際情報統括室長』**にまで上り詰めていた**西園寺さいおんじ 小百合さゆり**であった。


「母さん? どうしてそんなに怒るんだい。単なる観光だよ」

『観光!? 自分の立場(帝国最高レベルのロケット技術者の卵)を分かっているの!? 昨年の「1977年」に、大イタリアがどうやって崩壊したか、ニュースを見ていなかったわけじゃないでしょう!』


小百合の言う通りであった。

バルカン半島とアフリカの植民地をすべて失い、独裁者ファルネーゼが引きずり下ろされたイタリア王国は、1978年現在、文字通りの**『地獄の底』**にあった。

スペインからの屈辱的な経済援助で辛うじて国家の体裁は保っていたものの、街の治安は最悪。失業者と極左テロリストが溢れ、南部の**イタリアン・マフィア**が首都ローマにまで進出して公然と誘拐や暗殺を行っている「無法地帯」と化していたのである。


『……帝国の次世代ロケットの設計図(頭脳)を持った人間と、ドイツの高級外交官の娘。マフィアやKGBの工作員からすれば、これ以上ない「超・特級の誘拐ターゲット」よ! 今すぐイタリア行きをキャンセルして、安全な国に行きなさい! 命令よ!』


時を同じくして、ロンドンのドイツ大使館からも、エレオノーラの父親が顔面を蒼白にさせながら娘を全力で説止めていた。


諜報と外交のプロフェッショナルである両親からの「ガチすぎる警告」に、さしもの若き秀才たちも肝を冷やし、二人はすごすごとローマ行きの計画を白紙に戻すことになった。


### 5.白き薔薇の都――敗戦国フランスの美しい残影


「……イタリアがダメなら、どこに行こうか。ロンドンのお父さんの所へ挨拶に行く?」

「ううん、パパの所に行ったら、うるさくて二人きりになれないわ。……ねえ、リュウ。**パリ**に行きましょう」


かくして、二人の最終目的地は、フランスの首都・**パリ**に変更された。


この世界線におけるフランスは、非常に数奇で、独特な運命を辿った国であった。

第二次世界大戦において、大日本帝国、大英帝国、ドイツ、スペインの「四カ国」から袋叩きにされて完全敗北を喫したフランスは、国土を徹底的に焦土化され、アフリカやアジアに持っていた巨大な植民地(シリア、インドシナ、西アフリカなど)を、戦後処理の条約によって『すべて強制的に放棄』させられていた。


しかし、この「すべての海外領土の喪失」が、皮肉にも戦後のフランスに奇妙な平穏をもたらしたのである。

イギリスやイタリアが植民地の独立運動や民族紛争に血を流している間、フランスは自国の領土内に引きこもり、ただひたすらに「国内の復興」と「文化の再建」のみに全力を注いだ。


移民や植民地出身者の流入が完全に絶たれた結果。1978年のパリは、ヨーロッパの中でも極めて珍しい、大戦前の姿をそのまま凍結したような『白人(フランス人)だけの、純粋培養された古典的な美しい街並み』が永遠と広がる、ある種の「箱庭のような芸術都市」として完成していた。


さらに、隣国であるドイツ経済の爆発的な好景気に完全に引っ張られる形で、フランスの経済も潤っており、治安は極めて良好。パリ市民は、大国としての野心を完全に捨て去り、美味しいワインとチーズ、そしてファッションを楽しむことだけに人生を費やしていたのである。


### 6.情熱のエッフェル塔――愛の誓い


「……本当に綺麗な街ね。まるで、街全体が美術館みたい」


晩冬のパリ。シャンゼリゼ通りを歩きながら、エレオノーラは感嘆の息を漏らした。

二人は、完全に修復された美しい**ベルサイユ宮殿**の鏡の間でワルツのステップを密かに踏み、翌朝には、セーヌ川沿いのオープンカフェで、焼きたてのクロワッサンと濃厚なカフェオレのモーニングを楽しんだ。

政治や戦争の匂いが一切しない、ただ「人生を楽しむためだけ」に存在する都。それが、敗戦国フランスが選び取った幸福な結論であった。


そして、パリ最後の夜。

二人は、美しくライトアップされた**エッフェル塔**の展望台へと上った。


眼下には、オレンジ色の街灯に照らされたパリの美しい夜景が、星屑のように広がっている。

冷たい夜風が吹き抜ける中、龍星はエレオノーラの肩を抱き寄せ、そして、ポケットから小さなベルベットの箱を取り出した。


「……リュウ?」

「エレナ。僕たちの旅は、明日で一度終わる。東京へ帰って、僕は帝国理工院の研究室でロケットのエンジンと睨み合う日々に戻る。エレナは法律事務所で働き始めるし、頻繁には会えないだろう。」


龍星は、彼女の透き通るような青い瞳を真っ直ぐに見つめた。

「……でも、僕の心の軌道は、もう君という重力圏から逃れられない。……大学院を卒業して、JAXA(帝国宇宙研究開発機構)の主任研究員になったら、一緒に住まないか。……僕と、結婚してほしい」


パカッ、と開かれた箱の中には、最高級のブリリアントカットが施された、大粒のダイヤモンドリングが、パリの夜景を反射して七色に輝いていた。


エレオノーラは、両手で口元を覆い、大粒の涙をポロポロとこぼした。

「……ええ。ええ、リュウ! 喜んで……!」


二人は、エッフェル塔の冷たい鉄の欄干の傍らで、凍えるような寒さも忘れて、深く、情熱的で、永遠を誓い合うような熱いキスを交わした。

背後では、パリの街の光が、二人の門出を祝福するように優しく瞬いていた。


### 7.エピローグ――大空を翔ける銀の翼(帰路)


翌日。パリ郊外のシャルル・ド・ゴール国際空港。

昨夜エレオノーラとホテルで熱い抱擁を交わしいて龍星は、帝都・東京(成田国際空港)へと向かう、大日本帝国航空(JAL)の長距離国際線に搭乗した。


彼らが乗り込んだ機体は、帝国の航空技術の粋を集めた最新鋭の四発ジェット旅客機、**『TO-300型』**であった。

この巨大な機体は、かつてゼロ戦や隼を生み出した中島飛行機と、徳川航空産業が完全に合体して誕生した超巨大航空メーカー**『TOKUGAWA』**が、アメリカのボーイング社に対抗して開発した、パックス・ジャポニカの誇る「空のフラッグシップ」である。


「……御子柴様、ウェルカムドリンクのシャンパンでございます」

着物姿の美しいキャビンアテンダントが、ビジネスクラス(当時のファーストクラスに準ずる豪華な座席)のゆったりとしたシートに座る龍星に、クリスタルグラスを差し出した。


「ありがとう」

龍星はグラスを受け取り、窓の外に広がる雲海を見下ろした。

四基の強力な純国産ターボファンエンジンが、力強い重低音を響かせながら、巨体を音速に近いスピードで極東へと運んでいく。機内は振動も騒音も驚くほど少なく、まるで高級ホテルのラウンジにいるかのような快適さであった。


(エレナとの楽しい旅行もこれで終わりか。また来たいものだ。)


最高水準の教育、絶対的な安全、そして莫大な富。

大日本帝国という最強の国家が用意した完璧なレールの上で、しかしそれ以上の「自らの情熱と才能」を燃やす若き黄金世代の天才。


シャンパンの心地よい酔いの中で、龍星は目を閉じ、1980年代という新たなディケイド(10年)に向けた、自身の輝かしい未来の軌道計算シミュレーションを、幸せな夢の中で静かに始めていた。


(閑話 完)


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