第3話 喧嘩のセオリー
静芽が転入してきた当日の夜、
笑太はいつものように街で世直しのためのパトロールをしていた。
最近はとくに事件は発生しておらず、珍しく平和な街だった。
(今日も異常無し、か…)
心地よい夜風に、くァ…と欠伸がこぼれる。
街の治安が良い今、全身黒ずくめの笑太が街一番の不審人物であった。
(ここ確認したら、夜食でも買って帰ろう)
ささやかな決意を胸に何気なく覗き込んだ路地裏では、
幸か不幸か、事件が繰り広げられていた。
「貴方達、さっきから何をおっしゃっているのですか!」
「だから、何度も言わせないでくれ。」
「ちょっとだけ!ちょっとだけでいいからさ~!」
「嫌に決まっているでしょう!」
静芽が二人組の学生に絡まれているようだ。
「嘘だろ、またかよ…」
既視感のありすぎる光景に、思わず笑太の口から心情が漏れてしまう。
はやり美人はトラブルに会いやすいのだろうか?
それとも、ただ彼女がトラブル体質なだけか?
そもそも先日怖い目にあったばかりだろうに、
彼女は何故またこんな時間に出歩いてるんだ?
そんなことを吞気に考えつつ、様子を伺いながら徐々に間合いを詰めていく。
いつも通り油断しなければ、こんな輩の処理など造作もないだろう。
そう、普段なら何の問題も無かったのだ。
しかし本日は、一味違った。
「兄ちゃん、やっぱ口で言っても伝わんないみたいだよ?
この人も手本見せてあげなきゃダメみたい。」
「む、やはりそうか。では弟よ、頼んだ。」
「ちょ、ちょっと何を…っ!」
なんと危害を加えるわけではなく、おもむろに輩(弟)が脱ぎ始めたのだ。
予想外の行動に動揺し、笑太は慌てて身支度と喉の調子を整える。
『ゲ、ゲラ』
「む!?」
「なんだァッ!?」
動揺のあまり少々どもってしまった。
「何者なのだ!どこにいる!?」
「ゲゲラって何なんだよ!!!」
指摘するな恥ずかしい。
ペースを相手に持って行かれぬように冷静に一呼吸置き、まずは弟の処理から。
都合の良いことに、拘束に適した布が落ちているではないか。
『ゲラ
ゲラ』
「むぐゥ!?」
たまたま脱ぎ捨てられていた服を使い、口元を覆いつつ手早く腕を後ろ手に縛る。
縛られた相手は必然的に背後に意識が向かい、結果的に反った姿勢となるのだ。
そこへ突如襲い来る浮遊感。
両脚を払い上げられ宙に浮いた身体は力の逃げ場を無くし、
腹部に叩きつけられる拳を甘んじて受け入れるざるを得なかった。
「ヴンッ!?」
無慈悲にも背中から地面に叩きつけられた輩(弟)。
ノビてしまった輩のその腹の上に、ゲラドクロがドカッと腰を下ろす。
この程度の対処は、べつに彼の暗示効果を使うまでもなかった。
「お、弟よォ!!?いったい何が起きたのだ!?」
ゲラゲラと不快な嗤い聲は、彼の余裕と格差を誇示するかの如く、
事の最中も一切乱れることなくこの場を支配し続けている。
(まずは一人。)
なるべく多対一は避ける。
手数の不利を被らないようにする事は、
複数人を相手にする際のセオリーでもあるのだが、
ゲラドクロが一人一人を手早く処理することにはそれ以外にも狙いがあった。
彼が重視しているのは、”精神的マウントを取り続ける”こと。
不気味な雰囲気でも、圧倒的強者感でも、狂気的な印象でも何でもいい。
何らかの形で相手に”強そう”と思わせることが重要なのだ。
それを醸し出すために、一人ずつスピーディーな対処を心掛けているのである。
実際、暗示効果使い同士の争いにおいて精神操作は最も重視されている。
だがゲラドクロはそんなこと知らなかった。
と言うより、どうでもよかった。
ただ、単純に、なんだか心地よいから。
そんな理由で彼は精神的マウントを取り続けていたのだ。
天性の性悪が奇跡のシナジーをもたらしているのだった。
「お、おのれゲゲラァ!我輩の弟になんて非道いことを…許さんぞッ!!!」
二人組の片方が一瞬で処理され、相棒が逆上してくる。
これも当然想定内。
「キサマは”全裸”でぶちのめしてやるッ!!!」
前言撤回。
ぜんぜん想定外だった。
何なんだこの変態どもは?
と、この雑念が良くなかった。
「きゃあああ!!?」
(しまったッ!?)
「墳ッッッ!!!!!」
ゲラドクロは半ば反射的に腹部を防御した。
直後、その防御ごと胴体を突き抜けた凄まじい衝撃。
勢いを相殺しきれず、ゲラドクロは十数メートル後方へと吹き飛ばされた。
一瞬の気の緩み。
バカげた発言に気を取られた、そのたった一瞬のうちに”何か”が起きていた。
(なにが起きた…!?)
皮肉にも、相手に与えていたはずの混乱を同じように体験させられてしまう。
ただの一撃で、全身が軋むように痛む。
ゲラドクロの遥か前方では、激昂した輩が全裸になって拳を振り抜いていた。
(もしかして、たった一発殴られただけなのか!?)
てっきり、特大の鉄球や大槌でぶん殴られたのかと思った。
当然そんなわけはないのだが、それほど規格外の威力だったのだ。
それに加えて異常なほどのスピード。
あの輩は「全裸でぶちのめす」と叫んだその直後に、
服を脱ぎ、ゲラドクロとの間合いを詰め、拳を打ち込んできたのである。
そんなこと、あり得るのか?
そう、あり得るのだ。
(ワケわかんねぇ暗示使いやがって…!)
ヤツはおそらく陽暗示を使用しているのだろう。
「相棒の危機」か「激昂」か「全裸になる」のどれかをトリガーとして、
本人なりの謎理論で身体能力の向上に紐づけているのだと推測できる。
あのこだわり的に、十中八九「全裸になる」で確定だろう。
呼吸を整えながらそこまで状況を整理したゲラドクロは、
あくまで余裕を醸し出しつつも、内心は反撃の糸口を探す事に必死だった。
もし、もう一度あの一撃をもらうとマズい。
半ば偶然防ぐことができたものの、目で追うことはできていない。
今度こそは致命打になるだろうと確信していた。
『ゲラ ゲラ ゲラ ゲラ』
「ムッ!生きてたか!!!」
殺す気だったのかよ、と乾いた笑いが出る。
さすがにこんなところで死にたくはないのだろう、
ゲラドクロも彼の暗示を既に発動していた。
依然激昂状態の輩に向かって、正面から真っ直ぐに駆け出す。
「良い心構えだ!今度こそ屠るッ!!!」
輩は再度拳を振りかぶったが、その拳の勢いに振り回されたのか、
微かによろめき足元がふらついた。
「おォっ!?なんだ、めまい...?」
そのとき、よろめく彼の両肩にパサりと学生服がかけられる。
『この時期はまだ肌寒いだろ』
強力な暗示は、それだけ強烈なこだわりがトリガーとなっている。
そのため少しでもこだわりに反すると、途端に暗示が切れてしまうことが多い。
ゲラドクロは、全裸に着衣を入れることで無力化を図ったのだ。
しかしこんな小細工は、圧倒的な暴で打ち砕かれることになる。
「たしかに少し寒いなァ!お気遣いありがとうッ!」
そう言い終わる頃には、剛拳は既にゲラドクロの顔面にめり込んでいた。
そのまま後頭部を壁に打ち付けられ、図らずもプレスされる形となる。
ミシリと嫌な音がした。
(クソが、”そういうタイプ”かよ…)
読みは外したものの、なにかに気付いたようだ。
生命の危機が迫る中、思考は意外なほどにクリアだった。
しかし身体は全く動かせず、五感がマヒして周囲の状況もほとんど把握できない。
冷たいアスファルトの感覚で、やっと自分が倒れていることに気付いたほどだ。
(あぁ~?オレ、こんな変態に殺されるんか…?)
悔しいというより、納得できない。
そんなことを思っても、動けないものは仕方が無いのだ。
笑太の意識は徐々に薄れゆく。
「これで終いだッ!」
おそらく止めを刺されるのだろう。
次の衝撃に備え、笑太は穏やかに呼吸した。
しかし覚悟したにも関わらず、なかなか鉄槌は下されない。
このタイミングで寸止めとか流石に性格悪すぎだろと、
文句の一つでも言おうとしたその時。
「シズ、これどういう状況?」
たった一言の問いかけ。
「ゲラドクロ様がピンチです。」
「ん。」
軽い返答。
なのにどうして。
「兄様、助けてください。」
「おう、後は任せろ。」
なぜ、血の気が引いているのだろう。




