第1話 世界のルール
「おい!!!氷掘 笑太!!!!!」
額の激痛と怒声で、笑太は現実に引き戻された。
目の前には、もはや殺気ともとれるような雰囲気を醸し出すしている教師が
文字通り仁王立ちしていた。
(教師が生徒にそんな目線を向けていいのか…!?)
などと呑気なことを考えている笑太に対し、教師は容赦なく問いかける。
「氷掘、いま話した内容を要約してみんなに説明してくれるか?」
「え、え~っとぉ……好物も、食べるのは八文目までにしろ。ですかねぇ~……?
へへっ」
言い終わると同時に訪れる二度目の激痛。
カコーン!とイイ音が教室に響いた。
「お前のその、他人を苛立たせる才能はピカイチだな!?」
「へへっ、ありがとうございます…!」
「誉めて無い!!!」
そう言って教師はツカツカと怒気満載の足音を立てながら黒板の前まで戻り、
笑太の方へ向き直ってこう続ける。
「いいか?お前が毎回熱心に睡眠学習しているこの”暗示学”はな、
知っておかないと命を落としかねない知識も教えているんだ。
今のお前にとってはどうでも事いいかもしれんがな?
教え子に死なれちゃ私の面目が丸潰れなんだよ。
頼むから、私の顔に泥は塗らんでくれ。」
先ほどまでの殺意は鳴りを潜め、一見マジメそうな表情をしながら教師は語った。
彼女の言葉選びはともあれ、笑太自身もこの教科の重要性は理解ってはいるのだ。
ただシンプルに、バカな笑太にとってこの教科はとっても難しいのだ。
「じゃあもう一回だけ講釈垂れてやるから、目かっ開いてよく聞いとけや。
まず結論から言うとだな、この教科で学ぶ内容は
”人間、思い込み次第で何でもできますよ”ってことだ。」
「本当に、”なんでも”できるんですか?」
「ああ、本当に”なんでも”できてしまう。
しかもな、この宇宙のありとあらゆる法則を全て無視できるらしいんだ!」
「そして!そのエネルギーはお前らの”ココ”に詰まってる。」
大げさなジェスチャーで、頭を指先でトントンとたたきながら語る教師の瞳は、
まるで夢を語る少女のようだった。
「この素晴らしい暗示行為には特性によって2種類の名前があってな、
身体能力を向上させたり、気分を高揚させたりするような、
プラスの効果がある暗示は”陽暗示”。
反対に、身体機能低下させたり気分を落ち込ませたりするような、
マイナスの効果がある暗示は”陰暗示”と呼ばれている」
「氷掘、お前の”イラつかせる”ソレは立派な陰暗示なのかもな?」
教室中にドッと笑いが沸き起こる。
「まあ私にとってはどうでもいい事なんだがな!」
「ヤナせんひどーい!」
飛ばされた野次に対しても、教師は笑顔で「なんだよー!」と返すだけだった。
(オレ以外の生徒に対してはフレンドリーなんだよなあ…)
にぎやかな教室の中、笑太だけは独り難しい顔をしていた。
「あとな、一番気を付けてほしいのは、この暗示の効果範囲だ。」
先ほどまで上がっていたヤナせんの口角が下がった。
「その効果範囲は自分の肉体や精神だけじゃない。
これな、思い込みの強さ次第で他人や”世界”そのものにまで
影響を与えることができてしまうんだ。」
「テメェ自身が勝手に自爆しちまうのはまだ「アチャー!やっちたぴょん☆」
で済ませられるが、
友人や家族にまで危害が加わっちまったらシャレにならん。
ましてや赤の他人を死傷させちゃいました~とかもう、どうすんのよ?
ってハナシだ。」
生徒たちの息を吞む音が聞こえた気がした。
「最近はなんか、近隣の街で暴れまわってるバカが居るらしいけどな。
何だっけ?あのゲロブクロみたいな名前の…」
「『ゲラドクロ』ですか?」
誰かが小さな声で発言した。
「そうそうそのヘチャムクレだ!」
どこからともなくクスクスと笑う声が聞こえる。
一方笑太は、眉間により深くシワを刻んでいた。
「ともかく!そんなバカと同列にならないように、
我々はこの力をコントロールする方法を学ぶ必要があンだよ。
私利私欲のために好き勝手使って暴れ回るんじゃなくて、
そのアホどもをやっつける!お前らにはそういう人材になってほしいンだわ。
お前らは、そのためにここに入学させられたって自覚、あんだろ?」
キーンと小さな耳鳴りが聞こえてしまいそうなほどに、教室が静まり返る。
そんな沈黙もまた、ヤナせんの爆弾発言によりぶち破られた。
「だーーーいじょうぶだって!!!
安心しな!実はこの暗示、”バカである”ほど強力に使えるんだよ!!!」
「「「ウ、ウオオオオーーーーーーーーー!!?」」」
まるで耳より情報のようなテンションで発言されたことで、
脊髄反射でつい歓喜の雄たけびを上げてしまう生徒たち。
「理屈は今はまだ教えてやんねーケドね!お前ら超バカだから!!!」
特大級の罵倒である。何が大丈夫なんだ。
「だから安心してまずは学べ。
私がお前らを、最強のバカに育成してやるよ。」
この女、滅茶苦茶である。
ただ、彼女が生徒たちへ発した言葉には、侮辱の意思など微塵も感じられず、
むしろ彼らへの敬意や尊敬を感じるのであった。
「あ、そういえば今日転入生が来てるんでした。」
やはりこの女、滅茶苦茶である。
「お前ら、今回は超大物ゲストだからよ、失礼の無いように頼むわ。」
そう言いながら扉を開けて、廊下の奥に手を振るヤナせん。
あんたが一番失礼だろと、クラスが一丸となって彼女の背中に念を送った。
「どうぞ、お入りください~」
そう言って招き入れられた超大物ゲストさん。
入室してきた彼女の顔を見て、笑太の睡魔は彼の脳内から絶滅したのだった。




