第79話 平穏 休みも必要
「ふぁー、おはよう」
なんとか眠れはしたけれど、寝心地が悪くてスッキリしない。
それは久しぶりのダンジョン泊で地面に寝てるからじゃなく、暑さと湿気が原因っぽい。
ダンジョン第6階層、セルとシャルが起きたのと入れ替わりに僕も眠らせてもらったが、目が覚めると全身汗ばんだ嫌な感触。
「アーセちゃん、もしお休みができたら何がしたいですか?」
「依頼」
「どこかに観光しに行くとか、美味しいもの食べに行くとかどうですか?
お姉ちゃんがどんなリクエストにもお答えしますよ」
「等級上げたいの」
「じゃあまた前みたいに一緒に依頼受けて、海辺や湖にでもどうです? あっ温泉も捨てがたいですね」
なんとなく行先に目的が透けて見えるみたいだ。
元は一緒のタイミングで寝るはずだったアーセとアリーは、僕よりもかなり早い時間に眠り始めたからかすでに目覚めている。
軽く挨拶を交わして、ゆっくりと意識が覚醒するのを待った。
皆の体調を確認、特にシャルとアーセが優れなければ帰れないから。
「アーセ、気分どうだ? きつかったら言えよ」
「だいじょぶ」
「シャルはどう? 帰り二フロア魔力もちそう?」
「うん平気よ、行きと同じ感じだったら問題無いと思う」
どうやら二人とも平気そう、特に無理しているようには見えないから大丈夫なんだろう。
勿論、セルとアリーにも聞いてみたが、まあ僕と一緒で歩いてただけだから予想通りなんともないらしい。
現時点ではエイジはまだ覚醒していない。
僕がこめかみを指でトントンと叩きながら、「まだ寝てるみたいだ」と言った事でセルはその意味を理解してくれたっぽい。
まあ未知の階層に挑むわけでもないし、帰りの道中でエイジに頼るところも無いんでかまわないけど。
まずは出発前に皆で朝食を。
今回は一泊で持ち込んだ食事も四食分と少なかったので、多少かさばってもと各々果物などを持ち込んでいる。
行きで経験しているので、帰りの道中はそれほど危険が無いと解ってる事からも、皆の表情も明るい。
そんな中、僕は干し肉を挟んだパンを食べながら、帰りでは無く次回以降に挑む下の階層へと想いをはせていた。
一泊でここまでという事は、10層が最下層だとすると四泊あれば往復出来るかな?
・・いやいや油断は禁物、ちらっと見ただけだけど7層の攻略方法さえわからないんじゃ、こんな予想立ててもまるであてにならないか。
にしても、どうやって抜ければいいんだろう?
・・ダメだな、ついつい考えてしまうけどどっちみち答えは出ないんだ。
どうもやる事無いと、気になってる7層について考えてしまう。
「それじゃあ、そろそろいいかな?」
「ああ」
「用意は出来てるわよ」
「平気」
「アーセちゃんが元気なら(以下略)」
皆にお伺いを立てて、今回のダンジョン探索における復路のはじまりとなる。
取り立てて難所と呼ぶべき個所も無いので、こまめに休憩をとってさえいれば、このメンバーであれば何の問題も無い。
6層を抜けて5層に入ったところで、エイジが覚醒した。
【おはよーエイジ、遅かったねー】
【おはよう、そうか? 昨日は特に力も使って無いから普通だと思うぞ】
【えっ、そうかな?】
【するとここは・・、6層じゃなく5層なのか?】
【そっ、もう6層は過ぎちゃったよ、だからゆっくりだなと思ってさ】
【・・そうじゃなくて、ダンジョンの中だから時間の感覚がずれてるんじゃないのか?】
言われてみれば、今が朝だっていう根拠は僕らが寝て起きたってだけだ。
【・・もしかして、睡眠時間短かったのかな?】
【暑くて寝苦しそうだもんな6層、まあ7層見た感じじゃあの下はもっとだろうけどよ】
【そっかそれでかー、でもまあ少し位大丈夫だよ】
あまり深刻には考えて無かったが、この僕の考えはやんわりと否定というかたしなめられた。
【ここではというか今回はな、ただ今後7層以降を攻略するにあたって、体力を回復する睡眠が不十分となると厳しいぞ。
あの暑さじゃこれまで以上にスタミナ使うだろうし、その上魔物との戦闘に暑さ対策や間欠泉にも対応せにゃならん。
さらに、一気に最下層まで行けるならまだしも、途中で睡眠とるとしたら確実に6層より環境厳しいだろうからな。
余計眠るのが難しくなりその分体力は少なくなる、しっかりとした作戦たてないとどうなるかわからんぞ】
【うん、そうだね】
【たとえ多少足踏みしたとしても、ちゃんとした方策が練れない内は挑戦を控えた方がいいかもしれんな】
【わかってる、命がかかる以上ちゃんとしないとね】
考えすぎも良くないけど、何の方策も無しでいけると思えるほど楽観はできない。
ここにきて改めて肝に命じなきゃならないのは、僕らは何も命がけで成し遂げなければならないって理由は無いんだって事。
どうしても抜ける方法が見いだせないとなったら、最悪断念してもかまわない。
エイジとの魂話で、わかってるつもりのつもりってあやふやな部分が、確かな感触と共に輪郭を帯びてくる。
まずは7層を抜ける具体策をたてる、そして抜けた先8層の調査をする。
次回の調査は二泊でってとこか、・・とその前に依頼をやって、いや一度くらい休日はさんだ方がいいかな?
そんな事をつらつらと考えながら歩いていると、5層の終わりである階段が視界に入ってくる。
ここまででシャルとアーセの本日のお仕事はおおむね終了、残りは歩くだけとなる。
反対にここまでお休みモードだった僕ら三人が、フォーメーションを組んで魔物に対処する。
完全に役割分担出来ているので、息を整えるくらいで長い休憩はとらずに先へ。
そのまま一気に4層を抜け3層まで進み、そこで昼食を済ませる長めの休憩に入る。
ここを越えればもう魔物は出ない、命の危険が無くなり残りは全員ただ歩くのみ。
そうして順調に3層を抜け短い休憩の後2層を歩いている時に、前方から別のパーティーが現れた。
この間にしても今回にしても、これまでは一度として他のパーティーを見かけたことは無かった。
深い階層は別として、年中混雑しているヨルグとは大違いだ。
無言ですれ違うも、何故かこっちをジロジロ見ている。
このダンジョンは、ホールと呼べるような広間は無くずっと通路が続く。
互いに近い距離だから気になるのはわかるけど、なんだか視線が無遠慮というか値踏みしているような胡散臭さがある。
男性のみの四人パーティー、普通こういう場合目がいくのは異性である女性の方にだと思うんだけど。
それが何故か僕とセルにも同じ様に視線を送ってくる。
なんか変だ、どうにもはっきりと事態は掴めないけど違和感を感じる。
そしてその後も、続々とこちらに向かって進んでくる別のパーティー。
その誰もが、同じような視線を浴びせてきていた。
皆も気にはなってるみたいだけど、それよりももう少しだから早いとこダンジョン出たい方が勝ってるみたいだ。
◇◇◇◇◇◇
ひたすらに黙々と歩き続け、無事に地上へと帰還をはたした。
辺りは夕暮れ時らしく薄暗いが、皆の表情はやり遂げた感があり明るい。
反省会や今後の検討会も必要だけど、何よりもまずはお腹を満たして疲れた体を休めたい。
メイプル館へ戻りそのまま夕食、ひとしきりそれぞれが満足する為だけに手を動かす。
全員の食事が終わり弛緩した空気の中、思い思いに感想が口をついて出ている。
今回はとにかく暑かったとか虫系は数が多くてなど色々出たが、やっぱりというか一番皆が気になったのは、他のパーティーが大勢現れた事だった。
「なんだったのかしらね、あの人たち」
「同じ傭兵団の大規模な探索って感じでも無い、全部別々の集団みたいだったな」
セルとシャルの兄妹の話に、アリーと僕もそれぞれが感じた同じ感想を。
「何人か傭兵ギルドで見かけた顔が居ましたね」
「うん、僕も見覚えある人いたけど、なんであんなに大勢来たんだろう?」
アーセはワインをちびちびと飲んでいる、なんか知らない間にお酒好きになってるみたいだ。
「ああ、あそこはまるで稼ぐには向いて無いからな、そうすると全員最下層狙いなのかもな」
「最下層・・、傭兵の集団・・、なんか依頼でも出たのかな?」
「その可能性が高いな、明日にでも見に行くか」
「そうだね、確認しておきたいね」
僕とセルが話し合っていると、シャルが明日の予定を聞いてきた。
「じゃあ明日は傭兵ギルドへ行って、そのまま依頼やんの?」
「どうする? リーダー」
「それなんだけど、皆体の調子はどう? ここらでお休みの日にしてもいいと思うんだけど」
「アーセちゃんはどうです? 私はアーセちゃんがお休みしたいなら全力でサポートしますよ」
「んーっと、明日もダンジョンは辛いけど、依頼ならいい」
このアーセの意見にシャルが賛同する。
「あーあたしもー、やっぱり続けてダンジョンは厳しいけど、お休みするほどでもないって感じー」
なんだか少しけだるげなような、やっぱり5層と6層の二フロア続けての魔術の使用は大変なんだろうか。
「わかった、じゃあ明日は半日休みにしようかと思う、どうかな?」
「休み?」
「なんで半日なんですか?」
シャルとアリーが発した疑問に答える。
「ええと、この辺で休んでおいた方がいいと思うけど、それだけじゃなくってダンジョンの事もうーんと」
なんだかもう一つ上手い事伝えられないなー、と思っていたらセルが代弁してくれた。
「皆大丈夫そうだけど無理は禁物、ずっと休みなかったし急ぐ必要も無い、常に万全の状態で臨めるようにしておくべき。
まあとは言うものの、今後の事特に7層をどうやって攻略するかの話し合いはしておきたい。
だから明日は朝食の後ミーティングして、その後傭兵ギルドへ確認に行って解散、後は各自自由に過ごしてもらうと、そういう事か?」
「そうそう、さっすがー」
「リーダー形無しね、まあお休みにするって言うならあたしは構わないわよ」
シャルの返答を聞きながら残る二人はと見ると、アリーは心ここに非ずといった風でアーセに話しかけている。
「さっアーセちゃん、お風呂行きましょうか?
疲れててどうしても行きたくないというなら、このお姉ちゃんが部屋で体を拭き拭きしてあげますよ」
「にぃ、お話終わり?」
「ああ、今日はもういいや明日にしよう、いいよね? みんな」
「さんせーい」
「ああ」
アルたち一行は三度目のダンジョン探索も無事に終わり、穏やかで平和な夜をのんびりと過ごしていた。
◇◇◇◇◇◇
少々時を戻してアル達一行が、ダンジョンで一泊し帰りの道中に出発してしばらく経った頃。
ミガ国の王都オューにある傭兵ギルドは、国からの破格の報酬の競合依頼が出された事により、大勢の傭兵達でごった返していた。
依頼書に記載されている大金貨1000枚、そして1級相当のポイント付与というのは間違いなくこれまでで最も高い報酬である。
依頼目的は、ダンジョン最下層への到達及び入手した物を持って帰り、依頼主である国に譲り渡す事。
傭兵達はどこかに連絡をとるのに傭兵ギルドを飛び出していく者、ダンジョンに潜った事のある知り合いに話を聞く者など様々である。
国からの依頼という事で、受注できるのは3級以上と決められているにもかかわらず、上級者のみならず初級者や中級者の者も少なくない数が居た。
ダンジョン探索は出来るだけ人数が多い方が有利である。
そこで実際に自身では等級が低くて受注できない初級者や中級者が、受注できる上級者に自分を売り込みそのパーティーに加えてもらおうとしているのだ。
そこかしこで即席のオーディションが行われている。
この状況下で、有名傭兵団の中で目立った動きをするところは未だ無かった。
この大陸で上位五つに入るといわれている傭兵団の一つは、人数が少なくこの依頼の情報を掴んでいない。
もう一つは団の方針として基本国からの依頼は受注しないとしているので論外、さらにもう一つは自らの団の実力には勝ちすぎているとして見送る方針だ。
残る二つの内の一方である『風雅』は、本日中に商隊の護衛の依頼から戻る団長のキリウス待ち。
そして最後のひとつ『月光』は、その本隊がそれとは別件で王都オューへ移動している最中だった。
このように、表面上は特に大きな動きは見られなかった。
そんな中傭兵ギルド内では、委託販売されているダンジョンの地図が、高額にもかかわらず飛ぶように売れていた。




