第78話 黙考 どうしたもんかな
ダンジョン第6階層、これまでと変わらない景色ながらこれまでとはあきらかに違う。
それは温度、この上の第5階層も暑さを感じたがそれは少しだけで、気のせいかもと思わせる程度だった。
しかしここは進めば進むほどに、はっきりと暑くなっているのが体感できる。
すでにこの階層の半分ほどを踏破したと思われるが、この時点で蒸風呂とまではいかないまでも、立ち止まっているだけで汗が出るくらいな気温というか室温になっている。
「何でこんなに暑いのー、なーにー、ここー」
「暑い」
「アーセちゃん無理しないで下さい、いざって時はこのお姉ちゃんが抱っこしてあげますからね」
「いや余計暑いだろ、アル、なんでこんな暑いのかわかるか?」
セルのこれは当然僕に聞いてる訳じゃ無く、エイジが知らないかって事だと思われる。
【エイジ、何でだか知ってる?】
【なるほどな、・・あー悪いえーっと知らん。
でもこれだけ暑いとなると、温泉でも湧いてるんじゃないのか?】
本当だ、知らないって結構言ってるのかも。
「わかんない、温泉でも湧いてるかもしれないね」
「そっか、そうだな」
びっくりはしたものの、行動に直接の支障は無いしやる事に変わりも無い。
シャルとアーセが精霊魔術で魔物を駆逐、行く手を開きその後を残りの僕を含めた三名が歩いて行く。
だが、先ほど休憩したばかりとはいえここにきてこの暑さは、かなりスタミナをもっていかれる。
それより気になるのは、エイジのさっきのセリフだ。
【なるほどって何の事?】
【あーいや、この先に出る魔物が暑さに強いというか、熱に強い魔物だったからこういう環境だからかって思ってな】
【なるほど、それってこの次の第7階層?】
【そうだけど、それだけじゃなく次の7層から9層まで】
【ずっと?】
【そ、次から罠エリア魔物あり、罠はどんなんかはわからんけど】
【あのさ、エイジの知識の中にこのダンジョンの10層より下って、なんかわかることある?】
【無い、9層までの情報しか無いよ】
【それって、ヨルグの時も?】
【そう、あそこも9層までの事しかわからなかった】
【ってことは、ここもやっぱり10層までなのかな?】
【たぶんな、まだ一つがそうだったってだけだから確かな根拠があるとは言えないが、その可能性は高いと思う】
【うん、先が見えてきたね】
【ああ、ん? そろそろじゃないか?】
【あっ、本当だ】
向かう先に階段が見える、なんかさらに温度が上がってるような。
最期にシャルとアーセがぶっ放して、辺りに魔物はいなくなった。
皆で階段付近に腰を下ろす、二人はどんなもんだろうか。
「シャル、アーセ、どう? やっぱきつい?」
「んー、結構ね、でもまだもちそう」
「アーセもまだ、でも暑い」
「帰りもあるからとりあえずゆっくり休んで、アリー、二人をお願い」
「にぃ、下行くの?」
「うん、ちょっとだけ、セル下ちょっと覗きに行かない?」
「そうだな、今後の為に見とこうか」
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
こうしてセルと二人で階段を降りて第7階層へ、珍しくというか初のらせん階段になっている。
向かったはいいけどこれまでと違って階段が長い、これ本当に一フロア分だろうか、ここまでの三つ分以上は降りてる気がするけど。
それはセルも感じていたようで。
「これ長すぎないか?」
「うん、途中特に何も無かったから余計に降りてるって事は無いと思うけど・・」
「しかも、心なしか降りるごとに暑さ増してる気がするけど」
「それは僕も思って・・、あっ、階段終わりだ」
辿りつき足を踏み入れた第7階層は、幅はこれまでと変わりないが降りてきた時に感じた通り、天井までがもの凄く高いフロアだった。
なぜか全体的に靄ってる上に、湿気が多いどころじゃ無く壁面が濡れているし、地面に至っては所々に水たまりが有るのが見える。
ここで出現する魔物は『レイザス』、エイジの話では熱に耐性が高いトカゲというか吸盤があるので、イモリとかヤモリに近いとのこと。
「エイジの話だと、ここから罠があるはずなんだけど」
「こうして見てる分には、特に何も見当たらないな」
「うん」
こんな会話をしながら7層の入口で中を窺っていると、突然僕らの前方約5mほどの位置から水が噴き上がった。
勢いよく吹き上がった水が上から落ちてくる、離れているので僕らに直撃する事は無かったが、その雫がかかって驚いた。
水かと思っていたものはお湯だった、しかも熱湯、何度あるかはわからないけど普通に焼けどする熱さの。
「「熱っ」」
急いで階段を少し上がり避難、幸い雫が少しかかった程度なので大きな怪我にはならなかった。
しかしあれどうすればいいんだろう?
あそこ一か所だけって事は無いだろうから、このフロア抜けるまでずっとあれが続くとしてどうしたら・・。
【エイジー、何? あれ】
【ありゃあ間欠泉だな】
【かんけつせん?】
【ここよりも下で地下水が温められて、周期的に吹き上がって来るんだ】
【・・・・、ここより下ってじゃあ8層は地底湖ってこと?】
【どうだろうな、そうかもしれんしそうじゃないかもしれない、まだ何とも言えんな。
8層は確かにここよりも下にあるんだろうけど、真下にあるとは限らないからな、ただ】
【ただ?】
【8層と9層に出る魔物に、水の中を動き回る魚型のがいる】
【んじゃ決まりじゃん】
【でもそうじゃないのも出現する、だからどっちかはわからない】
セルにも今エイジに聞いた話を伝えた。
「間欠泉か、あれ避けるとか無理だろ、直撃は避けられても上から降ってくるのはどうにもならんぞ」
「うん、僕もそう思う」
「周期的っていっても、この先いくつあるかもわからんのに、それ全部のタイミング計測なんてしてたら何年かかることか」
「とりあえず戻ろう、皆で相談した方がいいよ」
「そうだな」
僕らは足取りも重く、再び長い階段を今度は逆に登って行った。
「あっ、やっと戻ってきた、長いよー、なんかあったかと思ったじゃ無いよー」
「にぃ、何ともない?」
「ごめんごめん、階段長くてさ」
「? 階段が長いってどういう意味ですか? もしかして8層まで続いてたんですか?」
「違う違う、そうじゃなくってね」
僕とセルとで見てきたものを一通り説明した、だがやっぱりというかなんというか口頭だけでは上手く伝わらない。
実際に見てもらった方がという事で、疲れている中申し訳ないけど三人を連れてまたも階段を下った。
階段を降りてる最中、「本当に長いわねー」とか「暑い」とか「アーセちゃん、ここ出たら一緒にお風呂に行きましょうねー」など軽口が聴こえている。
そうして降り立った第7階層、三人三様で間欠泉を見て驚いていた。
最初は吹き上がる様の迫力に、二度目にその熱さに。
階段のところまで戻ってきて、それぞれに感想を言い合っている。
「熱っ、これがその間欠泉ってやつ?」
「熱っ」
「熱っ、これはお風呂にするにはちょっと熱すぎですね」
居るだけで体力削られそうな暑さ、吹き上がる源泉と思われる熱湯にまだ見ぬ魔物。
とてもじゃないけど、一筋縄じゃいかないという状況だけは全員で確認出来た。
突破する方法はまるで思いつかないけど。
7層の攻略についてはゆっくりと、それこそここを出てからやるとして、今はとりあえず帰りに備えて体を休める時間だ。
元の6層まで戻り交代で睡眠をとる、下を経験したせいでここの暑さが全然ましだと感じて過ごしやすくなった。
まあ、実際は何にも変わってないんで感覚の問題なんだけど。
僕の寝る順番は最後、5層と6層は本当にただ歩いてただけで何もしてないからそれほど疲れも無い。
じっとしてると自ずと7層について考えてしまう。
しかし何も思いつかず、ダメ元でエイジに相談してみる事に。
【エイジー、7層どうしたらいいかなー】
【そうだなー、どうすればいいかなー】
【えー、やっぱり自分で考えないとだめ?】
【いや、こっから先は俺も知らないしな、ヨルグの時と同じくここからは俺もパーティーメンバーとして参戦するよ】
【やったー、え? じゃさっきの何?】
【何って、見たばっかりだからまだ考えまとまってないんだよ】
【ああそういう事か、俺に聞くな自分で考えろって意味で茶化してんのかと思ったよ】
【そんなんじゃないよ、でもまあ極論すればどっちかだろうな】
【どっちかって?】
【くらっても平気なようにするか、でなければ塞ぐか】
【平気なようにって、金属鎧だって熱湯浴びたら熱くなっちゃうんじゃないの?】
【だろうな】
【それに塞ぐって何で?】
【その辺は、それこそ皆で意見出し合って考える方がいいだろ】
【んー、まあそうなるかなあー】
【悪いがそろそろ】
【うん、じゃまた明日ねー】
エイジが休眠状態になってしまい、話し相手がいなくなってしまった。
今回は『リアーニ』対策として、精霊魔術で対処してもらう都合シャルとアーセには一緒に休まれては困る。
そこで、最初にセルとシャルの兄妹が休み、その後僕ら兄妹とアリーが休むことになっている。
眠っている二人の傍に僕が座り、その横にアーセがぴったりくっついている。
アリーはアーセに二人の邪魔をしない様に、小声で何事かを話しかけているが、アーセは疲れが出たようで僕に寄りかかり今にも瞼が閉じそうだ。
魔術の方はまだ平気そうだけど、かなり歩いたから無理も無い。
「アーセ、魔物が出たら起こすけどそれでいいなら寝てていいぞ」
「ん」
一言返事したかと思ったら、こてんと横になり僕の足を枕に寝てしまった。
無理も無い、アーセと再会してからまだ一カ月もたってないんだ、そりゃあまだまだこんな短い期間じゃスタミナもつかないよな。
そんなアーセにアリーはしきりにアピールしている。
「ああアーセちゃん、寝るならこのお姉ちゃんのお膝で。
アーセちゃんが望むんでしたら私の体のどこをどうつかっていただいても、喜んでベッドになる覚悟は出来てますよ」
「いやもう寝てるって」
「そんなアーセちゃん、待っててくださいこうなったら夢で逢える様に私も今から寝ますからね」
そう言うとその場で横になり、寝息をたてはじめた。
信頼してもらえてたとしたらうれしいけど、どうもただ単に欲望に忠実なだけな気がする。
あっという間に僕一人、寝てるとはいえ皆が周りにいるんで心細さは無いけど、何もすることが無いんでつまらない。
なので、さっきまでエイジと話してた7層について考えてみた。
くらっても平気なようにって、何着てたら熱湯浴びても大丈夫だろうか?
金属は熱で熱くなるし、布だって熱湯しみたらダメージあるし、皮? でも皮でもあんだけの勢いと量を浴びたら防ぎきれないんじゃないかなー。
塞ぐってのはあの熱湯が噴き出す穴をって事だと思うけど、何でどうやってだろう。
このダンジョンの中は都合よく石や岩なんてころがってない、って事は持ち込まなきゃって事か。
あの穴全部でいくつあるんだろう、7層だけでも相当な数だと思うけど次の8層や9層にもあるのかな?
いくらなんでもそんなに大量のものは持ち込めないだろう、どんなものだかわからないけど運ぶ事でスタミナがかなり削られるだろうし。
という事は、いくつかそうだなー四つか五つくらい持って行って、それをパーティーが通過したら外して叉使うとかか?
向こうより楽だと思ってたけどとんでもない、ここにきてこれまでのツケが一気にきたって感じ。
しかし、地図を売ってる人達ってどうやってたんだろう。
それが聞ければかなり参考になると思うんだけど。
まあ、あんまりお金がかかったり大人数だったりすれば真似できないけど。
・・まてよ、特別なものなんて無くても精霊魔術でなんとかならないか?
熱湯は風で吹き飛ばして、穴は通り抜ける時だけでいいんだから一時的に土や氷で塞いでおけばいいし。
・・・・無理か、シャルとアーセに負担かかり過ぎるな。
3・4層と5・6層が逆だったらまだしも、8層と9層もだとすると続けて五つのフロアでってのはいくらなんでも二人じゃ難しいだろう。
大きな傭兵団だったら精霊魔術使えるヒトも多いだろうけどなー。
いくら一人で考えてもまるでいい案が出ない、何の答えも出ないまま僕にもまどろみの時間が訪れようとしていた。




