第63話 惨敗 揉めるんだろうな
メイプル館一階にて、ラムシェさんと僕とアーセの三人で、楽しい夕食の時間。
他の『月光』団員の皆さんは、別の宿に居てここにはいないとの事。
なんでも、入った宿屋は大部屋しか空きが無いので、急きょラムシェさんだけ別に宿をとる事になったんだそうだ。
『月光』の皆さんは、傭兵ギルドへ依頼の達成の報告と報酬を受け取りに来ただけなので、明日の朝にはもうここを発つらしい。
ラムシェさんは名残惜しいのか、アーセとずっと話し込んでいる。
あまり無い機会だろうから、ラムシェさんとアーセに提案してみようか。
「アーセ、今夜ラムシェさんと同じ部屋で泊まるか?」
「ん、お姉ちゃんと一緒がいい」
「きゃー、嬉しいー」
僕とラムシェさんが入れ替わり、僕が個室で泊まる事で二人を同室にできる。
アーセには先ほど、薬師ギルドの依頼を受ける事にしたと話しておいた。
明日から三日間は、嫌でも僕と二人きりで泊まる事になる。
だから、今日くらいはラムシェさんと一緒でどうかと思ったのだ。
ってか、アーセはラムシェさんの事、お姉ちゃんって呼んでるのか、初めて知ったよ。
食事を終え、部屋から荷物を持ってラムシェさんの個室に移動する。
先に戻っていたラムシェさんも、すでに動ける状態でスタンバっていた。
個室に入り荷物を置いて、軽く言葉を交わす。
「じゃあ、アーセの事よろしくお願いします」
「こちらこそよ、ありがとねアルくん」
そう言うとラムシェは、アルの頬に軽くキスをして個室を出て行く。
不意打ちだった、まったく予想だにして無かったので、アルは何の反応も出来なかった。
放心し、ぽすんと力なくベッドに腰掛け、目を見開いたまま硬直するアル。
そのままパタンとベッドに横になると、ふわりと女性特有の甘い香りが漂う。
すると今度は急激に顔面に血流が流れ込み、心臓はさながら借金取りの玄関チャイムをも上回る早さで刻みだす。
なななんでらららラムシェさんが、えっ、いや、まさか、もしかして僕の事をすすす・・、いやそんな事はあるはずはないはず。
でも、嫌いな相手にこんな事はしないよな、って事はやっぱり、そうなのか?
・・・・いや、待て僕、あんな綺麗な人が僕になんて、そんな事あるわけない。
ラムシェさんは大人の女性だ、そんな人にとっては挨拶みたいなものなのかも。
そうだ、そういう事か、そういえばさっきの食事の時もワイン飲んでたし。
少し酔いもあってって事だろう、うん、やっとわかってきたぞ。
しかしだ、もの凄く低い可能性かもしれないけど、本気だとしたらどうする?
父親のドリアスさんに「娘さんを」って言いに行くのか? 無理無理絶対に無理。
あのトゲのついた盾でみちみちにされちま、・・そうだ、キアラウさんがいた。
ロナさんの時にどうしたのか、先に聞いておけばなんとかなるかも。
・・・・待て待て僕、なんで結婚する事になってるんだ。
ただの勘違いかもしれないのに、・・でも、もしかするともしかするか?
アーセと再会してから、初めてのおひとり様での夜を、ある意味十二分に満喫するアルであった。
◇◇◇◇◇◇
はぁー、ドキドキした、変じゃ無かったかな?
元居た個室を出て、二人部屋に向かう途中の廊下で、気持ちを落ち着ける。
頬が紅潮しているのが自分でもわかる、まあ、こんなマネをしたのは初めてなのだから致し方ない。
少しずつ気分が治まってくると、やっぱりそうかと理解した。
ラムシェは、自身がその手の事に免疫が無いのを自覚している。
男だらけの傭兵団で、長い間生活し仕事をしてきたのだ、男性には慣れている。
だが色恋沙汰には無頓着に過ごしてきた。
原因は、ガマスイで解放感と酔いに任せて、アルと腕を組んだ事だ。
これまで誰とも付き合ったことが無いので、腕を組んだのは父親以外では初めて。
加えて、相手となる条件をクリアしているという、自分自身の言葉によって初めは無意識だったが、時が経つにつれ段々に意識してしまっていた。
経験は無いが、知識はそれなりにある。
『雪華』の団員や、他の女性の傭兵仲間から話を聞く事は多い。
曰く「彼の事しか考えられない」、曰く「今すぐにでも会いに行きたい」、
そして「彼との出会いは運命だったの」や「ずっと一緒にいたい」などなど。
よく病に例えられるが、総じて相手の事で頭が一杯になるらしい。
自分のこの気持ちが果たしてそうなのか、はたまた違うのか。
あの行為を持って試してみたかったのだ、結果、・・違った、おそらくはだが。
かなり恥ずかしかったのは、単に慣れてないからだ。
かまいたい気持ちはあっても、特に何かされたいとは思わない。
やはりこれは、恋では無く好意だ、年下の男の子を可愛いと感じる気持ち。
これでこのところの、もやもやした気分が晴れた。
スッキリした気持ちで旅立つ事が出来る。
廊下を歩きそんな事を考えながら、部屋に着きノックをして中に入る。
「来たよー、アーセちゃーん」
部屋の中で、ひしと抱き合う二人。
ラムシェは、姉しかいない為年下に弱く、自分にも弟や妹がいればなと憧れる。
あー、アルくんと一緒になればアーセちゃんが妹になるのかー。
それだけはちょっと惜しいかなー。
アルとは反対に、自分の気持ちにしっかり整理をつけて、アーセと共に楽しい夜を過ごすラムシェだった。
◇◇◇◇◇◇
朝日が差し込み、辺りが心地よい喧騒に包まれる。
眠りが浅かったのか、すぐに目が覚めた。
もしかすると、今日は僕にとって記念すべき日になるかもしれない。
ついつい舞い上がりそうになる心を静めて、動作の途中で意識して深呼吸を繰り返す。
いつもよりゆっくり目に支度を整えて、朝食を摂るのに階下へ移動する。
すでに、ラムシェさんとアーセはテーブルで談笑している。
「おはようございます」
いかん、さわやかに挨拶しようと思ったら、思いっきり声がひっくり返ってしまった。
ちょっと風邪気味かなといった風に、喉を押さえながら調子を整える。
ここは、アーセでワンクッションおいた方がいいか。
「アーセ、昨夜はよく眠れたか?」
「? ん、大丈夫、にぃは、大丈夫?」
「ああ、なんともないよ」
よしここだ、心を落ち着けてと。
「ラムシェさんはどうでしたか?」
まずい、余計ひどくなってしまった、なんてわかりやすいんだ僕。
「アルくん、どっか調子悪いの? さっきからなんか変よ」
声を出すとまた同じことになると思い、何ともないと手を振ってアピールする。
二人とも不思議そうに見てるけど、食事が運ばれてきたのでなんとか誤魔化せた。
食事の最中も、二人の会話に耳を傾けながら、僕は一切しゃべらなかった。
ラムシェさんは、すぐに出発するらしく、すでに荷物を席の後ろに置いている。
いつだろう、何を言われるんだろう、僕はどう答えればいいだろうか。
そんな考えを巡らせていると、食事を終えたラムシェさんが席を立ち、アーセと名残惜しんでぎゅうしている。
「それじゃあね、アルくん、アーセちゃん、お手紙ありがとうね、バイバイ」
と言って、晴れやかに手を振って店を出て行った。
・・・・え? 、あっそういう事ですか、特に何も無しですか・・。
まっ、まあそうじゃないかとは思ってたさ、やっやっぱりね、思った通り。
別に何ともないさ、ちょっと鼻の奥がつんとしてるだけだ、うん。
だから、そんな不思議な生き物を見るような目で見ないでくれアーセ。
その後何をどうしたのか、もう一つはっきりとした覚えが無い。
ただ、どうやら部屋を引き払い荷物を持って、会計を済ませていたらしい。
挽回しなければ、そんな思いを抱いてメープル館を後にする。
負けてはいない、そうだそもそも勝負なんてしてないんだ。
膨らんでいた期待がしぼんだので、そこに出来た隙間が虚しさを感じさせているだけだ。
「にぃ、痛い」
「あっ、ごめん」
いつしか繋いでいた手に、力がはいってしまっていた。
イカンなこんな事じゃ、よし、気持ちを切り替えて今日の依頼をバッチリ終わらせて、気分を盛り上げていこう。
そんな事を思いながら、乗合所から辻馬車に乗り、薬師ギルドへ向かう。
昨日も訪れた、事務所棟の入り口のドアを開けて中へ入る。
入って正面にある受付窓口で、用件を告げようとしたがその必要が無かった。
昨日応対してくれたジルフィラさんが、すでに受付に居たからだ。
「おはようございます、アルベルトさん、アーセナルさん」
「おはようございます、ジルフィラさん、お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、それがその、とっとりあえずこちらでお話を」
そう言われて、昨日と同じ打ち合わせスペースへ。
昨日は、9時には来てると言っていたので、早めに出てきたのでまだ8時半だ。
目的地が遠隔なので、出来るだけ早い時間に依頼を受けて出かけたいと思ってこの時間に来たんだが、どうも様子がおかしいような。
「申し訳ございません」
共に腰を下ろして、さあこれからという所で、開口一番こう言われてしまう。
「あの、どういう事でしょうか?」
全然意味が解らない、なにが起きたんだ?
「実はですね、昨日お二人がここをお出になった後、急ぎでゲイカンを必要と
する事態になりまして、今朝早くに傭兵ギルドに、うちの職員が競合依頼を出してしまったんですよ」
「はあ」
競合依頼ってなんだ? 僕の相槌がよっぽど気が抜けてたのか、
【競合依頼ってのは、ようするに受ける側が競争して、初めに達成したものだけが報酬を受け取るって依頼の形態の一つだ】
とエイジが教えてくれた、なるほどね。
「本来お二人に指名の形でお願いするはずでしたのに、こちらの都合でこのような事になってしまいました、申し訳ありませんでした」
「いえそんな、まだ依頼を受けていたわけじゃありませんし、返事を今日すると言ったのはこちらですから、お気遣いの無いように」
まあそれならそれで、別の依頼を探して受ければいいかな。
じゃあとお暇して、傭兵ギルドへ行こうとしたら「少々お待ちいただけますか」と引き留められる。
まだ何か用があるのだろうか。
「あの、無理を承知でお願いします、この依頼参加していただけないでしょうか」
「? えーっと、今からですか? 競合って事は早い者勝ちなんですよね?
すでに動いているチームがあるでしょうから、そこが手に入れてくれるのでは?」
暗にこれから動いても無駄足というか、報酬は貰えないだろうから、遠慮したいって言ってるつもりなんだけど、伝わってるかな?
「それがその、依頼を出しに行った担当職員に聞いたところに因ると、どうも依頼書を見て一番に出て行ったのが、『風雅』の方だったらしいのです」
またか、こうなるともう嫌な予感しかしない。
どうもこれはとアルも漠然と感じたが、エイジもきな臭いものを感じずにはいられない。
たぶんじゃなく、間違いなく揉める事になるんだろうなと。
「以前にもいくつかやっていただいたことがあるんですが、どれも数は揃えていただけるのですが、質の方はその伴わないと申しますか」
どうも傭兵に対する不満が延々と続きそうなので、ここらで話を先に進ませるために、アルが相手の意図を代弁することに。
「つまりは、『風雅』の人達じゃ依頼はやってもらえるけど、品質が悪いので僕らにやらせたいって事でいいですか?」
「はい、どうか助けると思ってやっていただけないでしょうか?」
なんというか、言いぐさがどうも、よっぽどひどい目にあわされたのか?
質問すると長くなりそうだし、困ってるみたいだからとりあえず受けてみるか。
僕は半ば観念して切り出した。
「お引き受けしますので、詳しい依頼内容をお聞かせください」




