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雛由マヒルの初出校3

「なんでこの席に一年が座ってるんだ?」


 四人中でリーダー格のポジションにあると思われる生徒が、マヒルに睨み目を効かしてくる。

 マヒルは椅子に座ったまま頬を掻き掻き、なんとか笑みを作ってみる。


「……その……これから日替わり定食を食べようかなあと……いやあ美味しそうですね?……えへ」


 言いかけて苦笑い。

 誤魔化してはみたが、この返答でいいのか?と。

 不安にはなったが、口から出てしまった後では遅い。

 もちろん、冗談程度であしらえる相手ではなく、反応は予想するに易い。


「お前、俺たちをバカにしてるのか?」

「あ、いえ?まさかそんなそんなあはははは……」


 しまった、という冷や汗が額から流れる。

 案の定きっちり、先輩四名を怒らせてしまった。

 後悔したが、こうなってしまっては後の祭りだ。


 迫力のある顔で詰め寄る上級生。


「ここは俺たちの席だ。さっさとどけ!」

「そんなこと言われても……」


 マヒルは両手を振って小さく抗議。

 ここは二年生であるアユムが選んだ席だ。

 年中喧嘩腰のジンヤならともかく、あのアユムがマヒルを危険に晒してまでそんな席を取るだろうか。


 そもそも昨日の晩に校則に関しても読み込んでおいたが、食堂の利用に関して『特定個人の優遇』の旨は見当たらなかった。


 つまり、この要求、というよりも命令は、明らかに不当だ。


 ーそれに加え


「さっきここを死守するって約束しました。だから嫌です」

「お前……!」


 きっぱり断ると、やはり手が伸びてきた。

 ドライバと思われる指輪をした手が、あえて避けなかったマヒルの胸ぐらを掴んで引き上げた。


「……。」

「ふん、ランキングも非表示か。お前みたいな奴が上の人間に逆らったらどうなるか、きっちり教えておかなくちゃな!」


 正確にはまだランキングが適応されていないだけなのだが、それを言っても仕方がない。


 全力でドスを効かせた声を顔面に浴びて、マヒルは顔をしかめる。

 だがその一方で、目だけは相手の挙動を事細かにじっくりと観察していた。


 そこそこな握力。暴力行為を働くことに臆しない目。背後に仲間のいる自信。

 特に最後の要素は大きい。自信を持つ敵は持たない敵よりもメンタル面で強い。


 しかし、マヒルが下した驚異判定は『ただその程度』だった。

 視線は相手への威圧ばかり考えて、鳩尾や急所を狙う相手の腕など見ようともしないし、そもそもこの距離、体勢は頭突きで鼻を潰してくれと言わんばかり。

 大して図体のある訳でもなしにこれだ。

 普通の喧嘩でなら昨日の不良三人組よりも弱いだろう。

 それに、昨日の連中のようにところ構わず魔法を撃ちまくるリスク好きな玉でも無さそうだ。


 それが瞬時に理解できた為に、マヒルは困りつつも落ち着いていた。

 その気になれば十秒と少しで全員まとめて無力化できるのだから。


 しかし、落ち着いているからこそ迷った。


 昼休みの食堂。

 周りには、目、目、目。

 誰も止めに入らないところを見れば、下級生いびり、もしくはランキング弱者への迫害はほぼ常識らしい。

 ここで少しでもやり返して、果たして正当防衛が主張できるか。それが少々気になる。


 入学早々騒ぎを起こすのも避けたいし、そもそもこんなことでは高校中退の二の舞だ。


 そんなことを考えている内に、マヒルは床に向かって張り倒された。

 べたんと尻餅を突くと、後ろの三人もそろって厭らしく笑う。


 ほんの二~三日前まではほぼ日常だったので、いまさら腹は立たない。

 だが昨日用意した制服に何かあったら困る。

 非常に困る。

 マヒルは直ぐに立ち上がって、スラックスの尻をはたき、すぐに立ち上がる。


「……痛いです」


 一応口で抗議。

 すると、嫌な笑みを浮かべていた顔四つは一変した。

 どうやら今のが気に入らなかったらしい。


 ここで黙るのも雰囲気的に悪いので、何か言ってみる。


「その……あれですよっ。仕立てたばっかりなんですよ、この制服……。汚されたら……えっと、怒りますよっ……」

「ほうそんなに汚れが嫌なら……」


 先頭の三年生が、手近なテーブルの上にあったコップを手にする。

 まずい。あれはコップが飛んできてびしょ濡れになるパターンだ。


 居酒屋で日々癖の悪い酔っぱらいに絡まれてきたマヒルには直ぐに分かった。


 やっと沸いてきた危機感。

 初日から制服を駄目にされてはかなわない。

 雀の涙基、蚊の睫毛程もない全財産がクリーニング代で消し飛ばされる。


 それだけは何としても避けなくてはならない。


 振り上げられるコップ。

 セリフは待たない。


「綺麗にしてや……」

「すいませんっ!」


 ばしゃあ。


 コップを持ったまま頭上まで振り上げていた手首を、マヒルが素早く掴んだ。

 手首を捻られて 傾いたコップからは当然冷たい水が溢れる訳であり。


「……」

「あ……その」


 視線を泳がせるマヒル。


 目の前の三年生が頭から水を被っていた。

 まるで自ら脳天に冷や水をぶっかけたような格好に、周りからは失笑が漏れる。


「えっと……」


 何か気の利いたセリフは無いだろうか。

 とにかく何か言わないと不味い。

 マヒルの頭は模索する。

 脳内を右往左往するボキャブラリーを総動員。口の中で幾つか言葉を噛み砕いた後に、ぽろりとなぞのフレーズが転がり出た。


「水も滴るなんとかっていうか……我が日本の飲料水の安全性は……世界一ぃぃっ……ですから……ね?」


 静まり返る食堂。

 文字通り水をうったかのような静寂。


 その中で、怒号がやけに大きく聞こえた。


「なんだとーッ!?」

「じょっ、冗談ですっ!冗談ですよって!」


 当たり前と言えば当たり前の反応。


 ずぶ濡れの上級生は拳を振り上げると、頭から滴を飛ばしながらマヒルに襲いかかってきた。

 魔法の訓練は体力向上にも繋がるのか、なかなかの瞬発力だ。

 だが、それでも素人が腕を振るばかりのベアナックル。

 マヒルから見れば、小学生の振り回すげんこつと大差ない。


 下がる、払う、潜る、止める。


 打ち返して投げ飛ばすまで考えたが、それは不味いのでまた下がる。

 引き際に手近な席の椅子を軽く足で引くと、暴れ牛の如く突っ込んできた上級生は脚を絡まれて顔面から床に潰えた。


「ぶっ……!?」


 鼻血を滴ながら涙目で立ち上がる上級生を前に、マヒルは片足でひょいと椅子を戻しながら両手を上げた。


「の、ノータッチ……事故です」


「くそォ……低ランカーが調子に乗りやがって!」


 立ち上がった彼の目には、火花が飛んできそうな炎がめらめらバチバチ燃えている、様に見える。

 それほど分かりやすい怒り方だった。


 やり過ぎたかとマヒルが反省する間もなく、眼前に頭に血の上った彼のドライバが起動した。


「リロード『スコーピオン』再展開!!」

「……っ!?」


 彼の手に現れたのは、黒い塗装の魔動機。

 短機関銃だ。

 食堂内にどよめきが広がる。

 これは予想外だった。


 あれで撃たれるのは不味い。

 訓練以外でのL'level 3《対象への限定的な直接的殺傷力、及び一定以上の破壊力持つ指向性攻撃魔法。》以上の魔法は禁止されているため、さすがに致死性のない魔弾ぐらいしか撃ってこないだろうが、それでも不味い。


 逆にそれ以下なら学校の定める細かな規則を破らなければ事実上許されてしまうのである。

 もちろん、食堂での魔法乱射がその規則に障らないとは限らないのだが。


 マヒルも自らのドライバに手をかけたが、一足遅かった。


「リロード『ショッカー』!」


 銃口に『衝撃の魔法』の印が形成され、亜音速の魔弾が飛び出してきた。


 避けろ、避けろ、避けろ。


 頭は繰り返し体に命令を下すが、人間の肉体で音速の壁を貫くことは不可能だ。

 しかし、それでも動かなければならない。


 もっとだ、もっと早く動け。


 魔力の放出、起動するデバイスのイメージ。

 ドライバに発動する魔法を入力しようとしたその時だった。

 その手首を誰かが掴み、止めた。


「!?」

「リロード『ファランクス』」


 突然、マヒルの目の前に障壁魔法の印が現れ、魔弾を弾き返した。


「え……?」


 困惑するマヒルの横を、その人影は颯爽と通り抜ける。

 食堂中の全生徒の視線の集中をものともしない足取り。

 青みがかった銀髪を払い、彼女はシニカルな笑みを頬に称えた。


「全く、君のまわりには面倒ごとが絶えないんだね。」


 マヒルより少し小柄な少女はそう言うと、目の前の三年生に右手を向けた。


「なっ!?」


 すかさず魔動機を構え直す上級生。

 しかし、彼女の展開した混成魔法の発動の方がずっと早かった。


「『ブラックスター』連鎖発動(バースト)『パラライザ』」


 二重の印から放たれた魔力の結晶は、相手の手から武器を弾き飛ばし、上書きされた『麻痺の魔法』で頭ひとつ大きい上級生をその場にひれ伏させた。


 静まり返った食堂に、魔力の残光が仄かに消えていった。

 下ろした右手を、軽く腰にあてる彼女。


「どうしたんだい、皆?昼休みは只でさえ短いんだ。お互いに時間は大切にしよう」


 その一言で、食堂中には再び食器の触れあう音が戻った。

 まるで、今までの空気を一蹴したかのように。


 しかし、その中でまた刺々しい声が響く。


「おいお前!いきなり何するんだ!」

「そうだそうだ!」


 あの上級生の仲間が、割って入ってきた女子生徒に噛みついたのだ。

 しかし、三人の剣幕に対しても彼女の斜に構えた態度は変わらない。


「なんだい?僕は喉が乾いたから飲み物を買いに寄っただけだよ。まあ、途中で食堂内で魔法を不正使用する生徒を一人、注意してやったりはしたけれどもね。」

「注意だと?そもそも、お前は何者なんだよ!?」


 更に詰め寄る三人だが、少女はまるで微動だにしない。

 むしろ、その白磁のような頬に僅かに笑みさえ浮かべていた。


「僕かい?時間は大切にしようと言った矢先ではあるのだけれども……うん、気になるのなら今この場で確認してくれても構わないよ。生徒情報ならきちんと公開してある。

 それでも、あえて自己紹介を所望するのなら応えてあげようではないか。」


「っ!?」


 三人の中で一番冷静だったと思われる一人が息を飲んだ。

 どうやら、自分のドライバのイメージスクリーンに何か見たらしい。

 その様子に彼女は小さく笑った。


「僕は二年の『アイカワ』。よろしく、先輩方。」


「……アイカワ……あの藍川か!?」

「ま、まマジ……かよ」

「アイカワって……まさか、掃除屋の……」


 三人は幽霊でも見たような青白い顔で後ずさると



「「「すんませんっした!!」」」



 声を揃えて一礼し、失神した一人をつれてその場を走り去っていった。


「……。」


 この構図に見覚えのあるマヒルは呆然とその姿を見つめていた。




「……あ、あの!」


「うん?」


 立ち去りかけた彼女に、マヒルは慌てて声をかけた。

 彼女は首だけを僅かにこちらに向ける。


「助かりました。ありがとうございます!」


 すると彼女はオーバーリアクション気味に首を傾げた。


「さて、なんのことだい?さっきも言った通り、僕は飲み物を買いに寄っただけだよ。いつも飲んでるカフェオレは、学園ではここにしか売られていないからね。

 ……どうやらあの味は大衆には理解されにくいらしい……いやはや、つくづく残念な世だ。」

「でも、助かったものは助かったんですから」


 とぼけて見せる彼女だが、マヒルは重ねて頭を下げる。

 彼女は困ったように笑う。


「分かったよ、降参。『どういたしまして』、これでどうだい?」


 向こうも腰を低くすると、マヒルの下げた頭をとんとんと叩いた。

 そこで、時間でも確認したのか「おっと」と口にする。


「ああ、そろそろ時間だ。それでは、失礼しようかな。」

「あ、はい。」

「それじゃあまた何処かで、『雛由マヒル』。」


 そう言って、彼女は去っていった。

 凛としていて、何処か現実離れしたような雰囲気。

 そんな目に見えない何かを纏いつつ。






 午後五時。


「……で、その人に助けて貰ったんだ?」

「はい、本当ギリギリのところで。」


 帰り道を歩きながら、アユムはふむふむと頷いていた。


「で、私が帰ってきたらああなってたと。」

「それはその……。」


 マヒルは決まり悪そうに言い淀んだ。


 それに対し、アユムはやけに神妙な顔で顎に手をやっていた。


「それにしても……まさかあの緋島軍団に……」

「アユムさん?」


 何か案ずるかのようなアユムに、マヒルは首を傾げる。


「ヒジマ……なんですって?」

「あ、ううん。緋島軍団(ヒジマグンダン)。……たぶんマヒルは目つけられちゃったかもしれないね……。

 緋島 ケイジっていう8位の三年生がいるんだけど、そいつがまた極度の実力主義者というか、高飛車というか、選民思想っていうか……。『弱きは悪で、それを統制して屈服させることこそ強者の義務だ』なんて言って……。」

「……とんでもない人だらけですねこの島は。」

「マヒルだって十分とんでもないけどね」

「それを言われると横腹が痛みます……」


 居心地悪そうに頭を掻くマヒル。

 アユムはそんなマヒルのイメージスクリーンへと、その生徒の情報を送る。


 実戦魔法学部 三年 緋島 ケイジ

 ランキング8位


 派手な金髪を長めにとって束ねたような頭をしている。


「……なんというか、個性的な髪型の人ですね……」

「一部の連中、特にランキングが中途半端に高いような連中から人気高くって。

 今じゃその取り巻き、その考えに同調しちゃう人がとんでもない数なんだよ。それで呼ばれ始めたのが『緋島軍団』。

 今じゃこの規模もあって、風紀委員も手を焼いてるみたい。」

「ちっちゃくなった愚連隊かなんかみたいですね。」

「言い回しがレトロ……まぁ、やってることは大して違わないよ。ただの弱いものいじめだもん。」


アユムの表情がほんの一瞬陰ったが、だがまばたきをした後にはいつもの彼女に戻っていた。


 そろそろ夕暮れにも関わらず、じりじりと暑いアスファルト。

 左右に見るざっくりとした林が唯一の救いだ。


「たぶん、マヒルに当たってきたのもそいつらだよ。だって、そうでもないとあんな派手なことしないもん。」

「……良かった……あんなバンバン撃ちまくるのが常識なのかって心配になってました。」

「いやいや、ここは西部開拓時代じゃなくて……。」


 つっこまれたではあるが、マヒルがそう思うのも仕方がない。

 二日目にして合計七名、紅ヶ塚ジンヤを加えれば八名にひどい目に遭わされているのだ。


「……ここまでくると体質だよね……。マヒル、これからはくれぐれも注意してね?何かあったら直ぐに言うんだよ、私たちがどかーんとやっつけちゃうから!」


「シュッシュッ」とシャドウボクシングの様に華麗なステップを踏むアユムに、マヒルは笑った。


「心強いですね、36位」

「どっからでもかかってこーい!」


 そんなことを話ていると、やっと白葉寮へとたどり着いた。

 外庭では、麦わら帽子を被ったコマエがホースで生け垣に水を撒いている。


「あ、アユちゃん、マヒルくん。おかえりー!」


 ホースを手に持ったまま、コマエは大きく手を振った。

 アユムもその場で小さく跳ねながら手を振り返す。


「ただいまコマちゃーん!なにしてーるのー?」

「白葉さんが『暑いから適当に打ち水してこい』って」


 健気にそう言い額を拭うコマエに、アユムは青筋をたたせる。


「あのバカニート私のコマちゃんを良いように使いやがって……」


「あはは……いや暑い暑い……」


 マヒルは原因の定まらない汗を手で扇いだ。


 そういえば


 マヒルはドライバのイメージスクリーンを開く。

 昼間助けてくれた彼女は、一体何者だったのだろう。

 あの四人組は偉く驚いていたようだったが。


 学園内ネットワークを呼び出し、生徒検索を始める。


「……名前は確か……」


「マヒルー!どうかしたー?」


 アユムに呼ばれて、マヒルはスクリーンを閉じた。


「はい?」

「お風呂空いてるから、つっかえない内に入ったらー?私、用事あるからー !」

「あ、分かりました!」


 一階の、恐らく管理人室に向かっていくアユムに、マヒルは手を振って答えた。

 そして最後に付け足す。


「白葉さんのドア、大切にしてあげてくださいよー!」


 玄関に消えていった影。

 返事はなかった。





 翌日。


「本当……どこから情報を仕入れてくるのやら……」

「……もう、うるさいなあ……」


 隣の席のアユムはむすっと眉を寄せていた。


 一時限目。現代文。

 まだ教壇に先生が到着していない、始業十分前。


「わあ……本当に一年生だったんだ……」

「それに聞いたか?昨日はあの緋島軍団に絡まれてたんだってさ……」

「聞いた聞いた!友達が見たって。三年生の四人組相手に、魔法も使わず圧勝だって。」

「あんななよっちいのが?なにそれかっこいい」

「なよっちいっつーか……やべぇ……俺、なんか未知の領域に目覚めそう」

「お前やめとけ戻ってこい!見ろよ隣の席。白葉寮の愛沢だぞ!」

「……オイ、騒ぎすぎだ!目をつけられてみろ、楽な死に方できねえぞ!」


 教室の外から、尾ひれに背びれに、何やら巨大魚になりつつある噂が聞こえる。

 視線を向かわせてみると、教室の入り口に何人かの生徒が群れている。

 一年生だけではなく、二年生に三年生、この授業に参加しに来たとは思えない生徒ばかりだ。


 その視線の過半数は明らかにマヒルへと向けられており、聞こえる話題もやはりマヒルに関してだ。


「もう、本当に迷惑な連中……私、追っ払ってくる」


 立ち上がろうとしたアユムだったが、すぐにマヒルに止められた。

 振りほどこうとするアユムを、マヒルの視線が制する。


「ガマンしましょう、アユムさん。」

「でも……」

「やっぱりいい気分ではないと思いますけど……今は追い払ったって逆効果ですよ。

 それに……」


 マヒルは野次馬の群れに視線を向けながら、柔らかく言った。


「これも……悪いことばっかりじゃないですし」


「あ、今ちらっとこっち見てた?」

「噂どおり……目付きとか物腰というか……カーッ、今時の女子の需要カッ拐ってくようなナリしやがって……憎ったらしいなチクショー」

「本当……私、タイプかも……」

「私も。これ……撮ったら怒られるかな?」

「ああ、ダメだやっぱ。俺も向こう側へ……」

「だからお前はやめろって!」


 何となく黄色味を帯びるざわつき。

 マヒルは、演技か素でか少し照れくさそうにはにかんで見せる。


「悪い噂じゃないみたいですよ?ならいい噂が湧いてる内に流した方がいいと思うんです。

 これから、ランキングの為にも色んな人とお相手しなきゃいけないんですから、なるべく好印象をもってほしいし……例の『緋島軍団』避けにも繋がるんじゃないかと」


 マヒルは妙に乾燥したことを言う。

 まるで周りの評価など全く知らない、と言うように。

 確かに、理屈の通った話ではある。

 だが、それでもアユムのむすっとした表情は煮え切らない。


「……せっかく私のマヒルなのに……」

「え?」

「あーもう、やだ!ひとつぐらい言わせて!」


 だんっと机を叩くアユム。

 野次馬と、同時にマヒルにも向けた一言を放つと立ち上がった。


 入り口から覗く人だかりに向かって指を突きつけると、教室中に響くほどの声で宣言。


「マヒルは私のもの!!いい加減なヤツには絶っ対、触らせないから!」


「ちょっと、え?アユムさんっ!?」


 マヒルの悲鳴にも似た声を他所に、辺りは一気にざわつき始めた。

 野次馬たちも、まるで殺虫剤を撒かれた蟻の様に散っていく。


「うわ、やっべえ!愛沢のプッツンがきたぞ!」

「退散だ退散!死にたがり以外は逃げるぞ!」


「ああ……」


 早くもマヒルの目論みは崩壊に向かった。

 口を開けるマヒルの横で、アユムは胸元で腕を組んでいた。


「この程度でマヒルを悪く言うなら、所詮それほどにしかマヒルを見てないんだよ。」

「……そういう問題じゃなくて……」

「そういう問題!」


 突然の叱声に、教室中が静まり返った。

 それに気が付いたのか、アユムは周りを窺い席に座る。


「だって……」


 俯いたまま、机の天板ではない何か別の物でも見るように見えた。


「……噂なんて……ロクなことにならないんだから」

「……アユムさん……?」


 それ以上、アユムは何も言わなくなった。


 始業まで、あと五分。


 厭に長かった。




「雛由マヒルはいるか?」


 そんな事があった矢先のことだった。

 一時限目の終わった教室内に鋭さのこもった声が響いた。

 勿論、マヒルは纏めていた教科書を落としそうになる。


 声のした教室の入り口に全員の視線が集まる。


「……また嫌な予感が……」


 呼ばれた本人であるマヒルもまた、恐る恐るその視線を追った。


「ええと……」


 そして、その声の主に困惑する。


 一人の女子生徒だった。

 艶のある黒髪を邪魔だと言わんばかりにざっくりと切った髪型に、常に辺りを睨んでいるような鋭い目。

 全体的にキレのある整った顔立ちだが、堂々とした立ち振舞いや辺りを一瞬にして静まらせる迫力のある発声、加えて彼女を確認した周りのこの反応。

 更に腰には二本の刀剣と思われる物まで下がっている。

 どこからどう見ても、普通の美少女とは思いきれない。


「委員長補佐!?」


『雛由マヒル』が名乗り出るのを待っているのか、入り口で仁王立ちしている彼女を確認すると、アユムは圧し殺した悲鳴のような声を発した。


「委員長補佐……?」

「不味いよマヒル……。あのぶら下げてる剣と腕章……間違いなく風紀委員会の委員長補佐の人だよ」


 よく見れば、マヒルにも左腕の赤い『腕章』が確認できた。

 あれが風紀委員の証らしい。


「何ですかその肩書き……!?」


 前々から『風紀委員』という集団の存在は会話のなかで何度か聞いていたが、実際に遭遇したアユムの反応に不安が兆す。

 アユムは悟られ無いようにと、机の下からマヒルの服の裾を引っ張る。


「逃げた方がいいって……逃げた方がいいよ絶対……!」

「で、でも……」


 二つあるうちの入り口一つがが塞がれている上、静まり返るこの空間を二人だけ動くような事があれば確実に目立つ。

 その時にしらを切れる自信は、マヒルにはない。


「そもそも何で僕が……」


 全身を冷や汗のように包む不安と困惑。

 そこで、また別の声が教室に響く。


「あ、やっと見つけたアキラちゃん!私、結構探したのよ?」


 何かの間違いかと、マヒルは思った。


「チハル……お前、なぜここがっ?」


 突然教室の外から乱入してきた柔らかな声に、『委員長補佐』と呼ばれた彼女は背筋を跳ねさせながら振り返る。

 マヒルの中で崩壊していく空気感。


 彼女は教室の外に向かって何か言っているようだが、ここからでは聞き取れない。

 暫くすると、やっと二人目の声の主が現れた。


「ごめんなさいね、うちのアキラちゃんが大声を出しちゃって」


 緩やかにカーブした長い髪をエレガントに靡かせながら教室へと入ってくる二人目の女子生徒。

 もう一人とはうって変わって、ふわりと柔らかな物腰と、頬に浮かべる穏やかな微笑。

 落ち着きのある大人びた印象と、茶目っ気を同居させたような、そんな人だった。

 目を引く点と言えば、一人目と同じくその細腰に細長い、分かりやすく言えば中世ヨーロッパで使われていたレイピアの様な剣一振りを差していることと、同じく左腕の赤い腕章。


「着いてくるなと言ったはずだぞ、チハル!あと、後輩の前だ!その呼び方はやめろ!」

「だって、アキラちゃんを一人にすると毎回怪我人が出てるわ?それにいいじゃないの、アキラちゃんはアキラちゃん!」


 かなり対照的な二人が並んだ。


「……え?」


 何が起こっているのかさっぱりわからないマヒル。

 説明を求めてアユムの方を窺う。


「あの……」


 だが、アユムの表情は変わっていなかった。

 むしろ、悪化していた。


「ふ……ふふ、副委員長ッ!?」


 その声を聞いて、マヒルも飛び上がった。


「副委員長って言いました!?まさかまさか副委員長ってまさか……」

「風紀委員会の副委員長だよ!あの人!」

「嘘ぉっ!?」


 委員長補佐に加えて副委員長、風紀委員会の主力が二人揃って登場だ。

 これにはマヒルも膝の震えを抑えきれない。

 ここまで来ても罪状に覚えのないものだから、更に混乱である。


 そんなマヒルたちに気づいてか気づかずか、風紀委員の二人はまだ壇上で何かを言い合っている。


「だいたいここまで着いて来て何をする気だ!仕事なら山ほどあるだろう!」

「あら、風紀委員会には仕事もたくさんあるけど、人員だってたくさんいるのよ♪」

「まさか……お前、後輩に押し付けて?」

「もう、アキラちゃんったら人聞きが悪いわ?

 私が「お願い?」って言ったらみんな「よろこんで!」って言ってくれたのよ。風紀委員のみんなは、アキラちゃんと違って素直な子達ばかりなんだから?」

「くッ……この捕食者め……!」


 意図してかしなくてか、壇上にてもはやコミカルとも言える会話を繰り広げている二人。


「それに、アキラちゃんって人探し上手じゃないでしょ?だから手伝ってあげようかなって」

「必要ない!私は……」

「じゃあ、もう見つけたの?彼。」

「う……。」


 魚の小骨を喉につかえさせたような声を出す『委員長補佐』。

 それに対して、『副委員長』は淑やかに笑った。


「ほらね?そんなこともあろうかと、私きちんと調べ事してきちゃいました」

「なにっ!?」

「会長にデータベースの使用権を借りてきたの。

 ううん……そうね?」


 壇上から教室を見渡すと、その視線がマヒルに直撃した。

 彼女の視界の中のマヒルは滝のように汗を流している。

 彼女はにっこりと微笑み、隣の少女に告げた。


「雛由マヒルくん……よね?

 アキラちゃん、私見つけちゃった。真ん中から右に二列、後ろの方よ?」



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