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第7話:精神論持ち出すやつは上に立たないでほしいって話

 

 ある日ギルドの机でいつもの硬い黒パンを齧っていると、階段からギルマスが下りてくるのが見えた。

 普通のギルマスは下になんて降りてこないはずだ。


 本人曰く「直接所属する者と話さずに紙だけ見ててもわからないだろうが、アホか」らしいが。

 他の支部のギルマスは知らんが、少なくともここは冒険者との距離が近かった。


 そんなことを考えていたせいだろうかギルマスが近づいてくる。


「どうだ、うち名物の黒パンの味は」


「……毎日毎日変わらず、おふくろの味のようにしみついて安心するよ」


 本当に食いすぎて飽き飽きしてくる。

 守銭奴じじいめ、ギルド価格で飯の値段ボり過ぎなんだよ。困窮者には黒パン以外の選択肢が実質ないじゃないか。


「おお、この硬さと味の良さがわかるか! 俺は好きなんだが中々いいというやつがいなくてな」


 そう言って机から黒パンを1つ取り、まるで硬さを感じないような勢いで齧りだした。

 口元からバリバリと砕くような音が聞こえてくる。

 おいマジかよ、どんな歯してんだ。

 というかここの黒パンが異常に硬いのもしかしてギルマスのせいじゃないのか。


「わざわざ一介のD級冒険者の黒パンをくすねに来たわけじゃないでしょ。用件は?」


「つまらんやつだなお前は、ここに来た時から少しも可愛げがない。少しは愛想振りまいたらどうだ?」


「はっはっは、ギルマスも俺がここに入ったときから変わらず不毛なようで」


 視線をギルマスの頭にやる。憎まれ口には憎まれ口をだ。

 青筋を浮かべ始めたギルマスはこめかみをぴくぴくと痙攣させた。


「ああ、おかげさまで数年間常に俺を悩ませ続けてくれる冒険者がいるもんだからな」


「冒険者一人にそこまで気をとられるなんて、ギルドマスターっていうのは案外暇をしているんですね」


 一瞬の沈黙。


「あ?」


「あ?」


「あー! そうでした!」


 俺とギルマスがにらみ合っていると、隅の方でずっと小さくなっていたレヴィが勢いよく顔を上げた。


「驚かせんなよレヴィ」


「わたし思い出しました! この間モブさんに手紙が来ていたんでした」


 このタイミングで言うか普通。相変わらず清々しいくらいに自分のペースで生きているな。


「確かこの辺に」


 ゆったりとしたローブをまさぐって手紙が差し出される。

 これギルドからじゃねぇか、重要なやつはちゃんと渡してくれよ。


「なんだ、読んでなかったのか。俺の用件はそこに書いてあることだからまずは読んでみろ」


 ギルマスに促されて内容を確認した。


「昇格試験の通知書か?」


「ああ、お前に推薦があったんだよ。前試験受けたのもだいぶ前だろ、俺としてもそろそろ受けといてもらった方が、所属冒険者の力量把握として助かる」


「あーいや、辞退するよ」


「どうせそういうと思ったからわざわざ俺が来たってわけだ」


 どうやらギルマスは俺に昇格試験を受けさせたいらしい。

 別に絶対に嫌だというわけではない。ただ単に結果がわかっているから無駄なことはしたくないだけだ。


 難色を示しているとギルマスが口をはさんでくる。


「お前ら、あー最近はサイレントプレーンだったか。少数精鋭のB級のパーティにしてはお前がD級で若干偏りがあるんだよ」


 ギルマスが頭をかきながら指摘してくる。


「喧嘩が別に弱いわけじゃないんだから少しは本気出して受けやがれってんだ」


 本気で受けた結果D級だったんですけど。


「俺がちゃんと評価されるような基準に変えてほしいね」


「大丈夫だ、今回はお前でも受かるように試験内容を変えてある」


「職権乱用じゃないのかそれ」


「贔屓しない範囲だ。実技よりの試験内容ってだけだ。毎年試験官の好みで多少内容変わるからなその範囲でってことだ」


 C級になれるんならそれに越したことはないけど。


「どちらにせよ推薦があったものは例外なく受けるのが規定だ。お前だけ特例というわけには……な」


 まぁそれもそうか。試験で下に下がることもないし、期待はせずにてきとうに流してC級狙えそうなら頑張るくらいでいいか。


「はぁ、わかったよ。早めに済ませたいから今からできると助かるんだが」


「そうか俺も忙しいから早めに済ませたいと思っていたんだ。準備して模擬戦会場まで来てくれ」


 そう言って振り向いて歩を進めるギルマスを呼び止めた。


「ギルマス」


「あん? なんだ、参加は絶対だからな」


「さっき食ってた黒パン代」


「本当可愛げねぇよお前は」


 ◇


 試験会場。


 普段は模擬戦用に申請すればだれでも使うことができる場所だ。

 土の地面に周りは木材の壁で囲まれている。


 なんとも簡易的だ。

 昔は壁が石だったことを考えると、予算という苦しい現実を感じずにはいられない。


 貸し出し用の革製の鎧を身に着けて会場に入ると俺しかいなかった。


「俺しかいない? だまされたか?」


「だましちゃいねーよ。お前らみたいな非常識の見本市の人間をただの試験官に任せられるわけがないだろうが」


「他のメンバーが非常識なのは同意だが俺も入っているのは心外だぞ」


 ディアが会場の壁ぶち破ったり、レヴィが魔獣連れ込んで、一度石壁ごと会場を壊滅させたりは把握しているけど俺は何もしていない。


「お前それ本気で言ってんのか」


 ギルマスが信じられないようなものを見る目でこちらを見てくる。


「前回の試験。記述試験のカンニングに模擬戦中の目潰し使用だの金的だの、試験官が嫌がるくらいにはお前もたいがいだからな」


 そんなこともあったようななかったような。


「挙句の果てに的に魔術を当てる試験では、魔術と言い張って火炎瓶をぶん投げるなんて。お前くらいだろうよ」


 だって何でもありって最初に言われたんだもの、なんでもするだろ。


 前回のことを振り返っているとギルマスが歯をむき出しに、獰猛にも見える笑顔で俺に宣言する。


「改めてようこそモブ。今日の試験参加者はお前一名、そして担当はこの俺だ」


 だまされた。どおりで俺しかいないはずだ。

 今日受ける予定だったものは全員辞退したに違いない。


 俺たちは試験官に嫌がられているかもしれないけどギルマスも冒険者たちに嫌がられている。


「さぁ、こう見えて俺も忙しい身だしさっさと済ませちまうか」


 なぜならこの男。圧倒的までに実力主義だからだ。

 いや、力至上主義と言ってもいい。


 まず試験が実戦一つしかない。魔力量見るとか何もなく、ただギルマスが満足するまで延々になぶられる。


「モブはとりあえず直剣でいいか? 周りにあるからてきとうに使ってくれ」


 そして模擬戦なのに木剣とかじゃなく真剣を使わせられる。

 なんでもあり、ただし不意打ちなどの番外戦術はなし。


 要は正々堂々とした殺し合いだ。

 受験者がいないのもうなずける。冒険者は生きるためにいるのであって、そのために死んでたら元も子もない。


 純粋に戦闘力だけを見る、まさに俺にとって一番試験に望ましくない相手だった。


「なぁやっぱり今から辞退できないか、どうせD級なんだから」


「なんだ自信がないのか。大丈夫だ、今日は俺の胸を貸してやるから本気で来い」


 違う、言いたいのはそういうことじゃない。


 反論したかったが目の前に直剣が転がってきて、既に言い訳できる段階ではなくなっていると理解できた。


「試合終わりの条件だけはっきりさせてくれ、ギルマスが満足するまでだと俺が死ぬ」


 たとえ条件あっても生きていられる自信ないけど、ないよりはましなはず。


「面倒くせーな。戦ってれば実力がわかるからそれが手っ取り早いんだが。よし、俺の中心に一太刀入れてみろ。それをC級昇格の条件にしてやるよ」


 バカなのかこいつは。俺真剣だぞ、中心に一太刀なんて大惨事確定なんだが。一太刀も受けないという自身の表れか?

 実際一太刀入れられる気はしないけど。


「ギルマス殺しの謀反者扱いされなければそれでいいよ」


「そこは安心しろ、お前みたいなへなちょこの剣じゃ一太刀も入れられねぇ。医療班も待機しているからむしろ、本気でやらないと生死の境を拝むことになるぜ」


 俺を昇格させたいのか扱きたいだけなのかどっちなんだこいつは。


「その言葉忘れんなよ」


 足に力を込めて駆け出す。

 不意打ちや奇策が禁止されている以上正面突破しかない。


 ギルマスはまだ得物を拾ってもいない素手の状態。

 やるなら速攻、今が一番の勝機だ。


 駆けた勢いを乗せて剣を振りかぶる。


 直感で横に身を捻ると、俺の顔に風圧がかぶさった。


「おーよく反応した。加減間違えて顔面ミンチになっちまうかと思ったが間に合ったみたいだな」


 ギルマスは腕を回して「いやーよかったよかった」と飄々とした顔をしている。


 きっとあのまま剣を振っていて、慣性をつけたままにギルマスの拳をもろに食らっていたら……。

 想像される自分の状態に一瞬震えが走る。


「いたいけな冒険者に温情とかしてくれないのかよ」


「お前みたいなはねっ帰りにはこれくらいがちょうどいいだろ」


 D級冒険者にそこそこマジのギルマスは全然ちょうどよくないだろが。


「そうだな、これにするか」


 そう言ってギルマスが俺と同じタイプの直剣を拾い上げる。

 さて、勝ち筋が無くなってしまったぞ。


「ほら来い、C級が欲しくないのか?」


 そんなもの別に欲しくないです。命大事。


「そんな催促しなくても、こっちにもタイミングってのがあるんだ……よ!」


 魔力糸を編み出して、ギルマスに向けて伸ばしながら駆け出す。


「くらいやがれ、糸状捕縛!」


「それじゃあ時間稼ぎにもならねーな」


 糸をギルマスに巻き付けるが、文字通り『糸』もたやすく引きちぎられた。


 でも、想定内だ。


 目的は拘束じゃない。

 体に巻き付けた糸を引きちぎるということは、両手を広げるってことだ。


 特定の動作の誘導。

 それさえできるならまだやりようはある。


「体ががら空きだ」


「あめぇ! 脚があるんだよ!」


 剣の間合いに入ると、丸太のように太い足が前に突き出される。

 問題ない。まだ剣は振りかぶっちゃいない。


 糸を引きちぎるために開いた両腕。

 突き出された右足、当然立つために左足は地面に固定しなくちゃいけない。


 今、この瞬間。


 ギルマスの四肢の自由はなくなった。


「その首もらったぁ!」


 蹴られるギリギリで、足を足場にして上に飛ぶ。


「てめぇ謀反か!?」


 いや試合前に安心しろとか言ってたじゃん。


 飛んだだけじゃ高さなんてたかが知れている。天井から糸で引っ張って体を引き上げ補助する。


 引き上げたせいで糸が全て切れるが、ギルマスの頭よりも高く飛んだ。


「くっそが」


 ギルマスが悪態をついて、腕で防御の姿勢をとる。

 関係ない、腕ごと切らせてもらう。


 ポーションあるしギルドには医療班もいるから大丈夫だろう。たぶん。


「もらった!」


 空中から自重をすべて載せて剣を振り抜く。

 ひどい怪我を負うだろうが背に腹は代えられない。


「甘いつったろうが……っふん!」


 剣は確かにギルマスの腕に吸い込まれて、そして途中で止まる。


「はぁ!?」


 筋肉で剣を止めやがっただと!?

 めちゃくちゃじゃねぇか。


 驚愕している暇もなくギルマスに蹴られて吹っ飛ばされる。

 壁に激突して肺から空気が漏れ出た。


 腕から血を流しながらも不敵に笑うギルマスがゆっくりと近づいてくる。


「甘いなぁモブ、鍛え方が違うんだよ。お前も鍛えた方がいい」


 絶対に鍛えてどうにかなるやつじゃないだろ。

 あーいてぇ、おもっくそ蹴りやがって、折れたりはないけどあざは確定だな。


 何とか倒れずに壁を支えに立っているが、痛いしもうやめたいや。

 降参でもするかと考えた直後、ギルマスの言葉が頭の中で繰り返される。


『俺の中心に一太刀入れてみろ。それをC級昇格の条件にしてやるよ』


 ……あれっこれ俺の敗北条件が付いてなくね?


「なぁギルマス。これ俺の敗北条件は」


「そりゃもちろん戦えない状態になったらだろ」


 ああ、今日が俺の命日か。

 天国のお母さん、僕もそちらに向かうかもしれないです。


「とかふざけている場合じゃ……ないよなぁ」


「? こないならこっちから行くぞ」


「しまっ――」


 しまったと言葉に出すにはあまりにも致命的な反応の遅れ。


 ギルマスが剣を構えて既に目の前にいる。

 敗北条件なんて余計な思考で緊張が切れたとか後悔しても遅かった。


 走馬灯のように剣がゆっくりと俺に向かって切迫する。

 後ろには壁。


 力を振り絞って横に飛んでみるが剣の方が早い。


 一瞬の時間はずが、死を実感するには十分すぎるほどに引き延ばされて感じられた。


「――あっ」


 反射的に護身用で隠し持っていた唐辛子袋をギルマスに投げつけてしまう。


「ぐぉわ!」


 ギルマスがひるんだおかげで、迫っていた剣が数瞬遅れた。

 俺は横に飛んだそのままの勢いで地面に転がり、ギルマスの方を向いた。


 赤い煙にギルマスが包まれて姿が見えなくなる。


 頬に汗が伝う。これはヤバい。

 マジで俺の命が消し飛ぶ。


 全身の毛穴からぶわっと冷たい汗が出て、体が今すぐに逃げろと警鐘を鳴らしている。


 警鐘には従うことにしよう。荷物持ちとして生き残るための鉄則だ。


 今だ赤い煙に包まれるギルマスを背に試験会場から出ようとする。


「ギルマス、すまん」


 そう言って会場の出口に足を踏み入れる瞬間。剣が飛んできて轟音を立てて出口が消し飛んだ。


 錆びついた首を無理やりギルマスの方に回すと、真っ赤に充血させた目でこちらを睨みながら、煙の中から出てくる姿があった。


「……卑怯な真似は……すんじゃねぇって……いったよなぁ」


 ボスオークよりも凶悪な顔をしてゆらりとこちらに近づいてくる。


 あー、やっばい。


「覚悟、できてんだろうな」


「で、できてないっす」


 その後の記憶はおぼろげだが、俺を玩具にした地獄絵図が繰り広げられて、気づいたときにはギルドの受付前で座らせられていた。


 何があったのかは語るまでもない。

 というか思い出したくない。


 ◇


「ふぅ~、やっぱレザボアは狩りやすくていいわねー」


「明日はガニメデ討伐に行こうぜ」


「あらいいわね、ならモブに伝えて準備お願いしてもらわないとね」


 ギルドの扉が開かれてリーダーとディアが入ってくる。

 話しからすると依頼終わりの報告の様だ。


「あっリーダーお疲れ様です。ディアさんも」


 今日俺と一日一緒にいたレヴィが、会話にまざって明日の予定について話し始めている。

 おーい、レヴィさーん? まず俺のことが先じゃないのー、もうさすがに辛いんですけど。


「じゃあ明日の予定は決まりね。そういえばモブは? レヴィ一緒だったでしょ」


「あっモ、モブさん……なら」


 レヴィがこちらを指す。


「あぁいた、あんたそんなとこで座って何やってんの」


 俺の存在に気づいたようだが、俺の『状態』にはまだ気づいていないらしい。


「おいおい、床に座るなんてバッチィ……な」


「どうしたのディア、固まっちゃ――」


 近づいた2人が止まる。


 俺の状態。


 受付前に正座で座らされ、崩さないように紐でがちがちに縛られた姿を見たらしい。

 2人が固まって硬直するのが、腫れさらした瞼の隙間からかろうじて見えた。


「モ、モブーー! 一体どうしちゃったのよ! 敵襲!?」


「むごいな、裏の人間の報復か? おもしれー、かたきはとってやんよ」


「あ、あの実は――」


 狼狽するリーダーとディアにレヴィが事情を説明する。


「――というわけでギルマスにボコボコにされて反省中らしく。勝手に助けちゃダメみたいです」


「だからそんな『僕は卑怯で姑息なクズです』なんて看板下げられているのね」


「すげぇな、元の顔わからんくらいに顔パンパンじゃねぇか」


 ねぇ、仲間が一人ボコボコにされているんだよ。

 まずは心配の言葉とかないの? 冷たくない?


 ちなみにギルマスに引きずられ、ボコられほやほやの俺を最初に見たレヴィは「軟体魔獣のダゴンみたいで可愛いですね」などとサイコな感想を抱いていた。


 後日ギルドの掲示板に試験結果が張り出された。


【冒険者ギルドノース支部】

 受験者1名:荷物持ちモブ

 試験担当者:ギルドマスター

 冒険者ランク:D級→D級

 ギルマスからのありがたいコメント:戦力云々の前に冒険者としての精神を鍛えやがれ!

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