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第6話:汚れ仕事とはよく言ったもんだ

 

「これよ、これ!」


 リーダーが依頼書を机に叩きつけた。昨日の勢いそのままだ。


 俺は渋々手に取って目を通す。


 街の名士・ベルナルド氏邸宅における不用品処分および搬出作業。報酬:銀貨十五枚。作業内容:屋敷内に保管されている不用品の仕分け、梱包、搬出。


「……銀貨十五枚、か」


 悪くない額だ。問題は「不用品」という単語が妙に抽象的なことと、ギルドの掲示板の中でも端の方に追いやられていた立地だ。よく見ると、依頼書の端が少し焦げている。


「即決でいいわよね!」


「内容読んだか?」


「読んだわよ。片付けでしょ? 楽勝じゃない」


 楽勝という言葉が、こいつの口から良い結果を伴って出た試しがない。


「……ディア、お前はどう思う」


「銀貨十五枚、即決だろ」


 だめだ。金額しか見えていない。


「メイ」


「…………行く」


「レヴィは」


「わ、わたしも賛成です。ペットたちの運動にもなりますし」


「ペットは置いてけ」


「え……」


「置いてけ」


 連れてったら屋敷ごと更地になるわ


「……はい」


 こうして全員一致で、俺だけが嫌な予感を抱えたまま、翌朝ベルナルド氏の屋敷へと向かうことになった。


 ◇


 屋敷は街の北側、石畳の坂を上った先にあった。外観は立派だ。蔦の絡まる石壁、手入れの行き届いた庭。門の前で待っていたベルナルド氏は、小太りで愛想のいい初老の男だった。


「よく来てくれました! 簡単な作業ですので、よろしくお願いしますよ」


 簡単、という言葉が引っかかった。


「不用品というのは、具体的にどういったものでしょうか」


「ああ、祖父の代から溜め込んでいたものでしてね。私にはよく分からないものばかりで。触ったら光ったり音がしたりするものもありますが、まあそれはご愛嬌ということで!」


 触ったら光ったり音がしたりする。


 ご愛嬌で済む話じゃない。厄介ごとのにおいがどんどんしてくる。


「さあ、こちらです!」


 案内された部屋の扉が開いた瞬間、全員の足が止まった。


 天井まで積み上がった木箱。棚という棚に並ぶ瓶や筒。表面に術式らしき紋様が刻まれた石板が、無造作に床に立てかけてある。正体不明の粉末が入った袋が壁際に山積みになっていて、その隣には何かが入った金属製の容器が、蓋をされないまま置いてあった。鼻の奥を刺すような、嫌な匂いが漂っている。


「……」


「……おい」


「……わあ」


「…………」


 しばらく誰も何も言わなかった。


 今からでも帰っていいか?


 だめだよなぁ…


「簡単な片付けって言ってたわよね?」


 リーダーが振り返る。ベルナルド氏は笑顔のままだ。


「ええ、ただ運び出すだけですから! 何せ私には何が何やらさっぱりで」


 俺は部屋の入口で立ち止まったまま、ざっと視線を走らせた。魔道具の残骸、薬品の瓶、術式の刻まれた石板。触り方を間違えれば何が起きるか分からない代物が、無造作に積み上がっている。依頼書の端が焦げていた理由が、なんとなく分かった気がした。


「……全員、勝手に触るな。俺が確認してから動け」


「え〜、そんな面倒くさい」


 言いながらリーダーがさっそく手を伸ばしている。


「面倒くさいじゃない。割れたら弁償だ。壊れたら弁償だ。爆発しても弁償だ」


「ばく……」


 リーダーの動きが止まった。金の話には素直に反応する。


 俺は手袋をはめ、最初の棚に近づいた。指先から魔力糸を伸ばし、瓶の表面をそっとなぞる。中の液体の揺れ方、重心の位置、栓の緩み具合。


 ……これは揮発性だ。下手に動かしたら大惨事になる。よくこの屋敷今まで無事だったな。


「この列は触るな。俺が先に動かす。ディア、その木箱は中身を出してから動かせ。一人で持ち上げるな」


「分かった分かった」


 返事だけは良い。


 ◇


 最初の一時間は、わりと順調だった。


 俺が確認して安全なものをリーダーたちに渡し、梱包して搬出する。単純作業だが、手順を守れば問題ない。


 問題は、ディアが「これくらい平気だろ」と判断し始めた頃から起きた。


「ちょっと待て、それは――」


「でかい箱はまかせな!」


 棚ごと傾いた。


 俺は反射的に糸を三本、棚の側面と壁に係留した。傾きが止まる。上に乗っていた瓶が滑り始めたところに、さらに二本。全部、ぎりぎりで止まった。


「……あ、止まった」


「棚を動かす前に中身を出せ。何のために最初にそう言った」


「いや、中身入ってるとは思わなかったんだよ! 外から見たら空っぽに見えたし!」


「重さで分かるだろ」


「あたし、重いものでも普通に持てるから……」


 そういう問題じゃない。


 次はリーダーだった。


「ねぇこれ綺麗じゃない、持って帰っていい?」


 振り返ると、術式の刻まれた石板を両手で抱えようとしていた。表面の紋様が、触れた瞬間にうっすらと光り始めている。


「置け」


「え、でも綺麗だし売れそう――」


「今すぐ置け」


 俺は石板と床の間に糸を滑り込ませ、そっと元の位置に戻した。光がゆっくりと消える。


「……なんで光ったの?」


「触ったからだ。下手に動かしたら何が起きるか分からない。報酬より高い請求が来るぞ」


「置いときます」


 即決だった。


 そしてその直後だった。


 部屋の奥で、鈍い音がした。


 全員が振り返る。壁際に積んであった粉末の袋が崩れ、一番下にあった袋の口が開いていた。白い粉が床に広がり、その粉が隣に置いてあった瓶の一つに触れた瞬間、瓶の中の液体が勢いよく泡立ち始めた。


「……あ」


 メイが一歩引いた。


「誰が触った」


「…………触ってない」


「あたしも触ってない」


「わ、わたしは袋の近くには行ってないです!」


 全員が首を振る。崩れた袋の山を見ると、一番上の箱が少しずれていた。おそらく作業の振動が積み重なって、限界を超えたのだろう。


 泡立ちがどんどん激しくなっている。このまま放置すれば瓶が割れる。


「全員下がれ。ドアから出ろ」


 俺は部屋に残ったまま、糸を伸ばした。泡立つ瓶の周囲に糸を巻き付け、倒れないように固定する。次に崩れた粉末の袋を一つずつ、粉が広がらないように端を摘まんで壁際へ押し戻す。粉と液体がこれ以上反応しないように、接触面を糸で塞ぐように覆う。


 じわじわと、泡立ちが収まっていった。


 廊下から、全員が恐る恐る覗き込んでいる。


「……大丈夫か?」


「大丈夫だ。ただの振動で崩れただけだ。誰のせいでもない」


 俺がそう言うと、ディアが「よかった」と息を吐いた。リーダーが「さすがモブね!」と言った。


 さすが、じゃない。


 こういう事態になる前に手を打てていれば、こんな冷や汗はかかなかった。


 手袋の中が汗でびしょびしょだ。


 ◇


 残りの荷物が半分を切ったころ、俺は嫌な予感を覚えた。


 さっきから、レヴィの姿が見えない。


 搬出の列に並んでいたはずが、気づけばいなくなっている。ディアは外で荷物を積んでいる。メイは無言で梱包をしている。リーダーは……リーダーはまた何かを品定めしている。


「……レヴィ」


 返事がない。


 俺は糸を部屋の隅へ向けて伸ばした。感触を辿っていくと、部屋の一番奥、作業が後回しになっていた区画で人の気配が引っかかった。


 急いで向かうと、レヴィが例の金属容器の前にしゃがみ込んでいた。両手を膝の上に置いて、容器をじっと見つめている。今すぐ開けようとしているわけではない。ただ、その目が「絶対に諦めていない」目をしていた。


「……レヴィ」


「あ、モブさん」


「触るなと言っただろ」


「触ってないですよ。見てるだけです」


「その顔は触る直前の顔だ」


「そんなことないです」


 あるよ。魔獣を見つけた時と全く同じ目をしている。


「これ、絶対珍しい魔獣だと思うんです。さっきからずっと動いてますし、鳴き声みたいな音も聞こえるんです。小さくて、可愛いやつかもしれないし……」


「可愛いかどうかと、安全かどうかは別の話だ」


「でも……」


「レヴィ」


 俺は容器の周囲に改めて糸を這わせた。中の動きを確認する。さっきより活発だ。気温が上がったせいか、それとも人の気配に反応しているのか。


「これ、中身が何かも分からない。触れていい保証がどこにもない。もしお前が怪我をしたら、ペットたちの世話は誰がする」


 レヴィの動きが止まった。


「…………」


「帰ったらベルナルドさんに専門家を紹介する。それでいいか」


 しばらく沈黙してから、レヴィはゆっくりと立ち上がった。


「……分かりました。でも、本当に可愛い魔獣だったらわたしに教えてくださいね」


「ああ」


「約束ですよ」


「分かった」


 レヴィは名残惜しそうに容器を一度だけ振り返って、それから作業に戻っていった。


 俺は容器の蓋を糸で固く縛り直して、ベルナルド氏に引き渡す品物のリストから除外しておいた。


 ◇


 それからさらに一時間後、屋敷の前に整然と梱包された荷物が並んでいた。


 ベルナルド氏が満面の笑みで出てくる。


「素晴らしい! こんなに綺麗に片付けてもらえるとは! 何も壊れていないし、屋敷も無事だし、本当に助かりました!」


「でしょう! 私たちに任せれば安心よ!」


 リーダーが胸を張った。


 お前は術式の石板を起動しかけたけどな。


「リーダーさんのご指示が的確で、チームワークも素晴らしかった! また依頼させていただきますよ!」


「もちろん! いつでも来なさい!」


 銀貨十五枚を受け取って、屋敷を後にする。


「あの、ベルナルドさん」


 俺は帰り際に声をかけた。


「奥の部屋に蓋のない金属容器がありましたが、あれは搬出対象から外してあります。中に何かが入っていますので、専門の業者に見てもらってください」


「おや、そうでしたか。分かりました、ありがとう」


 ベルナルド氏はあっさりと頷いた。


 俺への言及は、結局それだけだった。


 帰り道、リーダーが鼻歌を歌っている。ディアが「次はもっと派手な依頼がいいな」と言っている。メイは無言で歩いている。レヴィが「あの容器の中、やっぱり気になります。絶対可愛いやつですよ」と首を傾げている。


 俺は手袋を外しながら、誰にも言わずに息を吐いた。


 まぁ何も壊れなかった。弁償しなくて済んだ。それだけで十分か。


「次の依頼も私が見つけてくるわ! 任せなさい!」


「……頼むから、今度は依頼書の端が焦げてないやつにしてくれ」


「細かいわね〜」


 こうして『静かなる平野』の借金返済作戦、初日が終わった。


 赤字にはならなかっただけましか。


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