第16話:雨降って地ぬかるみ
「だぁーっ!うっとおしいったらありゃしないわ!」
「て、天気に怒っても変わらないと思います」
「それくらいわかっているわよ!それでもべたべたでジメジメでイライラするの!」
遠征2日目、今日は朝から雨だった。
たしかにリーダーのその気持ちはよくわかる。
荷台にいると言っても風の角度によっては雨が入ってくるし湿気と温風のコンボは思ったりきつい。
いつまで続くんだこの雨、そろそろ昼になるぞ、いい加減晴れろ。
荷台の上で糸を積荷に触れさせたまま、俺は幌の隙間から空を見た。
空は灰色に支配されていて晴れる気配がまるでない。下を見れば道はぬかるんでいる。昨日の段差より今日の泥の方が厄介だ。
雨粒がシートを叩く音がして、その振動が荷台に伝わっていかに激しく降っているかを嫌でも自覚させられる。
「っうわっと!」
車輪が泥に取られて木箱の中身がわずかに揺れる。魔力糸の感触で積荷を確認する。
「積荷大丈夫かしら?」
「大丈夫だ。ちょっと危なかったけど」
2日目から大雨とかついてない。昨日はあんなに穏やかだったのにな、これも運のなさか
「雨かぁ、気分が上がらないな」
ディアが空を見上げた。
「そうですねぇ、魔獣の雨宿りする姿でも見られればいいんですがこんなに降ってちゃ少し遠くも見えないですもんね」
そういえばリーダーが大人しくなったな。
首だけ回してリーダーを見て
すぐ後悔した
「ちょっと見てんじゃないわよ、エッチ」
なんでこいつは下着姿になっているんだ?イライラが限界で気でも触れてしまったか
一応視線を外して積荷に向き直る。
「大方ジメジメしていて雨で濡れるならいっそ脱いでしまえとかそんな感じのことを考えたんだろうがさすがにだらしないと思うぞ」
「ぐっ……、ち、違うわ!ちゃんと訳があるのよ」
絶対図星だろ、ぐうの音出かかってるじゃねぇか
「ならなんで白昼堂々脱いでいるんだよ」
「これはあれよ、疲れているモブをねぎらってサービスよ!感謝しなさい!」
「いらないので服を着てください」
「ちょっとはありがたがんなさいよ!うら若き乙女の下着姿よ!」
見るなっつったり感謝しろって言ったり傍若無人すぎるだろ
それに自分からうら若き乙女って
「……っふ」
「は、鼻で笑われた!?」
「ディアたちもリーダーに言ってくれ」
「えっ」
「……確認だが俺の後ろでお前ら全員下着になっているとかまさかないよな?」
返事はなかった。まじか
これ男女逆だったらセクハラでギルド追放されるぞ
「一応言っておくと戦闘になったらその姿で戦うことになるからな」
「なかなか過酷な注文ね、受けて立つわ!」
いや受けなくていいから、下着で戦えってことじゃなくて言いたいのは服を着ろってことだから
「雨の中の冒険もロマンがあるじゃない!」
リーダーが張り切りだした。下着姿で戦うことをロマンとは言わない。
服はもうあきらめた。別に誰に見られるわけでもないしこの雨じゃ盗賊とかも出てこれないはず
俺はこのまま積荷に集中して後ろを見なければいいだけだしな
時間がたつにつれて道のぬかるみが深くなっていく。緩やかな坂の途中で唐突にキャラバンがひときわ揺れて止まった。
今のは危なかった。糸が何本か切れた。これくらいの衝撃だともう耐えられないか
とりあえず積荷は無事だったが今の揺れはまさかはまったか?
「すまねぇ、ぬかるみにはまっちまったみたいでよ」
親方の声が外から聞こえてくる。こちらに近づいているようだ。
まずいこいつら下着のままじゃないのか?
親方の「いやー参った参った」という声が荷台の入り口から聞こえてきて止めるタイミングがなかった。
「キャーーッ!!」
「な、なんで嬢ちゃんたち裸なんだ!?」
「み、見ないでください!」
「す、すまん、いや俺のキャラバンで何していたあんたら!」
だからあれほど服を着ろって言ったんだ。
面倒くさい。非常に面倒くさい展開になったぞ
そのあと親方のあらぬ誤解をなんとか解いてみんな服を着なおしたころ、丁度雨が小雨まで落ち着いていた。
「まぁ俺の誤解でよかったよ」
「任務中に下着姿になっていた俺たちが悪いんだ。申し訳ない」
俺は下着になっていないがな
「全員で押せばこの車輪脱出できねぇかな」
泥のぬかるみにはまってしまったんだっけか、見てみると完全に泥に取られていた。
ラプチャーが引いても動かない。車輪が空回りして、ぬかるみをさらに掘り下げていく。まずいな。
親方が「どうにもならないな」と苦笑いした。
「ディア、お前属性水がメインだったよな?これ何とかいけないか?」
「無理だな、あくまでただの水に限るんだ。泥は不純物多すぎて範囲外、水を出してもキャラバンを押せる水圧なんて出せないし」
「できたところで、衝撃で積荷がヤバいということか」
「そういうこと」
となるとこの中で魔術で何とかできるやるはいないわけで人力でここから脱出する必要があるわけか
面倒くさいが重心変えるか?
「力でなんとかいけるんじゃないか」
ディアがキャラバンの後ろに回った。
「そうよ、押せば出るわよ!」
リーダーも後ろに回った。
待て。待て待て待て
「二人とも待て。そのまま押したら——」
車輪が俺の目の前でずぶずぶとさらに沈んだ。
……言ったそばから。
キャラバンの後ろから「あれ?なんで?」という声が聞こえてくる。
たぶん重心が積荷のせいで前側によっているんだ。押したところでもっと深くはまるだけ、つまり一度重心をずらさないといけないわけだ。
これ以上悪化する前に始めるか
立往生しててもしょうがないしな
「積荷の配置を変える」
俺は荷台に上がって積荷を確認した。糸を使って荷物の重量分布を確かめる。案の定、重いものが前側に集まっている。これを後ろ側に移動して重心を変えればあとは俺たちの筋力次第か
「ディア、後ろから押す前に荷物を動かす。手伝ってくれ」
「おう」
まだ雨が降る中で荷物を動かす。荷台から身を乗り出すたびに雨に打たれる。
途中から親方も「すまないな」と言いながら一緒に荷物を動かした。
作業初めてどれくらいたっただろうか、すでに雨は止んで最後の積荷を慎重に動かした。
「これで行ける。ディア、今度はゆっくり押してくれ。リーダーとレヴィ、メイは前に回って引っ張ってくれ」
「行くぞ、せーのっ!」
後ろは俺とディア、親方で全員が一丸となってキャラバンを押し始める。
車輪が泥をかき分けて、少しずつ動き始めた。
「もう少し!」
ずぶり、という音とともに車輪が泥から抜けた。
脱出できた。
俺はすぐに荷台に飛び乗って積荷を確認する。
よかった無事だ。
「やったわね!」
リーダーが笑顔で振り返った。泥だらけだった。
「みんなもお疲れ!」
「おう、しかし重かったな」
ディアも泥だらけだった。
全員が互いの泥だらけの顔を見て笑っていた。
「んじゃ、そろそろ出発するか、みんなありがとさん」
「お安い御用よ!」
「頼もしい限りだ。今晩は宿場町に泊まれる予定だから付いたらゆっくりしてくれ、シャワーや洗濯は経費で俺が負担する」
全員テンションが目に見えて上がった。
その勢いのままキャラバンの荷台に全員が乗り込み、少ししてラプチャーの鳴き声とともにキャラバンが動き出した。
誰も積荷が無事かを聞かなかった。
全員が泥だらけだった。リーダーの金色の髪が泥で茶色になっている。ディアの服が背中まで跳ね泥で汚れている。メイもレヴィも俺もみんな全身泥だらけ
服が重い。雨に打たれた後の服の重さというのは地味に体力を削る。
早く温かいシャワーに浴びたい……
「ひどい有様ね」
リーダーが自分の袖を見て言った。
「だな、リーダーの一言のせいでさらに深くはまったときはどうしようかと思ったけどな」
「ディアだってノリノリで押していたじゃない!」
泥だらけ同士が言い争っていた。どっちもどっちだと思う。
お前らに必要なのは動く前に一度考えることだと思うな
今さら言っても意味がないし下手に矛先がこっちに向くのも面倒なので黙っておいた。
街道は静かで、キャラバンの車輪が泥を踏む音とラプチャーの足音だけが続く。
「これ、宿に着いたら全部洗わないといけないわね」
「そうですよね、早くお風呂に入りたいです」
「洗濯も早くしたいわー、シミになっちゃう」
「…………ぐちゃぐちゃで……不快」
「モブも手伝ってよね」
「俺の分は俺でやる」
「ちぇ」
◇
夕方になってやっと雲が晴れてきた。
宿場町が近いのか地面が多少整備されてきている。親方が「もう少しだ」と言った。
リーダーは疲れたのか口数が減っていた。レヴィはペットを膝に乗せてうとうとしている。メイは目を開けたまま動かない。寝ているのか起きているのか分からない。ディアは水球を出して形を変えて暇つぶししている。
おい待て、それがあれば泥落とせたんじゃないのか?
今更か、ディアの魔法で水浴びになるくらいならゆっくりとあったかいシャワーを浴びるまで我慢する方がいい。
ふと、山の方から音が聞こえた。
風の音でも雨音でもない。もっと低い、地面に近い音だ。獣の群れが動く時の音に似ているが、魔獣か?
耳を澄ませた。音はしばらく続いて、やがて遠ざかった。
何も起きなかった。
ただの山の獣だったのかもしれない。雨の夜に山を移動する理由など、俺には分からない。
「どうかしたか」
親方が声をかけてきた。
「いや、何でもない」
俺は糸の感触に意識を戻した。
キャラバンは進み続け、宿場町の明かりが遠くでぼんやりと見え始めた。




