君は世界一可愛い天使みたいな悪魔 後編
僕と天ちゃんの魂が出会ったのは、僕がまだ天界で大天使をしていた頃まで遡る。
一介の天使でしかない僕が修練なしに大天使の座につけたのは、単に当時の最高天使が色欲にまみれたエロジジイだったからだ。
エロジジイはどっからどう見ても堕天するだろうと周りから思われるほど、常に若くて美しい天使達を侍らせており、その矢印は天界一の美少年と名高い僕に向いた。
最高天使に寵愛され、大天使の称号を得ると、毎日堕落した日々を送った。何もせずとも美味しいものを食べ、仕事と言えばエロジジイの相手をするだけ。そんな時、天ちゃんと出会った。
「……何してんの」
暇つぶしに最下級の天使の作業場へ視察に伺うと、黒髪の天使に目が留まり、声をかける。
「あっ、大天使っ、様!あ、あの、このお荷物を、天使様に、お届けに行くところでっ」
必死に説明するところが印象的だった。
「ふーん、僕も付いて行っていい?」
「えっ、あっ、いいんですか!」
挙動不審な言動に、純粋な笑顔。僕はその笑顔を見て、天使ってのも捨てたもんじゃないな、と思ったんだ。
黒髪の天使なんて見たことがない。実際、下級天使の中でも随分と目立つ。それにこの要領の悪さ、どう考えてもこの天界で上手くやっていけているとは思えない。
僕は黒髪の天使の後ろをついて歩く。すると、通常階級の天使の住処へたどり着いた。
「おっ、お届け!です!」
精一杯大声で叫ぶが、誰も振り向いてくれない。
そんな中、一人だけ黒髪の天使に近づく天使がいた。
「おっ、黒髪じゃん。珍しー、まるで悪魔だな」
そう言って荷物を受け取ると、黒髪の天使の髪を引っ張る。
「いっ、痛いっ、です」
「痛い?お前悪魔なんじゃねぇの?なら別に痛いことされても仕方ねぇよな」
そう言って頭を掴み、放り投げる。
僕はすかさず、間に入る。
「何をしているんだ、下級天使への暴力は禁じられているはずだぞ」
「あ、あなたは……大天使様」
天使が跪くと、僕は冷たい視線で辺りの天使たちを牽制した。
「いつもやられているのか」
黒髪の天使は首を横に振る。
「いつも、やっているのか」
今度は天使たちに聞く。すると、天使達は僕の視線に負け、戸惑いながらも小さく頷いた。
「もし次やっているところを発見したら、お前たちを地上界へ下界させるぞ」
そう告げると、黒髪の天使に手を差し伸べ、下級天使の作業場へ連れ戻る。
すると、大分離れた頃、僕の耳に、天使達の負け惜しみにも似た悪口が聞こえてきた。
「あの大天使、最高天使のお気に入りなんだってな」
こんな悪口、言われ慣れている。しかし
「大天使様は、最高天使様の、お気に入り、なんですか」
純粋な言葉が、僕の胸を打つ。何故か、君には本当の意味を知られたくない、そう思った。
「……別に、そんなんじゃない、運が良かっただけだよ」
優しく黒髪の天使を撫で、自分の心を慰めた。
「でも、わかります。大天使様はとてもお優しいから、だからお気に入り、なんですね」
その言葉に、僕は胸を透かれた思いがした。
今まで、僕の中身など、誰も見ようとはしなかった。それを、初めてあった君が。
それから毎日僕は黒髪の天使に会いに行った。
彼に会っているときだけは、僕は自分を綺麗だと思えた。
「お前最近、下級天使のところに行っているそうじゃないか。なんでも、黒髪の天使がいるらしいな」
最高天使の膝で寝ていると、その言葉にふと目を開ける。
「……ええ、まぁ……」
「一目見てみたいな、黒髪の天使など、この私でもお目にかかったことがない。できれば私の懐に抱えたいものだ」
体中の毛が逆立つのを感じた。
僕は手をつくと身を起こし、まっすぐ最高天使を見つめる。
「おやめください」
「おや、君がそんなに感情をむき出しにするなんて珍しい。もしや、彼は君のお気に入りなのかね」
「そんなものではございません」
「君が望むなら、彼も私のお気に入りに加えて、君と共にこうして僕の相手をしてくれてもいいんだよ」
日没を迎え、汚れていた僕の心を蝕んでいく。
僕のせいで、彼は最高天使に目をつけられた。僕のせいで、僕のせいで……
「うわあ、うわああああああ」
頭が割れるように痛い。僕は頭を抱え、その衝動を必死に抑える。
「こ、これは……まさか……」
足元に敷かれた雲が、急激に黒く染まっていく。僕の髪は黒く染まり、目は赤く染まった。
「ぼ、僕は……」
長く伸びた爪を見て、僕は自分が堕天したことに気が付いた。
「堕天使が出たぞ!早くこの者を追放せよ!」
最高天使の号令が耳に入ると、僕は情けない表情で天使たちを見つめた。
ああ、僕が今まで過ごしていた天界とは、こんなあっけなく僕を切り捨てるのか。
「……彼に、会いたい」
足元に空いた黒い穴が、僕の体を天界から追放する。
墜落していく中、天界を見上げる。遥か遠くに、黒髪が見えた。
「……天使になんて、なんでなったんだよ……」
僕が流した涙が逆行し、天界へ戻っていく。
その涙が流星となり、空を駆けた。
*****
「それで、出来損ないの悪魔っつーのはどいつ?」
堕天した後、悪魔として実力で大悪魔までのし上がった僕は、小さな玉座に胡坐をかきながら座っていた。
やっぱり天使なんて柄じゃねぇんだよな。と、自らの悪魔としての才能に毎日うっとりしながら仕事をバリバリこなしていた。
正直、魔界は純粋な悪であふれており、天界よりも綺麗な世界に見えた。
「その、出来損ないの悪魔は、一応元天使、でして……天使のくせに、仕事が出来ない奴でして、仕事があまりにもできないがゆえに、天界から追放された、と聞いております」
「おめーらの天使のイメージどうなってんだよ。別に天使だからって優れてるわけじゃねぇよ」
「すっ、すんません、でも、なんというか、世間様のイメージ?というか?」
「世間様のイメージ気にするような奴が悪魔な方がおかしいわボケ」
部下を足蹴にし、仕事に戻すと、僕は頬杖をつき、天井を見上げる。
「堕天した天使、ねぇ……」
仕事出来なくて堕天ってなんだよ、と腹で笑うと、僕は革靴をカツカツ鳴らし、新人悪魔の作業場へ向かう。本来ならばこの大悪魔の僕が向かうような場所ではない。
ただ、気がかりだった。
「大悪魔様、あそこにいるのが、新人の悪魔です。本当に仕事が出来ません」
その時僕は、目を疑った。
目の前にいたのは、あの時、天界で僕の心を救った出来損ないの黒髪の天使だったのだ。
「おい、お前……」
そう声をかけると、慣れない悪魔の姿に戸惑う黒髪の堕天使は体をびくつかせた。
「は、はいっ、大悪魔、様」
流石に気付かないか、こんな汚れた姿になった僕に。
黒髪の堕天使は、怯えるように頭を抱え、小刻みに震える。
「……君は、堕天使だね」
「は、はいっ」
僕は堕天使に手を差し伸べるが、手を取ってもらえない。当たり前だ、僕は今悪魔なのだから。
「どうして堕天してしまったんだい」
「……最高天使様の、お誘いを、断ってしまいました。ぼ、僕は、働くのが、好きなので、大天使様には、なれないと……それに……」
「それに?」
最高天使の奴、僕がいなくなっても反省せず彼に声をかけていたとは。
魔界に来ても、あのクソ天使には腸が煮えくり返る。
「僕にとっての大天使様は、あの方しかいないので」
それから黒髪の堕天使はずっと、大天使だったころの僕について語りだした。
容姿も魂も美しいだの、心が優しいから大天使になれただの。
可愛いかよ、くそっ
「……お前、何で堕天なんてしちまったんだよ……」
「えっ」
僕は黒髪の堕天使を抱きしめた。例え姿が変わっても、彼を思う気持ちは変わりはしない。
すると彼は驚くことなく、その抱擁を受け入れた。
「……大、天使、様……?」
その言葉に、思わず心が浄化されて、天使の姿に戻るかと思った。
僕は彼の顔をじっと見つめ、その瞳を見る。
「もしかして、大天使様、ですか……」
本当に、見つけてくれた。僕の魂の形を、覚えていてくれた。
僕は小さく頷くと、悪魔らしくない、大粒の涙を流した。
「お前……なんで堕天なんてしちまったんだよ……」
「大天使様がいらっしゃらなくなったので、働く意味がわからなくなっちゃったからかもしれません」
「じゃ、魔界にずっといろよ、完全に悪魔になっちまえよ、なんで中途半端な姿でいるんだよ」
黒髪の天使は、まだ天使の姿のまま、半分悪魔に乗っ取られた状態にあった。
「僕、天使に戻ろうと思うんです。大天使様が魔界で楽しく過ごしてるってわかって、良かったです」
「なんで天使なんかに戻るんだよ、お前、他の天使に馬鹿にされてただろ、それに、最高天使だって、お前を……」
自分が最高天使に受けた屈辱を口に出そうとして口ごもる。
悪魔になってなお、自分の姿を綺麗なまま保とうとする意地汚い根性に呆れる。
「僕、悪魔になって、一つ悪いことすれば、天使に戻してもらえるって言われてるんです。だから、頑張って悪いことします!」
そんなの詭弁だ。一つでも悪事を働けば、天使どころか、完全に悪魔になってしまう。
「……お前、それ、信じてんの」
「はい!最高天使様とお約束しました!」
だからその最高天使が一番のド悪魔だっつーの
僕は深いため息をつき、彼の綺麗な瞳を見た。
天使になんかさせねーよ、あんなやつらより、お前が一番綺麗だ。
「いいことを考えた。僕は下界へ下る。そこで色んな人々を魅了してこよう。ついでに君も下界へ連れて行ってあげるよ。そこで悪さをすればいい。大悪魔の僕と一緒なんだ、悪事を働く機会なんていっぱいある。すぐに天使に戻れる」
「大天使様と、下界に……?」
「ああ、僕と一緒に行こう。きっと楽しいよ」
そう言って手を差し伸べる。
彼はゆっくりと僕の手を取る。その手をぎゅっと握ると、光が二人を包み、玉となった。
「絶対に、絶対に、離さないからね」
「ずっと、大天使様と一緒がいいです」
「天使に戻れなくても」
「天使には戻りたい、です」
「お前が思ってるほど、天使なんて綺麗なもんじゃねぇぞ」
「僕にとっての天使は、大天使様なんです。僕は大天使様みたいになりたい。だから、天使に戻りたいんです」
そう言って、黒髪の天使は目を閉じた。姿は光の魂と変わり、下界へと先に降りて行った。
「おっと、僕も行かないと乗り遅れる」
僕は彼の魂を追い、彼の近くへ魂を下した。
絶対に悪事なんて働かせない。絶対に、天使になんかさせない。
そう強く願った。
*****
「はるちゃんの番だよ、ど、どうか、した?」
「えっ、ああ、ごめん、僕の番だね」
僕はコントローラーを握りなおし、しっかりと画面を見る。
横には心配そうに僕を見つめる天ちゃん。君の綺麗な瞳は昔から変わらないね。
「はるちゃんは本当にすごいよね、勉強も運動もできるのに、ゲームも上手い」
「そんなことないよ」
お前が出来なさすぎるんだよ、と悪態をつきたいところをぐっと我慢する。
すると天ちゃんはコントローラーを置き、僕の膝に手をついて顔を近づけた。
「僕、はるちゃんみたいになりたい」
「なんで?勉強も運動もできるから?」
「違う、よ。はるちゃんは、みんなに愛されてる。それは、はるちゃんが、みんなに優しいから、だと思う。僕も、もっと、みんなに優しくできるように、頑張る、ね」
なんでだよ、そこは完璧な僕に憧れてるって言えよ。
なんでだよ、あーもう……
深いため息をつくと、僕は天井を眺め、きれいに掃除されている蛍光灯を見つめた。
「天ちゃんはいいんだよ、そのままで十分」
「だ、だめだ、僕、出来損ないだから」
「出来損ない?誰がそんなこと言ったんだ」
「……僕」
「じゃ出来損ないじゃないな、もっと自分に自信を持っていい」
僕は天ちゃんの小さな背中を強く叩くと、昔から変わらない黒髪を撫でる。
「僕にとって、天ちゃんは天使だよ」
でも、絶対に天使になんかにさせない。
「ほ、本当……?僕、悪魔じゃなくて?」
「そう、天使、あくまで、僕にとっては、ね」
テーブルに置かれた麦茶の氷が解け切り、コップにかいた汗が底を濡らす。
「ぼ、僕、天使になれるように、頑張る、ね!」
そう言って立ち上がり、部屋中を駆け回る天ちゃんを見て、僕は目を細めた。
天使なんかになるな、君はこのまま、僕の元にいればいい。
僕はささやかな願いを、柄にもなく天に願ったのだった。
勢いだけで書いているので気が向いたときに修正するかもしれません。
読んでいただきありがとうございます。何か反応いただけると嬉しいです




