31話・残酷な最高神
「あれも堕ちたか。あっけないものだったな。デルウィークの王の末にしては」
気骨があるかと思ったのにつまらんな。と、ディークは呟く。彼は巨木に捕らわれたユミルの前に立っていた。
「デルウィークの王のベルナルドに志織を殺めようとしたのを邪魔された腹いせに、その子孫に意趣返しですか? 父神さま」
「悪いか? 奴の時代からこっちへ渡って来て、たまたま目に付いた男がデルウィークの王太子だったというだけだ。オリナの周りをちょこちょこと‥あの男は目ざわりだったからな」
「彼はオリナの許婚でした。あなたがかき乱したのでしょう? 本来ならふたり何事もなく結ばれていたでしょうに」
ユミルが眉を顰める。あなたの干渉によってと批判するような目を向けられてもディークは動じなかった。
彼は気紛れで争い事が大好きな神だ。嘘も欺くことも当たり前でけっこう複雑な性質をしてるので、親神さまとはいえ、ユミルのような常識に捕らわれた神から見れば理解不能な相手である。
ディークは巨木に捕らわれたユミルの顔の横に手をついた。
「俺はオリナが気にいった。不甲斐ない男に渡すくらいなら俺のものにする」
そう言って彼はユミルの手にあるものを乗せた。
「これは茨の‥」
「おまえがオリナに授けたものだろう? オリナからおまえに返しておいてくれと頼まれた」
「‥そうですか」
オリナに志織の命を助けて欲しいとユミルが頼んだ時に、彼女に渡した茨のブレスレットだった。
ディークが志織の命を奪うのを止めたのだから、志織の命の危険性はなくなった。オリナがそれをユミルに返すのは当然なのに、それが自分の手元に戻ってきたことでユミルはオリナとの繋がりが切れてしまったように淋しく思われた。
しかもディークに頼むことからして、オリナが彼に気を許していることが分かった。
「オリナは俺がもらう。良いよな?」
「なぜぼくに断りをいれるのです?」
「さあ、なんでだろうな? おまえに断りを入れておいた方が良い気がした」
ディークがにやりと笑う。
「だからおまえの身体をくれ」
「父神さま?」
ディークがユミルの頬に、自分の顔を寄せた。
「あれはおまえのことばかり想っている。傍にいる俺のことなど関心を持たぬ。おまえがいる限りオリナの心は手に入らぬのだ」
「それほどまでに彼女が気にいったのですか? あなたさまが? 神々の王であるあなたさまが、たかが人間の娘の心を欲されると言うのですか?」
可笑しなものですね。と、ユミルが苦笑した。
「あなたさまは女性など、気にかけない勝手な御方だと思っていましたよ」
「そうだな。以前の俺なら女なんて生きものは咲き誇る花の様なもので、好きな時に刈って摘み取っていた。摘んでしまえば興味が失せて捨てていた」
「そのあなたさまがオリナを望まれるというのですか?」
「ああ。オリナが手に入れば最高神の座などいらぬ。そうだ。おまえにこの身体をくれてやる。お互いに入れ替わればいいのだ。それならば丸くおさまる」
ディークが良い事を思い付いたと言うように言う。父神は気紛れだ。そのことを良く知るユミルでもこの発言は許せなかった。
「何と身勝手なことを申される。オリナの心を得たいが為にぼくの身体を欲しいとは。ぼくは最高神の座など欲しくはありません。あなたさまは我ら兄弟を何と思われる?」
「取り替えのきく存在だと思っているが?」
己の欲望に忠実で残酷な最高神ディークは、ユミルの首に手をかけた。
「さあ、俺にその体をあけ渡せ。ユミル」
「ぐ…! ムダ・ル‥神…」