特訓
「そんなに焦って拭かないでいいから! 机が凹んじゃう!」
「ごめん、ムナミ。じゃあ、椅子を。あっ……脚が折れちゃった」
「ラッミスぅぅぅぅぅっ!」
壁越しに悲痛な叫び声が聞こえる。
宿屋の前に居座って数日が経過した。
ラッミスはめぼしい依頼がないときはハンター業を一時お休みして、宿屋の店員として働いている。
やる気に満ちあふれているのは良いことだけど、持て余している力が空回りして毎日何かしらの備品を壊しているようだ。
俺を担いで普通に歩けるぐらいの怪力だ。日常生活をこなすだけでも力の加減で気を遣って疲れそうなのに、接客業となると難易度が自然と上がってしまう。
宿屋の作業服であるエプロンスカートは似合っているし、雰囲気だけなら看板娘にもなれる逸材。
愛想の良さと弾けるような笑顔、お客からの評判も良好だけに色々ともったいない。
「入り口付近の掃除と窓拭き……は、ちょっと怖いから呼び込みしておいて」
「はーぃ。ごめんね」
俺の脇をうつむいたままのラッミスが通り過ぎる。
「いらっしゃいませ」
寂しそうな後ろ姿を見て、思わず声を掛けた。
足がピタリと止まると、前屈みの体勢のまま半回転してこっちに向く。
「ハッコオオオオオオン!」
そのまま突進してくるが目前でピタリと止まり、その場にくず折れる。
かなり意気消沈しているようだ。元気づけてあげたいけど、自動販売機である俺にしてあげられることがあるだろうか。
「聞いてよ、ハッコン。うちはうちなりに頑張っているつもりだけど、いつも空回りして迷惑ばっかりかけちゃって。うちってダメダメだよね、はあーーー」
長いため息を吐いて膝を抱え込むと、地面を人差し指でぐりぐりしている。
とてもわかりやすい落ち込み方だ。
「ざんねん」
「ほんと、うちって残念だよね」
違うって。「そんなことないよ」って否定する意味で言ったのに、言葉通りに受け取られてしまった。
こういうとき、特定の言葉しか話せないことがネックになる。
「いらっしゃいませ」「ざんねん」「あたりがでたらもういっぽん」「おおあたり」「またのごりようをおまちしています」「こうかをとうにゅうしてください」の六種類しか話せないのが悔やまれる。
この場面で間違っても「おおあたり」だけは口にしないぞ。
掛ける言葉が見つからずに黙っていたら、地面に手首まで埋まってる。
さすが怪力、と感心している場合じゃない。
「って、いじけている場合じゃないよね! ハッコン、愚痴聞いてくれてありがとう」
そう言って笑うと、元気に立ち上がり大声で呼び込みを始めている。
今は慣れが必要なだけかもしれない。しばらくすれば見違えるほど活躍しているかもしれないし。
そんな甘い期待は数日で覆された。
「うわわわわっ!」
ラッミスの声に続いてパリーンと食器の割れた音がする。
出入り口前に設置しているので、宿屋の中の様子は見えないが何が起こったのかは理解できた。
食器を落とすか握り潰すかして破損させたのだろう。
清流の湖階層は陶器製の物が多い。理由は陶器に適した泥が取れるかららしく、それ目当てで陶芸家も住み着いているそうだ。
そのおかげで良質な陶器が他の階層より普及している。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「ラッミスちゃん、気にすんなって」
「そうだぜ。それよりも怪我はないか?」
客もいい人ばかりで割れた食器よりも、ラッミスの心配をしてくれている。
「破片の掃除はやっておくから、注文聞いてきて」
「うん、ごめんね。ムナミ」
「いいから、いいから」
ここからは見えないけど、何度も頭を下げて謝っているラッミスの姿が目に浮かぶ。
気を取り直して元気に注文を訊くラッミスの声。それが、いつもより少し沈んでいるように聞こえた。
表面上は明るく取り繕っていても、本当は……。
ランチ営業が終わり客もいなくなると、疲れた様子のラッミスが俺の前までやって来た。
昨日と同じく、オーラが感じられない。
アドバイスの一つもしてあげられないけど聞き役ぐらいはするから、いつものように愚痴だけでもこぼしていって。
「落ち着いてやったら大丈夫なんだけど、慌てたりすると力加減が上手くいかなくなることがあるの」
さっきは少し寝坊してしまって、急いで準備していたからか。
食器を割ったりするのも店が混んでいるときが殆どだし。
ムナミや女将さんもラッミスが一所懸命やってくれていることは理解している。だから、注意をすることはあってもクビにしたりはしないはず。
ただ、昨日の晩に聞こえてきた二人の会話を思い出す限り、甘えっぱなしでいられる状況じゃない。
「ラッミスはお客さんの受けもいいし、頑張ってくれているんだけどねえ」
「これだけ備品を壊されると、何よりも食器が足りなくなっちゃう。うーん、ダンジョン内は食器も外と比べて高値だから、もっと安く仕入れる手段を考えないと」
こんな感じの会話内容だった。
食器か……。生憎だけど食器の自動販売機の存在を知らない。日本各地を探せばお土産自動販売機等で存在しているかもしれないが、俺の知る限りでは無いはずだ。
九谷焼の自販機があったはずだけど、あれは食器ではなくキーホルダーや小物だった。皿があったとしても陶器であれば同じこと。
高い食器じゃなくてもいいから、安価で大量に仕入れる術があれば問題の一つは片付くのに。
……ん? あれっ? いや、待てよ。あるじゃないか、自動販売機で提供できる食器が!
これなら落としても壊れないし、いけるんじゃないか?
深夜の食堂で動く人影。
俺の体から発せられる光に照らされながら、食堂を歩き回る人物は――ラッミス。
「ご注文は決まりましたか。はい、わかりました。少々お待ちください」
テーブルから奥のカウンターまで移動する。
「日替わり定食二つ」
誰もいない厨房に注文を伝えて、しばらく佇む。
カウンターの上に予め置いてあった、ペットボトルの容器を二つ手に取り木製のトレーに並べる。
そして、慎重にテーブルへと運んでいく。
「お待たせしましたー。……うん、上手くやれたよね。でも、本番じゃ料理が入っているし、お客さんもいないから」
偉いなラッミスは。
ここ数日、仕事が終わってから予習復習を欠かさない。
無駄に力が入りすぎて食器の破壊率が高いことを除けば完璧な接客なのだけど、唯一にして最大の問題がそこなんだよな。
毎夜、こうやって付き合うことしかできないことが歯がゆかったが、俺なりの対応策を思いついたので本日実行してみようと思う。
「よっし、もう一回……えっ、どうしたのハッコン?」
俺の体が変形したことに驚いたラッミスが近づいてきた。
「今まで見たことのない形。商品の絵もないし、他のと違って色合いも地味だね」
しげしげと俺の体を見つめている。
シンプルなデザインだから。商品名は書いているけど日本語表記なので、この世界の住民には読めない。
レトロ自販機マニアの中ではかなり有名なんだけどな。
書いている文字は『うどん そば』で、その名の通りうどんやそばを提供してくれる、めん類自動調理販売機だ。
ボタンを押すと二十五秒で熱々の完成した商品が出てくる。カップ麺の自動販売機と違って自分でお湯を入れる手間もない。
数は少ないけど各地にいくつか残っていて、面白いのが機種は同じなのに自動販売機ごとによって味の違いがあるところだ。
中のうどんは手作りの品を補充しているので、自販機なのに手作りの温かみが感じられる貴重な品となっている。
「えっと、この商品を受け取ったらいいの? うわっ、汁がいっぱい入ってる。わわわっ、あっつあつだね」
恐る恐る取り出したラッミスが慌てて近くのテーブルの上にうどんを置いた。
勢いよく置いたので汁がこぼれてしまう。
「あー、またやっちゃった。驚いて力加減が……あれ? 結構強めに置いたのに器が壊れてない」
不思議そうに器を覗き込み、人差し指で何度も突いている。
「変わった感触……。固いんだけど柔らかくて弾力があるような」
容器はプラスチック製だからね。ちょっとやそっとじゃ壊れないから安心して。
「もしかして、これを使って練習していいの?」
「いらっしゃいませ」
「ありがとうハッコン! うち頑張るね!」
これなら落としても割れないし、汁も入っているから配膳の練習にも最適なはず。
中身をこぼしたとしても自販機の商品だから、俺が消すこともできる。
商品を食べてもらえないのは残念だけど、ラッミスが何杯も食べるわけにもいかないからね。
「あー、やっぱり食べ物の香りだー」
扉の開く音と同時に大声が店内に響く。
視線を向けると見慣れた四人の獣人がこっちを凝視していた。
「ペル、よく気づいたな」
「ペルの嗅覚を舐めたら駄目だぜ、ミケネ」
「うんうん、ショートの言う通りよ。嗅覚だけは凄いんだから」
「えへへ。そんなに褒めないでよー」
こんな時間に現れたのは大食い団の四人か。
全員が少し汚れていて疲れているように見える。仕事終わりなのかな?
「みんな、こんな時間にどうしたの?」
「えっとね、仕事が長引いてさっき集落に戻ってきたんだけど、この時間だから店が閉まってて、ハッコンなら食べ物売ってるかなーって」
リーダーのミケネの発言に合わせて、残りの三人が後ろで激しく頷いている。
かなり空腹なのか、全員の視線がトレーの上に置いてあるうどんに注がれていた。
あーあ、涎が床に垂れているよ。
「じゃあ、これ食べる? ハッコンもいいよね?」
「いらっしゃいませ」
「「「「やったー‼」」」」
四人が近くにあった椅子に飛び乗ったのを見て、ラッミスがうどんを運ぶ。
グッドタイミングで最適の客がきてくれた。彼らが満足するまで運んだら配膳の腕もかなり上達するぞ。
なんて考えている間に、もう一杯目が空だ。急いで作らないと!
初めのうちは少し緊張もあったラッミスだったが、凄まじい勢いで吸い込まれていくうどん。素早さが上がっている俺の調理速度。
この二つが合わさったことにより、とてつもない回転率が発生してしまう。
「ラッミス、まだー?」
「ちょっと待って! すぐ運ぶから!」
目も回る忙しさの中で緊張する余裕すらなくなったようで、無駄な力が抜けて自然と配膳の速度が上がっている。
しばらくすると満足した大食い団が腹をさすり、ラッミスが床に座り込んだ。
机の上には重ねられ高く積み上がったプラスチックの器が塔のように何本も立っている。
混雑時の食堂よりも忙しく料理を運んでいたラッミスは、この短期間で配膳の技術がかなり上手くなった。大食い団に感謝だな。
「ごめんね、ハッコン。付き合わせちゃって」
「いらっしゃいませ」
お役に立てたのなら嬉しい限りだよ。
この調子なら明日は上手くやれそうだ。安心して仕事を任せてもらえるよ、きっとね。
「よーし、じゃあ、ぐっすり寝て明日に備えないと……」
ラッミスが拳を握りしめ明日への意気込みを語ったところで、ぐうぅぅぅぅと腹の鳴る音がした。
音の源は探るまでもない、彼女だ。
視線を向けると恥ずかしそうに頭を掻いて照れているラッミスがいた。
「えへへへ。緊張が緩んだらお腹空いちゃった」
あれだけ動けば当然だ。大食い団の見事な食べっぷりに触発されたのもあるのだろう。
お任せあれ。働き者のラッミスに俺から一杯奢らせてもらうよ。
取り出し口に温かい商品を置く。それをラッミスが手に取って机の上に運んだ。
「実は私も食べてみたかったから、楽しみだなー。あれ? このパスタ、みんなに渡したのと違うよね」
「いらっしゃいませ」
大食い団に提供したのはうどんだったけど、ラッミスのは蕎麦に変更しておいた。
深夜に食べるなら、夜鳴き蕎麦でしょ。




