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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
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ロリコンin京都

「大丈夫です」

「まだやれます」

「蜂たちが動き始めました。あと一分で通路、抜けます!」

「準備」

「はいっ」


 明津あくつは目を見張った。さっき噛まれた兵士たちが、しっかりした足取りで立ち上がっている。


「……負けるかよ」

「こいつら、釈迦堂を潰しやがった」

「寺の桜も枯らしやがった!」


 網が放たれ、銃弾が吐き出される。武器に彼らの怒りが乗り移ったようで、明津は息をのんだ。


「釈迦堂って……?」


 部下に聞かれて、明津は答える。


「正式名は大報恩寺。民家に囲まれた、庶民のための寺だよ。刀や槍傷は序の口、応仁の乱の火災もくぐり抜けた古強者」


 その古寺も、今回の襲撃で半壊したのだ。宝殿に残っていた数々の国宝や重要文化財も、無事では済むまい。


「千年無事でも、なくなる時は一瞬さ。やった側にしてみれば、何の感傷も持ってない。だが、俺たちは違う」

「そうだ」


 隊員たちが怒りの声をあげる。


「だから、弾やるよ。人の家にのこのこ土足でやってきて、荒らすだけ荒らしてはいさようならってわけにはいかねえぞ」

「そうだ」

「そうだ!」


 声は重なって波となり、冷えた空気を揺らす。それはとても、毒に犯された重傷者のものではなかった。


(一体、何が……)


 明津はごくりと空気を飲みこむ。彼らの戦いぶりは、単なる精神論だけでは説明のつかないものだった。


「ワクチンは順調にきいている」

「ワクチン?」

「作ってたんですよ。研究所の面子が。()()()()()()()()()


 そんなことがあり得るのだろうか、と明津の頭の中を疑問符がかけ巡る。この世界にほとんどいない生物に対して、どうしてそこまで備えていたのだろう。


「さて、私も」


 和久わくが銃を構えた。


「デバイス使いの補助ばかり上手くなった、と陰口をたたかれることもあった。自分より一回りも二回りも下の連中に、内心で見下されてるのも知ってる」


 それでも、続けてきた。自分たちの仕事もきっといつか、誰かが必要とする時が来る。そう信じて、入念な準備を受け入れた。


 和久の立場はよく分かる。明津もまた、同じ思いを抱いていた。


「切り抜けてください」

「切り抜けますよ。若造共に、ざまあみろって言ってやらにゃ」


 腰に噴射装置、手には散弾銃。装備を調えた和久たちは、存分に戦った。




☆☆☆



 ことは怒っていた。


「まったく、次から次へと!」


 相手の体の下をかいくぐるようにして、喉元を狙った突きを放つ。普段なら造作なくできるはずのことが、いちいちもたついて仕方ない。


(もう少し、どうにかならんかったのか)


 心の中でぼやきながら、琴は自分がまとっている防護服に目をやった。


 新しく出てきた蜂たちはより素早く、攻撃性が高かった。重い防護服を引っ張り出したのは、正しい決断だったといえる。


 しかし、これがもたらしたデメリットは小さなものではなかった。


 まず第一に、動きにくくなったこと。アタッチメントをつけて何とか飛行装置は外さずに済んだものの、まともに飛べるとは思えない。


 そして第二、視界が狭くなる。ヘルメットで顔面を覆っているため、急に横手から敵が出てきてもわからないのだ。通信兵がカメラの前で待機しているが、それでどこまでタイムラグが埋まるかは微妙である。


 最後に──これが一番深刻かもしれない。動ける人数が減ってしまったのだ。防護服は高価だったため、何百人分も蓄えはない。


 そのためわずかなデバイス使いと熟練兵のみで、最前線を維持しなければならなくなった。しかも、敵は強くなっている。


(正直、これで一気に勝ち目は薄くなった)


 琴はすでに、夕子ゆうこだけでもなんとか逃がす方法はないかと考え始めていた。


(それがあの時のご恩返しになるはずだ)


 数年前のことが、また頭をよぎる。


「もう一体、そっちへ行ったぞ!」


 連絡からすぐに、蜂がとびかかってくる。琴の袈裟切りはかわされ、上方から首を狙われた。


 しかし、琴はかわされた後の動きまで読んでいる。太刀筋は素早く下からの切り上げに変わり、油断していた敵を倒した。


 琴は刀を下ろし、息を整える。その時ふと、蜂の死体が目に入った。両手両足を引きつらせ、赤子のような形で死んでいる。


(……母さんもあんな姿だったな)


 母の場合は、これに加えてあらぬ方向に首が曲がっていた。大型車にひかれた結果である。剣道くらいしか取り柄のなかった十歳の琴は、たちまち食うに困った。


 母は妾になって出産ということですでに実家から勘当されていた上、親戚連中はそろって厄介事から目をそむけたからだ。


 残るは顔も知らない父くらい──そうなったところで、意外な人物が介入してきた。


(母の友人、と言っていたのは事実だったのか)


 今となってはもう確かめたいとも思わないが、とにかくあの時不審な女はそう名乗っていた。


(どこの誰が、『友人』くらいの関係で子供を引き取ったりする)


 琴はいぶかしがっていたが、その理由はすぐに分かった。彼女の息子が、好色な目をしてこう言ってきたからだ。


『君を見た途端、感じちゃった。これって運命だよね』

「一人で勝手にイってろ」

「ん?」

「すまん。なんでもない」


 回想があまりに気持ち悪かったので、思わず声が出てしまった。無線でつながっている同僚が不振がるので、琴は慌ててフォローする。


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