都の砦、攻防戦
みかげはビルの外壁を指さす。
「いっぱい縦に溝が入ってるの、わかる?」
一見ただの装飾のように見えるが、くぼみの底にいるとそう簡単に隣へ飛びうつることができないようになっているのだ。
「そっか」
やっと腑に落ちた、という風情で塔子が手を叩く。
「移動ができないんなら、そっちに投げれば確実に当たりますよね。いやー、勉強になった」
呑気な塔子を、みかげはにらみつける。
「ここの仕組みくらい、覚えとき。任務で来てるんやで」
「へいへーい」
塔子は生返事をして、みかげから遠ざかっていった。全く最近の若いのは、と言いたくなるのを、みかげはかろうじてこらえる。
意識をそらすために、みかげは並び立つビル群に目をやった。今のところ、どの棟も健在だ。
(第一波はしのぎきったか)
無線に耳をすます。離脱したデバイス使いもおらず、どこへも助けに行く必要はなさそうだ。
(……でも必ず、もう一度攻撃がくる)
たった一回失敗したくらいで、あきらめるような連中ではない。みかげは口を固く結び、眼下をにらんだ。
☆☆☆
ぐるりと高い塀に囲まれた醸造所だったが、内部はぴりぴりした空気で満ちていた。
「夕子様はどこへ行った」
その雰囲気を微塵も読まずに、若いデバイス使いが琴に話しかけてくる。彼はいかにもルール無用、といいたげにピンクに髪を染め、緑のメッシュまで入れていた。
「コントロールルームに入られた。大事なお役目の途中だ」
「そ、そうかよ……」
男は急に大きな目をきょろきょろさせた。もちろん、そこにはピンクのカラーコンタクトがしっかり入っている。琴は盛大な舌打ちをした。
「何か不都合があるか、残間」
「別にねえよ」
ピンク髪の新人は、面白くなさそうにぷいと横を向いた。
「これからが正念場だ。場を乱すような真似は慎んでもらう」
「へーへー、怖い怖い」
「……一回死ななきゃ分からんか?」
琴が本気で怒りを覚えたところで、目の前に男が立ちふさがった。
「マアマア、お二人とも。といっても、今のは子音が悪いですけどネ」
間に入ったのは、物腰の柔らかな青年だった。背は高いが、純日本風の黒髪黒目で人形のようである。
「うるせえよ」
「こらっ!」
「怒られた。お前の妙な発音のせいだからな」
琴が止めても、残間は妙に突っかかる。
「ンー、それは仕方アリマセンネー。一年前に日本に帰ってきたばかりデスから」
優しい物腰のこの男──月見里は、親の仕事の都合でイギリスに渡っていた。それでこれだけしゃべれるのなら大したものだと琴は思うが、残間はそうではないらしい。
「けっ、その面で英国帰りとはな」
「子音も見た目と中身が一致しまセンね」
思わぬカウンターをくらって、残間がうろたえた。ピンクの瞳が、左右に揺れ動いている。
「いい加減なこと、言うんじゃねえ」
「だって子音、僕がお土産であげたテディベアを毎晩抱っこして寝てるって」
「てめえそれどっから聞いた!?」
「あ、やっぱりホントなんダー。ヒトはやっぱり見た目じゃナイネー」
自分で自分にトドメをさした、と気付いた残間が顔を赤らめる。すかさず琴は月見里に寄っていった。
「その話、もそっと詳しゅう」
「では後でたっぷりお話しまース。要はこのヒト、寂しがりなんですヨネ」
「ああ……」
それでさっきからの反応にも納得がいく。ただでさえ同僚が少ない上に、総大将までいなくなってしまった。それで不安にかられて、周りにあたっていたのだ。
「全く子供っぽい。下の毛もまだなのか」
「オー、琴さんビロウねー」
年長者二人で、さんざん残間をからかう。八つ当たりの罰、というやつだ。
「気は楽になりマシたか」
ひとしきり笑ったところで、月見里が聞いてきた。琴は素直にうなずく。
「良かっタ。しかし、そうも言っていられなくなってしまいましたヨ」
琴ははっとして、月見里の顔を見た。口元が引き締まり、軍人の表情になっている。それから一拍遅れて、警報ブザーが鳴り出した。
「ついに、来たか」
琴は急いで持ち場へ向かう。残間と月見里も一緒に来た。
「バレるの早えな」
「有事に備えてしまっていた設備も、持ち出してきたからな」
見るからに物々しい砲もある。めざとい蜂に発見されたのだろう。
「初手から、手強い」
琴がつぶやいたところで、全員が入り口に到達した 緊急時の打ち合わせは、すでに済んでいる。鷹司の熟練兵が、てきぱきと無線を通じて指示を出していた。
「……じゃあな」
「マタネ」
三人とも、それぞれ持ち場が異なる。大きな階段の前で、別れ別れになった。
厄介なのもいるが、それでも同年代の仲間は心強い。彼らがいなくなると、ふっと心細くなった。
(……残間でもあるまいし)
忍び寄ってきた弱気を、琴はいなした。暇だから余計なことを考えるのだ、何か実のあることをしていよう。そう決めて、今回の作戦の流れを頭の中でさらい始めた。
街中の一軒家であるが、ここを砦とみなして計画が練られている。四方が壁に囲まれ、兵が中にいた。構造としてはよくあるが、壁の隅に仕掛けが施してあるのだ。
そこだけ四角く出っ張って、大きな門がついている。琴たちがいつも使っている通用口とは、比べものにならないくらい豪華だ。
(それが罠になっている)
本能的に、敵はそこを目指して押し寄せる。そうなったらまず仕事をするのが、残間の部隊だ。門を捨てたと見せかけて、じりじり後退する。敵が追ってきたら、中に誘導する。
(銃や弓のデバイス使い。彼らの射程まで、敵をおびき寄せる)
これこそが、今回の残間たちの仕事だった。




