ゴミを敬う趣味はない
「あんたら、軍人か」
見ると、初老の男が三人固まって立っていた。どの男もだらしなく太っていて、顔が真っ赤だ。まつりたちを見つけて、急いで走ってきたらしい。
「いや、民間人や」
「嘘つけ」
「民間人がこんな車、乗れるかいな」
確かに男たちの言う通りである。しかしまつりは、素直に訂正する気になれなかった。
(何や、この妙に偉そうなジジイ共は)
男たちは全員腕を組んで、居丈高にまつりを見下ろしている。人に指示を出すのに慣れている様子だから、ここらの顔役か何かだろうか。
「嘘はついてへんよ」
「まあええわ、どっちにしろ丈夫そうな車や。これならええやろ」
「……一体どういうことですか?」
勝手にうなずきあう男たちを見て、使用人の声に険が混じった。
「簡単や。儂らを乗せて、京都の外まで連れていってくれ」
男たちはそれから一方的に、自分たちの都合をまくしたてた。
何でも、たまたま市内にいた『運の悪い』知り合いから、異変の詳細を聞いた。この分では、ここまで敵が来るのも時間の問題だ。その前に、さっさと逃げてしまいたい。彼らの主張をまとめるとこうだった。
「それはそれは、元気のええこと」
まつりはすっと目を細めながら言った。
「しかしこちらは老人揃いや。外まで行くつもりはないなあ」
「我々はこの周辺と、広沢基地を行ったり来たりするだけなんです。倒れてる人を、基地へ送る約束になってまして」
とぼけてみせたまつりに対し、使用人がてきぱきと現状を説明する。しかし男たちは、それでもあきらめなかった。
「そんな約束、反故にせえ。民間人の命の方が大事や」
「と言われても、長距離走るガソリンがないですからね。山の中で立ち往生しちゃいますよ」
「せやったら、その基地まで儂らを運べ。普通の家にこもるより安全や」
男たちはまつりに詰め寄ってくる。女だし飛び抜けて小柄だから、一番与しやすいとみたのだろう。
「まあ、せやったらこっち来はったらええんちゃうか」
まつりは一つため息をつき、男たちを手招く。彼らは当然だと言わんばかりに、車に近づいてきた。しかし、彼らがにやけた顔をしていられるのもそこまでだった。
「な……何の冗談や」
「おかしな真似すなっ」
「おかしいのはお前らの頭やろ」
車に乗ろうとした男たちに向かって、黒光りする銃がつきつけられている。しかも構えているのは、眼光鋭い老人だ。さっきまで身をかがめていたから、男たちは気付かなかったのだろう。
「お嬢を脅すとはええ度胸やな」
「う……」
男たちが後ずさる。最後の一人が完全に離れたところで、まつりは舌を出した。
「畜生」
うめく三人に向かって、伊達男が冷ややかに言う。
「まだ人が残っとるのに、自分さえよければとほざく。畜生はお前らやないか」
これを聞いて、男たちは顔を真っ赤にして怒り出した。
「儂らは身を削って働いてきたんやぞ」
「ちょっとくらい人よりいい目見て、何が悪い」
男たちの主張を遮って、まつりは舌打ちをした。
「そうかい。それはそれはご苦労さん。──しかし、削って身も出汁もなくなったただのガラは、捨てた方がよろしやろなあ」
まつりはそれだけ言って、窓を閉めた。男たちの醜い顔から逃れられて、気分がすっとする。
「ああ、気ぃ悪い」
「お疲れ様でした」
傍らの使用人たちも、苦笑いしている。車のエンジンがかかった。
「いくら老人を敬え、と言ってもねえ。ああいうのは困りますよ」
「昔は医療がいまいちやったやろ。やから節制する知恵がない奴は早死にしとったんや」
「寿命である程度選別されていたということですね」
まつりはうなずいた。
「それが今や。誰も彼も長生きして、質の悪いのばっかりや。敬えと言っても無理があるわ。そういうのに限って、都人やと大きな顔をするしな」
「いますねえ、そういう人」
「えせ京都が流行るのも、そもそも……って、四方よ。ちっとも車が進んどらんやないか」
まつりがつっこんだ。すると運転手の四方が、珍しく眉間に皺を寄せる。
「あれ、どうします?」
彼が指さす先を見て、まつりは低くうなった。
車の前に、男が一人立っている。さっきの男たちの中で最も背が高く、最も尊大だった奴だ。
「どうしても行くというなら、俺を倒してから行けということかと思います」
「ゲームのボスじゃないんだから……でも、どうします? 向こうは完全に調子に乗ってますよ」
まつりは顎に手を当てて、しばらく考えた。そして、おもむろにうなずく。
「四方」
「はい」
「行け。許す」
四方はそれを合図に、車を後ろに進めた。男がいぶかり、目を中央に寄せる。
次の瞬間、四方は思いっきりアクセルを踏んだ。短い距離であったが車は急加速し、男に向かって突っ込む。
車体に当たった男は見事にはね飛ばされ、道の端へ姿を消した。四方はそのまま、狭い道を走り抜ける。
「いや、成功成功」
「最近の燃えるゴミは、ようしゃべりますなあ」
護衛の藤波が、妙に嬉しそうな顔でつぶやいた。
「死んだかな?」
「どっちでもええわ。あれに構っとる暇はない」
車はさらにスピードを上げた。目指すは広沢基地、当座の避難場所である。元々ここにあった池から名前をとっていて、平坦でだだっ広い敷地が特徴的だ。
普段は山からやってくる妖怪に備えて巡回がいるのだが、今は人もまばらだ。それどころではないのだろう。迎えに出てきた兵たちに、まつりはデバイス使いたちを押しつける。そしてまたすぐに、街へ飛び出していった。
「今度はどこへ?」
四方が聞いてくる。
「嵐山や。三千院の二人がおる」
現地に立てば、何か手がかりがつかめるかもしれない。まつりは淡い期待を抱きながら言った。




