表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
533/675

ゴミを敬う趣味はない

「あんたら、軍人か」


 見ると、初老の男が三人固まって立っていた。どの男もだらしなく太っていて、顔が真っ赤だ。まつりたちを見つけて、急いで走ってきたらしい。


「いや、民間人や」

「嘘つけ」

「民間人がこんな車、乗れるかいな」


 確かに男たちの言う通りである。しかしまつりは、素直に訂正する気になれなかった。


(何や、この妙に偉そうなジジイ共は)


 男たちは全員腕を組んで、居丈高にまつりを見下ろしている。人に指示を出すのに慣れている様子だから、ここらの顔役か何かだろうか。


「嘘はついてへんよ」

「まあええわ、どっちにしろ丈夫そうな車や。これならええやろ」

「……一体どういうことですか?」


 勝手にうなずきあう男たちを見て、使用人の声に険が混じった。


「簡単や。儂らを乗せて、京都の外まで連れていってくれ」


 男たちはそれから一方的に、自分たちの都合をまくしたてた。


 何でも、たまたま市内にいた『運の悪い』知り合いから、異変の詳細を聞いた。この分では、ここまで敵が来るのも時間の問題だ。その前に、さっさと逃げてしまいたい。彼らの主張をまとめるとこうだった。


「それはそれは、元気のええこと」


 まつりはすっと目を細めながら言った。


「しかしこちらは老人揃いや。外まで行くつもりはないなあ」

「我々はこの周辺と、広沢基地を行ったり来たりするだけなんです。倒れてる人を、基地へ送る約束になってまして」


 とぼけてみせたまつりに対し、使用人がてきぱきと現状を説明する。しかし男たちは、それでもあきらめなかった。


「そんな約束、反故にせえ。民間人の命の方が大事や」

「と言われても、長距離走るガソリンがないですからね。山の中で立ち往生しちゃいますよ」

「せやったら、その基地まで儂らを運べ。普通の家にこもるより安全や」


 男たちはまつりに詰め寄ってくる。女だし飛び抜けて小柄だから、一番与しやすいとみたのだろう。


「まあ、せやったらこっち来はったらええんちゃうか」


 まつりは一つため息をつき、男たちを手招く。彼らは当然だと言わんばかりに、車に近づいてきた。しかし、彼らがにやけた顔をしていられるのもそこまでだった。


「な……何の冗談や」

「おかしな真似すなっ」

「おかしいのはお前らの頭やろ」


 車に乗ろうとした男たちに向かって、黒光りする銃がつきつけられている。しかも構えているのは、眼光鋭い老人だ。さっきまで身をかがめていたから、男たちは気付かなかったのだろう。


「お嬢を脅すとはええ度胸やな」

「う……」


 男たちが後ずさる。最後の一人が完全に離れたところで、まつりは舌を出した。


「畜生」


 うめく三人に向かって、伊達男が冷ややかに言う。


「まだ人が残っとるのに、自分さえよければとほざく。畜生はお前らやないか」


 これを聞いて、男たちは顔を真っ赤にして怒り出した。


「儂らは身を削って働いてきたんやぞ」

「ちょっとくらい人よりいい目見て、何が悪い」


 男たちの主張を遮って、まつりは舌打ちをした。


「そうかい。それはそれはご苦労さん。──しかし、削って身も出汁もなくなったただのガラは、捨てた方がよろしやろなあ」


 まつりはそれだけ言って、窓を閉めた。男たちの醜い顔から逃れられて、気分がすっとする。


「ああ、気ぃ悪い」

「お疲れ様でした」


 傍らの使用人たちも、苦笑いしている。車のエンジンがかかった。


「いくら老人を敬え、と言ってもねえ。ああいうのは困りますよ」

「昔は医療がいまいちやったやろ。やから節制する知恵がない奴は早死にしとったんや」

「寿命である程度選別されていたということですね」


 まつりはうなずいた。


「それが今や。誰も彼も長生きして、質の悪いのばっかりや。敬えと言っても無理があるわ。そういうのに限って、都人やと大きな顔をするしな」

「いますねえ、そういう人」

「えせ京都が流行るのも、そもそも……って、四方よもよ。ちっとも車が進んどらんやないか」


 まつりがつっこんだ。すると運転手の四方が、珍しく眉間に皺を寄せる。


「あれ、どうします?」


 彼が指さす先を見て、まつりは低くうなった。


 車の前に、男が一人立っている。さっきの男たちの中で最も背が高く、最も尊大だった奴だ。


「どうしても行くというなら、俺を倒してから行けということかと思います」

「ゲームのボスじゃないんだから……でも、どうします? 向こうは完全に調子に乗ってますよ」


 まつりは顎に手を当てて、しばらく考えた。そして、おもむろにうなずく。


「四方」

「はい」

「行け。許す」


 四方はそれを合図に、車を後ろに進めた。男がいぶかり、目を中央に寄せる。


 次の瞬間、四方は思いっきりアクセルを踏んだ。短い距離であったが車は急加速し、男に向かって突っ込む。


 車体に当たった男は見事にはね飛ばされ、道の端へ姿を消した。四方はそのまま、狭い道を走り抜ける。


「いや、成功成功」

「最近の燃えるゴミは、ようしゃべりますなあ」


 護衛の藤波ふじなみが、妙に嬉しそうな顔でつぶやいた。


「死んだかな?」

「どっちでもええわ。あれに構っとる暇はない」


 車はさらにスピードを上げた。目指すは広沢基地、当座の避難場所である。元々ここにあった池から名前をとっていて、平坦でだだっ広い敷地が特徴的だ。


 普段は山からやってくる妖怪に備えて巡回がいるのだが、今は人もまばらだ。それどころではないのだろう。迎えに出てきた兵たちに、まつりはデバイス使いたちを押しつける。そしてまたすぐに、街へ飛び出していった。


「今度はどこへ?」


 四方が聞いてくる。


「嵐山や。三千院さんぜんいんの二人がおる」

 

 現地に立てば、何か手がかりがつかめるかもしれない。まつりは淡い期待を抱きながら言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ