全ては彼の掌の上
まず異変に気付いたのは、イージス・システムをそなえたアーレイ・バーク級「バリー」の乗組員だった。探知範囲は周囲五百キロともいわれる四面レーダーは、前方に出現した巨大な異物を直ちにとらえる。
「さっきまで、こんなものはなかったぞ……?」
乗員三百人の命を預かるコントロールルームの面々も、さすがに戸惑いをみせる。
目の前にいるのは、奇妙な鳥だった。体の部分は完全に人間なのに、背中から巨大な羽が生えている。彼なのか彼女なのか、見ただけでは区別がつかない。
その怪物の周りには、細長い生物がびっしり張り付いた巨大な建造物がある。いくつもの角を持つ石状の土台は、まるで要塞だった。
「ホログラムか?」
「それなら投影装置がどこかにあるはずだ。探せ」
「あの周りのはなんだ?」
「ハルキゲニアにそっくりだな」
生物学をかじった隊員が、画面を見ながらつぶやく。
「ハルキ……」
「ゲニア。五億年前に海中にいたんだ」
「あんなのがいるのかよ……」
「『いた』って言ったろ。とっくの昔に絶滅してるよ」
「じゃあ、なんでここに」
「俺に聞くな」
文句を言いつつも、防空用ミサイル発射のための演算は着々と進んでいく。相手が全く動かないため、算出はすぐに終わった。
目の前の怪物が、大きくあくびをした。次の反応に備えて、全クルーが身構える。
「……なんだ、お前ら」
ビスクドールのような整った顔に、びっしりと赤い化粧が入っている。日本文化に詳しいものがいれば、隈取りだと言ったかもしれない。
「並んで、動くか……目障りな機械だ」
怪物はそう言って顔をしかめる。
(こいつ、航空機に気付いているのか)
クルーは内心冷や汗を流した。すでに後方空母から警戒機ホークアイと、電子攻撃機グラウザーが哨戒に入っていたからだ。
「NBJポットは」
「すでに投下済みです」
レーダー感知を妨害し、戦闘機を無事に帰還させるための装置である。幅広い周波数に対応可能で、ミサイルに対しても効果を発揮するのだ。
しかし敵の反応は薄い。ハルキゲニアもどきは動いたが、本体の鳥は偉そうに鎮座したままだった。
「……阻害しているはずなのに、見えているのか?」
「把握しているのは、あくまで近辺にいる艦だけでしょう。航空機うんぬんは強がりですよ」
本当にそうだろうか。司令官の心に、不安が生じてくる。それを払うように、彼は首を回した。
「敵の目を封じているうちに、ミサイルで迎撃する。次の警告が最後だ、いいな」
明らかに人間離れした相手のため、司令部の決断は早かった。
「相手の攻撃方法は不明。SM─2、SM─3、両方で迎撃する」
レーダーがとってきたデータが、C&D(指揮決定システム)に自動で送られてくる。すぐに巨大な複合体は脅威と認識され、WCSコンピュータに指揮権がうつった。
二発のSM─2の連続発射、そしてさらに上空からの落下体に備えてSM─3。攻撃準備は整った。
「そこの不明船。ここは当軍が優先である。直ちに退去せよ。さもなくば、実力で排除させてもらう」
アナウンスがかかった。念のため、同じメッセージが二度繰り返される。だが、怪物はじっとしたまま、薄ら笑いを浮かべていた。
かわりに動いたのは、不気味なハルキゲニアたちだった。彼らの首が伸び、Aの発音のように口が大きく開く。
ハルキゲニアの口の前。そこに、丸い光球が発生した。
「くそっ」
従う意思なしと判断した司令官は、ミサイル発射のゴーサインを出す。
しかし、間に合わなかった。光球はみるみる大きくなり、空中で爆発する。放たれた熱線が、まっすぐに空中へ伸びていった。
(追い付けない)
司令官は己の無力さを噛みしめながら、それを見送った。
「……母さんの方へ行こうとしていたな。それだけは、許さない」
厳しい顔で、怪物がつぶやく。
「母だと?」
その真偽を確かめようとした司令官だったが、声は悲報にかき消された。
「司令。ホークアイ・グラウザー、一機を残して、全て連絡を絶ちました」
「なんということだ」
もはや、手加減してやる必要はない。クルーは一様に怒りに燃えながら、CDS(共通表示装置)を見つめる。
ミサイルの軌道は二種類あった。ひとつは海面を滑るように、もうひとつは上空から敵本体を狙う。
二発がほぼ同時に着弾するこのシステムをかいくぐることは、不可能。この時は、誰もがそう信じていた。
「おい、見ろ!」
いきなり空中に、緑の盾が出現した。それは的確に、ミサイルを包み込む。
「捕まったぞ!?」
「いや、至近距離で爆発すれば同じことだ。馬鹿な奴め」
だが、司令官たちの予想は無情にも裏切られた。ミサイルは盾の中で反転し、まっすぐ艦に向かってくる。
「総員、衝撃に備えろ!」
再度迎え撃つ時間がない。旋回もできない。司令官に出せる指示は、それしかなかった。
上と横。
自分が放ったミサイルによって、バーク級の艦は攻撃を受けた。黒煙があがり、瞬く間に船を覆い尽くす。艦の側面と後部がやられ、アラームがひっきりなしに鳴り続けた。
「ACプラント、電気プラント損傷」
「船内への浸水確認」
「隔壁閉鎖、急げ!」
万が一の場合に備えて、機関部は複数存在する。すぐに沈みはしない。しかしかつてない事態に、司令官は重大な決断を迫られた。
(相手の射程外まで引き返すか、交戦を続けるか)
まだ全ての武装を試したわけではない。しかし主力のミサイルが効かない以上、他も大して期待はできないだろう。
その上、ぐずぐずしていると本格的な浸水が始まってしまう。司令官は腹を決めた。
「戻るぞ」
この化け物の目を、本国に向けるわけにはいかない。南米方面を目指して舵を切ろうとしていた時、怪物がまた口を開いた。
「逃げられると思っているのか?」




