いつまでもは騙せない
「こんな時に何をおっしゃるんですか」
「こんな時だからこそ、や。今のうちに、拾えるデバイス使いは全部拾う。もし状況が良くなっても、人がおらなどうにもならん」
一般兵とデバイス使いは、決戦が始まった時に必要になる。なら今は、その時役に立たない年寄りが動いた方がいい。
「しかし、何もまつり様ご本人が行かれなくても。我々だけでやりますから」
「ふん。どうせ道のあちこちで、軍が検問はっとるんやろ」
まつりがにらむと、部下は体をすくませる。
(図星か。……ま、そらそうやろ)
市内から逃げだそうとした住民たちが一気に車を出せば、あっという間に軍用車が通れなくなる。想定できた対応だった。
「そこを抜けるのに、ババアの顔が有効なんよ。つべこべ言わんと乗せてき」
まつりが笑うと、部下は今度は黙ってうなずいた。
☆☆☆
「兄者が……死んだ」
まだ事実を受け入れられないらしく、氷雨は能面のような顔のままつぶやいた。
「本当ですか」
氷雨にかわって、横にいた佐門が目を白黒させる。
「嘘を言ってどうする。この近くに葬った方がいいかと思って連れてきたよ。佐門、あんただけでも確認するかい」
「ええ、まあ……でも、こいつが先じゃなくていいんですか」
佐門は意外にも、氷雨に気遣いをみせる。しかし、天逆毎は首を横に振った。
「氷雨はここにおいで」
その一言だけで、氷雨は何かを察したようにうなずいた。彼を置いて天逆毎は外に出る。
佐門は大人しくついてきたが、月影の死体を見るなり顔をしかめた。無理もない。首から上がひねり潰されている状態は、なかなか派手なものだ。
「……あいつに見せなかった理由がわかりましたよ」
「それなら結構。このまま首から上を落として、月影には体だけ見せるよ」
佐門が了承したので、天逆毎は首を切り、断面を整える。土を掘り首を埋め、神妙な顔で塚を見つめることすらやってのけた。
(どんな気分かね。自分を殺した相手に弔われるってのは)
天逆毎は心の中でこっそりつぶやいてから、月影の残りの部分をかついだ。
氷雨はすでに、体を起こして兄の帰りを待っていた。天逆毎が月影を横たえると、目をかっと見開いたまま死体を凝視している。
(泣きもわめきもしないとは。思ったより鉄面皮な男)
天逆毎は氷雨が動き出すまで、声をかけなかった。
「……申し訳ない、もう大丈夫です」
はっきりした口調で、氷雨が言った。体がわずかにかしいでいるものの、目には力がある。話ができると判断した天逆毎は、腰を下ろした。
「単独行動させてた私もうかつだったさ。どうしても、あの化け物みたいな老人と再戦してみたいと言うのでね。やったのはそいつだろう」
先の和歌山での戦闘中、月影は三千院巌と出くわしている。その話は、ここにいる全員が知っていた。だから、この嘘にも反論は出ない。
「……あまり、勝負で負けたことがありませんでしたから。相手に執着してしまったというのは、わかる気がします」
ぽつりと氷雨が言う。
「本人は満足だったかもしれねえなあ。せめてもの救いだ」
仇とってやるか、と佐門がつぶやく。氷雨はまだ対応を決めかねて、頭をぐらぐら左右に振っていた。
「では、私は行くよ。月影の体を落ち着ける場所も探さなきゃならないしね。お前たちは打ち合わせ通り、合図が出たら港へ向かっておくれ」
氷雨と佐門がうなずいたのを確認してから、天逆毎は月影の死体と共に空へ昇る。誰も見ていないとわかってから、加速した。
人間共の網にひっかからぬよう、注意を払いながら南西に向かった。かつてはひなびた町として、そこそこの住民を抱えていたところ。
しかしすでに妖怪を恐れて人の姿はなく、すすけた瓦屋根の家が並んでいる。その中に、不意に長い石段が現れた。天逆毎はそこめがけて、まっすぐに降りていく。
目的地は神社だった。中央の道を広く取った境内には、風が吹き抜けている。手入れがされていない植木は、行儀が悪くなったぶん生命力に溢れていた。
「なかなか勇ましいところじゃないか」
片手でぶらさげた月影の死体に向かって、天逆毎はうそぶく。
「流石、お前を殺しかけた武士が眠っているだけはあるね」
そう言うと、天逆毎は月影の体を両手でつかみ、真っ二つに引き裂いた。血はあらかた抜けてしまっているが、肉片があたりに飛び散る。
裂けるところまで裂いてしまうと、天逆毎はその肉片を風で吹き飛ばし、境内のあちこちに付着させた。白や紅の肉片は、季節外れの椿にも見える……。
「流石にそれは、無理があるか」
自分の考えを否定してから、天逆毎は手についた血をなめた。
「頼光とやら、酒呑童子が死体で戻ってきたぞ。せいぜい喜ぶがいい」
空にむかってうそぶきながら、天逆毎は笑う。
私にとって必要なのは、あの子だけ。何の邪魔も入らない理想世界の発言までは、あともう少しだ。
☆☆☆
「おい、そろそろ出発しないと、間に合わなくなるぞ」
佐門が氷雨を急かす。しかし氷雨は正座したまま、じっと空を見つめていた。
「なあ、おい。本気でイカれちまったのかよ」
いつもの氷雨が聞いたら、血刃が飛んでくるであろう。しかし今度も、彼はさっきと同じ体勢のままだった。
「……天逆毎の言うことを本気にしたか」
佐門が腕組みをして、呆れながら言う。氷雨の頭がぴくりと動き、長い銀髪がさらっと音をたてる。
「ああ、俺は正気だぞ。愛想が尽きた」
「…………」
「全く、今までの自分が恥ずかしいぜ」
「…………」
「まあ、お前が気付かないのも無理はねえ。この状況だからな」
「……何ということでしょう」
「心配すんな、俺が一から説明してやるよ」
「まさかこの阿呆が、私と同じ結論に辿り着いていたとは」
「なっ」
思わず前につんのめった佐門とは正反対に、氷雨はさっきまでが嘘のような軽やかな足取りで立ち上がった。




