デバイス殺しの坏
「流石にデバイスは説明しなくていいよな」
「おう」
「そのデバイスを作るところまでは良かった。三千院家が特許をとり、権利関係も握った……ここまできて、当時の政府から待ったがかかったんだ」
「なんで? 便利になんだろ? 妖怪やっつけたいんだろ?」
龍之介は本当に不思議そうに首をひねっている。世の中の人間が全部こうなら楽なのに、と猛は思った。
「デバイスは強力だ。その力を持った一家になんの制約もなければ、暴走した時に誰も止められなくなる」
国が機能するためには、治安維持能力が欠かせない。『第二の軍』になりかねない一家に対する風当たりは、想像以上に厳しかった。
「悪いことする気なんかなかったんだろ?」
「まあな」
しかし、心の中まで証明はできない。
かといって死者が多発している中、デバイスの開発中止や移譲は絶対に許さない。
──この矛盾する二つの条件に折り合いをつけたのが、『瑠璃の坏』だったのだ。
「デバイス核の中でも特に上位の存在らしく、この所有者が命じれば強いデバイス使いでも意識を失う。究極の『デバイス殺し』だ」
三千院家はこれを内閣に提出、軍所属かつAクラス以上のデバイス使いを支配下におかせた。これにより武力行使の意思がないことを示し、ようやく軍での正式採用が決まったのだ。
「ふーん、でもさ、富永っていたろ。お前んちとすっげー仲悪いの」
「悪かった、な」
猛が丁寧に過去形に言い換えると、龍之介はふんと鼻をならした。
「ああ、もうないんだったな。……でも、その時は元気だったんだろ」
「全盛とまではいかないが、十分強かった」
「よく許可したなあ。俺だったら絶対ヤダってごねるね」
龍之介はあっけらかんと言う。つくづく、思ったことを隠しておけない男だ。
「それはないな。なんせ、当時は本気で負けかかってた。足をすくえば、富永も生きてはいられない」
三千院家も富永の邪魔は想像していた。だから、瑠璃の坏を提出する際、クラスは指定できても、それ以上個別にデバイスを選択できないようにしたのである。
「全部生かすか、全部殺すか」
その二つの選択をつきつけられると、富永も前者を選ばざるをえなかったのだ。
「んで、それが今までずーっと生きてたわけね」
「そういうことだ」
瑠璃の坏は政府上層部が管理している。デバイス核は拒絶反応が出ない者の体内に埋め込まれ、政権が変わると摘出される。もちろん存在を知っているものはごく一部で、外には漏れるはずのない情報だった。
「それを妖怪がかぎつけて奪っていった──この騒ぎの大元はそこだな」
「はーん」
ようやく全てが飲み込めた様子の龍之介が、低くうなった。
「じゃあ副長官はまだ生きてるんだな」
「そうとも限らん」
猛は話して聞かせた。かつて大阪基地に姿を見せた、死体を操る妖怪のことを。
「げっ、そんなのがいるのか」
「軍上層部はすでにこの妖怪について把握済みだ。だから、副長官の生存はほぼ絶望的とみて、瑠璃の坏の破壊に賭けるだろうな」
状況は決して楽観できない。一刻も早く瑠璃の坏を止めないと、防衛計画の根幹が揺らぐ。さすがの龍之介もこれには黙った。話が途切れたところで、琥太郎が戻ってくる。
「総理が面会に応じるそうだ。くれぐれも頼むよ」
猛はうなずいた。戒厳令は前の戦で急に作り、一回も発動されていない法律である。現総理でも抵抗してくるだろう。
(さて、どの角度から攻めるか……)
考えながら立ち上がったと同時に、猛は強いめまいに襲われた。
(しまった、もう来た)
意識が遠のく。泣きそうな顔で自分を覗きこんでいる龍之介が、ちらりと見えた。
「……仕方無い。お前が、やるんだ」
最後の力をふり絞って、猛はつぶやいた。
龍之介の返事を聞く前に、廊下の絨毯が見えてくる。猛は反射的に目を閉じた。
☆☆☆
京都支部から連絡が途切れた。その報告を聞いたとき、葵はそう取り乱さなかった。
「東京に連絡を。防御を固めれば、まだ間に合うかもしれない」
しかし状況は思うようにいかなかった。東京は被害状況の把握で手一杯であり、他の用件に関わっている暇がなかったのだ。
猛と榊琥太郎をつっついてみたものの、時すでに遅し。葵が決定的な悲報を聞いたのは、十一日の夕食前だった。
「東京はどうなってる。いくら回線が混雑してても、あの二人ならかいくぐれるだろう」
「それが……猛様にも響様にも連絡がつかなくて。機器が生きているかどうかも不明なんですよ」
「呼んでみてもか」
「はい……いつもならお仕事がらみのものには、必ず返事してくださるんですが」
一丞二丞の双子が困惑している。葵の頭の中で、稲妻が散った。
(ついにきたのか)
その疑問に答えを出すために、葵は自室を飛び出した。早足になっているはずなのに、響の自室までがやけに長く感じられる。
「響姉っ」
扉の前で、一度だけ姉の名を呼ぶ。しかし、返ってきたのは沈黙のみだった。
葵は迷いなく、扉を開ける。鍵はかかっておらず、適当に積み上げられたソフトケースが雪崩のように床へ落ちていった。
その雑多な物体の中央に、響がごろりと転がっていた。しかし、揺すっても呼びかけても、彼女は人形のように動かない。
「……始まったか」
葵は全ての部署に、デバイス使いの安否を確認させた。すると次々に、異常が見つかる。
「霧島三尉、二尉ともに昏倒」
「井上、長谷川も巡回先で急に意識がなくなったと」
「こんなことは初めてです……一尉、何があったんですか」




