押せば出る、出るまで押せ
琥太郎が言うと、ようやくSPが後ろに引いた。猛は龍之介と並んで、彼の後ろに続く。
「……あっ、親父。俺が鈍いみたいな言い方、よしてくれよ」
「このタイミングで文句を言う時点で鈍いわ」
ぼやく龍之介の頭をはたきながらも、猛は違和感を抱いていた。奥に進むにつれて、金気くさい匂いが漂ってくるのだ。落ち着いた調度に似合わない匂いが、猛を不安にさせる。
「……どこへ行くんです?」
先を行く琥太郎に問いかける声が、知らず知らずの間に厳しくなっていた。
「実際に見てもらった方が早いと思ってね。少々、きつい画になるが」
龍之介が「ひっ」と声をあげた。見もしないうちからこれだけ怖がるのなら、ついてこなければいいのに。
「ここだ」
総理応接室の前で、琥太郎が足を止める。扉を開ける前に、琥太郎は無言で振り返った。
(まさか)
嫌な予感がしたが、猛はうなずく。すると、琥太郎は一気に扉を開け放った。
「うえっ」
部屋の中を見た途端、龍之介が猛の側から離れた。吐いている音が聞こえてくる。
(……これは、すさまじいな)
龍之介を責める気にはなれなかった。室内には腹や胸を真一文字に割かれた死体が三つ、ばらばらの方向に足を向けて横たわっている。
血のにおいに混じって、中途半端に消化された昼・夕食がぶちまけられていた。その生活感が、ドラマのような画の中で一際異彩を放っている。
「……で、これは誰なんです?」
死体の顔はどれも破壊されており、正体がはっきりしない。猛は琥太郎に聞いてみた。
「官房長官と秘書官二名だ。副長官は行方不明」
「!」
猛は、嫌な予感が的中したのを感じ取って歯ぎしりをする。向こうは明確な意図を持って、彼らを襲ったのだ。
「で、いない彼が」
猛が切り込むと、琥太郎が苦笑いをした。
「そうだ。副長官が適合者だった」
「長官をさしおいてですか?」
「それを言うなら、総理をさしおいてだがね。長官はどうしても拒絶反応がひどくて」
「総理は?」
「いけなくもなかったがね、周りが止めたんだよ」
「顔に出るからですか」
猛が聞くと、琥太郎はうなずく。
「その通りだね。本人はやるとおっしゃったが、公式行事に死にそうな顔で参加されても困るし」
我が国にも面子ってものがあるからねえ、と琥太郎は肩をすくめる。
「しかしそのおかげで、総理自身はご無事だった。不幸中の幸いでしょう」
「君がそこまで彼を買っているとは思わなかった」
気を紛らわせたいのか、今日の琥太郎はしきりに軽口をたたく。猛はそれに付き合った。
「そうじゃありませんよ。一から選ぶとなると手間ですし、妙にくせが強いのは勘弁です。戒厳令が出してもらいにくくなる」
軍に権力が集まる戒厳令。ここに呼ばれた時から、猛はそれを提案するつもりだった。頑なに拒否する政治家も多いため、まだ押せばなんとかなりそうな首相に続投してもらいたい。
「残念だが、簡単にはいかないよ」
「どうして?」
「意見としては出ているが、総理がかなり悩んでおられてねえ。どこかから圧力がかかったらしい」
「それを馬鹿正直に飲み込まないで欲しいのですが……」
猛が呆れると、琥太郎が咳払いをした。
「このままではどうにもならないよ。だから私は、龍之介が君を呼びたいと言った時、反対しなかった」
「なるほど。説得しろと」
ようやく話が本題に入った。猛はわずかに拳を握る。
「与党内の調整は?」
「すでに済んでいる」
流石に顔の広い事務次官、そこのところは抜かりなかった。
「そういうことなら、すぐにでも」
「悪いね、休暇中に」
「万が一ということもあります。動けるうちに、やれることは全部やっておきたい」
「……そうだな」
ここでようやく琥太郎が扉を閉めた。一時的とはいえ、日常が戻ってきたことで猛はほっと息をつく。
琥太郎は足早に総理を呼びに行ってしまったので、猛は一人で柱にもたれかかった。
「ずるいぞう」
「うわっ」
いきなり幽霊のような青白い顔が現れて、猛は声をあげた。しかし、見覚えがある。
「……龍か。びっくりさせないでくれよ」
「びっくりしたのはこっちだ。だってあのし、し、し」
死体、と口にすることすらおぞましいらしい。龍之介は大きく左右に首を振る。また吐かれてもかなわないので、猛は話題を変えることにした。
「今までどこにいたんだ」
「ずっと廊下にいて、お前と親父の話を聞いてたよ」
龍之介にしては殊勝な態度である。
「ほう、なら大体の流れはわかったな」
「さっっっっっぱりわからん」
そんなことを自信満々で言い切られても困るのだが。
「かなりつっこんだ話をしたと思ったが……おじさんからなにも聞いてないのか」
「うん! すげー話っぽいよな! 知ってたら絶対、みんなに自慢してやったのになー!」
琥太郎が口をつぐんでいた理由が、痛いほどわかった猛であった。
「なあ、詳しく教えてくれよ。どーせもうここのオッサン共は全員知ってるみたいだし」
龍之介がオッサンオッサンと連呼するせいで、猛にまで冷たい視線が降り注ぐ。
(……おじさんが戻ってくるまでやることもないし、ちょうどいいかな)
ついに根負けして、猛は口を開いた。




