表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
故郷のための栄光
512/675

君と握手

「……おい。おるのじゃろ? そこに」


 さらに次の日、みやこは座敷に踏み入った。中はしんと静まりかえり、何の返事もない。


「おいー」


 都は煙管きせるをつまみ、軽く左右に揺らしてみた。さらに、とどめとばかりに穴のところを指でふさいでみる。


 すると、煙管の胴が丸く膨れ上がった。おそらく、狐は機嫌を悪くしている。


「突然すまん。しかし度重なる無礼をしたのでな、きちんと詫びたいと思うたのじゃ」


 都が言うと、煙管の膨らみがすっと消えた。


「お主の気持ちも知らず、勝手に押しつけてばかりで悪かったの。──早う主様が起きると良いな」


 狐がいつも半分残すのは、主である飯綱いづなのため。彼が目を覚ましても大丈夫なように、ずっと気を張っていたのだ。


 狐が皿を飯綱の枕元まで引いているのを見て、都はそれに気づいた。


「都に怒っておったのも、せっかく残しておいたものを片付けてしまうからじゃな」


 そう言いながら、都は煙管の穴から指を離す。


「しかし、お主もちっとは悪いのじゃぞ。持っていかんでくれと口にしてくれれば、都も無体はせぬ。これからはそうしてくれ」


 煙管に向かって、都は願いを伝える。すると狐が、煙管から頭だけを出してきた。


「面妖な」

管狐くだぎつねにとっては当たり前のことだ。いちいち騒ぐな、人間」


 むくれた顔で狐がつぶやく。声を聞くと、雄だとわかった。


男子おのこであったか」

「悪いか」

「ずいぶんかわいらしいのでな。特に尻尾とか尻尾とか尻尾とか」

「欲望丸出しで迫ってくるなっ」


 都が伸ばした手を、狐はすり抜ける。しかし、今までのように消えようとはしない。


「妖怪相手に頭を下げる人間も珍しい」

「そうでもなかろう」

「大抵は一方的に怒る」

「都をそんな者と一緒にするでない。怒るとしたら……」


 腕を組み、しばらく都は考えた。


「食い物が粗末にされた時、かのう」


 都としてはこの上なく真面目に答えたのだが、狐はぽかんと口を開けている。そしてたっぷり数十秒はたってから、大声で笑い出した。


「そこまで笑うとさすがに無礼じゃぞ」

「心底怒るのがその程度か。幸せな奴だ」

「『その程度』ではない。例えばこの油揚げ」


 都は油揚げを指差した。すっかり色が悪くなって、酸っぱい匂いを放っている。


「農家は原料の大豆を作る。豆腐屋は朝早く起きて大豆を豆腐にし、油揚げにする。そしてそれを別のものがうちまで運ぶ。それだけの手間をかけて、ようやく都が食えるのじゃ。無駄にされて何も感じぬ輩のほうがおかしい」


 都が怒ると、狐は皿を見つめる。


「……ちびは知らないだろうが、先の戦の原因も突き詰めれば食い物だったらしい。俺は鞍馬で贅沢をしすぎたかもな」


 彼はさらに言う。


「お前の言うとおり、一言理由を告げておけば済む話だった。俺が大人げなかったな」


 狐はため息をもらす。今なら話を聞いてくれそうだ、と判断した都はこう切り出した。


「お主が一人で食える大きさを教えてくれぬか。主様の分は、目覚められたら必ずお出しするゆえ」


 しばらく考えた後、狐はうなずいた。


「わかった。──それと」

「ん?」

「俺の名前は、退紅(あらぞめ)だ。今度からそう呼べ」



☆☆☆



 疾風はやてが正式に恭順を申し出ると、思った以上に天逆毎あまのざこは喜んだ。その足で、配下の妖怪たちの元へ連れて行かれる。


「一番頼りにしている四体は、ここにいないのですがね。戻ったら引き合わせましょう」


 天逆毎は残念そうに言うが、疾風は内心で「助かった」としきりにつぶやいていた。


 この前の月影つきかげぬえだけであんなに疲れたのだ。その倍の有力妖怪に囲まれるなど、考えただけで背筋が凍る。


 天逆毎がやってきたのは、京から離れた山奥であった。木をなぎ倒して作った広場で、地元の妖怪たちが酒を飲んでいる。


 彼女はわざと大きな足音をたてながら、宴会に割って入った。妖怪たちが一斉に口をつぐむ。


「皆さんに良いお知らせを持って参りました」


 そこで疾風は、無理矢理妖怪たちの前に押し出された。


「鞍馬の鬼一殿が、先日お隠れになった話はしましたね」


 妖怪たちの顔に悲しみの色は浮かぶが、驚いた様子はない。天逆毎から聞いているようだ。


(勝手なことを)


 里は、自分たちが不利にならないようあえて隠していたのだ。配下とはいえ、何の断りもなく公表してよい話ではない。疾風はできるだけふてくされた顔を作って、その場に立っていた。


「しかし、そのご子息の疾風殿はこうして無事でおられる。そしてこの度、一族総出で我らに協力してくださることになった」


 天逆毎がそう言うと、一拍遅れて歓声があがった。


 疾風は唾をのみ、目の前の妖怪たちを見つめる。全員、これ以上ないまでの喜びようだ。父や里の者たちが築いてきた評判とは、こんなに大きなものだったのか。


「不本意な死を遂げられたお父上にかわり、若き力がこれからの道中を導いてくださるでしょう。では、再び宴を楽しんでください」


 疾風がぼうっとしているうちに、再び背中を押される。今度は、さっきより強かった。戻ろうとすると、その前に妖怪たちにとり囲まれる。疾風もこうなると、無下に断れなかった。


「ささ、ま、一杯」


 真っ先に近づいてきたのは、橙色の炎の塊だった。油坊あぶらぼう、と呼ばれる灯火の化身である。 彼に勧められるままに、疾風は杯をあけた。……生ぬるい。


「おや、暖まっておりましたか」

「火の玉の側にあったからな」

「……考えてみればそうでした」

「ま、気にするな」

「おお、良かった。しかし、お父上はお気の毒でした」


 疾風の胸が、ちくりと痛む。時間がたっても父の死はこたえたし、油坊の言い方にもひっかかるものがあった。


 彼が悪意から言ったのではないことは、十分に分かっている。それでも何かの芽が、疾風の中で頭をもたげた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ