一日後 神託
横にいる東堂さんが、しわがれ声ながらも、柔らかい口調で言う。
「青村さんは、タヌキ女と言われたことに、深く傷ついたみたいだけど――、でも、その、口の悪い男子が、どうして、青村さんに向かって、そんなふうに、容姿を侮辱する発言をしたのか、よく考えてみたら、どう?」
「えっ――。それは、あの、あたしのことが憎くて、だから、そ、その……、あたしが、一番、傷つくようなことを言ってやりたい、っていう、強烈な悪意があったからとしか――」
「違うわよお。逆よ、逆――。その男子はね、青村さんのことが、可愛くて可愛くて仕方がないのよっ。要するに、好き、ってことなの」
「えええええぇぇっ!」
摩希は、思わず、大きくのけ反ってしまった。
あの岩津予義也は、あたしのことが、好き――!?
嫌だ、そんなの……。
その時、着席している村人たちの間から、女性の声が上がった。
「青村さんの話を聞いていて、あたしも、そう思いました!
その男子は、青村さんに好意を抱いてるけど、自分じゃあ、釣り合わないことが、よくわかってるから、悔し紛れに、常日頃から、青村さんの容姿の、粗探しをしていたんでしょうね。
それで、ようやく発見した欠点――、というか、欠点でもなんでもない、丸みを帯びた顔、という特徴から、タヌキっぽいイメージを持っていて、今日、たまたま、そんな言葉を口走っただけですよ!」
さらには、別の女性も、その発言に同調する。
「うんうん! つまりね、その男子からしたら、青村さんは、高嶺の花すぎて、ついつい、いじけちゃうってこと。
高等部くらいの年頃の男子って、そういう奴、けっこう多いから、気にしないほうがいいよ! むしろ、哀れだなぁーって思いながら、冷ややかな目で見下してやればいいの!」
摩希からしたら、岩津予義也などに好かれるというのは、迷惑千万な話だ。しかし、その反面、心の痛みが和らいでいくような、嬉しい戸惑いを覚えているのも、また事実だった。
「で、でも……、あたしなんかが、そっ、そんな、高嶺の花だなんて……、にわかには信じられないと言いますか……、あたしより可愛い子なんて、いくらでもいますし、あたし、正直なところ、自分に、自信が持てないんです……。
それに、それにっ……、あたしの容姿を侮辱した時の、その男子の目は、明らかに、憎しみに満ちていて――」
そして、悩める少女、青村摩希に、グネルド教の偉大なる東堂司祭から、神託が下されたのだった。
「まったくもう――、青村さんは、どこまでも謙虚な女の子なんだから……。青村さんのような、非の打ち所のない美少女の容姿を、侮辱するなんて、そんなのもう、好意の裏返しに決まってるじゃないのお。
可愛さ余って憎さ百倍っていう言葉が、あるでしょう? その男子はね、まさに、そういう病的な心理状態におちいっちゃったに過ぎないの。だから、もう、悲しむのは、およしなさい」
非の打ち所のない、美少女――?
そうか。そうだったのか。
たしかに、自分は、これまでに、多くの人たちから、美人だ、美人だ、と言われてきた。だが、そんな彼ら彼女らの言葉は、とても額面通りには受け取れなかった。丸顔であることにコンプレックスを持っており、そのせいで、容姿のことに関しては、言うならば、殻に閉じこもっている状態だったのかもしれない。
しかし、今、その殻を、突き破れるような気がしてきた。
摩希は、勇気と自信を与えてくれたことに対する、深い感謝の思いから、東堂さんに向かって、両手を伸ばした。
東堂さんは、そのしわしわの手で、摩希の両手を、しっかりと握り返してくれた。
そのとたん、あたかも、魂が入れ替わっていくような、得も言われぬ感覚に包まれ、摩希は、知らず知らずのうちに涙を流していた。
今度は、着席している村人たちのうち、男性陣からも、応援の声を受ける。
「そうだよ、そうだよぉっ! 青村さんは、この村で、一番の美少女だってっ!」
「もし、次、青村さんが、そのクソガキから、傷つくようなことを言われたらとわかったら、おれが、学校に乗り込んでいって、そいつを、ブチ殺してやらぁぁぁぁっ!」
摩希は、滂沱の涙で濡れた顔を、さらに、くしゃくしゃに歪めながら、村人たちのほうに向き直った。
「今日ほど、皆様方の仲間であることを、誇りに思えた日は、ございません! 皆様方も、それぞれ、とてもつらい悩みを抱えているはずです! にもかかわらず、こんな、あたしの話に、耳を傾けてくださり、本当に、ありがとうございましたぁぁっ!」
もはや、丸裸になったつもりで、恥も外聞もかなぐり捨てて声を張り上げ、深々と腰を折る。
すると、建物内には、割れんばかりに拍手が湧き起こった。
それから、およそ一時間半後、摩希は、グネルド教の教会を出た。
今度こそ、自宅へと足を向ける。
なんにせよ、今日は、教会で、つらい胸の内を吐露してよかったと、しみじみ思う。教会に寄らずに家に帰っていたら、自分の心は、どうなっていたかわからない。




