【魔導】から、【魔法】へ
無辺、際限のない寥廓だけが広がる、暗いけど視界のあるどこか。空虚、空間の無量大数。風の触覚、土の温度、空気の匂い、命の気配といった現実の証明はただ一つとして存在しない、だから現実的な音も、景色も、生の実感も、何一つとして無い、けれど空間として成立しているスケールの中に、スケールだけがただ把握できるその中に、ぽつねんと独り、放り込まれる感覚。
やがて、次第に……低く響く金属音みたいな虚無の音が、不気味に反響しているのが聞こえてくる……。そして、絶えず誰かに視られていることに気付く、誰かなんて何者として、いないのに。
そのような感覚を経た後に――あの奇妙な泥に似た空間に浸かっていることを思い出し、寥廓、独りで空間に放り込まれた実感、虚無の音と、絶えず誰かに視られているような感覚が、その世界に肌が触れている実際感覚として鮮明に知覚されて、虚無と絶望で埋め尽くされ、真の孤独に隔離された俺を狂わせる。
――――どう、向き合えばよかったのだろう。
なにをどう考えても地獄だった。
なにより辛いのは、両親が俺の異常によって、気後れするように、困ったり、悲しんだりするかもしれないこと――なんて、その現実的な苦悩にすら立てない邪悪。抜け出そうともがけど、その地獄のような感覚に、一生拘泥される、現実へ目を向けられない。
……永遠と思われた、曰くの一生涯が終わって、現実へ目を向けられた新しい生を迎えられたのは、ひょんなことからだったな。織枷校長とはそのことから、レーヴィア高等魔導学校の校長という枠から外れた形で、知り合えたのだが……。
あれは本当にひょんだった。蜜凪の母、愛架さんに初恋したんだ……。それを知られているから、織枷校長との関係には微妙な心地を覚えることがある……。
あの時は本当に凄かったな、光が射し込んだみたいで。ただ、それで俺の魔法の地獄が終わるかというと、そんなことはなかった。現実の光を知ったというだけで、変わらず、それはいつも隣にあるのだ。
あの初恋は無残だったな。でも、数少ない、褪せない大切な思い出だ。
もし……俺に刻まれた、闇の奥を視せる魔法がなければ、それが本当にかけがえのない、大切な光であることに、気付けただろうか?
だから、懸命できた。光の尊さを知り、それに懸命することができたという人生を刻むことができた。それは、リティエルリに出会ったこともそうだ。あの時間が掛け替えのないものだと気付き、懸命して、悔いの残らないよう彼女との時間を過ごすことができた。あんなに、楽しく――。
光に気付かせてくれる魔法。
光が、どれだけ尊いか、それに気付かせてくれる……それもまた尊い魔法。そのための試練を課す魔法……。
なんのために?
――心臓が縮小するような畏怖を抱きながらも、それでも寄り添うつもりで、常闇の向こうの泥に、思えば初めて……自ら触れる。
纏わり付くばかりだった泥が、少しだけ、その意味を変質させる。
それまで地獄であっただけの拘泥世界が、少しだけ、魔法として俺に近づいた気がした。
尊さに気付かせる試練。――なんのために?
「力を貸して」
いや、違う――。
「力になって」
それも違う。
常闇の向こうの泥に、手を伸ばしていた。
「――今、お前が、俺に刻まれた魔法だと知った。俺はお前で、お前は俺、そしてお前という境界は存在しない、最たる隣人の存在。俺はそれを知った、だから。――――魔法になって」
――――浮上する。
尊い光の方向を目指して。その光を、悉く、壊さないために。
この手には、彼女が創生した剣の柄にあった熱が、未だ褪せず感じられていた。




