第三十話
エインが生まれ変わる前に比べれば、ほぼ全ての魔法技術が劣っていると言える「現代」。
だが、部分的にではあるが、当時に近い水準を保っている魔法もあった。
回復魔法である。
エインも及第点を出す程度のレベルの物が教会などが保有する形で残っており、発展に大きく貢献していた。
おそらく、古代文明が滅びたてほやほやでポストアポカリプスっていた頃、他は兎も角として回復系の魔法だけは重要なものとして残ったのだろう。
と、エインは推測していた。
文明崩壊でのサバイバルの中、回復魔法の使い手と言うのは貴重なはずである。
かなり丁重に扱われ、一種の特権階級化していったはずだ。
その中で知識の独占なども行われたと考えられる。
「現代」の治療魔法の最大大手が「宗教団体」な所から推測するに、ある時期に「回復魔法の使い手たち」が「宗教」に取り込まれたのか。
あるいは自分達で「宗教」を作り上げるかしたのだろう。
そうすることで回復魔法の知識を特権化していき、今の「教会」が形作られて行ったのだ、と言うのが、エインの今の予測である。
まあ、また別の情報が入ってくれば結論は変わるだろうし、あくまで「こんな感じかのぉー」という想像、妄想の域をでないのだが。
教会が特権的に回復魔法を使っている「現代」ではあるが、悪い事ばかりではない。
彼らは安定的に、どこの土地にでも回復魔法が使える人材を派遣してくれている。
ド辺境地帯であるエルドメイ家の領地にまで司祭が居るのだから、相当な事だと言えるだろう。
さらに彼らは、国から戸籍の管理も委託されていた。
生まれたばかりの子供に洗礼と、人別を与えるのだ。
普通、文明がかなり進んだ状態でなければ、生まれたばかりの子供に戸籍など与えない。
乳児と言うのは死亡率がかなり高く、生存率は医療技術に比例して上がっていくものだからだ。
にもかかわらず生まれたばかりの乳児に戸籍を与えているのは、教会が回復魔法の技術を有しているからである。
驚くべきことに、「現代」の乳児死亡率は、それほど高くはない。
なかなかの高確率で、乳児は大人に成長することが出来た。
教会、そこに所属する聖職者達が使う、回復魔法のおかげである。
言ってしまえば、教会は人々の命を握っていると言って良い。
子供の生き死にもそうだし、大人になってからもその生死に大きく影響を与える立場なのだ。
そして、それを使って特権を得ることにためらいが無い。
エインの時代では「医は仁術」などと言って、医者は高給取りではあっても「特権階級」という事は無かった。
まぁ、元議員とかになった連中は別なのだが。
それは兎も角。
医療と人別管理という二つの強力な特権を持つ「教会」は、多くの人にとって祝福であった。
しかし。
その恩恵に預かれない人間と言うのも、少なからず存在する。
人別を持たない者達だ。
そういった人間が出る理由は、いくつかある。
乳児の間に、教会での洗礼を受けられなかった。
洗礼を受ける費用が用意できなかったり、両親が人別を持っていなかった。
元々は人別を持っていたが、理由があって失ってしまった。
他にも、様々な場合がある。
共通しているのは、そう言った者は人として扱われない、という事だ。
ギキアは王都のスラムに生まれ育った。
人別を持っておらず、人として扱われない階級である。
おそらく、両親もその階級であり、それゆえに金が無かったのが原因だろう。
詳しいことは分からない。
何しろ、母親はギキアが幼い頃に蒸発し、父親もそれから少ししてから路上で死んでいるのが見つかっている。
ただ、天涯孤独という訳では無い。
一人だけ、幼い妹が居る。
ギキアはこの妹のことを、とても大切にしていた。
学が無く、直ぐにカッとなる性質のギキアとは違い、とても頭が良くて器量も良い。
きっと、良い将来が待っているはず。
それがどんなものかギキアには想像もつかないが、明るい未来があるはずなのだ。
自分なんかとは、出来が違うのだから。
しかし、この世と言うのは理不尽なものである。
ギキアの妹は、体が弱かった。
いつも咳をしていて、身を起こすのも辛そうな日もある。
何とか元気をつけさせようと、ギキアも何とか頑張った。
とは言っても、学のない孤児にできることなど、たかが知れている。
顔見知りを手伝って小遣いをもらうか、捨てられたものを拾い集めて売るか。
あるいは、どこかから盗みを働くか。
兎に角、妹に何か食べさせて、元気をつけさせなければならない。
幸いなことに、寒さの方はさほど心配がなかった。
父親から引き継いだ隠れ家は、雨風の心配がない場所だし、ここは王都。
捨てられたぼろきれなどを集めるのは、さほど難しくない。
食べ物を、体が元気になる様な、食べ物を。
焦る気持ちが、油断を生んだのだろう。
ギキアは普段ならば信じられないようなドジを踏んでしまった。
盗みを働いた先が、犯罪組織に所属している店だったのだ。
スラムでは、絶対に手を出してはいけない相手である。
ギキアの犯行を嗅ぎつけた犯罪組織の動きは、凄まじく素早かった。
あっという間にギキアを捕まえると、拠点の一つに連れ込んだ。
とりあえずと言うようにボコボコに叩きのめすと、さてどうするか、と言うように相談を始めた。
殴る蹴るの暴行を受ければ、普通ならば何も考えられなくなるところだろう。
だが、スラムで生まれ育ったギキアは、暴力慣れしていた。
振るう方にも、振るわれる方にもだ。
スラムで生きるという事は、暴力に慣れ親しむことと同義である。
一見派手にやられたように見えるギキアだったが、どうしようもなくなる様な大きな怪我は器用に避けていた。
今はぐったりとしているものの、少し休めば動けるようになる。
そうしたら、隙を突いて逃げることもできるかもしれない。
犯罪組織の構成員達の様子をうかがっていたギキアだったが、どうも話の雲行きが怪しくなってくる。
「鉱山労働者? ガキなんか送っても意味ねぇんじゃないですかい?」
「ガキはガキで使い出があるんだよ。狭い所に潜り込ませたり、雑用やらせたりな」
「なるほど。じゃあ、それなりの値段で売れるってわけですね?」
「そういう事だな。こいつが盗んだ損害の補填にゃちょうどいいだろ」
そんな訳あるか、どれだけ余分な金稼ごうとしてるんだこの業突く張りが。
叫びたいところを、グッと我慢する。
盗みがばれたとしても、大抵は軽く袋叩きにされるか。
悪くても半殺しと言ったところである。
だが、この連中はそうではないらしい。
人身売買なんぞ、普通なら思いついても実行できない手段である。
この国にも、警察組織はあった。
そういう連中は、たとえ人別を持たない人間であろうが、犯罪組織が勝手にそれを売り買いすることを、極端に嫌う。
何しろ、国にとって奴隷売買と言うのは、大きな収入源なのだ。
犯罪奴隷、戦争奴隷、借金奴隷。
そう言ったものの扱いを一手に牛耳ることで、大きな利権を得ている。
奴隷売買に手を出すというのは、すなわち国の利権に手を出す、という事であった。
当然取り締まりは厳しく、それをすり抜けようとすれば相当なコネと金が必要になってくる。
この犯罪組織は、どうやらそれらを持ち合わせているらしい。
ギキアは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
適当に殴られて、そこらに放り投げられる程度ならば問題ない。
それまで耐えるか、途中で隙を突いて逃げるかすればいいだけだ。
しかし、売られるとなると話が変わる。
自分の事は正直どうでもいい。
奴隷としてどこかに売られたとしても、生きていくことは出来るだろう。
問題は、妹である。
幼くて病気がちな妹は、自分が居なくなったらどうなってしまうのか。
自分とは比較にならないぐらいに頭がいいので、恐らく生きていくことは出来るだろう。
それでも、相当な苦労をするに違いない。
できるならば、妹には何の苦労もさせず、伸び伸びと育ってほしい。
本当に、本当に頭がいい子なのだ。
きっとなにか、やりたいこともあるに違いない。
自分なんかと違って、未来もあれば夢もあるはずなのだ。
少しでも、その助けをしてやりたい。
鉱山なんぞに売られたら、それが出来なくなってしまう。
何とかしなければ。
どうすればいいのかまるで思いつかないが、何とかしないといけない。
ギキアは、自分は頭の悪い部類の人間だと思っていた。
こういったときに、素晴らしいアイディアで切り抜ける、といったことが出来るタイプではないのだ。
だとしても、何とかしなければならない。
何かヒントは無いかと、体を起こして周囲を探る。
少し前、何かあるとすぐに慌ててしまうギキアに、妹がこういったのだ。
困ったら、まずは周りを見回してみるといいよ。
助けになるものって、案外近くに会ったりするから。
もし見つけられなかったとしても、落ち着くのにはちょうどいいだろうしね。
妹の言う通り、ヒントは無いかと探すうち、ギキアは段々と冷静さを取り戻し始めていた。
おかげで、奇妙な足音が近づいてくることに、気が付くことが出来たのだ。
よくよく注意しなければ一人分にしか聞こえないほど、正確に重なった二つの足音。
そして、何か大きなものを引きずるような音。
ここでギキアは、強烈に嫌な予感を覚えた。
自分の頭の出来は酷いと自認しているギキアだったが、こと第六感。
いわゆる勘働きには自信があった。
これがあったお陰で、今まで生きてこれたと思っている。
ギキアは痛みを必死で堪え、這いずりながら手近な荷物の陰に体を隠した。
足を引っ張り、体を丸めたのと、ほぼ同時である。
爆発音。
突然壁が吹き飛び、犯罪組織の連中はそれに巻き込まれて地面に転がった。
ギキアは両手で頭を押さえつつも、必死に状況を確認し続ける。
アレだけのことが出来る相手ならば、只管身を隠しても無駄だ。
隙を突いて逃げた方が良い。
ギキアの勘が、そう叫んでいた。
多少無茶でも無謀でも、とにかく状況を確認しなければ。
この判断のせいで、ギキアは恐ろしいものを見ることとなった。
ギキアが捕まって袋叩きにされていたのは、犯罪組織が持っている倉庫の一つであった。
レンガなどで作られているようで、かなり頑丈そうに見える。
その壁に穴を開けて中に入ってきたのは、人形のように整った顔立ちの二人の少年であった。
まるで作り物めいた端正さであり、どちらの顔も寸分たがわず同じつくりである。
皮革か金属か、真っ黒なよくわからない素材で作られた、全身に密着した薄手の皮鎧のような物に身を包んでおり、それもどちらも全く同じ。
恐ろしく端正な同じ顔をした少年が、同じ奇妙な形の服を着て、同じようなまったくの無表情で並んでいる。
その二人が、壁を壊し、歩いて倉庫の中に入ってくる。
無事だった何人かが、声も上げずに襲い掛かっていく、が。
全員が、まるで転ぶように倒れこんだ。
「ひっ?!」
何事かと首を伸ばして倒れた連中の姿を確認したギキアは、思わず短い悲鳴を上げた。
全員、片足の膝から下が無くなっていたからだ。
よく見れば、切断されたらしき脚が地面に落ちている。
一体何が起きたのか、まるで分らない。
ただ、これをやったのがあの二人だという事だけは、察することが出来た。
奇妙な変化は、これだけで終わらない。
叫んだり、逃げようとしたり、あるいはいまだに二人を攻撃しようとしたり。
それぞれの行動に出た連中の腕が突然、ボトリと地面に落ちたのだ。
脚の時は何が起こったのかまるで分らなかったギキアだったが、今度はある程度確認することが出来た。
あの二人が手を伸ばした途端、腕が落ちたのだ。
「いや、何もわかってねぇじゃねぇか」
思わず自分で突っ込んでしまったギキアだったが、実際そうだったのだから仕方ない。
二人はのたうち回る犯罪組織の連中を眺めながら、人形染みた無表情で倉庫の中へと歩を進める。
その後ろから、別の足音が続く。
「班長は派手にやっていいと言いましたが、壁に穴をあけてどうするんですか。あとで私達が使うかもしれないのに」
神経質そうな顔立ちの、長い黒髪の女性。
「あーあぁ。これ、ホントに死なないの? 確かに見た目あんまり血とか出てないけどさ」
どこか柔和そうな好青年然とした男性が、苦笑交じりに言う。
「大丈夫なんじゃないの? ほら、なんか悲鳴上げたりガン飛ばしてきたり。元気そうでしょ?」
胡散臭そうな顔の、どこかニヤついた顔の中年男性。
最初に入ってきたものも合わせて、合計で五人。
全員が、最初の二人と同じような服を着ている。
最後に入ってきた中年男性が、「はいはい」と言いながら注目を集めるように手を叩く。
「さっさと終わらせちゃお。皆も早く村に帰りたいだろ。お話合いの支度して」
気楽そうなその言葉に、他の四人は鋭く「はっ」と返事をする。
どうやら、中年男性が五人のまとめ役のようだった。
全員が動き出すのを、ギキアは息を殺して見守る。
だが、やはりうまく隠れられていなかったのだろう。
同じ顔をした少年二人が、突然ギキアの居る方に顔を向けたのだ。
悲鳴を上げそうになるのを何とか堪えるが、あまり意味はなかった。
同じ顔の片方が片手を上げると、ギキアが身を隠していた荷物が、何かに切り刻まれるようにバラバラと崩れ始める。
「ひぃいいいい!?」
ひきつった悲鳴を上げるギキアを、同じ顔の少年二人はじっと見据えた。
「組員以外の人間のようです」
「攫われてきたのです?」
「攫われてきたかもしれないです」
「かわいそうです」
「怖がっているようです」
まったく同じ顔で、まったく同じ声。
流れるような二人の言葉とその行動に、ギキアはすっかり震え上がった。
それを見た中年男性が、苦笑いしながら頭を掻く。
「いや、お前らを見てビビってんのよ」
「僕達をです?」
「何故です?」
「あ、いや、そうです」
「言われてみれば怖いかもです」
「目の前でヤクザを刻みましたですから」
納得したというように頷きながら、同じ顔の二人はギキアに近づいてくる。
震えて動けないギキアの両脇に腕を通すと、引っ立てるように中年男性の前へと連れだした。
「この子供、どうするです?」
「ターゲットでないです」
「そのあたりに放り出すです?」
「口封じです?」
「やめとけやめとけ。怖がっちゃうでしょうが」
苦い顔をする中年男性だったが、どうしようかと言うようにギキアの顔を覗き込む。
その時、横から黒髪の女性が声を上げた。
「ちょっと待ってください。その子、当たりみたいですよ」
「あらら。ホントに? 数値は」
中年男性が尋ねると、黒髪の女性は手の甲辺りを指で叩いた。
それを確認した中年男性は、自分の腕を持ち上げて、手の甲を見る。
「なるほど、なるほど。こりゃチンピラの人達は後回しだわ。エイン様につないで」
同じ顔の少年の片方が「はいです」と返事をすると、近くの壁に向かって手をかざした。
すると、壁の一部が発光し始める。
その光が作り出したのは、如何にもぽやっとしたような、柔らかそうな顔立ちの少年だった。
少年はぎゅっと眉間に皺を寄せると、とても可愛らしい声を発する。
「なんじゃぁ! 折角人が寝ようとして居ったと言うのに! 何事じゃぁ!」
声は可愛らしかったが、内容は全く可愛らしくなかった。
ドスを利かせているはずなのに欠片も利いていない少年の声に、五人は膝を付いて首を垂れる。
代表するように顔を上げたのは、やはり中年男性だった。
「いえね、中々の数字を出した少年が居たもんで」
「ふぅむ? お主等、兄上の手伝いでチンピラをぶちのめしに行ったのではなかったのかのぉ? 事務所に襲撃をかけると言って居ったじゃろ」
「そうなんですよ。そしたら、その途中でこの少年を見つけまして」
中年男性が、ギキアを指差す。
可愛らしい容姿の少年が、ぎろりとギキアを睨んだ。
見た目とは反するその奇妙な迫力に、ギキアは言葉を発することもできず息を飲む。
少年はギキアを数秒見た後、大げさに顔をしかめた。
「なんだってこんな少年が犯罪組織の所有する建物に居ったんじゃぁ! 怪我だってして居るし! と言うか、何考えとるんじゃお主等! さっさと治してやらんか!」
少年が言い終わるよりも早く、ギキアの体に変化が起こる。
ずうっとあったはずの痛みが、ウソのように引いていくのだ。
慌てて体を確認すると、アレだけあった傷がまるでなくなっていた。
それどころか、体のあちこちにあった古傷もなくなっている。
切り傷の痕や火傷痕なども、すべてがきれいさっぱり無くなっているのだ。
「うっ、え? なんだ、これ」
「魔法で傷などを直しました。そこに映し出されたお方に感謝しなさい」
声に反応してみると、黒髪の女性が自分に手をかざしているのが分かった。
どうやら、彼女が魔法を使ったらしい。
しかし、こんなに一瞬で、こんなに簡単にありとあらゆる傷を治す魔法なんて、おとぎ話や伝説の類だ。
実際に存在するなんて、聞いたことすらない。
「よいわい、そんなもの。そんな事よりも、じゃ。わしはエイン。エイン・エルドメイじゃ。田舎貴族の次男坊でのぉ。そこに居る五人は全員わしの手の者なんじゃが、故有ってそこのチンピラ連中をキャーン言わせるためにカチコミして居ってのぉ。その場所に、おぬしがたまたま居った訳なんじゃが。流石に連中の仲間、では無いじゃろう?」
「違いますっ! 全然、関係ないですっ!」
ギキアは、とにかく自分の頭の出来に関して自信がまるでなかった。
だが、こと勘働きに関してだけは自信があり、それのおかげで今まで生きてきたと思っている。
その勘が、「この人には逆らうな。取り入れ」と叫んでいた。
エインと名乗った少年は、「そうじゃろうなぁ」と頷くと、中年男性の方へ顔を向ける。
「それで? この少年がなんじゃって?」
「ここに来たら、さっきみたいな傷だらけの状態で転がってまして。数値を測ってみたところ、それなりの結果だったもんでね? 兎に角エイン様にご相談しよう、と」
「こっちの事情も説明なし、向こうの事情も聞いてない。ってことかのぉ? せっかちな連中じゃなぁ。データは?」
「送ります」
黒髪の女性が指を動かすと、エインは「どれどれ?」と板状の金属を持ち上げ、それを覗き込んだ。
「なるほど? 確かに面白いのぉ。詳しく調べてみなければ何とも言えんが。少年」
「はいっ!」
食い気味に返事をしたギキアに、エインは目を丸くする。
「元気でよいのぉ。実はな、わしは今、部下を募集して居ってね。もちろん事情は状況を確認した後になるんじゃが、お前さん興味はあるか」
「ギキアと言います! どんなことでもします! 子分にしてくださいっ!」
ギキアは地面に這いつくばり、地面に頭をこすりつけた。
正直、自分でもなんでこんなことをしているのか、理由はよくわからない。
純然たる直感、ここしかないのだと全力で勘が叫んでいるのだ。
「決断が速い! ううむ、いや、おぬしの立場とかもあるじゃろうし。わしの部下になるってことは、うちの領地に来ることになるんじゃが」
「スラムで生まれ育って、人別もありません! 両親も居ませんし、住む場所だっていつでもどうにでもなります! ただ、一つだけ、お願いがあります!」
「いや、じゃからまだそんな簡単に決まるようなことではないんじゃって、って、なんじゃね。お願いって」
「妹が一人います! それも、連れて行っていただきたいんです!」
「ああん?」
妹、という言葉に、エインは大きな反応を示した。
ぐっと眉間に眉を寄せ、目を細める。
「面倒を見て居るのかね?」
「はい! すんごく頭がいいんですが、体が弱いんです! でも、いまよりもいいモノを食べて、良い場所で体を休めれば、きっとよくなるんです! 俺なんかとは出来が違うんです、何とかしてやらないといけないんですっ!」
エインはしばらくギキアをじっと見据え、盛大な溜息を吐いた。
「とりあえず、その妹さんとやらの具合を見てやるんじゃ」
エインの言葉に、中年男性がニヤリと笑った。
頷きながら「承知しました」と言うと、長髪の女性に顔を向ける。
「その子、ギキアの妹さんの所まで行って、治療してやって。ついでに、状況やら事情の把握もね」
「はっ。ギキア、と言いましたね。とりあえず外にでます。ついてきなさい」
「え、あっ、はいっ! エイン様、失礼します!」
エインに向かって頭を下げると、ギキアは慌てて、外へ出ていく長髪の女性の背中を追いかけた。
部屋から出ていくギキアを見送ると、エインは盛大に溜息を吐いた。
そして、チュアランの事をぎろりとにらむ。
「お主。はじめっからあの少年のこと知って居ったじゃろ」
「あら、お見通しです? 少し前に、面白いのを見つけたって報告が来ましてね。調べてみたら、あの子だったんですよ。で、こっちの仕事のついでに顔つなぎが出来そうだったもんで。こりゃちょうどいい、ってね」
「お主の裁量でスカウトしてよいと言って居ったじゃろうが。なんでそんな回りくどい事を」
「あの手のタイプはね、自分を拾い上げてくれた相手に忠義を感じるものなんですよ。だから、エイン様に直接ご許可を頂かないといけなかったんです」
「実体験かのぉ?」
「経験則ってやつです」
「ふむ。じゃが、そんな必要なかったかもしれんぞ。ありゃ多分、一種の超能力者じゃ。恐ろしく勘が良い、とかそう言う系統ののぉ」
「あら? 頂いた計測器からのデータでそんなこともわかるんです?」
「いや。経験則からくる勘という奴じゃよ。さて、そんな事よりも、じゃ」
エインは困ったように頭を掻きながら、地面に転がっている連中を見回した。
正直なところ、サクッと片付けてしまいたい気持ちもある。
生まれ変わる以前から荒事と慣れ親しんでいたエインは、そのあたりのことに躊躇が無い。
だが、それをしてしまうと厄介なことになりそうな気配がある。
王都で冒険者として活動していたクリフバードは、持ち前の面倒見の良さからそこら中に顔見知りが居た。
その中にいたのが、孤児院で育てられている子供達である。
孤児院に入ってくる寄付金などだけでは食べて行く事は難しく、子供達は商家や冒険者ギルドから仕事を貰い、稼いでいるのだという。
そんな子供達と知り合ったクリフバードは、荷物運びや買い出しと言った仕事を依頼したり、知り合いを通じて孤児院を支援したりしていたらしい。
知り合いになると途端に甘くなるのは、エルドメイ家の特徴なのだろう。
なんやかんやと子供達と交流を深めていたクリフバードだったが、領地に戻ることとなる。
そのことを報告に孤児院を訪ねたところで、思わぬ場面にかち合った。
ガラの悪い連中が、孤児院に因縁をつけて立ち退かせようとしていたのだ。
実によくある話で、いわゆる地上げというやつだった。
かなりガラの悪い連中だそうで、孤児院の院長や子供達は、関わらない方が良い、と言う。
当然、クリフバードは全力で関わるつもりでいた、のだが。
そこに、チュアランとその部下が王都にやってきたのである。
事情を聴いたチュアランは。
「そういう仕事ならお任せください。何しろ、元々は地上げをやっていた側だったもんで」
と、その解決を請け負ったのだ。
何しろ、元々がはみ出し者ばかりの草縄衆である。
あっという間に調べを付けて、組織の頭と幹部を拉致。
現在に至る、という訳だ。
「さて。大方話を聞いておったと思うんじゃが。改めて自己紹介をしよう、わしはエイン・エルドメイ。冒険者クリフバードの弟じゃ。ここに引きずられて来た者の中には事情が呑み込めて居ない者も居るじゃろう」
と言うより、チュアラン達が引きずってきた連中の大半が、事情をよく理解していないだろう。
何しろ問答無用で片手片足を切断し、ここまで引きずられてきたのだ。
「お主等、今地上げをして居るじゃろ? その中に、兄上の知人が持つ物件が有ってのぉ。兄上は非常に御立腹な訳じゃ」
別にそこまでではないのだが、こういう時は大げさに言った方が良い。
「じゃによって、お主等をボコボコにして、今後このようなことが無いように、と警告することにしたんじゃ、が。ぶっちゃけお主ら全員消してしまった方が話は早いんじゃよ。御覧の通り、そこに居る連中はそのぐらいの事は平気でやって退けるし、当然証拠じゃって残さん」
同じ顔の少年二人が手を持ち上げる。
すると、離れた場所に置かれていたテーブルとソファーが粉みじんに切り刻まれ、燃え上がった。
薄暗い倉庫の中を、エインの映像の光と、その炎とが照らし出している。
「じゃがのぉ、それでは駄目なんじゃよ。しばらくは静かになるかもしれんが、どうせお主等の後釜が出てくる。そうしたら、まぁーたそれを潰す? 不毛じゃ。余りにも効率が悪い。世の中効率が良い事だけが良い事では無いが、これはあまりにもオモンないし、単純にダルイ。じゃから、別の方法を取ることにする。そこのお主」
エインが指さしたのは、地面に転がっていたチンピラの一人だ。
片腕、片足が切り取られている。
「尋問に丁度いい場所が無いか、と尋ねた時、この場所を教えてくれたそうじゃのぉ。どうもチュアランは元からここを知って居ったようじゃが。そんな事はどうでも良いんじゃ。大切なのは、お主がわし達のお願いを叶えてくれた、という事じゃな。恩には礼を。大切な事じゃよな。という訳で、彼の腕を生やしてやりなさい」
「はっ」
同じ顔の少年の片方が、チンピラに手をかざした。
とたん、チンピラはつんざくような悲鳴を上げて苦しみだす。
だが、それもわずかの間。
チンピラは自分の両手を使って、体を起こした。
そう、両手で、である。
一部始終を見ていた犯罪組織の連中は、困惑や恐怖と言ったそれぞれ表情を浮かべながら、一言も発することが出来ずにいた。
多少声らしきものが漏れているものも居るが、震えのせいで意味のある言葉になっていない。
それはそうだろう。
切り飛ばされたはずの腕が突然生えてくるのを見せられれば、驚きもする。
エインが生まれ変わる前に近い水準の回復魔法が、「現代」には残っている。
だが、それはあくまで一部の話であった。
欠損した部位の高速完全再生と言ったような芸当は、ほぼ不可能。
別系統の魔法を大出力で、相当無理をすれば、数か月かけて何とか。
といった具合である。
「見ての通り。わしらはこう言うことが出来る。そして、非常に義理堅い。お願いを聞いてくれるとか、とても素晴らしい提案をしてくれるとか。そういう時、必ずお礼をさせてもらう。今のお主等には、きっと必要なお礼じゃ」
身内にはとことん甘いエインだったが、基本的には人体実験なんかも平気でやるヤバいタイプの研究者である。
この手の交渉も、お手のものであった。
結局、孤児院は地上げから免れ。
エインは王都で気軽に動かせる便利なコマを手に入れることとなったのであった。
エルドメイ家の領地にも、雪が降り始めた。
窓ガラスの向こうで降る雪にちらりと目をやり、ミィーミィは再び手元の端末に目を落とした。
地球のタブレットと同じような形状のそれは、やはり機能も同じようなものである。
ミィーミィが今いるのは、「エルドメイ発動機」の社員寮。
そこにある学習室で、春になったら任されることになっている仕事のレクチャーを受けていた。
教師役は、数体のブアウニィである。
「つまり、僕達ブアウニィが周辺を調査し、素材を回収する。その管理運営をするのが、ミィーミィくんの仕事ってわけ」
「採集作業の責任者、ってことだね!」
「でも、実際の指示には、かなり専門的な知識が必要不可欠。だから、細かな作業内容や指示内容は、僕達が提案することになると思う」
「それを許可するかしないか。あるいは、複数の提案が出された場合、どれを選ぶのか決めるのが、ミィーミィ君の仕事なんだ」
「その、それは、ええっと、ミィーミィがやる必要、あるですか?」
困惑した顔で、ミィーミィは首を捻った。
それに対し、ブアウニィ達は大仰な仕草で「当然!」と肯定する。
「僕達ブアウニィは、あくまでツール。最終的な判断をするのは、人間なんだ」
「そのために作られたのが、僕達だからね」
「うー、でもー、えーっと、でも、ブアウニィさんたちだけでお仕事した方が、いい気がするです」
自信なさげなミィーミィに、ブアウニィ達は顔を見合わせた。
無線などで情報のやり取りをしているわけではなく、本当に顔を見合わせているだけである。
それだけである程度の意思疎通が図れる程度には、ブアウニィの人工知能は育っていた。
「僕達ブアウニィにとって一番うれしいのは、僕達がお手伝いした人間が良い仕事をしてくれる事なんだ」
「それに、僕達がするのはあくまでお手伝い。何をするか決めるのは人間さんじゃなきゃいけないのさ」
「ちょっと違うかもしれないけど、こんな風に例えるのはどうだろう。コックさんが居たとして、とっても便利な調理器具がある。コンロや冷蔵庫なんかも重要だよね。そういったキッチンにあるものが、僕達ブアウニィなんだ。でも、キッチンだけじゃ料理は出来ない。そこには絶対に、コックさんが居なくちゃいけないんだ」
「いっくら包丁やまな板が良いモノでも、誰かが使わないと意味が無いからね」
「ミィーミィが、そのコックさん、ってことですか?」
「そうそう!」
「とっても重要な存在なんだよ!」
どこか緊迫した表情になるミィーミィに、自分達の意図が通じたらしいとブアウニィ達は喜ぶ。
ミィーミィは何事か考えるように首を捻る。
グリーっと体ごと90度程傾けると、ぴたりと止まった。
「ミィーミィがコックさんということは、ブアウニィさん達への評価は、ミィーミィしだいということです?」
「まぁ、そうなる、かなぁ?」
「優秀なツールが先にあるのではなく、優秀な人物が使っていたから優秀なツールという事になる、か。確かに、ある意味当然の視点だよね」
「僕達はまだできたばかりだし、この時代にはまだ僕達と競合する人工知能が居ない。だからあまり考えてこなかったけど、むしろ当然の考え方かな」
「ということは」
ミィーミィは段々と顔色を悪くさせながら、今にも泣きそうな顔になって行く。
「ということは、ミィーミィが失敗したら、ブアウニィさん達の評価も」
ミィーミィとしては、自分に対する評価よりも、ブアウニィに対する評価が下がる方が問題であった。
自分にできることなど、たかが知れている。
だが、新しい仕事を割り振った人たちはみんな頭がいいので、きっと自分でも何とかなるのだろう。
ならば、出来る限り一生懸命やるだけだ。
そんな風に考えていた。
しかし、そこにブアウニィ達への評価も絡んでくるとなれば、話は別だ。
ミィーミィが今まで生きてきた中で、背負ったことが無い種類の責任である。
震えながら涙目になるミィーミィを前に、ブアウニィ達は大いに慌てふためいた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ! 僕達が手伝えば、今回の仕事はそんなに難しい物じゃないからね!」
「そうだよ! ミィーミィくんだって優秀なんだから! あのエイン様が認めたんだよ!?」
「心配しなくていいように、もう一度仕事の内容を確認しよう!」
「そうだね! 僕達もチェックしなおそうか!」
「それがいい! こういうのは何度やってもいいモノだからね!」
何とかミィーミィを宥めようと、ブアウニィ達は右往左往し始める。
そんな様子を、監視カメラ越しに眺めている者が居た。
エインとキール、そしてコンランツである。
「当人が意識するしないに関わらず、その行動が人工知能の成長を促す。あれが羊飼い、ですか」
「そうじゃよ。居るんじゃよなぁ、そういうタイプが。あれも才能じゃよ。まぁ、採集に関しては任せておいて問題ないじゃろ」
言いながら、エインは手元のタブレットに指を走らせる。
「で、採集船の設計開発はどんな塩梅なんじゃね?」
「おおよそは終わっておりますから、現在は内装に少々の変更をしている程度です。ミィーミィの好みに合わせている、と言ったところでしょうか」
今回の採集作業の中心になるのは、採集専用に設計開発された船である。
200m級の空飛ぶ船で、魔力吸収装置やブアウニィなどのゴーレム用の整備設備、戦闘能力も有した万能型の船であった。
単独で現地まで移動し、自衛しつつ資源を採集。
その資源を抱えて、帰還することも可能。
ではあるのだが、今回はそのまま現地にとどまり、移動可能な拠点として運用する予定となっている。
「資源採集自体は、正直失敗要素のほうが少ない仕事じゃからのぉ。ぶっちゃけ目的としては羊飼いによる人工知能の育成促進。長期遠征用の船に必要なものの再確認。と言ったところじゃからして。そのあたりの事は重要じゃね」
今後、領地から離れて行動することも増えてくるだろう。
その時のためのサンプルは、いくつか必要になってくる。
「チュアラン達に用意した船の使用感なんかも、きちんとデータ取っておかんとのぉ。次の予定に差し障るわい」
雪の季節が終われば、春がやってくる。
農作業を始める季節だ。
それと同時に、資源採集も始める。
一定程度の資源さえ集める事が出来れば、「エルドメイ発動機」で大量の農機具を作ることが可能になるだろう。
「それを他領地へ売り込む。大型の輸送船も必要じゃし、移動は一日二日では終わらん。それなりの期間は拠点に戻れんでも行動可能な能力は必要じゃ。当然、快適に暮らせるのは大前提。戦闘能力じゃって必要不可欠じゃ。物騒な世の中じゃからね」
何しろ、凶悪な魔獣やら魔物やらが、その辺をほっつき歩いているのだ。
身を守る手段は必須である。
「来年の春はムリじゃろうから、目指すは再来年じゃな。来年の夏ごろに他領地へ行き、農機具やら魔法道具やらを売り込む。出荷は秋って所じゃな」
一応は、当初の予定通りことは進んでいる。
製品が上手く売れれば、かなりの額を稼ぐことが出来るだろう。
得られた利益は、エルドメイ家を大いに潤してくれるはずだ。
そうなれば、エインの最大の目標も完遂される。
「金と労働力さえあれば、わしは好き勝手に色々出来るからのぉ! 実家なんて太ければ太いほどいいんじゃからなぁ!」
実家が太い魔法研究者は好き勝手なことが出来る。
エインがこれまでの経験から導き出した、この世の真理であった。
まぁ、だいぶ偏った意見ではあるだろうが。
「さてと。こんなもんかのぉ」
「にぃーちゃん、なんかできたのー?」
エインが弄っていたタブレットを、キールが興味津々といった様子で覗き込む。
「うむ。紙とペン、それからサイコロを使ったゲームじゃよ。TRPG、と言っても分からんか」
「へぇー! にーちゃん、そういうのもつくれるんだぁ! すっげぇー!」
「まぁのぉ。わし位の天才になると、溢れ出てしまうんじゃよなぁー。才能ってやつが。自分の専門分野以外にものぉ!」
魔法研究者を自称するエインだが、魔法に限らず様々なものを作るのが好きであった。
簡単なモノであれば、ゲームを自作したりもするのだ。
「どれ、二人だけではサンプルが足りんな。コンランツ、お主も少々付き合うんじゃ」
「はっ」
こうして、エインが記憶を取り戻してから初めて迎える冬は、ひとまず順調に過ぎていった。




