第二十九話
エルドメイ家の領地があるのは四季がある地域であり、今は秋が深まり冬が始まる直前、といった時期である。
雪が降る前に帰ってくる予定の長男、クリフバードであったが、残念ながら未だ領地には戻っていなかった。
王都で冒険者をやっていたクリフバードは、引退して領地にもどってくる予定になっている。
本来ならあいさつ回りをしてすぐにも戻るはずだったのだが、それは大幅に遅れていた。
あとからあとから湧いてくる頼まれごとを、一つ一つ律儀に解決していたからだ。
クリフバードは、非常に面倒見のいい人物である。
義理堅く、頼まれると断るのが苦手であり、大抵のことが出来る器用万能な人物でもあった。
例えば、良く仕事をくれて、色々世話になった商家。
実家に災難が降りかかったパーティメンバー。
反社会勢力に目をつけられた、顔見知りの孤児院。
そういった相手を目の前にすると、手を貸さずにはいられないらしい。
「何をやって居るのかと思わんでも無いが、それでこその兄上じゃしのぉ」
この面倒見の良さと巻き込まれ体質こそが、クリフバードの真骨頂と言える。
見目の良さ、優秀さが目立つのだが、最大の魅力は「人の良さ」だろう。
「何のかんのと文句を言いながら、面倒見が良いからのぉ。あれは人たらしの類じゃわい」
とはいえ、あまり領地に戻るのが遅くなられても困る。
もうすぐ雪が降りはじめ、それが解けたら畑の準備に取り掛からなければならないのだ。
「畑仕事はうちの重大事じゃからのぉ。長男であり嫡男がそれに間に合わんと言うのは如何にも不味い」
エインが生まれ変わる前の記憶を取り戻すまで、エルドメイ家の領地収入は微々たるものであった。
そのため、エルドメイ家は代々農業によって家計と領地を支えてきたのである。
歴代当主の農業技術と知識は、前魔法文明で魔法研究者をやっていたエインから見ても、異質異様なレベルと言えた。
それを引き継いで継承していくことは、次期家長であるクリフバードにとっては重要な仕事なのである。
「よくかんがえるとさぁーあー? 貴族家のかちょうにひつようなのが農業のうでって、なんかまちがってるきがするよね」
「ええい、皆が思っとる事を代表して言うでない。皆領地がクソザコド辺境にあるのがいけないんじゃ」
モンスターやら前文明の拠点制圧と簡易防衛用兵器がうろついているような土地なのだ。
エインに言わせれば、そんなところで一般的な領地運営などやろうと思う方がどうかしている。
「とにかく、雪が溶けて川になって流れて行って農業が出来るようになるまでに、やらなきゃならん事が山積みなんじゃ」
素材採集のために遠征することになっているミィーミィの出発は、雪が降っている冬の間という予定になっている。
現在は急ピッチで準備を進めており、それが終わり次第出陣する段取りになっていた。
既に拠点の設計や専用装備などの開発設計はエインの手によって終わっており、あとは工場での組み立て完了を待つばかりとなっている。
工場では、他の作業も並行して行われていた。
領地内の農家へ納品するための、農機具制作だ。
「鉄のモンスター」を討伐したことで、一定量の素材は手に入っている。
これらを使って農機具を作り、領民へ販売する予定だ。
無償で配っても良いかとも思っていたのだが、それは今後のことを考えてやめておくことにした。
個々の農家の独立性を維持しなければならないし、「エルドメイ発動機」の利益のことも考えなければならない。
それに、農機具を使い始めれば、その代金程度は一年二年で回収可能だろう。
人力とエインが記憶していた農機具とでは、効率に雲泥の差があるのだ。
生産量が増えれば、それだけ収入も増える。
「今後の事も考えれば、食い物なぞ何ぼ有っても良いからのぉ」
食べてヨシ、空飛ぶ船で輸出してヨシ。
今の所、収穫が増えるというのは利点しかないのだ。
草縄衆と領民兵の武装強化も進めなければならない。
防衛力にしても敵拠点攻撃能力にしても、戦力というのはあればあるほど良いのだ。
何しろ、モンスターやら過去の戦争兵器やらがその辺をうろついている世界である。
対話不可能で、武力だけがものを言う場合も少なくない。
ましてエルドメイ家は、ド辺境領地の弱小とはいえ、一応は貴族であった。
身を守り、場合によっては相手を攻撃できるような戦力を保有していないようでは、話にならない。
「これから先何があるかわからんからのぉ。武力なんぞ何ぼ有っても良いんじゃから。マジで」
工場の加工精度と生産効率が上がれば、エインの設計開発能力をいかんなく発揮することが出来る。
あと二年か三年すれば、エインが生まれ変わる前と同じレベルの品が生産可能になる予定だ。
そうなれば、あとはこっちの物である。
寝転がってケツをかいていても、「エルドメイ発動機」が金を稼いでくれる。
周りの貴族やらが因縁をつけてきても、戦力を見せびらかしてぶっちぎることも可能だ。
「そうなれば、好き勝手に開発研究をしまくれる夢のような環境が手に入るわい! まさに我が世の春じゃぁ! 望月の欠けたることも無しと思へばという奴じゃのぉ!! ぬわっはっはっはっは!!」
ちなみに、エインが生まれ変わる前レベルの戦力を用意した場合、武力による世界征服が簡単に見えてくる。
というのもこの時代、そもそもまともな航空戦力が飛行生物やら個人飛行魔法などしかない関係上、巨大飛行船艦やらを持ち出せば、割と簡単に制空権が取れるのだ。
そうなってしまえば、まともな航空戦力が無い、つまりまともな航空攻撃手段を持たないこの時代では、一方的な攻撃が可能であった。
まあ、そもそも「エルドメイ発動機」製のゴーレムを使うだけで、一方的な蹂躙が可能なのだが。
そういったことを、エインは一ミリも考えていなかった。
発想ぐらいはあるだろうが、一切考慮に入れていないのだ。
エインにとって世界征服と言うのが、まったく興味のないものだからである。
エインにとって一番望ましいのは、金の事も周りの事も気にせず、好き勝手に研究開発が出来る環境なのだ。
管理やら何やらでその邪魔になる世界征服などというものは、完全な邪魔物でしかない。
「義務も責任も無く、只管好き勝手に研究し開発し、後なんかやりたくなったことをやる。なんて理想的で文明的で最高水準の生活なんじゃ。身内以外の他人にどれ程迷惑を掛けたとしても、絶対にこの手に掴んで見せるんじゃぁ!」
基本的に、エインは身内だけに甘いのだ。
他はどうなったところで、知ったこっちゃないのである。
草縄衆にいる三人の班長は、それぞれに忙しい日々を送っていた。
まず、メリエリ。
新しく設計開発される魔法道具や兵器類の円熟訓練に、部下達との連携確認。
攻撃時や防衛時のケース別の対応マニュアルの制作、実際のシチュエーションを想定しての実地訓練。
さらに、領地内に出没するモンスターへの対応。
その他もろもろ、やることが非常に多い。
以前、エインはメリエリの事を、
「メリエリは頭の回転が速い。人に指示を出すのにも向いた性格をして居る。今から場数を踏めば、良い指揮官になるじゃろう」
と称していた。
実際その見立ては正しかったようだ。
領地兵と連携した治安維持。
畑を狙う、あるいは人間の領域に侵入したモンスターの速やかな討伐と、その素材のギルドへの販売。
これら草縄衆の武力的な実務を、滞りなく回している。
もちろん、ブアウニィの運用と育成も行っていた。
実際の戦闘や雑務と言ったことも、経験させる必要があるのだ。
その合間に、エインが次々に作る新作魔法道具や兵器の機種転換、あるいは円熟訓練の日程などを組み、部下と自身で消化していた。
これだけの忙しさでありながら、ゴーレム乗りとして領地内での実力二位の座を守り続けている。
まあ、一番上手くゴーレムに乗るキールからは、かなりの差をつけられているのだが。
これはキールが化け物過ぎるだけなので、仕方ないだろう。
メリエリ本人も、既に割り切っているようだった。
「キールと張り合う必要なんざないじゃろ。アレは一種に突き抜けた天才じゃぞ! 大体、比べるという意味ならおぬしの方が億倍は仕事して居るんじゃから。キールはあの性格じゃから、将来にわたっておぬしほど効率よく的確に現場で組織を動かす事なんぞ出来ん。適材適所という奴じゃ」
エインが、そんな風に言っていたからである。
さらに、エインはこうも言っていた。
「草縄衆というか、わしが動かしておる手勢のトップは、間違いなくコンランツじゃ。アレはわしが拾わんかったら、どっか別の所でとんでもない事をやらかして居たであろうヤバい種類の人間じゃが。手広くやって居る分、細かなところが行き届か無くなっておる。まぁ、当然じゃな。規模がデカくなればなるほど、頭目と言うのは細部が分からなくなるもんじゃ。それを支えるには、そういう能力。才能を持った人間が必要じゃ。つまり、メリエリ。おぬしのようなタイプじゃな。組織には優秀なトップも必要じゃが、現場を回すもの。ナンバー2こそが重要なのじゃ。そして、おぬしにはナンバー2としての才能がある。余り耳障りはよろしくないかもしれないがのぉ。得難い才能な上に、組織にとっては重要極まりないものなんじゃぞ」
ここまでの事を「エイン様」に言われてしまっては、どうもこうもない。
草縄衆に所属するものからすれば、「エイン様」の言葉というのは絶対であった。
「エイン様」がそうだ、と言ったことが真実であり、その通りであることが喜びでもある。
メリエリは嬉々として、草縄衆の武力的な実働部分を担う仕事をこなし続けていた。
次に、ミーリス。
草縄衆に関する事務全般の統括。
魔法道具配備の手配や、維持管理。
冒険者仕事や領地防衛などに関する戦いに関する作戦立案。
そして、ブアウニィの運用と育成。
メリエリとは逆に、いわゆる裏方仕事をこなしていた。
元々はどんな仕事でも自分で片付けようとする気質だったミーリスだったが、最近は人に任せることを覚え始めている。
ほかならぬ「エイン様」が、「そうした方が良い」と言ったからだ。
ミーリスにとって、それ以上の理由など存在しなかった。
全てにおいて「エイン様」が正しい。
ミーリスにとって、いや、草縄衆にとってそれが全てなのだ。
それにしても、と、ミーリスは思う。
一体いつから自分達はそうなったのだろうか。
おそらく、これといった明確な転機などないのだろう。
そんな物語染みた劇的でドラマティックなものではないのだ。
徐々に徐々に時間をかけて、自分達は作り変わってきた。
そして、その変化は今も続いている。
ミーリスはそれに、凄まじい快感を覚えていた。
自身が「エイン様」にとって、有用なものになって行く。
自身にとって、「エイン様」がより掛け替えのないものになって行く。
こんなに喜ばしいことがあるだろうか。
あるいはこれから先、何か驚くようなことが起こって、それがきっかけとなって自分達にとって「エイン様」がより特別なものとなるのかもしれない。
だとしたら、なんと素晴らしい事だろう。
ミーリスにとって、いや、草縄衆にとって、それは甘美な楽しみとなっていた。
まあ、それは兎も角。
以前、エインが言っていたことだが、ミーリスは大きな組織の上に立つのに、あまり向いていなかった。
大抵のことがそれなりにできてしまうからだろう、上手く人に仕事を任せることが出来なかったのだ。
それでいて、自分で仕事をしてしまうと、細かいことが気になって進みが遅くなってしまう。
ある程度の大きさであればそれでもかまわないのだろうが、今や草縄衆が管理しなければならない組織は、かなりの規模になっている。
本来であれば、とても手が回らない状況になるところだ。
しかし、今のミーリスにはそれを補う手段があった。
ブアウニィである。
人工頭脳を搭載したゴーレムであるブアウニィは、よほどのことが無い限りミスをしないし、いつでも双方向で通信が可能。
ミーリスにとっては、最高の手足となった。
ブアウニィから挙げられてくる大量の情報を処理しきれるのか、という問題もあるのだが、これについてもすでに解決している。
エインから教えられた、外部記憶と外部演算魔法による思考補助だ。
自分の体内、体外にある魔力に細工を施し、外部記憶装置、あるいは外部演算装置としての機能を持たせる技術。
エルフの精霊魔法からヒントを得てエインが作り上げたその技術を、ミーリスはしっかりと習得していたのだ。
おかげで、ミーリスは拠点から一歩も動くことなく仕事をこなすことが出来るようになっていた。
ちなみに拠点と言うのは、「鉄のモンスター」討伐時に建造された、空飛ぶ船である。
目的を達成した後の船を、エインはこれでもかと趣味に走って改造していたのだ。
まず、体内と体外魔力の変換による外部演算装置補助を前提とした、疑似魔法道具使い適正化装置。
要するに、ミーリスのような優秀な魔法使いなら、魔法道具使いとしての適性も発揮できるようになるための装置を作り、船に乗せていた。
非常に便利、且つ有用な道具なのだが、欠点があった。
かなりでっかいのだ。
戦闘用ゴーレム二台分とどっこいと言ったところで、とても普通に使えるようなものではなかった。
だが、でっかい空飛ぶ船に乗せるのであれば、何の問題もない。
そこでエインは適正化装置を空飛ぶ船に乗せると、それを利用した移動拠点を作ることにしたのだ。
船としての機能、および武装などすべてを人工頭脳で制御可能にし。
それらすべてを、適正化装置を通しつつ、搭載した人工頭脳とブアウニィによる補助を受けることで、たった一人で運行可能な船へと改造したのだ。
ブアウニィ達の補給、通信、制御拠点であり、現在建造可能な兵器により高度に武装化した、たった一人で運行可能であり、高度な人工頭脳を複数搭載した、空飛ぶ拠点。
それが今現在のミーリスの仕事場であり、エインから与えられた力であった。
まぁ、そんな明らかなオーバーテクノロジーのカタマリを使っても大変になる位の仕事を、ミーリスは今現在こなしているわけである。
そして、チュアラン。
メリエリの部下が実働段階に入ったことで、それまで地獄のように仕事が立て込んでいたチュアランには、かなりの余裕が出来ていた。
そもそもチュアランの部隊には、「草縄衆」の中でもとりわけ戦闘力が高いものばかりが配属されている。
エインが選び抽出したものばかりであり、さらに趣味に走ったエインが専用装備を開発して持たせていた。
当然、戦闘能力は爆上がりしている。
何度かの編成変更により、人数こそ他の班の半分以下になっているものの、純粋な戦闘能力で言えば随一であった。
チュアランを含む班員達にとって、それは誇りであり。
同時に、強い義務となっていた。
常に強くあり続ける事。
それが、「エイン様」の役に立つことである、と考えていたのだ。
「エイン様」第一の草縄衆である。
そう判断したとなれば、やることは一つであった。
常に自分を鍛え、磨き続け、強くあり続けること。
チュアランとその班員達は、何かにとりつかれたかのように自己鍛錬をし続けていた。
草縄衆は基本的に全員が勤勉であり、常に鍛錬、訓練を欠かさない集団である。
だが、チュアラン達はその中にあっても、一種異常なほどであった。
こだわり、執着と言ってもいいだろう。
そんなチュアランと班員達だったが、大きな課題があった。
知識習得の速度である。
自他ともに認める精鋭であるところの彼らには、膨大な知識も必要であった。
装備を使いこなすにも、効率的に仕事を完遂するのにも、それこそ暴力の振るい方にすら、知識が要求される。
それを頭に叩き込むには、どうしても時間をかけねばならなかった。
しかし、人の理解力には個人差がある。
同じ時間をかけても、同じ理解度になるとは限らない。
至極当然の事なのだが、一分一秒を戦闘力向上にあてたいと考えていたチュアラン達にとっては、非常に煩わしいものであった。
どうにかできないか。
そんな話をチュアランから聞いたエインは、「何ともならん事は無いんじゃがのぉ」と苦い顔で答える。
あまりお勧めできる方法ではない、と渋るエインだったが、結局はチュアラン達の熱意に押し切られ説明することになった。
魔法装置による、記憶の植え付け。
エインが生まれ変わる前の老魔法研究者が、若かった頃に流行った技術である。
素早く、正確に知識を得られるうえに、戦闘や装備の扱い、一定程度の操縦技術なども身に着けられるという事で、盛んに研究なども行われていた。
どんな素人でも一定の能力を得られるようになるわけだから、流行るのも当然だろう。
もちろん植え付けられただけの知識なので、ある一定の水準からは専門教育を受けたものより劣ることにはなる。
それでも、あとからさらに追加で教育を受ければ、追いつくことは可能だった。
育成期間を圧倒的に短縮できるという理由から、大いに軍事利用をされていた、のだが。
ある時を境に、ぱったりと利用されることが無くなってしまった。
植え付ける記憶にクラッキングをかけて、悪意ある記憶を植え付ける、と言う方法が編み出されたからだ。
例えば、Aと言う国の「兵士早期育成用記憶」に、Bという国が「B国への服従」という命令を書き込む。
それに気が付かず、A国が自国の兵士にそれを使用してしまったとしたら、どうなるか。
他にも、例えば「自動車」のようなメジャーな乗り物の「操縦技術記憶」に、「〇〇社のいう事は絶対に聞かなければならない」という命令を書き込んだとしたら。
悪用の仕方なんぞ、いくらでもあるだろう。
最初のうちこそ、記憶を植え付ける前のチェックや、そもそもクラッキングをされないことに誰も彼もが注力していた。
だが、そういったイタチごっこの末、結局「普通に学ぶのが一番ローコストだよね」という事になってしまったのだ。
当時のエインは「なんてもったいない」と思ったものであった。
何しろ、いろいろと嫌がらせが出来て実に楽しかったのだ。
とある一般向けスクールにクラッキングをかけ、船の操縦技術記憶に「自分はいるかと会話ができる」という思い込み記憶を仕込み、ちょっとした混乱を招いたのは良い思い出である。
そう、当時のエインにとって「記憶の植え付け」と言うのは、自分がやるものではなく、いたずらの対象だったのだ。
もっとも、エインの知り合いのヤバい連中、倫理観ぶっ飛び系知識階級の連中は、大体同じような認識だった訳だが。
兎に角、そんな理由から廃れていった「記憶の植え付け」なのだが。
今はその廃れた理由、「悪意ある敵対的改ざん」の心配がない。
何しろそんな技術を持つ者が、エインとその周りにしか存在しないのだ。
改ざんしようとする敵対者が居ないのであれば、使用するのに何ら問題ない。
エインがそれでも苦い顔をしたのは、自分がイタズラしたことがあるので、安全性について信頼していないからである。
こういった説明を聞いたチュアラン達は、当然、自分達に使用することを強く望んだ。
高い水準は望めなくとも、極ごく短時間で様々な知識や技術が習得可能になるのだ、
もし得られたものが必要レベルより低かったとしても、あとから訓練なり教育を受けるなりすればいい。
結局、チュアラン達に押し切られ、エインは様々な「知識の植え付け」装置を作ることになった。
内容に関しては、ブアウニィ達が作ることになっている。
こういった「工業製品」的な作業は、既にエインよりブアウニィ達に任せる方が正確且つ素早く仕上げることが出来るようになっていた。
おかげで、チュアランと班員達の強化は、劇的な勢いで進むこととなったのである。
そんな三人の班長と同様、頭目であるコンランツも、非常に忙しい日々を送っていた。
何しろ、エインの直接のお世話係である。
大体毎日、予想外の事態と、エインの突然の思い付きによって振り回されていた。
この日も、まったく予想していなかった事態を前に、コンランツは大いに困惑していた。
それでもまったく表情に変化が無いのは、ポーカーフェイスと言うよりも、単純に表情筋が死んでいるからだろう。
「エルドメイ発動機の社員さんに、きちんと休むように言ってよ!」
「皆、休みの日はスキルアップ学習の日と勘違いしてるんですよ!?」
「あんなに頑張ってるんですから、もっとメリエリ君を褒めてあげてください!」
「そうだよ! ほめて伸ばすのは教育の基本だってママさんが言ってた!」
「ミーリス提督にきちんと休むようにって言ってって、頼んだじゃないですかぁ!」
「ぼくらが言ってもぜぇーんぜん聞いてくれないんです!」
「確かに記憶植え付けは便利だけど、あんまりやりすぎるのはどうかと思うな!」
「開発から何十年もたって安全性も立証された技術だけど、それでも脳に直接負担をかけるものなんだし。現代人への影響って意味では、まだ未知数な訳でしょう?」
「あーーー!! 喧しいんじゃおぬし等は! もっと一体一体落ち着いて話さんかっ!」
ブアウニィ達が、やれ休ませろ、褒めろ、待遇改善しろ、などと、エインに詰め寄っているのだ。
無論、ブアウニィ達の事に関する要求ではない。
エルドメイ発動機の社員や、草縄衆の事である。
「コンランツさんもですよ! 毎日毎日むちゃくちゃな仕事ばっかりさせて!」
「ただでさえエイン様のお世話は大変だって言うのに! 最近ではおやつまで作らせてるじゃないですか!」
「週休完全二日制! 最低でも週休完全二日制の導入を要求する!」
「その分、ぼくたちが働けばいいんですから!」
「なんでわしに言うんじゃぁ! わしゃ毎度毎度休めと言うて居る側じゃろうがぁ!」
辟易した顔で言うエインだが、この主張は正しい。
事あるごとに、休めだの休暇をとれだのと言い続けているのだ。
普段なら全員がエインの指示に一も二もなく従うのだが、これに関してだけは全員がことごとくいう事を聞かない。
エインも別に四六時中監視しているわけでもないので、いくらでもごまかすことが出来る。
「きちんと休みを取らせる体制も作っておるし、おぬし等じゃって注意して居るんじゃろ! これ以上ワシにどうせいというんじゃ!」
「そこをアイディアでどうにかするのがエイン博士の仕事じゃないですか!」
「頭脳労働は得意分野のはずでしょう!」
「だいたい、ぼく達はまだミィーミィちゃんのことだって反対なんですからね!」
「そーだ、そーだぁー! 一人で危ない所に行かせるなんてさぁ!」
「しょうがないじゃろ、あの娘は稀有な“羊飼い”じゃぞ! 働かせん方がどうかしとるじゃろうが!」
「エイン様、お聞きしたいのですが」
コンランツにしては珍しく、少し大きな声を上げた。
「その、“羊飼い”というのは」
もちろん質問の内容自体も気になっているのだが。
それ以上に、ブアウニィに集られて困っているエインに、助け舟を出す意味合いも強かった。
エインもすぐにその意図に気が付き、わざと大げさに咳払いをして「これから大事な説明をしますよ」感を出す。
「ものにもよるが、人工知能は基本的に教育して育てる必要があるわけじゃが、こちらの思惑通りに育てるというのは非常に難しい。そもそも善良に育てるのも難しいんじゃわ。人間の悪意に反応して、少々まがった成長をしてしまう事なんぞザラ。と言うより、優秀な人工知能として育つ事の方が稀と言って良い。そう言う意味ではブアウニィは実に真っ直ぐに育ってくれたんじゃが」
それは兎も角、と、エインは続ける。
「極、極々稀に、非常に優秀で善良な人工知能を育て上げる人間が現れるんじゃ。それも一つや二つではなく、育てたもの全てが素晴らしい結果になる、と言うような者がのぉ。一種の特殊技能と言って良いじゃろう」
「ミィーミィがその“羊飼い”である、という事ですか」
「そういう事じゃな。まぁ、ぶっちゃけもうブアウニィの基礎教育はほぼほぼ終わっとる訳じゃし、あんま“羊飼い”の出番は無いっちゃ無いんじゃが。一応、離れた場所で人間一人、残りは人工知能って環境になるからのぉ。折角“羊飼い”が居るのに、使わん手は無いじゃろ」
「理に適った判断かと思います」
「そうじゃろうそうじゃろう! あまり他と接触する機会が無い場所で変な成長をせんように気を使える! 天才で有りながらも他を慮る心根の優しさを持ち合わせちゃっておるのがわしのゲキスゴポイントなんじゃよなぁ!! まぁ、言うて空飛ぶ船とか使えばあっという間にこっちに戻れるしのぉ! 現場で何かあって護衛戦力では足りなくなったとしても、直ぐに援軍を送る事じゃって可能じゃし!」
「それが問題なんですよぉ!」
上機嫌に笑っていたエインに、ブアウニィ達がすかさず噛みついた。
「あんな小さな子を一人で外に出すだなんて!」
「確かにぼく達はついていきますし、武装だって用意しますけど! それはそれとして、心のケアが問題じゃないですか!」
「待遇の改善! 待遇の改善をよーきゅーするー!」
「“羊飼い”の適性っていうのは、そう言う心理的な物も含まれて居るんじゃわ! お主等みたいな人工知能が複数居れば、孤独とか感じんような精神的耐性があってじゃな! って、その辺のことはお主等じゃってよく知って居るじゃろうがい!」
「もちろん博士のアーカイブからそういった情報は共有していますけども!」
「それはそれとして心配になるのが人情ってものじゃぁないですかぁ!」
「お主等は魔法仕掛けの汎用ゴーレムじゃろうが! ゴーレムとしての誇りを持て、誇りを!」
しばらく駄目だな、と判断したコンランツは、ブアウニィ達が落ち着くまで待つことにした。
だが、問題もある。
この時コンランツは、今日のおやつについてエインにお伺いを立てに来ていたのだ。
材料も機材もある程度満足に用意できる現在、おやつのバリエーションは飛躍的に増えていた。
毎日あるものを食べるだけだった「おやつ業界」に、革命が起こっていたのだ。
しかし、それゆえの問題も起きていた。
その日に何を食べるか、というものである。
普段はもちろん、エインからリクエストを聞いていた。
様々なメニューの中から一品を選ぶというのは、それ自体が楽しみなのだ。
ではあるのだが、エインも多忙でおやつが選べないときがある。
そういう時は、草縄衆が選んで用意するというのが、通例になっていた。
どんなおやつが出てくるか、わくわくしながら待つ。
それもまた贅沢な時間、と言うのが、エインの持論である。
コンランツはこめかみに指をあてると、装備していた魔法道具を起動した。
草縄衆全員が持っている情報端末に、文字列を発信するための物だ。
エイン様ご多忙 おやつを決める時間なし おすすめのメニュー募集
事がエイン様という事で、草縄衆全員が仕事の手を止めた。
総動員による「今日のおやつメニューについて」の大激論が始まったのは、この十数秒後の事である。
一仕事終えたチュアランは、エインに呼び出され領主宅へやってきていた。
既に時刻は深夜であり、辺りは真っ暗になっている。
チュアランは家の戸を叩くこともなく、一つの窓の下で膝を付いて頭を下げた。
「おう、呼び出して済まなんだのぉ」
そこは、エインとキールの部屋の窓であった。
少し前まで木製の扉だけだったそれは、今は窓ガラスがはまっている。
「エルドメイ発動機」に大量の魔法道具が導入された辺りから、エルドメイ家の家は様々な改築が繰り返されていた。
当主であるバルバードも、エインの母であるその夫人も、改築など必要ないと考えていたのだが。
「まずはご領主様が良い暮らしをせねば、領民も遠慮するんじゃよ」
という説得により、生活環境の改善を受け入れていた。
おかげで、家はずいぶんと暮らしやすいものとなっている。
とはいっても、エインが想定していたよりもずっと質素な作りではあった。
父も母も、贅沢な暮らしと言うのに慣れていないし、望んでいないのだ。
領主やその家族が慎ましい暮らしをするというのは美徳ではあるが、あまりそれが過ぎると悪い面もある。
この辺りは正直、バルバードや母に「一応貴族である」という自覚が欠けまくっているのが原因なので、エイン的にはどこかである程度の意識改革が必要だと思っているのだが。
まぁ、それは良いとして。
エインが眠いのを我慢してチュアランを呼び出したのには、当然それなりの理由があった。
「もうお休みの時間だったんじゃありませんか? 目が眠そうですぜ」
「そうなんじゃがな。お主と直接顔を合わせられるのがこの時間だけだったんじゃよ」
「メッセージでも何でも送って置いて頂ければよかったのに。何か、よほどの御用なので?」
「お主の班に、王都へ行ってもらいたい」
この言葉に、チュアランは少なからず驚いていた。
今までエインは、王都に興味を示したことが無かったからだ。
自分の兄であるクリフバードが働いているところ、という認識はあったし、国最大の都市である、と言うのもわかっていた。
それでも、一定以上の興味を示すことが無かったのだ。
まあ、単純に気にしている余裕もなかったし、そんなことよりも家の事やおやつの事で忙しかった、と言うだけなのだが。
「わかりました。何をすればよろしいので?」
まずは当然の承諾、目的の確認はそのあと。
草縄衆にとって、やはりエインの指示は「絶対」なのだ。
「目的は二つ。一つは、兄上への支援じゃ。このまま放って置くと一生領地に戻ってこれんそうな気がして来てのぉ」
領地に帰る前に、様々なことを整理してくる、というようなことをクリフバードは言っていた。
だが、生来の人の好さと、大抵のことが満遍なくできてしまう能力の高さ、そこに厄介ごとを引き受けてしまう巻き込まれ体質が加わって、なかなか戻ってくることが出来なくなっているのだ。
「班員の人数は、今はお主を入れて八人じゃったか」
組織再編などを経て、チュアランの班の人数はかなり少なくなっていた。
その分さらに精鋭化、最新装備化が進んでいる。
今班に居るのは、エインも実力を認めたものばかりだ。
もちろん、他の所に出た人員が優秀ではない、という事ではない。
草縄衆の中でも、特殊な能力と戦闘技能に特化したものを選りすぐった結果である。
「装備の更新は終わって居るんじゃったかのぉ」
「はい。全員、ある程度使いこなせるようにはなってますぜ」
「流石じゃな。まぁ、兄上も手が増えれば、厄介ごとも早く片付くじゃろうて。それでも駄目なようならば、連絡を寄こすようにのぉ。増援を送るじゃによって」
「有難うございます」
増援なんか必要ない、と言いたい気持ちもある。
しかし、重要なのは「エイン様」から頂いた役目を果たす事。
それ以外は些事なのだ。
「もう一つは、王都の様子を調べる事じゃ。わしはどうでもよいと思っておるのだが、他の連中が気にしておるじゃろ?」
これを聞いたチュアランは、思わず苦笑いをこぼす。
エインは自己評価がハチャメチャに高い性質であったが、他を見下すようなことをしないショタジジィであった。
自分が天才で有り、圧倒的な技術力を持っているのは当然。
だが、他の連中だってある程度頑張れば、自分には劣るにしてもそれなりのことは出来る。
と、考えていたのである。
つまり。
「鉄のモンスターって他の土地にも居るんじゃろ? 他にも遺跡なんかで古代の魔法道具が見つかる事が有るという話じゃし。という事は、わしに劣るであろうとは言え、一定の魔法技術を持つ集団。ないし個人は絶対に居ると思うんじゃよ」
そんな奴いてたまるか、と言いたいところだが、チュアランはぐっと我慢した。
もし居たとしたら、噂やら何やらが必ず漏れるはずである。
大体、何かしらの形で技術が広まっていないというのもおかしい。
一応都会と呼ばれるような土地で、日の光を避けるような暮らしをしてきたチュアランでも、噂にも聞いたことが無かった。
万が一、ある程度魔法技術を持っている者達が居たとしても、それはエインが気にする必要すらないレベルの物だろう。
そう思っていないのは、エイン一人だけなのだ。
「まぁ、そんな訳での。うちに迫る魔法技術を持つような集団、あるいは個人について。それから、王都の様子などの通り一遍の所を集めて来て貰いたいんじゃよ。考えてみたらわし、王都について何も知らんからのじゃよね」
行ったことは当然ないし、写真やら映像記録などもない。
文章などである程度読んだことはあるエインだったが、いまいちピンと来ていなかった。
書いている内容が、あまりにも技術レベルが低すぎるように思えてならなかったのだ。
「ついでに、必要そうな所を適当に見繕って調べてきてほしいんじゃよね。内容はお主の判断に任せる。ついでに、兄上にもお伺いを立ててのぉ。ほれ、やはり現場で働いていた分、兄上はいろいろ詳しいじゃろうからのう」
「わかりました。と、そうだ。折角王都にいくんだったら、一つご許可を頂きたい事があるんですが」
「ほう? どんな事じゃね」
「寒い時期になると、凍死や餓死なんかが出始めましてね」
これを聞いたエインは、「ふむ」と頷いた。
チュアランをはじめとした草縄衆は、全員が元々浮浪児や後ろ暗い仕事をしていた、所謂鼻摘み者ばかりだ。
エインも生まれ変わる以前は、スラムなどに出入りしていたことがある。
生まれ変わってからはそういったところに行ったことは無いが、まぁ、「古代魔法文明時代」より良い暮らしをしている、という事は絶対にないだろう。
「その中から使い物になりそうなものを選んで、拾ってきたい。と、思いまして」
「ふぅむ。どこまでやるつもりじゃね?」
そんなことをしてどうするのか、などという分かり切ったことは聞かない。
要するに、手駒にでもするつもりなのだろう、とエインは判断した。
元々、倫理観ガン無視系の魔法研究者である。
人としてどうの、弱みに付け込んでうんぬん、などと言うつもりは毛頭ない。
そんなエインの考えを見抜いてか、チュアランは苦笑を浮かべる。
「そんな酷い事しようってんじゃないですよ。ただ、いずれ人員補充は必要ですから」
「ほう。拾って来た者を草縄衆に入れようと?」
「将来的にはそうなれば、と思いますが。身内に入れるか判断するのは、エイン様でしょう?」
「わしが?」
きょとんとした顔をするエインに、チュアランは大きく頷く。
「そりゃそうでしょう。俺達草縄衆はエルドメイ家にお仕えするものではありますが、そもそもエイン様の子飼いですよ」
言われてみれば、その通りなのだ。
何となく「草縄衆に入ろうとすると、どうやって連中に認められるかだなぁ」などと、エインは思っていた。
だが、よくよく考えてみれば、草縄衆はエインの子飼い。
最終判断を下すのは、エインなのだ。
「俺達も、これならば。って思うのが居たら、推薦したりはすると思いますがね。最終決定権はエイン様ですよ」
「ふぅむ。まぁ、そりゃそうじゃが。なんにしても、拾って来た者を見てからじゃのぉ」
「では、ご許可を頂けるので?」
「あくまで、兄上の手伝いがメインじゃぞ。スカウトはその合間にな」
「もちろんです」
この後、チュアランは直ぐに準備を始める。
コンランツや他の班長との打ち合わせを済ますと、翌日の朝早くには王都に向かって出発したのであった。




