エピローグ ~そして冬コミへ~
【三人称】
「カンパーイ!」
チンッ、とグラスの交わる音が響く。
夜。アレイン達は約束通り焼き肉屋に打ち上げに来ていた。
『ジョジョ苑』は全国でも有名な高級焼き肉店だ。芸能人がよく利用する事でも名を馳せている。
優里が「打ち上げは『ジョジョ苑』にしましょう」と提案した時、T@MAは(おいおいそんなの払えないぞ)と肝を冷やした。しかし間宮の「じゃあわが社の経費で落としましょう!」の鶴の一声で『ジョジョ苑』に決まったのである。
メンバーはアレイン、アンナ、ラヴィ達と、T@MA、優里、間宮、それにハルカとナツキだ。
「美味しいねタマ!」
「この特上カルビも最高だよラヴィちゃん」
T@MAはずっとラヴィに肉を焼いていた。ラヴィが美味しそうに頬張るのを幸せそうに眺めている。
「ほらアンナ、子供の為にもたくさん食べなきゃ」
「ユ、ユーリ様。有りがたいのですが脂は苦手なのです……」
「お母さんが好き嫌いしちゃ駄目よ!」
優里はアンナの妊娠がたまらなく嬉しかったようだ。世話を焼くその姿はまるで小姑のようである。
「ねえアレインさんアレインさん! 魔法見せてよ!」
「む、まあナツキには助けて貰ったからな。ほら『ヒートフレイム』」
アレインはパチンと指を鳴らし、皿にあげた生肉を魔法で焼いていく。
「わあ! すごい! アレインさんカッコいい!」
「む、そうかそうか。じゃあもっと見せようか」
アレインは鼻の下を伸ばしデレッデレだ。意外な弱点があったものである。
「ちょっとナツキ、アンタ何もしてないじゃない。奴隷紋を消したのは私よ」
「ナツキ殿、貴殿が奴隷紋を消してくれたおかげで助かった。私からも改めて礼を言わせてくれ。ありがとうございました」
アンナはハルカに深く頭を下げた。
「いいのよ、タマちゃんとは腐れ縁だから」
奴隷紋があれば未だにカイル達の言いなりになっていただろう。T@MAとハルカには感謝してもしきれない。
「ねえ、アレインさん達はあっちの世界に帰るの?」
ナツキの質問にアレインは真面目な表情になると、優里に向き直り口を開いた。
「その事だが糞太郎先生、頼みがある」
「え? 私?」
アレインがあまりに真剣な顔をしているから、優里は思わず声が上ずってしまう。
「しばらくこっちでラヴィとアンナを預かって欲しい」
「それは構わないけど、アレインはどうするの?」
「ちょっと帝国を潰してくる」
ちょっとコンビニ行ってくる、とでも言うように軽く言い放った。当然皆一様に驚き、反対する。
「一人でか? いくらアレインでも無理だ! 私は未亡人になるなんてごめんだ!」
「尊いものを守りたいんだ」
「……アレイン」
「この国は七十年前戦争に負けて以降、二度と戦争をしないと決めたそうだ。平和はいい、実に無駄だが、実に尊い物を数多く産む。あっちの世界では同人誌なんて絶対に産まれない。平和こそが最も尊いんだ。産まれてくる子供にはそんな尊い世界を見せてやりたい」
父親になるなんてピンと来ない。まだぼんやりとしか実感なんてない。でも、子供の為にやらなければならない事はわかる。
「私も一緒に行く」
ラヴィが名乗りを挙げるが、これをアレインは一蹴した。
「駄目だ」
「でも私が、エルドラードの第一王女がいれば大義名分だってたつでしょ?」
「エルドラード王女なんていない。お前は糞太郎先生のお姉ちゃんで、俺達夫婦の妹のラヴィだ。それじゃ駄目か?」
「ううん、それでいい。それがいい。許されるのなら、だけど」
エルドラードの人達の事を思うと、今でも胸を締め付けられる。自分達を守って死んでいった人もいる。しかし、今更エルドラード再興などと立ち上がれば更に血が流れるだろう。本当の平和を望むならアレインに任した方がいい。それもわかっている。
「ラヴィ、いや、ユーノ様と呼んだ方がよろしいでしょうか?」
アンナが座敷の畳の上に膝をついて臣下の礼をとる。思わずラヴィは噴き出してしまった。
「ぷっ、やめてよアンナ! ラヴィでいいってば」
「じゃあラヴィだ。これからもずっと」
「アハ、うん。わかった」
ラヴィの笑顔を受けて、アンナも膝を崩して笑いあう。ラヴィはただのラヴィ、それでいい。
「アレイン、貴方にこれを渡しておくわ。好きに使って」
優里は首から下げたネックレスを外し、アレインに手渡す。
ネックレスのヘッドに見覚えのあるデザインの鍵がつけられていた。
「この魔力……まさか」
「空中要塞のマスターキーよ。こっちの世界にあったみたい」
『おまひろ』の原作小説のイラストも優里が描いている。空中要塞の鍵もトマエ火山で手に入れた偽物そっくりに描いていた。
その話を読みイラストを見た読者が、実家の蔵に同じ鍵があったと優里の元に送ってくれたのだという。
「感じる魔力から本物だと思うわ。それがあれば帝国の無血革命も可能なはずよ」
皇帝を始め軍上層部を暗殺するしかないとアレインは思っていた。しかし父親になるのだ、出来れば人殺しなどしたくなかった。確かに空中要塞の圧倒的な力があれば脅しだけでどうにかなるかもしれない。
「これはありがたい。ありがとう糞太郎先生」
「アレインなら正しい事に使ってくれるだろうから。お願いします」
「ああ、任された」
「あ、あの、じゃあね、言いにくいんだけどね」
ラヴィが小さく挙手をして恥ずかしそうに言った。
「タマの所にお世話になってもいいかな?」
「タマ殿の所に?」
「僕?」
ラヴィは下を向き、絡めた両手の人差し指をクルクルと回している。余程恥ずかしいようだ。
「アンナ前に言ってたでしょ? 添い遂げるなら命懸けで守ってくれる男を選べって。その、タマは守ってくれたから」
「つまりラヴィはタマ殿が好きだと?」
コクリ、と小さく頷いた。
「……結婚するなら、この人かなって」
当事者のタマは頭がついてこないらしい。天井を見上げてボーッとしている。
「そうか。タマ殿なら文句はない。すまないがタマ殿、よろしくたの……」
「みみみみみ! 認めないわ絶対!」
これに猛反対するのは優里だ。何故やっと逢えた姉をロリコンの変態なんかに盗られなければならないのか。
「ユーリ様、ラヴィも分別のつく大人です。本人がこう言っているのですから、外野がどうこう言うものではありません」
「だって、えっと、そうだ! T@MA先生フリーターじゃない! せめて定職についてもらわないと家族としても安心出来ないわ!」
「仕事があればよろしいので?」
優里の物言いに反応したのは、意外にも間宮だった。
「え、ええ。別に金持ちじゃなくてもいいわ。それなりの生活を送れるだけの……」
「T@MA先生、私、深川出版の間宮と申します」
優里の言葉を遮ってT@MAに名刺を渡した。T@MAも我に返り名刺を受け取る。
「実はわが社で新しい漫画雑誌を刊行するんですが、その目玉の一つとして『おまひろ』のスピンオフ漫画を企画しております」
「は、はあ……」
「T@MA先生の漫画を拝見致しました。実に素晴らしかった。どうでしょう? ラヴィーンを主役にした連載漫画を描いて頂けませんか?」
ラヴィーンメインの漫画なら願ってもない。ロリを描いてお金が貰えるなんて夢のようだ。二つ返事で承諾する。
「わかりました。頑張ります」
「間宮さん?! 嫌よ! そんなの私は原作書きませんからね」
「高坂先生。コミカライズの人選はこちらに一任するという契約です。異論は認めません」
「ぐぬぬ」
「まあまあ優里ちゃん。僕とも兄妹になるわけだし、これからよろしくね」
「兄貴面するなぁぁぁぁ!!」
暴れる優里とそれをなだめようとするラヴィを眺めながら、アレインは酒のグラスを煽った。
「やれやれ、賑やかな事だ」
「パパ、半年後にはもっと賑やかになるぞ」
「そうだなママ」
アンナのお腹をそっと撫でて、アレインは目を細めた。
◇◆◇◆◇
四ヶ月後。
北風が冷たい早朝、アレイン、ラヴィ、優里の三人はビックサイトにて待機列にその身を投じていた。冬コミである。
「何でこの私が一日目にわざわざ始発で来て並ばなくちゃいけないのよ。あー寒い」
吐息で手を暖めながら優里が愚痴をこぼした。
「アレインが始発ラッシュを体験したかったんだって」
「ああ、とても貴重な体験だった。電子マネー必須だったな」
三日目には優里もサークルとして参加するし、ラヴィも間宮からコンパニオンの仕事を頼まれている。先行入場出来るのにも関わらず、アレインは行列の雰囲気を味わいたいが為に一日目にやって来たのだ。ちなみにアンナはお腹が目立つようになり留守番、T@MAは締め切り前で原稿作業中の為仕事場にカンヅメだ。
「『おまひろ』の読者が見たら泣くわよ。すっかりオタク文化にハマっちゃってさ。おまけにお腹の大きい奥さんまで置いてきて」
「うちの嫁は理解があるからな。その分コミケが終わったらいっぱい手伝うさ」
「はいはい。で、どうなの向こうの世界は?」
「年明けに選挙をやる」
「選挙? あれ? 空王アレインが皇帝になるんじゃないの?」
「空王はやめてくれ。俺は王なんて柄じゃない。日本をモデルにした民主主義国家を目指しているんだ」
あの夏コミの後、アレインは異世界に戻った。
さっそく空中要塞の起動を確認した後、海王トリトンに仲介を頼んだ。冥王ハーデスに協力をあおぐ為である。
黄金水晶を使い時空魔法で地獄の底へと降りたアレインは、冥王に対帝国の同盟を持ち掛けた。
冥王も暗黒水晶を使って許可なく蓋を開けようとする帝国を疎ましく思っていたし、アレインがケルベロスを殺さずに送り返してくれた事もわかっていたからこの申し出を快諾。これにより冥王ハーデス、海王トリトン、空王アレインの三界同盟が成立した。それからはあっという間だった。地獄の軍勢、海竜の群れ、そして空中要塞を相手になど出来るはずもなく帝国は白旗を挙げた。
皇帝と軍上層部の人間は地獄の牢獄送りとなり、今頃ケルベロスの毛並みを整えている事だろう。
「そっか。じゃあもうすぐだね。尊い平和な世界が出来るのも」
そして願わくば、もうエルドラードのような悲劇が起こらないようにと優里はそっと祈った。
「アレインなら大丈夫だよ。あ、十時になるよ!」
待機列に並んでいる人々が十時に合わせてカウントダウンを始める。
「……3! 2! 1! コミックマーケット開場でーす!」
各所で拍手が響く。真冬にも関わらず立ち込める熱気にアレインの心は高鳴り、期待に震える。
興奮を抑えられずに叫んだ。
「よーし皆! 魔導書は持ったか? 行くぞおおお!」
――おしまい!――
じゃあね皆! 次はビックサイトで会おうぜ!




