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誕生祝

 仕事に就いて8ヶ月が過ぎた。鳴川の言ってたルカの夢が、日を増すごとに萎んで行く。


 仕事には慣れたが、独身男性にときめくひとはいなかった。だからと言って、既婚者に惚れるわけには行かない。

 素敵な男性に巡り会うどころか、就職した事によって、ルカは鳴川の魅力を再確認する事になってしまったのだ。


 鳴川との奇妙な関係は付かず離れず続いていた。ルカが仕事に就いた事で、メールや電話でやり取りしていたが、久し振りに時間が出来たので、会う事になった。


 数ヵ月振りに会うルカは、とても美しくなり、女性らしい魅力が加わっていた。鳴川は一瞬見とれてしまったが、その事は口には出さず、ルカの最近の様子を聞くのに徹した。


 ルカは仕事もプライベートも充実感がないんだと、口を尖らせている。


「そうか~。けど、これからだよ。もうすぐ1年になるし、仕事面でも少しずつ余裕が出てくるだろう? そうすれば回りを見る目に変化があるかも知れないし。全く焦る年齢じゃないんだからさ。ルカちゃんは可愛いんだから、モテると思うんだけどなー」


「可愛いかどうかは別にして、ルカの気持ちが向かなかったら意味ないよ」


「……。ルカちゃんて、どんなタイプの男性が好きなの?」


「うんとね。村仲トオルさんみたいなひと」


「えっ! あの俳優の? ずいぶんと年上好みだね〜。つまりは、長身でイケメンでかっこよくて、男らしくて、正義感が強い、年上の優しい男性って事?」


「ぷぷっ。まるでトオルさんの知り合いみたいな言い方ね? そのとおり! そんなひと、なかなかいないでしょ?」と笑った。


「いるでしょ? 目の前に」と真顔で言ってくる。ルカは思わず赤面した。


「あれ? 違い過ぎ?」鳴川は優しく微笑む。


 ルカは、その通りだよ、と言いかけてあわてて口を閉ざす。


「そんなあきれた顔しなくたっていいじゃない? 合ってるのは年上ってだけだったね」と笑った。


「あと、優しいとこも当てはまるよ」


「優しいかな~? 僕はルカちゃんにはつい甘くなっちゃうみたいだ」



 そんな事言わないでよ。もっと甘えたくなっちゃうじゃない。



 ルカは自分の気持ちを必死に抑えていた。

 そして鳴川も、自分より年上の俳優の名を挙げたルカに、なんだか心が熱くなるのを感じていた。自分の歳でも範囲内じゃないか! と。そう思った時、ふと気になってた事を聞いてみた。


「そう言えばルカちゃん? 例の片想いの彼への気持ちは、少しは落ち着いたのかな?」



 なんて酷な事聞くの? あーーーー。言ってしまいたい! ルカが好きなのは、今、目の前にいるひとだと。でもダメ! 言ったらもう会ってくれないかも知れない。気持ちを告げたら、鳴川さんを困らせるだけだ。



 ルカは苦しい表情を見せた。



「あ……。ごめん。その様子じゃ、まだ越えられてないようだね。もしかして、思い出させちゃった? バカだあ、僕は。まったくもう、デリカシーに欠ける男だよ、ごめん!」



 違う!!



「い、いいよ。鳴川さんはルカの事、心配してくれてるんだよね? でも人の気持ちって、あっさり引けちゃう時もあれば、ずっと変わらない想いが続く時もあるんだよね……。諦めなきゃいけない想い程、持続力が強いのって何でだろ? なかなか断ち切れないよ……」


「なんだかそいつが羨ましくなってきたな〜。そこまでルカちゃんに想われてるなんて、幸せなやつだよな。僕はルカちゃんが16の時から知ってるけど、そんな好きなひとに出会ってたなんて気付かなかったよ」



 もう! 鈍感! 



「ほんと。幸せなやつよね。ルカの視線を感じないのかしら? すっごく熱い視線送ってるのにさ!」


「ね? どこで知り合ったの? そんな時間あった?」



 もう! もう! もう! ほんとに鈍感!!



 ルカは、返事に困った。言われて見れば、鳴川と知り合ったのは高校生の時で、いろんな事を話して来たし、相談もして来た。増してや恋愛話に盛り上がる年齢のはずなのに、好きな男性についてのお喋りはほとんどして来なかった。鳴川が不思議に思うのは当然だ。



「あ、聞いちゃいけなかったか。悪い、悪い」



 違うのに! 言いたいよ! 言えないだけだよ!



 鳴川は話題を変え、それ以上は聞かなかった。




 それから数日後。鳴川からメールが届く。


『来月の15日なんだけど、空いてるかな? 空いてたら予定入れないでおいて欲しいんだけど』


 予定なんて、あなたのためにいつでも空けてあります。


 ルカはすぐに了解メールを返信した。




 鳴川はルカの誕生日を数日後に控えた土曜日、個室のある和風レストランにルカを連れて来た。 


「ルカちゃん、お誕生おめでとう。まずは乾杯!」


 ルカは満面の笑みを浮かべ、ありがとうと応える。


 今日のルカは、この前会った時より、更にきれいに見える。しかも妙に色っぽい。鳴川の胸は高まり、脈拍が早くなってる気がしていた。鳴川は話しながらも、ルカの口元を眺め、胸元の眩しさに、ルカの洋服に隠された肌を想像していた。



 はっ! 僕は何を考えてるんだ。今日は食事をするだけ。変な気を起こすんじゃない!



 ルカは段々無口になる鳴川が気になっていた。


「鳴川さん? お仕事大変なの? それともお家で何かあったの?」


「ん? どうして?」


「だって、なんか考え事してるみたいだし、いつもの饒舌ぶりが出てないんだものー」


「あ、いや、ごめん、ごめん。そんな風に見えちゃたなら、謝る。今はルカちゃんの事だけ考えてるよ」


「ほんとに? じゃ、さっき話した、セクハラギリギリ上司の対応の仕方の答えを聞かせてよ」


「えっ……。ああ……。そうだったね。えーと……」


「ぷっ! やだ。やっぱりルカの話なんて聞いてなかったじゃなーい。うそつきー」


「えっ?」


「セクハラ上司の話なんて言ってないし!」


「ルカちゃん!」


「ごめんなさーい。鳴川さん、やっぱおかしいよ? 無理してない?」


「してないよ」


「じゃあ、疲れてるの? ルカに出来る事、何かない?」


 鳴川の胸の奥が痛み出した。



 なんだ、この痛みは! 自分にもまだこんな感情が芽生えるのか? 鳴川も自分の感情を抑えるのに必死だった。いけない。こんな思いを抱いては。



「鳴川さん? ねえ、ほんとに大丈夫? 具合悪いんじゃないの?」


 鳴川は理性と闘っていた。


「ごめん、ごめん。ここんとこちょっとトラブル続きであんまり寝てなくてね。久しぶりにワインなんか身体に入れちゃったから、拒否反応起こしたのかも知れない。…………。大丈夫、もう、大丈夫だから。悪いね、気を遣わせちゃって」まったくのウソだ。そう言ったところで、デザートとコーヒーが運ばれて来た。


 そのタイミングで鳴川はテーブルの上に箱を置き、ルカの前に差し出した。


「これ、誕生日プレゼント。気に入るかわからないけど」


「えっ! 食事の席だけでも嬉しいのに、プレゼントまでくれるの!? 嬉し~い! 開けてもいい?」


「もちろんだよ」


 ルカがリボンをほどき、包装紙を丁寧に開く。少し長細い箱の蓋を開けると、思わずルカの口元が緩んだ。


「――――きれい。かわいい!」ルカはそれを手に取り、鳴川に手渡すと、自分の左腕を差し出す。


「……? あ……」鳴川も納得の表情に変わり、それをルカの細い手首にあてがった。


「ステキ。鳴川さん、趣味いいね。ありがとう。すごく嬉しい!!」ルカは鳴川にはめて貰ったブレスレットを暫く眺めていた。その可愛らしい表情に我を忘れそうになる鳴川。ルカもまた好きな男性からのプレゼントに心を躍らせていた。


「鳴川さんにお誕生日プレゼント貰ったのって、初めてだね? いつもケーキだけだったから、すごく嬉しい。あ、ケーキだけでも十分なんだけど」と言って、笑った。


「なかなか、タイミング合わなかったからね。社会人になったんだし、こういった物もいいかな? って思って」


「うん。すごく嬉しい」ルカは本当に嬉しそうだった。鳴川もその顔を見て、ほっと胸を撫で下ろした。



 そして、帰りのタクシーの中。


「鳴川さん、今日はほんとうにありがとう。ステキなプレゼントも頂いちゃって、大切にするね」


「気にいってもらって、こっちもうれしいよ。とっても……似合ってるし。ルカ……ちゃんも、大人になったんだな~」鳴川の様子が少しおかしい。


「ふ……。まだまだだよ。もっときれいに――――――――!」突然鳴川がルカにもたれかかってきた。


「な、鳴川さん? どうしたの? ね、ね、大丈夫?」


「き、気分が悪い…………」


「え、え。ど、どうしよ…………。あ、あの、運転手さん。止めて下さい!」ルカは、仕方なく、タクシーから鳴川を降ろすと、辺りを見回す。ふと、ネオンが目に入る。


 この際、やむを得ない。路上に横たわらせるわけには行かない。ルカは鳴川を支えながら歩き、ネオンが光る建造物の一室に入り込んだ。


 まず、上着をぬがせ、ベルトを弛め、ベッドへ寝かせる。冷蔵庫の中のミネラルウォーターを飲ませると、バスルームから洗面器を持ち出し、鳴川の横に置いた。


「鳴川さん、吐きたかったら、ここに出していいから」鳴川は青い顔で「ごめん……、ルカちゃん。とても気持ち悪いんだ。多分……、吐くかも……」と言った途端、ウッ! ――――――――――。




 ぐったりする鳴川。ルカはミネラルウォーターを飲ませると、シャツとズボンを脱がせ、ベッドの上に横たわらせた。そして、嘔吐物を片すと、ベッドの脇に座り、ずっと鳴川を見つめていた。


「鳴川さん?」


 ルカが話かけるが反応がない。眠りに入ってしまったようだ。


 じっと鳴川の顔を見つめていたルカの視線は、鳴川の口元に向けられた。鼓動が早くなる。ルカの細い指が鳴川の唇をなぞると、吸い込まれるように顔を近づける。自然と自分の唇が鳴川の唇に重なる。

 このまま身体ごと重ねてしまいたい。ルカは下着姿になり、鳴川の隣に潜り込んだ。そして鳴川の身体の感触を自分の肌に記憶させた。


 2時間ほど経過した頃だろうか。鳴川が目を覚ますと、肩越しにルカの顔があった。


 ああ……。僕はひどい失態を見せてしまった。飲み過ぎたわけじゃないはずなのに、一体自分の身体はどうしてしまったのだろ。はあ~、ルカちゃんにとんだ迷惑かけてしまったな。


 鳴川は、そっとルカの髪を撫でた。


「ん、ん~…………」ルカが、顔を上げた。


「あ、アタシ寝ちゃったのか……。鳴川さん、気分はどう?」


「お陰でだいぶすっきりしたよ。ごめんね。せっかくのルカちゃんの誕生日祝いだったのに、こんなだらしない男のお世話なんかさせちゃって」


「うううん。ただビックリしちゃって、どうしていいかわからなくて。ここしか休ませる場所がなくって……」


「あ……。ほんとにごめん。女の子にそんな事までさせて……。自分でも、こんなになるとは予想外でね……。情けない」


「でも、良かった。顔色も戻ってきたみたいだし。救急車呼ぼうか迷ってて、ひとりでパニクってたんだんから」


「ほんとにありがとう。それに比べて僕ときたら……」


「相当疲れてたのよ。あんまり寝てないって言ってたじゃない? だからよ、きっと」と言いながら、ルカが起き上がる。


「――――――――! ルカちゃん? なんでそんな格好なの? まさか…………!」思わず自分の下半身を確認する鳴川。



 気付くの遅くない? ルカが隣に寝ている時点でハッとするだろ? 普通。それだけ意識が自分の不甲斐なさに向いてたってわけだが。



「あっ。――――。ルカもちょっと楽になりたくて脱いじゃったの。したら、いつの間にか眠っちゃったみたいで。お布団の中、気持ちいいんだもの」


 ルカの乳首がキャミソールの上からも起立しているのがわかる。鳴川は思わず唾を呑み込む。


「…………あ、あのさ、ルカちゃん、そろそろ帰らないとお父さんが心配するよね? 僕はもう大丈夫だから、今度はちゃんと送るよ」鳴川は、なんとか自分を落ち着かせようとしていた。


「メールしておいたから平気よ。それに……、パパも多分、今日は帰って来ないと思う」


「ん? そうなの?」


「うん……」


「でも、だからって、帰らないわけにはいかないだろ?」


「帰ったって、ルカひとりだもん。だったら、鳴川さんと一緒にここにいたいよ! 一晩中ずっと……」


「一晩中って――――。ルカちゃん? それがどういう意味かわかってる?」


「わかってるよ。ルカは、鳴川さんと一夜を共にしてもいいと思ってる。だから……」


「ダメだ! 僕だって一緒にいてあげたいよ。でもそれは、誤解を招くし、してはいけない。いや、僕には出来ないんだ。わかるだろ?」鳴川も焦っていた。


 ルカは張り裂けそうな胸の内をさらけ出したくなっていた。もう、押さえられそうもない。すでに爆発寸前だった。だが、鳴川の一言で、押さえ込むしかなかった。


「僕は、妻も、君のお父さんも裏切れないんだ……」そう思う事で理性を保とうとしていた。


 ルカはギュッと目を閉じ「わかってる……。だから、もう少しだけ。もう少しだけでいいから一緒にいて」それ以上は言えなかった。





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