すれ違い
鳴川は自分の心に困惑していた。妹のように可愛いと思っていたルカの成長振りに、戸惑いを覚えていた。ルカの姿が脳裏から離れず、妻の言葉も上の空だった。
「あなた? 何かお困り事でもあるの? 最近あんまり元気ないわよねー。私に話してくれてもいいのよ?」
「ああ、ごめん。大丈夫だ。仕事の話は家でしたくないんだ。悪いな。心配かけて。大丈夫だから」
全然大丈夫じゃないじゃないか。
鳴川は、成人を迎えたルカに対する自分の気持ちの変化に気づき始めた。そして、その日以来ルカの事ばかり考えるようになっていた。
高校生だったルカは、ほんとうに可愛らしい子にしか写らなかった。勉強は与えられた事をこなすだけだったが、好奇心が旺盛で、よく質問攻撃も受けた。とにかく可愛いの一言に尽きていた。だが、社会人になった途端、急に大人っぽくなり、初々しいというより、美しかった。妖艶とまでは行かないが、女性らしさが増していた。化粧のせいなのだろうか? いや、彼女は高校を卒業してから魅力的になったのかも知れない。その事に気が向かなかっただけなんじゃないか? ルカの誕生祝いをしただけのつもりが、ひとりの女性として意識し始めてしまう事になろうとは。
あの日、ルカに一晩一緒にいたいと言われた時、どうしようもなく愛おしかった。抱きしめてキスをし、ルカを肌で感じたかった。だが、その時、ルカの父親の姿と妻の顔が過ったのだ。自分には体裁のいい言い訳なんか出来ない。ただ自分の首を絞めたくないと思っていただけなのだ。
ルカは、恐らく寂しさから自分と一緒にいたいと言葉を発しただけ。ふたりだけの狭い空間が、一時ルカをその気にさせてしまっただけなのだろう。
しかし、鳴川の胸の奥は熱を帯びたままだった。
歳が離れていようが、成人した男女には違いない。今の時代、年齢差なんか問題視されないじゃないか。恋愛に年齢なんか関係ない。問題なのは、鳴川には、妻が存在するという事だ。妻以外に気持ちが動くなんて事は、今に至るまで考えた事もなかった。
きっと勘違いだ。僕はきれいになったルカちゃんにドキドキしてただけ。異性としての感情なんかじゃない!
鳴川はそう思う事で、ルカに対する恋愛感情を打ち消そうとしていた。
ところが、数ヶ月後、ルカが男性と食事をしている姿を目撃する。鳴川は、嫉妬にも似た感情が湧き上がって来るのを感じた。
ルカが社会人丸2年を過ぎたある日。同じ部署に配属になった細田栄樹と食事をしていた。もちろん誘われたからだ。細田はルカよりひとつ年上だが、1年後に入社してきたから、一応ルカの方が先輩になる。
「今日はありがとうございます。まさか、OKして貰えるとは思いませんでしたよ」
「なんで? 食事くらい、いくらでも付き合うよ?」
「えっ! だ、誰の誘いでもですか?」
「やだ。そんな訳ないよ~。でも、私、あんまり会社のひとから誘われたりしないよ?」
「そうなんですか? あ~、そう言えばあんまり歳の近いひといませんよね? 新規採用も4年振りとかで、来年は見送るって言ってましたし」
「そうみたいだね。私達、運が良かった班なのかも」
「ですね。それじゃあ、班同士、仲よくやらなといけませんよね?」
「ん? 仕事仲間として、だよね?」
「もちろん。プラス、……、出来ればプライベートにおいても仲よくして頂けると、大変嬉しいんですけど、どうでしょう?」
「どうでしょう? って…………。それは、どう受け取ったらいいの?」
「そのまま受け取ってくださいよ。ルカさんの事、以前から気になってたんで、同じ部署になって嬉しかったんですよー。一緒に仕事してて、益々興味が湧きました。だから、もっとルカさんの事知りたくなって誘ったんです。あ、すみません。勝手に名前で呼んでますけど、仕事じゃないからいいですよね?」
「はあ~。ま、いいけど。だから、それって、付き合いたいって事?」
「はい。付き合いたいです! 付き合ってくれますか?」
――――早っ!!
「友達以上を目指すって意味で?」
「はい。目指すつもりで」と即答されてしまった。
細田の目は真剣で真っ直ぐだった。彼を数ヶ月見て来たが、対応の仕方が穏やかなのに、即断即決する態度に好感を抱いていた。プライベートだって、付き合ってみなければわからない。鳴川への気持ちは断ち切れないままだが、付き合うくらいいいのかな? まだ告白されたってわけではないし。
「細田さんって、彼女いないの?」
「は? 彼女がいて、別の女性に付き合いたいとか言います? そんな器用じゃないですよ」
「……。器用って事じゃない気がするけど…………。でも、私の事は聞かなかったよね? いきなり直球投げてきたし。彼氏いたら付き合うわけにはいかないでしょ?」
「彼氏……いないですよね?」細田はじっとルカの目を見る。
「な、なんで断言出来きるのよ」
「俺は、ルカさんに、ふたりで食事したいって誘いましたよね? 彼氏がいたら、最初から断るか、ちょっとくらい躊躇すると思うんです。でも、ルカさんは何の躊躇いもなかった。だから、特定なひとはいないって、直感したんです。はずれてます?」
「――――! で、でも、彼氏いたって、食事くらいするんじゃない? 同僚なんだし……」
「いるんですか? ガチでいるんですか?」
細田が怒りにも近い眼差しで、前のめりなって来たので、ルカは思わず発してしまった。
「私、好きなひとがいるの」
細田は一瞬だけうつ向いたが、すぐに目を開け、「だから?」とルカに問う。
「だから……、好きな男性が存在するんだってば!」
「その男性とお付き合いしてるんですか?」
「お付き合いってゆうか……。多分、向こうは私の気持ちに気付いてさえいないと思う……」
細田は暫く黙っていた後、ふーっと息を吐く。
「つまり、切ない片想いなんですね? 告白しないんですか?」
「しないとゆうよりは………………出来ない。かな?」
「は、はあ~ん。なるほど。出来ないんですね。そういう相手ってわけですね。だったら、俺は引く必要ないって事ですよね。これから、いろいろお互いを知って行けばいいんですから」
「あ、あのさ、でも、まだ、私の事、好きになったってわけじゃないでしょ?」
「好きですよ。もちろん」
「えっ! …………」いきなり告白されたの? 私。唐突過ぎて嬉しくない。
「好きになったから、この気持ちが本物になるかどうか、付き合って行きたいんです。誘いに応じてくれたって事は、ルカさんは、俺の事、少なくとも嫌いではないですよね?」
なんて勝手な思い込みばかりするひとなの? 当たってるだけに反論出来ないじゃないか。
「私なんかでいいのかな?」
「私なんか? それって、俺の見る目に対して失礼じゃないですかー。ルカさんだからいいんですよ」
こやつ、信じていいんかな?
ルカが黙ってると、「俺、思った事はしまっておけないタイプみたいで、すぐ行動したくなるんです。もちろん、仕事では我慢しますけど。だから、軽いって思われがちですけど、本人的にはめちゃくちゃ真剣なんですよ。女性に対しては一途ですし。まあ、それが逆に重いって、振られた経験ありなんですけどね」と言って、苦笑いする。
ルカは迷った。だが、鳴川が好き過ぎて、他の男性との付き合いは未経験だったルカにとって、細田の存在は新鮮風となり、この日をきっかけに、ふたりの交際が始まった。




