第16話:止める理由
“止められなかったこと”は、
次に同じことが起きたとき、理由になる。
水面が、わずかに揺れていた。
濁りは残っている。
だが、
さっきまでの激しさはもうない。
誰も、すぐには動かない。
ローブの男は崩れたまま動かない。
生きているのかすら、分からなかった。
「……」
ルイが舌打ちする。
だが、手は離さない。
レオナは、その様子を見ていた。
視線が外せない。
止められなかった。
さっき、自分は。
「……」
九条が動く。
もう一度、
何かを確かめるように視線を落とす。
セレナの指が動く。
同じ軌跡。
完全に一致している。
「……再現している」
九条が呟く。
その一言で、空気が張り詰める。
九条が、わずかに手を動かす。
もう一度、確かめようとする。
「——やめなさい」
レオナが踏み出した。
はっきりと。
今度は、迷いがない。
九条の動きが止まる。
「……何をだ」
「それ以上よ」
短く、だが強い。
「それは“確かめること”じゃない」
一瞬、間。
レオナは続ける。
「ただ壊しているだけでしょ」
ルイが小さく息を呑む。
九条は、静かに返す。
「違うな」
「壊れているかどうかを見ているだけだ」
レオナの視線が鋭くなる。
一歩、詰める。
「同じことでしょ」
「対象が壊れるかどうかを前提にしている時点で、それは“確認”じゃない」
九条はわずかに首を傾げる。
「では何だ」
「ただの破壊よ」
言い切る。
セレナの指が止まる。
わずかに揺れる。
ルイが低く言う。
「……あんた、マジでやめとけ」
「さっきの見ただろ」
「普通じゃねえぞ」
九条はルイを見る。
「普通、とは?」
「……あ?」
言葉が詰まる。
レオナが遮る。
「話を逸らさないで」
「それ以上やるなら——」
一瞬だけ言葉を選ぶ。
「止めるわよ」
沈黙。
空気が重くなる。
九条は、ほんのわずかに笑った。
「できるのか」
「やるわ」
即答。
今度は一切揺れない。
九条は、レオナを見る。
ほんの一瞬だけ。
そして——
ゆっくりと一歩、下がった。
それで十分だった。
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
セレナの指が、ゆっくりと下がる。
再現は止まる。
「……チッ」
ルイが舌打ちする。
「最初からこうしろよ」
誰に向けた言葉か分からない。
レオナは答えない。
ただ、九条を見ている。
さっきと同じことを、
もう一度やらせるわけにはいかなかった。
それだけだった。
九条は視線を外す。
興味を失ったわけではない。
ただ、今はそれ以上踏み込まないだけだ。
「……行くぞ」
短く言う。
ルイが肩をすくめる。
「はいはい」
ローブの男を引きずる。
レオナは最後に一度だけ振り返る。
焼けた匂い。
揺れる水面。
そして、
何もなかったように戻っていく市場。
「……」
言葉にはしない。
ただ一つだけ、確かだった。
——次は、止める。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
“止める理由”は、
一度見てしまった後にしか生まれません。




