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父の銃殺刑決定

「――銃殺刑……」


 大日本帝国海軍の末端とはいえ士官に属する兄ふたりが今日、ここに姿を見せたのは、つかの間の休日を得て羽を伸ばしに来たわけでもなければ、母や弟たち、生まれてまだ一度も顔を合わせたことがない末弟に会いに訪ねてきたわけでもなかった。


 ――先の帝都大空襲。


 事前に米国海軍大太洋艦隊の帝都大空襲計画を察知し、これを必ずや本土到着前に海上みて迎撃し、殲滅すると魂に誓って大日本帝国海軍聯合艦隊は出撃したにもかかわらず、結果として絶対守護の任を果たすことができずに招いてしまった大惨事。


「帝都では信じがたいことに、一晩でその四割近くを消失」


 大火の被害地域は分散されてはいたものの、かえって被災者の逃げ場を塞ぐようなかたちとなってしまい――死者に至っては、目測だけでも十万人。


「十万……」


 その途方もない数を聞いて、その場の誰もが絶句する。


「帝都におかれては皇家にあられる御方々はご無事でしたが、宮家の方々は半数以上がご不幸に見舞われた」

「その大惨事の責任をとって、銃殺刑……」


 暁久(あきひさ)の話によると前代未聞の大失態を犯した聯合艦隊は、昨日に鎮守府のある呉や横須賀の軍港に帰港したが、その到着を待たずに本人たち不在のまま軍法会議はすでに開かれ、刑の内容が決定。

 聯合艦隊司令部、帝国海軍軍令部において本作戦に関わった主要将校たちの全員に銃殺刑という判決が下されているという。

 該当者の一部はすでに捕縛済み。

 聯合艦隊司令部の該当者も帝国帰還後ただちに捕縛されたという。


 ――その名簿には当然、任務を遂行できなかった外洋部隊の長、聯合艦隊司令長官である父の名も筆頭に記されており……。


「こればかりはどうしようもない。帝国民に無用な心配をかけさせまい、混乱生じぬよう極秘で出撃に至ったとはいえ、結果が先の帝都大空襲であった以上どうあっても処分という筋は通さなければならないし、受けなければならない」


 父の名を名簿で見たとき、暁久は軍人として覚悟をきめて、息子として何かを諦念した。

 たとえ肉親としての情、尊崇する上官に対しての情が優先に出たとしても、いまの暁久の階級や立場では決定された軍法会議の内容を変えることは到底不可能。

 万が一にも可能だったとしたところで、該当する将校たちが……父を含めてそれに甘えることがないのもまた現実。

 きっと彼らは、潔く自ら腹を切るだろう――。


「父さんを庇えず、すまない」


 言って、暁久が詫びるように深く頭を下げる。

 たがいにきちんと正座をしあって向かい合っていた大人たちも無言でそれぞれ首を振り、おなじように十七郎(とおしちろう)も長兄には何の非もないと首を振る。


 ――父はこれまで「職業上」に関する事柄を、一切口にすることはなかった。


 今回の極秘出撃に赴く以外の通常艦上勤務のときでも「しばらく家を留守にする」と言って、


「母の言うことをよく聞き、年長者は母を助け、弟の面倒をよく見て、年少者は母や兄の言いつけをきちんと守り、素直に返事をすること」


 と、玄関先で挨拶がわりのように述べることはいつもこれで、あとはふわりと優しく微笑んで「行ってきます」と言って玄関を出るだけだった。


 ――だから、あの日。


 末弟を出産するために里帰りすることになった母や一二三たちを母の生家まで送り届けてくれた父の背中、見送るときに見せてくれた父の優美な笑みにはまたすぐに会えるのだと思っていただけに、あれからこの国を取り巻く事態が急変し、そのまま父に会うこともできずに死別を迎えることが決定したことが悔しくて、悲しくて、十七郎は膝の上に乗せた拳を震わせながら泣き出したい気持ちを必死の形相で堪える。

 だが、震える声は隠せない。


「兄貴たちは、いつから知っていたんだ……?」


 父が、聯合艦隊が、海軍士官が、兵員たちが刺し違いの死も覚悟で帝国民を救おうと、家族にも会わず、何も告げずに動かせる艦艇すべてを引き連れて出撃したことを。

 口数が多いとあれこれ尋ねて、きっと泣いてしまう。

 避けるようにどうにかして最低限を言葉にして問うと、暁久と蔽九郎(へいくろう)がややためらうように視線を交わし、蔽九郎がうなずく。


「これは超極秘出撃だからね。家族に会って何かを悟られ、それが門から外に出て下手に広がれば、それこそ人々の混乱は避けられない」


 それは避難と誘導を困難にさせ、暴動にもつながりかねない。

 帝都大空襲の危機まで時間もないのに、ましてや帝都民を説得するのは不可能。


「僕も所属先が艦隊勤務ではなかったから、聯合艦隊がその密命を抱えて出撃したと知ったのは出航の二日後だった」


 帝国海軍内でも所属部署によっては厳戒令が敷かれ、奇妙な空気を感じつつも知る機会は与えられず、蔽九郎はたまたま海軍省の廊下ですれちがった長兄の耳打ちで現状を知ることができた。

 あの日、長兄と会わなければ、蔽九郎も帝都大空襲の夜まで何も知らずにいただろう。


「家族が軍人である以上、将校である以上、戦地や任務で命を落とすこともあるだろうし、訓練でとり返しのつかない怪我をすることもある。ましてや聯合艦隊司令長官という立場ともなれば、相応の責任をとるかたちを受け入れなければならないことだってある。十七郎もそれはわかるね」

「わかるけど……っ」


 諭そうとする暁久の静かな声に、十七郎はもうほとんど泣き出したくなる。

 震える十七郎の手にそっと蔽九郎の伸ばした手が重なる。

 泣いてもいいよ、と無言で伝えてくるのを察して、十七郎は気が遠のきそうになるのを堪え、涙を堪える。


 ――ともかく、自分なりに詳細も事情もわかった。


 本人不在で軍法会議がすすみ、刑罰が決定するというのはいささか不自然にも思えたが、先の日露戦争……当時世界最強と謳われたロシアのバルチック艦隊に勝利した日本海海戦を経験して以後、帝国海軍は祖国の絶対的守護者であり、その存在は帝国民の端々まで誉れでもあった。

 よもや空から敵国艦隊所属の爆撃機が帝国帝都に侵入するとは夢にも思わなかったが、当時の聯合艦隊――それを率いた南郷大将……すでに現在は引退して称号は元帥、そして当時を戦い抜いた先人たちの面目に大失態という泥を塗り、刺し違いの覚悟をしておきながら空振りし、護るべきものも護りきれず帝都を煉獄に染め、十万もの帝都民の命を犠牲にしてしまい、――何より神代の子孫である皇家が治める大日本帝国そのものに過失で傷をつけてしまったのだ。

 これは皇家筆頭……今上帝を第一に掲げる大日本帝国にとっては、絶対に許されぬ失態。

 軍人ではない十七郎には規則や対面などはよくわからないが、そういった背景があって父の銃殺刑が決定したのであれば、たしかに悲しいことではあるがしかたがない。


 ――それが立場ある者が受ける責任なのだ。


 と、心のどこかですんなりと納得もできてしまう。

 高潔な魂を汚すことなく非を認め、刑を受け入れる。

 それだけが責任のとり方の理由であれば、納得するしかほかがない。


 ――けれども……。

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