82 無数の虫が教室を飛び交い、娘たちの悲鳴を誘う
二限の授業、和の建築論。
二回生向けの授業である。
とはいえ、三年生もいるし四年生もいる。
単位取得に失敗した者もいるし、単位収集のために受けている者もいる。
四十人ほどが入る小ぶりな教室。
この大学で三科目を受け持っているが、すべて木曜日、この教室を確保している。
大学の校舎群の最東端。十二号館。
急斜面に建っていることで、教室はすべて地下。
地下とはいえ、暗くはない。むしろ、玄関が四階にあるという認識が正しい。
その最低部の奥。人通りのない静かな場所に1201教室はある。
両側に窓。
南には阪神間の街並みが眺望でき、遠く大阪湾の向こう、関西空港が見える。
北の窓にはすぐそばまで六甲の自然が迫る。
紅焔山と呼ばれる、ひときわ緑の多いエリアが窓いっぱいに広がっている。
窓を開けようものなら、鳥のさえずりが教室を満たす。
雨の後など、近くの沢の水音も聞こえてくる。
無数の虫が教室を飛び交い、娘たちの悲鳴を誘う。
この教室が好きだった。
「おはようございます!」
真っ先に挨拶をして入ってきた学生。
最前列に座ったアイボリー。三年生である。
普通、単位収集のために受講してくる者は最後尾に座るものだが、この娘は違う。
後ろに居並ぶ二年生には目もくれず、長身をまっすぐにして目を合わせてくる。
この娘に好感を持っていた。
サークル部員ジンの親友。
競馬場でもたまに見かける。
白いものを好んで着るタイプで、今日も白いブラウスにベージュのロングスカート、白いスニーカー。
染めていない内巻きワンカールボブが清々しい。
髪形だけを見れば、ジンよりボーイッシュ。
出席を取るとき、ほとんどの者は聞こえるかどうかの生返事か、ひょいと手を上げるだけだが、アイボリーは違う。
立ち上がり、大きな声で応えてくれる。時には、よろしくお願いしますと頭まで下げてくれる。
当然、授業態度はまじめで熱心。成績もトップクラスとくれば、講師としては好きにならずにいられない。
二年生もこの先輩を見習えばいいが、そうはならない。
アイボリーが浮いた存在であることは当然の成り行き。
ことさらにこの娘を特別扱いしているととられかねない言動を戒めていた。




