60 秋華賞はチョットマノアセリ
「牝馬三冠ラストレース、秋華賞は、チョットマノアセリ! チョットマノアセリです! 鼻差凌ぎきりました!」
優勝馬をアナウンサーが絶叫していた。
二着、三着が、それぞれツレナイレイチェル、サリノオモイデ。
俺は的中とはならなかった。
そして、諸注意を聞き、案内されるがままに十六番「ユーペリオン」の特別に長い手綱の先っぽを持ったのだ。
立派な体躯を持つ牡馬で、艶やかな黒い馬体が雄大だった。
購入対象ではなかったが、こうして縁を持った以上、買わねばなるまいと本命単勝に抜擢したが、さてどうなることやら……。
地下馬道に降りていく。
しんがりだ。
ジョッキーはもちろん手綱を持つ厩務員も、その先端を一ファンが握っていても、まったくの無関心。
変に話しかけて、馬の気を散らせることになってはいけない。
心の中ではきっと、なんでこんな催しを、迷惑千万、と毒づいているに違いない。
地下馬道には見学ツアーで何度も入ったことはある。
しかし今は、レース直前。闘志漲らせる馬たちと一緒に歩くのは初めてのこと。
壁や天井に、蹄鉄の音がカツカツと快く反響し、いやがうえにも期待が高まる。
ユーペリオンは落ち着き払って、悠然と歩を進めている。
トモは力強く、踏み込みも深い。歩調が乱れることもない。
よそ見をすることもない。ぐっと床だけを見つめ、首の上げ下げも小気味よい。
発汗もないし、余計な動きもしない。
期待が持てる。
勝ってくれよ。
泣いても笑っても、今日最終レース。
前を行く馬たちが曲がり角に消えた。
そこを曲がれば、馬場に向かう上り坂。
その向こうには青空が見えるはずだ。
と、記憶はそこまでだった。




