22 いったん、小休止と参ろう
む。
滝音が。
先ほどより少し周囲が明るくなっているように感じる。
少なくとも暗闇ではない。
このまま明るくなってくれれば、ますます好都合。
だが、雨が降っている。
蛇は追っては来ない。
もう、いいだろう。
逃げおおせた。ということにしておこう。
かといって、引き返すつもりは毛頭ない。
ランのことが頭をかすめるが、もはやどうしようもない。
けもの道は谷に向かっている。
足を滑らせながら、再び谷筋に降りていった。
獣たちが水を飲みに行くための道なのかもしれない。
降りたところで、水辺で行き止まりかもしれない。
となれば、引き返すことになるかもしれない。
そしてその先、どうするかはまた別の問題。
今は下りてみるしかない。
下るにつれて滝音が大きくなってきた。
街の灯は見えなくなった。
希望はあるが、不安もまだ大きい。
しかも、もうへとへと。
雨に濡れて体力も消耗している。
思考さえ、ままならない。
なんでこんなことに。
という思いだけが繰り返し沸き起こる。
ちくしょ。
また、足を滑らし、尻もちをついた。
掌が切れた。
ちくしょう!
傷は深い。
蜘蛛の巣が顔に覆いかぶさる。
灌木の藪を通り抜けるのに手間取って、息が切れる。
くそ!
木の枝で顔を打った。
額が切れた。
血が流れ、目に入る。
くそ、くそ!
くそ、くそ!
ようやく滝つぼが見えるところまで来た。
あと少しで沢に到達する。
少しずつ明るくなっていくように感じることだけが、心の支えだ。
獣たちの水飲み場だったら、また、この斜面を登ることになる。
そう思うと絶望的な気分になる。
とうとう滝つぼに降り立った。
さほど大きな滝ではない。
雨とはいえ、増水もしていないようで、水も濁ってはいない。
ハヒ。
ハ、ヒ。
ゼ、ヒュー。
ゼ、ヒュー。
ハ、ヒューーー。
掌で沢水をすくった。
たちまち血が混じる。
急いで飲む干す。
一口、二口、三口。
手と顔を洗った。
鮮血が水に溶けてゆく。
傷口を擦りすぎて、また血が流れた。
「おのおのがた、しばし、小休止と参ろう」
あえてふざけた調子で声に出し、この状況を笑える心境に持っていこうとした。




