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12 ……か、可愛いよ そうじゃなく

 座ったのは、素敵なカフェでもなく、おいしげな湯気が立ち込める食堂でもなく、酒の香りが充満する居酒屋でもなかった。


「ミリッサは、学生と一緒にはお店に入らない主義だから」


 阪急電車の高架下、雨に濡れていないベンチを探して腰を落ち着けた。

 ほの暗いがいかがわしくはない。目の前を多くの人が通り過ぎる。


 ランは、ウキウキ、さっきコンビニで買ったおにぎりやサンドイッチや飲み物を出してくる。

「お金払う」

「いいえ、これは私のお願いだし、自分のためのものも買ったから」

「こんなものまで」

「へへ」

 みたらし団子や牡丹餅や黒蜜のわらびもち、などなどが袋から顔を覗かせている。

「なんだよ、これ」

「言わずと知れたイカクン」



 なかば押し付けられるようにして口にした卵サンド。

 たいして美味くも感じなかったが、それでも一息ついた。

 さあ、今日の行き先と、待っているという人のことを聞こう。


 が、その前に、とランはここでガリの話を反芻した。

 男を弄ぶか~~。

 やだよね~、人間の社会って、と嘆息してみせたのだった。



 しかしすぐ、

「妖怪は信じるって話、そこから話します」

 と、たちまちモードを切り替えた。


 うむ。

 どこからでもいい。


「昔々、大昔、京に都があった時代、妖怪は普通にそこらじゅうに見られた。人々は恐れおののき、陰陽師は商売繁盛」

 などと、わけのわからない前振り。



「でも、その妖怪どもはどこに行った? 渡辺の綱に全部成敗されてしまった?」

「さあな」

「そんなわけないよね。ミリッサは授業でこう言った。現代人には見えなくなっただけ」

「ああ」

「じゃ、妖怪はいるってことよね」


 この話はどこへ行く。


「やっぱり、そこら中に。例えば、今、ミリッサのすぐ前に」

「だろうな」

「で、ミリッサは平安人のように、妖怪が怖い?」

「そりゃ、相手によるだろ」

「だよね。妖怪イコール悪で、怖い、ということじゃない。実際、ミリッサは私を怖がったりしていない」

「……」


 ん?

 んん?

 なんだ?

 なんて言った?


「ラン、なんの話をしてるんだ?」

「今、言ったよ」

「うん?」

「私の齢。こう見えても七十は超えている。でも、幼稚園児ね」

「ちょ……」

「ミリッサ。こっち、見て」

「……見てる」

「もっと、真剣に。私の顔を」


 恐怖はなかった。

 驚きだけは、胸いっぱいだったが。


「私の目を」


 人一倍大きな目。

 金色の瞳。

 赤みを帯びた涙袋がプックリして愛らしい。

 その下に並んだ二つのほくろ。

 小さめの鼻と、形のいい唇。

 でも、どこか、大小のバランスを欠いている。

 左右の八重歯が巨大で、前歯がその影響を受けている。


「どう言ったらいい?」

「感じたように」

「ん、……か、可愛いよ」

「そうじゃなく」



 あっ、と見る間に、ランの顔が、一瞬だが変わった。

 それは、その顔は、まさしく、

「猫みたい」

「ふふ」

「黒猫。とってもキュートな黒猫だ!」


「さすがミリッサ! 見えるのね!」

「え? え? いや、今、そんな気が」

「うんうん。でも、そうやって見える人って、なかなかいないよ」

「おい。あまり答えになってないぞ」

「黒猫。そう見えたってことは、そういうことにしておきましょう、ね」

「違うのか。というか、なんなんだ? ラン。まさかオマエ、黒猫の妖怪じゃないだろ」



 ランが、ぐっと前のめりになった。

 顔がいよいよ近づく。

 危険距離。


「じゃ、も一回」

「もういいって。それより、話を進めてくれ。今から、どこに行く?」

「はあ! でもその前に、私のことをもっとよく知って。授業でもそう言ってたでしょ。人を好きになった時、最初は」

「それはいいから、早く話せ」



 それから語られたランの話に、耳を疑い、それが胸に落とし込まれると、今口にしたカレーパンが食道を逆流してきそうだった。

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