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君は僕だけが愛でる花  作者: 贅沢 もも
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あの後、元通りの涼しい顔で戻ってきたグレースは鬼のようなスピードで書類をさばき、僕たちの仕事はあれだけあったのにあっという間に終わった。


グレースのお陰で滞りなく業務が続けられているというのに、次の日の放課後には衝撃の騒動が起きた。


生徒会室に入ると、珍しくエリックとリリーがいたのである。


また2人きりだろうとグレースはハンナを連れていたし、僕はクッキーなんかを焼いてきてしまっていた。


いつもの感謝を込めて、ハンナも一緒に食べてくれればと2つにわけてラッピングをしたが、この状況では渡せず行き場がなくなってしまった。


「あ!ライリー様、お元気でしたか?」


グレースには会釈だったのに、僕には名前で呼びかけてきたリリーに驚いた。


「あ、うん、変わりなくやっているよ。アンダーソン嬢がすごく頑張ってくれていて、いつも助けてもらっているんだ」


そう言ってから、今までサボっていた2人には嫌味に聞こえる可能性に気が付いた。

案の定、エリックはこちらを鋭く睨みつけているし、リリーは涙を流していた。


「えっ!ごめん、そんなつもりじゃなくて、ごめんね」


慌ててハンカチを渡そうと差し出すが、リリーはなかなか受け取ろうとしない。


そこにエリックが近づいてきて、親指でリリーの涙を拭ってあげていた。

サボっていた間にまた距離が近付いたのか、リリーはそれを当然のように受け入れており、いつの間にか2人で笑い合っていた。


え、なんかイチャイチャしてる…?


そう口に出さなかった僕は偉いと思う。


「あ、あの…本当にごめんね。それで、そろそろ仕事をしたいと思うんだけど…」


「せっかく仕事しようと来たが、書類は特別溜まってないし、リリーは体調が悪くなった。お前らでやっておけ」


「え、殿下…?!それはアンダーソン嬢が殿下の書類も片付けているからであって、決して2人で片付け続ける量ではありません…!」


エリックの言葉が何一つ理解できないし、グレースに対し感謝の言葉もない。

上に立つ者としての資質を疑ってしまうのも仕方がないと思う。


リリーはさっきまでエリックとイチャイチャしていたが、体調が悪いと言われた途端エリックの背中に隠れるようにして、2人でさっさと部屋を出ていってしまった。


「あ、嵐だ…」


「では、仕事に取り掛かりましょう」


「いやいや、アンダーソン嬢ってば切り替え早すぎるよ」


「ルイス嬢との接し方や生徒会の仕事については、何度も意見を申し上げたのですが全て逆効果でした。私が殿下の行動について申し上げること自体が烏滸がましいと」


冷たい表情でそう言ったグレースは、きっと心の中で誰よりも傷ついているはずだ。

それなのに、それをかけらも表に出さない。


そうすることが当然で、正しいというように。


「ねぇ、僕ね、今日は2人にお土産があるんだ。ちょっと気分転換してから仕事しようよ。それくらいバチ当たらないでしょ?」


クッキーを2人に差し出すと、ハンナはすぐさま紅茶を用意してくれた。


グレースは少し迷っていたが、クッキーをチラチラと見ては書類を見て、結果ハンナの紅茶の香りに負けてお茶会が始まった。


「とても美味しいです。どちらのお店のものですか?」


グレースが目をキラキラさせてそう聞いてくるものだから、言うつもりは無かったのに手作りだとつい言ってしまった。


「え、これを、ホワイト様が?」


「まあ…そう、だね。貴族の男が褒められたものじゃないよね。でも、俺は末っ子だしそのうち家を出たらお店でも始められたらなって思っていてね」


こんなこと、誰にも話したことはなかった。

よく話すデイジーにだって、お菓子をあげたことはあってもうちのシェフの手作りだと誤魔化していた。


けれど、グレースには話しても馬鹿にされないだろうという自信がどこかにあった。


事実、グレースもハンナも静かに頷きながら僕の話を聞いてくれている。


「素敵ですね。素人意見で申し訳ありませんが、クッキーをいただいただけでも素晴らしい腕の持ち主だと思いました」


クッキーの話になってからいつもより饒舌なグレースは、その後もどこの何のケーキが美味しかった等、おすすめをたくさん教えてくれた。


食べ歩くほど時間に余裕がない分、ハンナが見繕って買ってきてくれるのだという。


「ハンナはセンスが良くて。それを楽しみに妃教育も励んでまいりました…今となっては、それも必要なのかどうかわかりませんが」


表情を変えずそう言うグレースに、堪らなくなった。

ここまで想像以上の努力をしてきたことだろう。

それをエリックが踏み躙ろうとしているのだ。


「ねえ、明日は何が食べたい?僕張り切っちゃうよ」


情けないことに、僕にはこのくらいしかできない。

励ます言葉だって、血の滲むような努力をしてこなかった僕からじゃきっと届かない。


悔しさを感じたけれど、これはいけない感情だ。

蓋を、しなければ。

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