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【A】―4-1

 今日から蒼くんと二人きりの生活が始まる。いつも通り朝は実家からバイト先へ向かい、仕事が終わって一旦帰宅してから、荷物を持って聡志さんの家に行くことにした。





 なんか緊張する。聡志さん家の玄関前に来た私の心臓が震え出した。インターホンは家を囲むフェンスに取り付けてある。そのボタンになかなか指が伸びない。なんか、嫌な緊張感……。吸って〜、吸って吸って吸ってててて、く、苦しい。やばいやばい、吐かねば。落ち着け自分。落ち着けぇぇええーーーぃ! 気合いを入れて私はボタンを押した。ぽちっと。ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。三回連続で呼び出し音が鳴った。うわあ、緊張する。膝が控え目に微笑んでるよ。

 私は落ち着かない気持ちで胸に手を当てて、ドアが開けられるのを待つ。しかし――

 あれ? 返ってきたのは

 いませんよー、いませんよー、いませんよー。という沈黙だった。

 あらら、もしかして私、留守の時来ちゃった? ららら……♪ 残念がるところなのに、緊張の糸が緩んでちょっと陽気になる私。仕方ないからちょっとぶらぶらしてくるか。そう思い、バッグをかけ直して玄関を後にする。

「……あ」

 そうしようとして後ろを向くと、丁度そこに“息子”登場。こっちに向かって、制服姿で学校帰りと見られる(あおい)くんが、自転車に乗って現れた。私の顔を見て、静かに会釈する。あ、私もしなくちゃと頭を下げるも緊張して、かっくん。て、私はししおどしか? 彼は自転車から降りてフェンスのドアを開けると、私を中へ促した。それから乗ってきた自転車を玄関の横に停めてから、また玄関のほうへ歩いて来た。ドアの前に立っていた私の横に来る。並ぶとでかいな。目線が高い。そんなことを思っていると、蒼くんはしょっていたリュックの中から取り出した鍵で手際良く玄関のドアを開け、私を家の中に招いた。

「どうぞ」

 ドアを開けてくれた美少年を見て、私は瞳を輝かせる。うわぁ、紳士だ。さすがは聡志さんの息子、できが良い。私はぺこぺこ畏縮しながら中へ入った。

「おじゃましま〜す」

 靴も揃えなくちゃね、と。

「あ、ありがとう」

 蒼くんが玄関の上り框の上に置いてくれたスリッパを履く。蒼くんは自分用のスリッパを履いた。

「泊まる部屋なんですけど」

 彼がまず案内してくれたのは一階の和室だった。リビングのすぐ横。

「ここと、あと二階も一部屋空いてて」

 次に二階に上がった。

「ここなんですけど」

 そこは六畳くらいの部屋で、ベッドが置かれていた。あ、この部屋ってもしかして……。頭に亡くなった聡志さんの奥さんのことが浮かんだ。多分そうなんだろうな。ベッドが置いてあるってことは。そんな思い出のある部屋使えないよ……。気不味くなって私が黙り込んでいると、気遣うように蒼くんが言った。

「好きなほうを選んで使ってください。一階はベッドがないんですけど、それでもよければ」

「ありがとう……」

 寝る時のことまで考えて、この部屋を案内してくれたんだ? 私は少しうるっと来てしまったのを堪えて微笑した。





 その日の晩は初日だということもあり、おかずはスーパーで買ってきたお惣菜になった。あとは急いで炊いたごはんと冷蔵庫になかったので、買ってきた豆腐とワカメで味噌汁を作り、それとレタスをちぎってそこに缶詰のツナを乗せただけの簡単なサラダ。うわー殺風景。さみしい食卓だな。明日ちゃんと食材を買いに行こっと。ダイニングのテーブル(食卓)に並んだ物を見て、一人肩を落とす私だった。

「いただきます」

 蒼くんが言ったのに続いて私も言い、気を取り直して食べ始めた。私も蒼くんも黙々と食べ続けた。黙黙黙黙、もぐもぐもぐもぐ……。なかなか慣れないなぁ。私は緊張して動作がぎこちなくなる一方、蒼くんは冷静にお行儀よく食事を進めていた。落ち着いてるなぁ、高校生なのにすごい。と感心していると蒼くんが言った。

「朝、パンが食べたかったら戸棚に入ってるので、勝手に食べてください」

「あ、うん」

「冷蔵庫に入ってるのも自由に使っていいので」

「わっかりました」

「足りなくなったら言ってください。お金渡すので」

「はい」

 しっかりしてるな、蒼くん。私なんかいなくても大丈夫そう――と思ってしまったけど、でも留守番を任されたんだからちゃんと役目を果たさなくちゃ! よし、明日はちゃんと役に立ってみせるぞ〜と私は密かに誓いを立てたのだった。





 早起きには慣れている私は、目が覚めると気合いを入れて布団からがばっと起き上がった。ここは一階の和室。というのも、あれから悩んだ末、結局私は一階の部屋を借りることにしたのだ。二階の空き部屋が蒼くんのお母さんの部屋(確認してないが、多分)だったということもあるけど、何よりも気まずかったのは、隣が蒼くんの部屋だということ。もちろん彼にはこんな年上のおばさんなんて、ないないないない〜だとは思うけど、一応ね。ということで。二週間も滞在するわけだし、無駄にドキドキしたくない。平穏に暮らしたいしね。 私はささっと着替えを済ませ、ちゃちゃっと髪もとかし、背筋をぴんと伸ばした兵隊さん歩きでいざっ、ごーとぅー洗面所。





「チン」


 “チン”? 小気味のいい音を耳にして私はリビングを覗いた。とそこに先客が……あ、そんな。私はショックで固まった。既に制服に着替えて、既にトースターで焼き上がったパンを皿に乗せ、既に自分専用のマグカップに飲み物――匂いからして粉末スープを入れ、既に冷静に食卓に着席している蒼くんの姿があった。ちょっと、待ってくださいよ〜、お兄さん!



 昨晩思い描いた図――……


 朝一キッチンでスクランブルエッグを焼いている私。

 そこへ、寝ぼけ眼の蒼くんがパジャマ姿で現れ

「おはよ。もうすぐ朝ごはんできるから待っててね」と微笑む私。

「先、顔洗ってきます」とキッチンから出ていく蒼くんの後ろ姿を見送りながら、やわらかく微笑む母親のような私……


 となるはずだったのに〜〜っっ!?


 ガラガラガラ……妄想壁の崩壊音。


 蒼くん、アナタデキスギヨ(片言)。

 私は力尽きて肩を落とす。かっくん……(ししおどし)


 私、あなたのような出来のよい子に何をしてあげればいいの? 手がかからなすぎて逆に困る……


 苦笑しながら「おはよう」と言うと、蒼くんは軽く顔を上げて「おはようございます」と返した。それからとくに気にした様子もなく食事再開。こんがり焼けたトーストをかりっ。

 私はとりあえず自分の食べたい物を――目玉焼きとかコーヒーを適当に作って食卓に運ぶと、気まずそうに彼の向かい側の席にそっと腰を下ろした。

「ごめんね、先に来て朝ごはん用意したかったんだけど……」

 ああ、気まずい。ごめんね、ごめんね、と頭を下げるみたいに瞬きをする私。

「別に気にしなくていいですよ。朝は忙しいってわかってるんで」


「ごめんね〜」


 物分かりもいいっ。でもなるべく作るよう頑張るからっ! と言うと

「無理のない程度に」と蒼くんは少し困ったように小さく笑った。



 よし、明日は頑張るぞ!――――





 バイトが終わって帰路に着く頃、電車の窓から見える景色はだいぶ暗くなっていた。最寄駅で下車して、駅中のスーパーで晩ごはん用の食材を買う。

 夜ごはんは、とりあえず今晩はカレーにして、明日の朝は……蒼くん今朝はパン食べてたけど、パンが好きなのかな? じゃあ、明日も朝はパンにしてもらって、あとはサラダでも出そうかな。昨日はツナサラダだったから……

 さらに明日の自分の弁当のおかずも考えないとけない。それは適当でもいいけど。

 “主婦”って大変だなぁ、と深く嘆息するも、ちょっぴり幸福そうに夜空の月を仰ぐ私だった。





 帰宅すると玄関の側に蒼くんの自転車が停めてあるのが見えた。私は、早くごはん支度しなくちゃ! と慌てて駆け出す。

「ただいま〜」

 バッグを肩にかけ、さらにレジ袋を手にぶら下げながら慌ただしくキッチンへ直行する。リビングのほうからテレビの音がしていた。蒼くんはそっちにいるらしい。

「ごめんね遅くなっちゃって、今から晩ごはん作るから」

 そこに聴こえるように声を張り上げて私は言い、バッグを食卓の椅子にどさっと置いて、レジ袋から素早く食材を取り出す。蒼くんがそこにやって来た。じゃがいも、人参、玉葱、パック詰めの肉、カレーのルー。調理台の上に無造作に置いたそれらをざっと見て言う。

「カレーですか?」

「うん」

 すると彼は野菜を適量袋から出してボウルに開け、手早く水洗いし、フックにかけてあったピーラーを使って皮を剥き始めた。角の出っ張りを使って器用にじゃがいもの芽をくり抜く。それってそうやって使うんだ、知らなかったと私は驚愕。この子、何でも熟すなぁ、と感心してしまう。傍らで玉葱の皮を剥きながら、私はすっかりその神技に見入ってしまった。

「上手だね、皮剥き。すごい早いし」

「バイトの調理補助で、よく皮剥きやってましたから」

 蒼くんは、しゃべりながらも手を動かし、あっという間に人参二本、じゃがいも三個の皮剥き完了。うわー、お見事~! パチパチパチと私は軽い拍手を贈った。

「へーえ、バイトってこういうことやってるんだ?」

「今はホールですけど。若い奴はホールやれって言われて」

「そうなんだ。でも、そっちのほうが合ってるかも。蒼くん、イケメンだし」

「……」

 あ、無言になっちゃった。もしかして照れてる? ちらっと横顔を覗いてみるがよくわからなかった。それから彼は黙々と作業を始めた。私も作業に戻る。

「どのくらいの大きさがいいですか?」

「薄くして、早く煮えるから」

 人参を切る蒼くん、玉葱を微塵切りにする私。肉など残りの材料は、手分けして切って鍋に入れた。なんかいいな、こういうの。ほっこりする。

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