02 夢
下水道の奥に進んでいく。
「こっちであってるのか?」
そう問うのは、スマイル。
答えたのは、ルイ。
「聞こえねーのかよ、耳悪っ」
「オレは人間だ」
吸血鬼の聴覚を頼りに進んでいる。
「ヒーくん、聞こえる?」
小夜が振り向くが、青ざめた人志は小刻みに震えていた。
「トラウマ増えてるぞ」
高いところからのダイブは相当怖かったらしい。
そんな人志も「グルルッ」と獣の唸り声を耳にした。
通路がなくなる。その下は、廃墟と化した。コンクリートの壁は崩れたそこに様々なモンスターが、うじゃうじゃいる。そしてどす黒い血の池が真ん中に出来ていた。
「シャー」と威嚇し合うモンスターの尻尾は二匹の蛇だ。
ガリガリと壁を登ろうとしている黒いモンスターがいる。
頭が二つあるモンスターが、池の血を飲んでいた。
「くっせー。うじゃうじゃいるぜ」
「あの血の池が奴らのエサ場みたいね」
人間のスマイルでさえ、鼻を押さえる悪臭。
「吸血鬼の血を動物に混ぜたモンスター“キメラ”。目的は不明だけど、すでに被害が出てるから全部退治しないとね」
小夜が人志に説明してやる。
「退治するって言っても……人手を増やすべきじゃないか? 多すぎる」
「むしろ爆弾でドカーンとやろうぜ、めんどい」
スマイルはルイと共に、下を覗いた。
キメラの数が多い。
「二人で頑張って」
小夜はスッと後ろに下がって、そう二人に声をかける。
「は?」とスマイルとルイは振り返った。
「二人で行け」
端に立っていたその二人を、小夜が蹴り落とす。
「小夜!?」
「なにするんだ!?」
ダンッと着地した。
「そこはスマイルとルイに任せる。ちゃんと退治してね」
「ふざけんなぁあっ!」
「ほらほら、余所見してると」
小夜はいい笑顔で告げる。
「食べられちゃうよ?」
グルルッと唸るキメラが、すでに二人に狙いを定めていた。
「「鬼ぃいいっ!!!」」
「吸血鬼だもんっ♪」
小夜は声を弾ませて、同じく鬼だと思っている人志を連れて引き返す。
後ろでは悲鳴が上がり、人志は想像してまたガクガクと震えた。
「いいの!?」
「いいの」
くんくん、と小夜が匂いを頼りに迷路のような地下道を進んだ。
「ヒーくんが観た映画みたいに昔は人間を食べてたけど、今は違うって知ってるでしょ? 一代目を含むあたしの親である吸血鬼は人口血液。あたし達ハーフは人間の食事で済む」
でも、と付け加える。
「キメラは違う。人間を襲う怖いモンスター。けどあたしの側近は、強いから心配いらないよ」
その側近というルイとスマイルは奮闘していた。
ルイは二拳銃でズガガガンと撃ち込み、スマイルはザンと飛び付くキメラを剣で切り裂く。
「あのクソチビがコーとどうかなったら、どうしてくれんだっ」
「どうにもなんねぇよ!! 心配してるとこ違うだろ!!」
ルイが早く一掃しようと燃えていた。
理由がおかしいとスマイルはツッコミを入れる。
その頃、小夜と人志の目の前に、猫サイズの小さなキメラが現れた。
「フシャー」
威嚇するそのキメラに、人志はビクゥと震える。
小夜は銃を取り出したが、銃口を向けなかった。
ジッと見下ろす。キメラも見上げる。
ジュインとキャットアイのような瞳になった。
ビクン、と震えたキメラは。
「にゃおん」
降参した。
「あーくんも猫飼いたいって言ってたんだよねー。飼っていいかな」
あーくん、とは双子の弟の暁斗のこと。
「キメラだよ!?」
「大丈夫。大人しいもん」
ギョッとしている人志を置いといて、小夜は猫型のキメラを抱え上げた。
そして、ピクッと反応する。
そこにガリッと壁を引っ掻いて巨大なキメラがその通路に現れた。
「グルルッ」
ズゥンズゥン、と重い足取りで進むキメラ。
小夜達は真上の排水管に乗って身を隠していた。
ーーこんな大きいキメラが徘徊してるのか……。
ーーレッラスは大丈夫かなぁ。
右手で加えた銃を支え、左手で人志の口を塞ぐ小夜は下のキメラを見送る。
人志は青ざめつつも、小さなキメラの口を塞いだ。
だが、その後ろには同じくらいの大きなキメラが蜥蜴のように壁の穴から這い出てきた。
ドォン。
鋭利な爪を生やした右手が、振り下ろされる。
しかし、小夜はあっさりと避けて、ザッと下に着地した。
「コイツらでいっかな」
そう独り言を漏らして、小夜は人志を下ろす。
「ヒーくん。鬼化できないんだっけ? あたしが教えてあげる」
コートをひらりと回せて、空のシンボルを背にした小夜は歩き出す。
「ちゃんと見ててね?」
振り返って笑みを向ける。
「え!?」
人志のそばには、銃が落ちていた。銃も持たずに、挑むという。
巨大な二体のキメラに、だ。
「【鬼化】は簡単に言うと吸血鬼の力を発動すること」
スッと小夜は瞼を閉じた。
「コウモリに変身はできないけど、嗅覚や聴覚が優れて……まぁつまり、これがスローモーションに見える」
巨大なキメラが大きな口を開けて、小夜に襲いかかる。
トッ、と蜥蜴のようなキメラの鼻を踏みつける。
トッ、と蜥蜴のようなキメラの左手を踏みつけた。
トッ、と蜥蜴のようなキメラが這い出てきた穴に着地。
一瞬の出来事だった。
「パワーは人間の百倍」
ズドンッと二匹のキメラが地面に平伏す。
「これが吸血鬼だよ、ヒーくん」
そこに腰掛けて、小夜はにこりと微笑んだ。
牙が生え、瞳はキャットアイになっている。
人志は驚きのあまり口を開いたまま。
「ガルルッ!」
「うあっ!!」
大きな口を開いて、次は座り込んだ人志に襲い掛かろうとした。
恐怖で抱えている小さなキメラを締め付ける。
「あたしを無視して」
瞬時に小夜は、人志の後ろに立った。
「いい度胸だね。ワンちゃん」
犬顔のキメラは、ビクッと震える。
「グルルッ!!」とそれでも威嚇した。
「ヒトくん。目を放しちゃダメだよ?」
「!」
「怖いモンスターをね……退治する」
小夜はまた人志の前に出る。
「かっこいい吸血鬼」
次の瞬間、小夜が舞う。
黒い爪を伸ばしたその手を振り、キメラを一瞬にして切り裂いた。
[赤い花びらの中で、踊ってる]
血飛沫は、花びらのように舞う。赤い赤い花びらの中、小夜は踊るように華麗だった。
ズウンッと二匹のキメラが折り重なるように倒れる。
その上に、小夜は降り立った。
「惚れた?」
無邪気に小夜は振り返る。
[無邪気に笑う吸血鬼に、ぼくは惚れた]
赤い花びらが舞う中で、人志は頬を紅潮させた。
◇◆◆◆◇
夜更けた桜の花びらが舞う中。
スマイルとルイはボロボロで、大きな門に凭れた。
「ふぁあ。主犯を逃がすなんて、ちゃんと仕事してよ」
すっかり遅くなってしまったため、小夜は大欠伸を漏らす。
「お前が別行動したせいだろ!!」
「んもう! あたしがいないと何もできないの?」
呆れた笑みを向ける小夜。
「違げぇええ!!」
クワッと怒鳴り付けるレッラスだ。
スマイルはレッラスが一番苦労していると気の毒に思った。
「ん……返す……」
桜の木の前で、人志は十字架を小夜に差し出した。
「あげる。ヒーくんも空の一員。家賊だもん」
小夜が笑って言うが、ルイもレッラスも歓迎した顔をしていない。
「どうして“空”って名付けたか知ってる? 空っぽで広い空ほどの家賊になるように名付けたんだって」
人志は小夜から聞いて、桜の花びらが舞う夜空を見上げた。
「神様に反逆してでも、人間と吸血鬼。共に生きると決めた家賊」
桜の花びらの中で小夜は微笑みかける。
「ねぇ、ヒーくん。吸血鬼、好きになった?」
「……うん」
コクンと人志が頷く。
「よかった」
にこっと小夜は笑みを深めた。
もじっとする人志。
ルイは間に入ろうとしたため、スマイルが襟を掴み止めた。
レッラスだけは、見据える。
「自分がボスになる資格があるって、知ってる?」
小夜のその発言に、レッラスは反応する。
「幹部の子どものあたしとレッラスも」
「うん……?」
「“空”以外にも家賊があるけど全部、吸血鬼の血を継ぐ者。つまり吸血鬼か子どもであるハーフがボスになる掟。空の二代目ボスの候補者は今のところ8人いるんだ。家賊を束ねるボスの候補」
小夜は腕を組んで胸を張った。
「あたしの夢は二代目になること。あたしが一代目の意志を継いで、家賊を守る!」
それから優しく問いかける。
「君の夢はなぁに?」
「ーー……ぼくは……」
そこでぐいっとレッラスが人志の襟を掴み、引っ張った。
「わっ」
「待ってろ」
レッラスは家に入る。
「やっぱり最初から取り込むつもりだったのか」
スマイルが後ろから言うと、ついにルイががばっと小夜に抱き付いた。
「あわよくば仲間にしようと思ってた」
小夜は真上を見て、白状する。
「いらねーよ!! あんなチビ! 役に立たねーじゃん!」
ルイがそう言うが、小夜はそう考えていない。
「きっと強くなるよあの子は。あたしのライバルになるかもしれないよ?」
そう小夜は、夜空を舞う花びらを見上げた。
一方、ズルズルと引っ張られて廊下を進む人志は、レッラスに口止めをされていた。
「いいか? 今の話は他言するんじゃねぇぞ。とくにてめぇの父親にも言うな!」
「……」
「聞いてんのか!? つかいい加減自分の足で歩けタコ!!」
人志はぽかんとしたまま。
レッラスがキレていると、そこで聞き慣れた泣き声を耳にする。
「おかえり。コーちゃんは? あーくんがずっと泣いているんだ」
目を覚ました暁斗が泣いていた。それをなんとかあやさそうと背中を摩る一代目。
「コーなら外だ」とレッラスは、暁斗に教えてやった。
人志は暁斗を見て、小夜を思い出す。顔はそっくりなのに、中身が違うことに呆然とした。
泣きぐずる暁斗はそんな視線など気に止めることなく、ぱたぱたと小夜を求めて外に向かう。
「主犯に逃げられました。が、追っている最中です。小夜達を帰してからオレも追いに行きます」
「そうか……」
レッラスが報告する中、人志が一代目の着物を掴んだ。
「お父さん」
そう口を開いた。
一代目は驚愕する。
「息子が二週間ぶりに“お父さん”と呼んだ……!?」
「は?」
「吸血鬼嫌いが治ったんだねー。お父さん、うれしーよ息子よー」
涙目で喜ぶ一代目はくるくると回って、人志を高い高いした。
ボスの威厳がないとレッラスは遠目に見た。
「あの子はお父さんの次にボスになるの?」
「ん? コーちゃんかい?」
人志は尋ねる。
それに答えながら、一代目は人志を下ろす。
「決まってない。拙者の跡を継ぐのはレッラスかもしれないし、コーちゃんかもしれないし、息子のお前かもしれない」
そこで人志ははっきりと言った。
「やだ」
完全なる拒否。
「あの子が二代目がいい!! あの子がいい!!」
頬を赤らめて興奮した様子で、人志は告げた。
そしてばたばたと廊下を駆け出す。
「…………」
一代目もレッラスも、唖然として見送った。
「ついに息子までコーちゃんに魅了されてしまったか」
あちゃーと漏らす一代目。
「こうなるとは思っていたけれど、息子をとられるとさみしいものだな。まっ、一番目を輝かせて拙者の話を聞いてくれる。彼女こそが拙者の意志を継いでくれるかもしれないな……」
小夜の目の輝きを思い浮かべて、一代目はそう思った。
「君も彼女に魅了されたのだろう?」
レッラスは振られて、ギクッと僅かに震える。
一代目に見抜かれていた。
「ふふっ。どうなるか、未来が楽しみだ」
ばたばた。廊下を走り、玄関から飛び出した人志は、必死に小夜の名前を思い出そうとした。そして、その後ろ姿を見付けて、初めて呼んだ。
「コーちゃん!!」
小さなキメラと暁斗が戯れている姿を見ていた小夜は振り返る。
「ぼくの夢っ」
桜の花びらが淀みなく、降り注ぐ中、告げた。
「コーちゃんが二代目になること!!」
小夜は笑う。
「他力本願? 夢は自分で叶えるんだよ。ヒーくん」
それならば、と人志は大きく息を吸い込んでもう一度告げた。
「ぼくが君を二代目にする!!」
その日、人志は夢を、生きる理由を、小夜に与えられた。
[10年後、ぼくはもう一度君に言う]
【幼少期end】
とりあえずエンドです!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
いつか十年後を書けたらいいなぁー!←
20180113