第17話「タナトスの呪い」
おとぎ話級に可愛いと噂のドラゴン娘のことは、さておいて。
「アル、それであの少女の状況をなんとかする方法はあるの?」
石の台座の上の少女に目を向ける。
アルの話からすると、七大竜王のザッハークが悪い意味で関わっているということだろう。
そうなると、眠っているのは少女の意思ではなく、瘴気をばらまいているのも不本意だろう。
不本意な眠りを強いられているなんてと、許せない気持ちがわいてくる。
寝ることをこよなく愛する俺は、眠りに対して人一倍こだわりを持っている。
そのためか、この状態を生み出したやつに強い怒りを感じている。
まあ、この少女が実は悪いやつだという可能性もなくはない。
けど、おそらく被害者で間違いないだろう。
そういうわけで、できればなんとかしたいところだ。
「そんなに難しいことじゃないはずだよ。タナトス系統の“死と悪意の呪い”がこの少女に込められてるんだけど……」
難しくないんだ。
アルの説明が続く。
「呪いが込められてから、かなり長い年月が経っていて効果が弱くなっているんだ。今ならネロの睡眠魔法で上書きできる可能性が高いはず。僕も力を貸さないとだけど」
そんなことできるんだ。
タナトス系統の力に、ヒュプノス系統の力をぶつけて上書きする感じだろうか。
「ちなみに悪影響とか、デメリットみたいなものはあるの?」
長い年月続いていた状態を変えるというのは、少なからず気になるよね。
「特にないんじゃないかな。しいて言うなら、少女の体が月日の経過の影響を受けて、耐えられない可能性はあるかも」
「え? それって死んじゃうんじゃないの?」
だとしたら、全然大丈夫ではないじゃんね。
「うーん、そうだとしても、それは元々の寿命だししょうがないと思うよ」
「……そうは言ってもね。少女の姿で寿命で助かりませんでした、っていうのは受け入れがたいものがあるよ……」
この子の未来を摘み取ることにならないだろうか。
それにおそらくだけど、黒ドラはこの少女を護っていたんだと思う。
ドラゴンが護っている少女、きっと良い子で間違いないだろう。
「でも何もしなければ、このまま呪われたままの状態で、いつかは本当の死を迎えるか、アンデッドになるかだよ」
「まあ、そうだけどさ……」
「どうするの? 僕はこのまま放置するのも選択肢の一つだと思うよ」
ここに来なかったことになるだけだと、アルが言う。
どうすべきか……。
俺は目を瞑り内心の想いを確認する。
決めた。
「よし! 解呪を試みるよ! やらなきゃ後悔しそうだしね」
やらないで後悔するなら、やって後悔する方を選ぶ。
それに美少女が不本意な眠りに、いや眠りとは言えないような眠りについてることは許せない。
俺は、睡眠魔法で幸せな眠りを与えたいんだ。
実はいつもレーカが俺の睡眠魔法をねだってくると、凄く嬉しい気持ちになる。
俺にも誰かに幸せを与えることができるんだと、そんな風に思えると心が温かくなるんだ。
それが小さな幸せだったとしても。
レーカと出会う前には思ってもいなかった。
誰かに求められるっていうのは、嬉しいものなんだね。
そう思ってレーカを見ると、本人はポケーっとしていてまるで緊張感がない。
そんなレーカを見たら、ちょっと気が楽になった。
「ありがとなっ」
いつもありがとう、という気持ちを込めてレーカの頭を撫でた。
赤い髪はとても柔らかくフワフワしている。
「んっ」
レーカは目をつむって気持ち良さそうにしてくれる。
くそ……。
いつも駄目ドラゴンのくせに、可愛いじゃないか。
これがアルの言う“ギャップ萌え”ってやつなのか?
「さあ! アル、やり方を教えてくれ。それに力を貸してくれ!」
きっと上手くいくはずだ。
「オッケーだよ。ネロ、まずはいつも睡眠魔法をつかう要領で、少女を魔法の対象にするんだよ」
俺は両手の手のひらを少女に向けて、気持ちを集中させる。
「それから?」
「魔法の発動と同時に全身にムラなく魔力を行き渡らせるんだよ。全身の血管が血を全身に運ぶように、ネロの睡眠魔法を隅々まで丁寧にかけていくんだよ。そのタイミングで僕がネロの魔力を増幅させるから、それも合わせてコントロールしてね」
「わかった」
俺たちは今、台座をぐるりと取り囲むように立っている。
台座を挟んで反対側にはレーカが立っている。
レーカとセシルさんが見守る中、少女に向けて睡眠魔法を発動させる。
いつもよりも丁寧に魔法をかけていく。
「おやすみなさい……」
睡眠魔法を唱えると、少女の全身が淡く輝き始める。
「ほぇー」
レーカの声が耳に届くが、ちょっとそれどころじゃない状況だ。
自分の魔力と、呪いの魔力がせめぎ合っているのが、手から伝わってくる。
「いくよ!」
アルの声と同時に身体に力がみなぎってくるのが分かった。
アルの力が俺に加わったのだろう。
頼もしい力が加わり、せめぎ合いが激しさを増していく。
少女は台座の上で眠ったままだが、その体内では二つの相対する魔力がせめぎ合い荒れ狂っている。
「丁寧に、丁寧に……」
俺は独り言をつぶやきながら、魔力を少女の全身に行き渡らせていく。
その時、ふと視界のすみに、拳をぐっと握りしめているレーカの姿が見えた。
ちらり視線だけで見やると、眼差しも真剣そのものだった。
さっきはあまり興味なさそうだったのに、今は真剣に応援してくれている姿に胸が熱くなった。
ここは踏ん張らないとな。
どれくらいの時間、魔力を操作していただろうか。
長い時間のように感じたけど、実際は結構短い時間だったかもしれない。
荒れ狂っていた魔力が、スーっと収まっていくのを感じた。
それと同時に少女の淡い輝きも落ち着いたものになった。
どことなく、少女から黒い何かが消えうせたような印象を受ける。
「ふぅー……。成功したのか?」
どっと疲れが押し寄せてきて、俺はなんとか倒れないように膝に手をつく。
「タナトスの呪いを消すことには成功だよ。あとはこの子がどうなっているかだね……」
アルの言葉にみんなの視線が台座の上の少女に集まる。
今まで唱えた睡眠魔法で一番大変だったんだ……。
無事でいてくれよ……。
名前も知らない少女の無事を祈り、誰も声を出すことなくしばしの時を待つ。
全く反応がなく、ピクリともしない少女。
これは、駄目だったのか……、そう思った時だった。
「……ん、……ぅう」
少女は寝ぼけているかのような声を出し、目を開けたのだった――――。




