第33話 夜這いでは終わらない
会長の遊び心に弄ばれて結果的に綾未さんを傷付けたあと、仕切り直しして僕は女湯を出て改めて男湯で肩に湯を浸かった。
綾未さんが気懸かりで入った気にはなれなかったが、入らないよりはマシだと思う。
沙奈はアイドル活動の為荷物を持ってさっさとお風呂にも入れないで行ってしまった。去り際とても名残惜しそうな顔をしていたが、マネージャーらしき人が迅速に沙奈を連れ去って行った。
戸田君は余程暇だったのか、部屋に戻るとぐーすかと布団からはみ出て寝ていた。
毛布を掛け直してあげてから僕も隣の布団に寝そべり、綾未さんにどう謝ろうか策を練っている内に、脳内がシャットアウトした。
目を覚ましたのは夜のどれくらいだろうか。
体が揺さぶられる感覚がして起きてみると、そこには日笠日和さんの姿があった。
「え、日和さんっ?」
「はい」
「はいって……」
僕のマウントポジションを取り、馬乗りになっている日和さんは、いつもより少し表情が硬い気がした。
「……珍しい、というより意外だね。日和さんが夜中に夜這いだなんて」
「そうですね……意外かも知れませんね。この時間帯は私、ぐっすり寝ておりますから」
だったら尚更だ。
「どうして僕の所に?」
「少々お話がありまして……変な期待をしているところ申し訳ありませんが、真面目な話をしたいのです」
「いや、変な期待なんてしてないし、思ってもいなかったよ」
「残念です」残念なのか。「今お時間宜しいですか?」
「あ、うん。ここだと戸田君が起きてしまうかもだし、外出ようか」
「はい。ありがとうございます」
「……」
「……」
「……あのさ」
「はい」
「降りてくれないと、身を起こせないのだけど」
「あ、すみませんっ」
言われて気付いたのか、慌てて僕から退く。
やはりどこか浮かばれない顔をする日和さんだった。
だがここで話していても仕方ない。
僕と日和さんは、ビーチの海岸まで行くことにした。
波が押し寄せ、引いて行く音。
空は雲一つなく、綺麗な星空が満開だった。
近くの岩に座り、しばらくジッと海のさざめきを聴いていた。
先に話を切り出したのは日和さんだった。
「悠人先輩……私の話、聞いてくれますか?」
「うん」
「ありがとうございます」
礼儀正しいと言うか、奥ゆかしいと言うか、一歩引いてると言うか、まぁ……いい子だよね。日和さんは。
「あの……」
「うん」
「悠人さん、驚かないで……くださいね」
「ん?うん」
なんだか緊張しているようだった。
僕は満点の星空や海の押し寄せるさざ波の音でむしろ眠気が取れて余裕も出て来た。
だけど日和さんは違うみたいだ。大事な話のようだから、きっと心の余裕はあまりないと思える。
「日和さん」
「あ、はい」
「深呼吸してみて」
「……。すぅ……はぁ……」
僕の指示に素直に従い、吸う吐くを二回程繰り返した。
「少しは落ち着いたかな?」
「……はい」
「こういう時って、緊張するよね。そう言う時は、まずは心を落ち着かせること」
「はい。勉強になります」
「いや、まぁ」
そんな風に真面目に取られると、少し照れるな。
大して特別なことは言ってないしね。
「それで、何かな?話って」
「はい。その……」
そんなすぐには言えないか。
「私、黙ってましたけど……男なんです!」
……ん?
「男……?」
「はい……家の方針で、ずっと言えなかったのですけど……悠人先輩には言っておきたかったのです」
「そうなんだね」
「……驚かないのですね」
「いや……内心結構驚いてるよ。そんな風に見えないのなら、それは周りが暗いせいかな」
「ふふ。お上手です」
「あはは。まぁ、にゃむ君の件もあったしね、だからかも知れないね」
知ったの昨日今日だしね。
「それもそうですね。なんとなくスッキリしました。悠人先輩に話して良かったです」
「お役に立てて光栄だよ」
夜空は星が引き積められて綺麗に瞬いている。
そんな星空の下、僕と日和さんは二人して見上げる。
「誰もが秘密や言いたくない秘め事がある」
誰に言うのでもなく、ただただ独り言を呟く。
むしろ、自分に言い聞かせるかのように。
「それは小さいこと、大きなこと、色々だけど……とても重要かも知れないし、大したことないかも知れない。人によりけりだしね」
「……はい」
そんな僕の呟きを静かに聴く日和さん。
波のさざめき牙心地いい。
「けど、もしかしたら……そのちょっとした勇気やキッカケでその秘め事がバレたりしたら、誰かに知られたら、なんて……だったら自分から話した方が楽なんじゃないか。そう思たりする」
「はい」
「それで気分が少しでも晴れたのなら、僕は君の力になれたってことなんだよね」
立ち上がり、日和さんを見下ろす。
長い黒髪に女の子らしい容姿。何も咎めることは何一つない。
「……はい」
日和さんはかわいらしく微笑む。
「誇っていいと思うよ。僕はね、日和さんの一途でまっすぐで、そう言う所が好きだよ」
「……」
沈黙、そして俯く日和さん。
少し様子がおかしい……気がする。
「大丈夫?具合悪くなったかな?」
「いえ、大丈夫です……」
「それならいいけど」
心配するだけして、本当に大丈夫なら取り越し苦労ってことでいいか。
頬が心なしか赤い気がするのも気のせいかな…?
「まぁ、風も出て来たし、風邪引かないように戻ろうか」
「はい……」
僕達は旅館に戻り、僕は自室へと入ってすぐに床に着いた。
寝付くまでに考えたのは実の妹のことだったが、眠気が押し寄せて次の日には何を思っていたのか忘れていた。




